告解(前半)

「瑠衣ちゃん、突然長い手紙を寄越されて驚いたでしょう。ちゃんと18歳になってから開けてくれましたか?もし先走って早く開けてしまったのなら、この先を読むのはなるべく18歳になるまで待っていてほしいです。


私はこれから数日後、恋人の女性と共に命を絶ちます。これを読む頃にはあなたの耳にも入っているでしょうが、私は夫がいながら、二年もの間ある女性と交際関係にありました。その事実についてもちろん詳しく書くつもりですが、それにあたってはまず、私の昔の話をさせてもらいます。


私が初めて恋というものをしたのは遅いほうで、高校生の時でした。私には一人親友と呼べる女子が居て、一年生の時にクラスが一緒になったのをきっかけに親しくなり、その後クラスが離れてからも放課後や休日に甘いものを食べに行ったり、ショッピングモールに出掛けたりしたものでした。


その子と親友と呼べるほど懇意になってすぐ、私は自分の感情の何かがおかしいことに気が付きました。寝ても覚めてもその子のことばかりを考えていて、彼女が私の事をどう思っているのかということにやたらと敏感になり、少しでも粗雑に扱われていると感じるといたく悲しみました。最初は自分の思いを認めまいとした私ですが、気付くともう恋という感情から逃れられなくなっていました。けれど、向こうは私のことを親友と認識しているのですから、その気持ちをぶつける勇気は私にはありませんでした。


彼女はおとなしかった私とは違い社交的で、親友関係だったのは私だけだと自負していましたが、友人はたくさん周りにいました。ある日、学校が半日で終わった放課後二人で昼食に行く約束をしていましたが、突然私に相談も無く彼女の友人を何人も呼んだことがありました。結局その昼食会に私も参加しましたが、心の内はとてもささくれ立っていたのを覚えています。

また、二人で繁華街に出掛けた時に、前を歩く女性二人が手を繋いでいるところを見ました。それを見た彼女が私に、「同性愛者だね」と少し揶揄するように言いました。彼女のその発言を受けて、やはり彼女は私に恋情など欠片も持ち合わせていなく、友人の範疇を越えていないのだと思い知らされました。私はその場は笑ってやり過ごしたものの、家に帰り浴室でバスタブに浸かりながら幾筋も涙を流したものでした。


その親友とは大学が離れても少しの間交流を持っていましたが、徐々に私の方から距離を取るようになりました。恋仲になれる見込みの無い相手とずっと関わっていても辛い思いをするだけだと思ったからです。

私はその恋に関しては偶然だと思っていました。馬が合うからたまたま好いてしまっただけで、これからはきっと男性を愛するのだろうと。そう思っていました。

けれど、そうはならなかったのです。



大学では誰かに恋をすることはなく、卒業すると私は銀行で働き始めました。今も働いているあの銀行です。

そこで私は、私と同時に入社した同期の女性と親しくなりました。もともと同期の人達とは良い関係を築くようにしていましたが、彼女とは特別気が合いました。

勤め先で友人ができたことに喜んでいた私でしたが、やはり仲良くなるにつれて高校の親友の時と同じような感情が私を支配していきました。


高校の時以上に、私は動揺しました。だってあの時は偶然と思うことができたけれど、二回目ともなるとそうはいかないのですから。

私は男性を好きにはなれないのだろうか?女性しか愛せないのだろうか?そんな自分は異常なのだろうか?

そういったことを、ぐるぐると果てしなく考える日々が続きました。

悩みに悩んだせいで鬱屈とした日々を過ごしていた私に、更なる打撃が襲いかかりました。その友人に恋人ができたのです。勿論相手は男性です。


嬉しそうにそのことを報告してきた彼女に、私はどんな表情を向けていたか分かりません。けれど彼女は舞い上がっていて私を細かく観察できる状態ではなかったでしょうし、私は心境が表に出づらい性質でした。だからきっと彼女は、私の嵐のように荒れた内面には気付かなかっただろうと思います。



女性を愛することに疲れた私は、試しに男性と交際をしてみようと思い至りました。そして友人の一人を介して紹介された男性と交際をしてみました。


結果から言うと、私はその人に恋愛感情を持つことはできませんでした。彼は良い性格でしたし、私を尊重してもくれました。なので彼に好意こそいだいたものの、特別な感情をいだくことはできませんでした。私は辛さと罪悪感から、交際を始めてそう長く経たないうちに別れを切り出しました。


私はひどく打ちのめされました。やはり私は女性しか愛せないのだと、その男性との交際を経て改めて突き付けられた気がしたのです。

けれど先に書いた二人の女性のことがあったので、女性に恋をすることも臆病になっていました。そんな私はその後恋をすることもなく、三十歳まで過ごしたのです。



三十歳になっても結婚をしない私をみた両親(つまりあなたの祖父母ですね)は、私に見合いを勧めてきました。両親は普通の人生、パッケージ化された人生を好む人達でしたし、あなたのお母さんが早くに結婚してあなたを出産していたので、余計に私のこともいていたのでしょう。


私は勿論気が進みませんでした。先の話で、男性を愛せないことは分かっていたからです。

けれど女の私を受け入れてくれる女性がはたしているのだろうかと疑問を持っていた私は、これから先ずっと独りで生きていくのだろうかという懸念もいだいていました。その懸念と両親の強い要望に押されるようにして、私はその男性と見合いをしたのです。


その人は私より二歳年上の、証券会社に勤めていた男性でした。父が職場の同僚の息子を紹介してきたのでした。彼は外見はそれなりでしたが、人の良さというのが見た目にも滲み出ていました。温厚で礼儀正しい彼と見合いの場で食事をした私は、この人とならうまくやっていけるかもしれないという予感を持ちました。


私の予感にはずれはなく、彼はいつ会っても人間のよく出来た人でした。感情に任せて怒るというようなことはほとんど無く、物事の正誤が分かっているようで、理不尽な台詞や要求を投げかけられるということもありませんでした。


そういった彼の人柄を好ましく思っていた私は、彼からプロポーズを受けるとそれを承諾しました。やはり、私の方に恋愛感情はありませんでした。それでも、こうするしかないのだという気持ちで結婚生活を始めることとなったのです。


結婚生活はおおむね順風満帆でした。結婚してからも夫は善人でしたし、私も私で恋愛感情が無いながらも彼を尊重し、支え合いながら生きていきました。


けれどやはり時々、これで良かったのだろうかという気持ちが頭をよぎるのです。優れた人柄の夫が居て、自分も仕事を順調にこなし、友人もいる。傍から見れば恵まれているはずなのに、度々私は空虚な気持ちをいだきました。そのたびに、これでいいんだ、これで間違っていないのだと自分に言い聞かせていました」



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