桔梗に願う

深雪 了

桔梗が二輪

香子きょうこさんが今もまだ生きていたら、彼女は今年で三十八歳になっていたはずだった。今から三年前、三十五歳の若さで彼女は命を絶った。


美しさの塊のような女性だった。黒くて長い髪は肩甲骨の下まで背中を覆っていて、常に落ち着いた雰囲気を漂わせ、どこか浮世離れした人だった。昔から香子さんを知っていた私はずっと彼女に憧れていたし、懐いてもいた。

香子さんは私の母の二歳下の妹、つまり私にとって叔母にあたる人だった。同じ姉妹でも、母と香子さんはあまり似ておらず、母は香子さんほど美人ではなかった。


香子さんが変わり果てた姿で発見されたのは、松下里絵という女性の自宅だった。香子さんには夫がいたが、松下里絵と二年ほど交際関係にあった。二人は里絵の部屋のテーブルに突っ伏し、それぞれが手に蒼い桔梗の花を一輪ずつ持ち事切れていたそうだ。

私が二人が交際関係にあったことを知ったのはその事件が起きてからだったが、香子さんの夫や、彼女の両親—つまり私の祖父母にあたる人達だ—は、彼女達が亡くなる少し前に事実を知っていたようだった。


なぜ二人が死に際に桔梗の花を手にしていたのか、気になった私は桔梗の花について調べてみた。そうしたら、その花には「永遠の愛」という花言葉があることを知った。きっとそれに起因しているのだろうと私は思った。死しても終らない愛、それを彼女達は求めたのではないかと。



香子さんと私の母はそれなりに仲が良く、彼女が私の家を訪れることが度々あった。そうなると必然的に私とも話をするので、私達はそれなりに親しかったと思う。香子さんはいつも子どもじみた私の話を微笑みながら静かに耳を傾けて聞いてくれた。


そして私が十五歳の時、香子さんが亡くなる二日前に、私は彼女からとてもぶ厚い手紙を渡された。何かと不思議がる私に彼女は、「あなたが十八歳になってから読んでほしいの。約束よ。必ずね」と念押しをした。その言葉に私は余計首をひねったが、私は元来真面目な性格であったし、懐いていた香子さんとの約束だったから、ずっと開けずに手元に持っておいた。



そして今日、私は十八歳の誕生日を迎えた。友達からの祝いの言葉よりも、家族が買ってくれるケーキよりも、この手紙を開けることを心待ちにしていた。学校から急いで家に帰ると、ただいまの挨拶もそれなりに自分の部屋へ駆け込み、荷物を雑に片付けた。そして机の引き出しを開けると、奥に大事にしまってあったあの封筒を掴み出した。これを香子さんが渡してきたタイミングから考えると、きっと彼女の死の真相について書かれているに違いないと思った。何故彼女は死を選ばなければいけなかったのか、何故、私に向けてこれを書いたのか。それをすぐにでも知りたかった私は、手紙を傷めないよう気をつけながら封筒の口を切り、綺麗な手書きの文字で綴られた言葉を読み始めた。

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