二 後悔先に立たず


「殿下、陛下がお呼びです」

 侍女に呼ばれて、クラウディオは顔を上げた。

 正面にある共有掲示板の画面越しに侍女が待っているのが見える。

 嫌でも目に入った掲示板は冷静なものと混乱しているものに分かれていた。

 事実を察していたものと俺と同じく誤解していたもの、いや俺のせいで誤解していたものか。

 今混乱しているものは良く言えば俺を信じてくれていたのだろう。

 クラウディオは今更ながらにようやく状況が理解できた。


 掲示板を終了させて侍女に案内された先は父の執務室だった。部屋の奥には大きな執務机が、手前には二人掛けのソファがテーブルを挟んで向かい合っている。

 父はソファにかけて待っていた。

 俺も手前のソファに座り、父が人払いをする。侍女や侍従、官吏たちがいなくなったら、親子の時間だ。

 長い沈黙が部屋を支配した。とうに嫌な予感が警鐘を鳴らしていて、俺と父の間には気まずい空気が漂っていた。

「俺とクリスチナの婚約が俺の勝手な誤解だと言うのは本当ですか・・・?」

 クラウディオが切り出すと、アレッサンドロ王は重々しく頷いた。

「そうだ。私はお前が成人するまでを期限とし試練を課したのだ。ただ自身の誤解に気づくだけでよかった。誰もお前を騙しはしなかったし、むしろクリスチナ嬢はお前の誤解を解こうと努めた。しかし、それすらもお前はできなかった」

「そればかりか、真犯人が別にいるにも関わらず、クリスチナ嬢を犯人だと思い込み、公の場で断罪をする始末」

 改めて言われると俺は視野狭窄だったのだと痛感させられる。

 父は俺に反省と理解を促していた。俺は嫌な予感が当たってしまうのがまざまざと感じられた。いや薄々解っていた。そして、それに反抗することもできない。してはならない。

「クラウディオ、お前を臣籍降下する」

「はい、父上」

 クラウディオは父王からの命令を粛々と受け入れた。


 *


 クリスチナは強制終了された掲示板を閉じて、ため息を吐いた。

 クラウディオ殿下のことは恋愛的な意味では好きではなかった。

 しかし幼馴染としての情はあった。友人としての好意はあった。

 クラウディオが王位を望むならなんとかしてやりたかった気持ちがないといえば嘘になる。

 クラウディオを手助けしたい理由は他にもあるが、それだけではなかった。思い込みの激しい殿下が心配だった。そのせいで口うるさくして疎まれてしまったけれど。

 殿下はどうしているだろうか。今頃陛下に呼び出されているかもしれない。陛下は掲示板などで大事なお話はされないから。特に殿下が誤解された幼少期の口約束の件から。

 あの口約束は本当にただの友人同士の冗談だったらしい。父上に直ぐに確認したらそうおっしゃられた。

 そもそも私の母はアレッサンドロ陛下の妹君。私たちは従兄弟同士だから、その結婚は忌避はされていないけれど、推奨は決してされない。

 本人たちがよほど強く希望して仲睦まじく、周囲も納得していないと結婚なんて夢のまた夢。

 従兄弟同士で政略結婚なんてあり得ないことなのだ。

 従兄弟は家族にそれほど近い。地域によっては忌避され、法律でも禁じられている国もあるとか。

 私にとってはありがたいような邪魔なような風習だ。

 私は愛する人がいる。私がクラウディオ殿下を好きになるなんてあり得ないことだ。

 10歳になられるエドアルド殿下。私はクラウディオ殿下の弟が好きなのだから。

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