第4章

 男が出て行ってから、私はリリーにメッセージを送った。

「今、佐々木莉里のお父さんを名乗る人が家に来た」

 すると今回はすぐに既読がついて返信が来た。

「分かった。希海は私と一緒に心中するつもりはあるか?」

 意味はよく分からなかった。だけれどリリーと心中なら悪い気はしなかった。

「あるよ」

「ありがとう。今から西荻窪駅の前に来れるか?」

 ようやくリリーに会える。それだけで嬉しかった。私は財布も持たずに部屋を飛び出した。

 時刻は一八時を過ぎていたが外はまだ明るかった。リリーは人混みの中、半袖シャツに緩いズボン姿で待っていた。彼女は私を見つけるとニッと笑った。

「リリー、どこに行ってたの?」

「近くのネカフェにいたんだ」

 二週間ぶりに見る彼女は全く変わっていなかった。

「どうしていきなり呼び出したの?」

「うん? 白黒はっきりつけようと思って」

 彼女はそれ以上は何も言おうとせず、ただ腕を組んで駅前の人混みを睨んでいるだけだった。

「ついにお出ましだ」

 十分程待っていると彼女が低い声で呟いた。

 好き勝手な方向に歩く人々の中で、真っすぐこちらに向かって来ている人間がいた。

「あれだけ来るなと言ったのに、家に行ったらしいね? お父さん?」

 それは先ほど私が追い返した男だった。

「ちゃんと君の居場所を確かめようと思ったんだ。君のママにそう頼まれていたからね」

「じゃあママに言っといてくれ。私にはもう自分の家庭があるから、汚い男を寄こさないでくれって」

「家庭?」

 人々は私たちを無視して動き続けている。流動する人の群れの中、私たちだけが静止していた。

「家庭って、女の子二人で暮らしてるだけじゃないか」

「何を言ってるんだ? だって私たちは恋人だからね」

 リリーが私の手を握る。そしてウインクをして私に合図をした。顔から火が出そうになる。私はリリーの冷たい手を握り返して、何とか頷いてみせた。

「アンタみたく義理の娘に手を出そうとするような下らない恋愛はしてないんだ。頼むから帰ってくれ」

 男はリリーの告白を聞いて、まるで怪物でも見るような目で私たちを凝視した。リリーは「どうぞ」と手で駅の改札に行くように促す。男は半分逃げるようにして改札を抜けていった。


「あの男はね、今のママの彼氏なんだ」

 男が帰ってからリリーは問わず語りに今回の事件の全容を語り出した。私たちは手を離すタイミングを見失って、ずっと繋いだままだった。

「私が高校生の頃、家に来た。高三の頃、あいつに言い寄られたんだ。でもママはあの男のことを気に入っていたからね。私は逃げて来た。本当は希海には一切迷惑をかけないつもりだった。だけど、以前警察が来ただろう。どうやらママが心配して捜索願いを出したらしいんだ。それで私たちの住所がバレた」

「別に迷惑だなんて思ってないよ」

 本心だった。私から進んでリリーの秘密を探っていたのだ。むしろ私は責められるべきだった。

「まあ、あの男も私が同性愛者だと知ったら諦めるだろう!」

 暗い雰囲気を吹き飛ばすように笑う。私は真剣な顔で尋ねてみた。

「ねえ、私がリリーの恋人っていうのは完全に冗談?」

 するとリリーはニヤッとして言った。

「冗談だ。私たちの関係は恋人とかレズビアンとか言語化すべきじゃない。私は希海が好き。希海も私が好き。そうだろ? それでいいじゃないか。関係を言葉にしなければ悲劇名詞にもならないよ」

 彼女の強みはやっぱり独特なバランス感覚だった。

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リリー、私は貴女を知らない 秋山善哉 @zenzai0501

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