優しき天神は生贄を欲す 其の捌《はち》

その後、きちんと叔母夫婦と話がしたい。と言う私の言葉を無視した琥珀に、無理矢理に外に連れ出された私は、家の前で琥珀に怒鳴られていた。


「何でてめえははっきり言えねぇんだよ!!まさか本気で家族として帰って来て欲しいと言われたー!…とか思ってねぇだろうな!?労働力としてに決まってんだろーが!」


そう言う琥珀は、本来はあまり関係無いはずだが、どうやら本気で怒っているようだ。

その剣幕に、つい萎縮してしまう。


「でも…、大変なのは本当の事でしょうし…それに…」


やはり、人から必要とされるのは嬉しい。

どんな扱いにせよ、私を必要としてくれる存在がいるのといないのでは、心の持ちようが違うのだ。


…きっと琥珀には分からない。

だけど、それを琥珀に伝えるのも違う気がし、私は黙ったままうつむいた。


しかしそんな私の考えなどお見通しだったのか、琥珀は舌を鳴らして頭をかく。


「…人間ってのは、どいつもこいつも面倒な生き物だな」


その妙な言い方に何か引っかかるものを感じる。

違和感というのだろうか。

だが何に違和感を感じたのか分からず、私は琥珀の顔を下から覗き込んだ。


「琥珀は…寂しいと思った事はないのですか?」


それは気になるというより、本当にただ口を継いで出た言葉だった。

だがその言葉に、意外にも琥珀は表情をこわばらせた。


「…さぁな、俺はずっと…何百年も一人で…」


そこまで言った琥珀は、それ以上は何も言わずに口を閉じてしまう。

横顔には、ほんの少しだけ寂しさが隠れている様な気がしたが、触れて良い事なのか分からずに琥珀を見つめる。

すると琥珀は、余計な事を喋りすぎたと言わんばかりに顔をひそめた。


「とにかくだ!!てめぇはもう少し自分っつーものを待て!見てて苛々すんだよ!分かったか!!」


そう怒鳴りながら、乱暴に私の頭を掴む。

大きくてゴツゴツした手は、何故か嫌ではなく、これが鬼の魅力なんだろうか?と場違いな事を考えてしまう。


「せっかく来たんだ、必要なもん買って、とっとと山に帰るぞ」


その乱暴な言葉や態度に、他の誰よりも優しさを感じてしまうのは、私が愛情に飢えているせいの勘違いだろうか。

それとも私は既に、琥珀に魅了されているのだろうか。


隣の琥珀を見上げると、当の琥珀は私の考えている事など気にもせず、辺りの食べ物の店へ興味を移している。


すたすたと私を置いて先に行ってしまう琥珀の後を追いかけた私は、少し離れた場所から私達を見つめる澄華ちょうかの姿に気付かなかった。








伽耶が叔母夫婦の家を出てしばらく経った頃。

苛立たしげに帰って来た澄華ちょうかは、菊汐きくせきに伽耶と一緒にいた男…琥珀の事を問い質していた。


「お姉さんと一緒にいたのは誰?村では見た事がないけど…」


菊汐きくせきはその言葉に不快そうに眉を寄せると、知らんよ。と言い捨てた。


「一体何処の誰なのか…、伽耶に帰って来いって伝えたら、あの男と一緒に暮らしてるから駄目だとさ」


「一緒に…?」


「まったく…嫁入り前だと言うのに…」


生贄として山に捧げた事を棚に上げると、菊汐きくせきは深い溜息を吐く。


「死んでないのなら、また家の事をやって欲しかったのに…」


琥珀の言った通り、やはり夫婦が伽耶を望んだ理由は、労働力だったようだ。


だが澄華ちょうかは伽耶よりも、一緒にいた美丈夫びじょうぶの方が気になっていた。


この村では…いや、町や城下町まで行っても、きっとあんな色男はいない。

琥珀を見た澄華ちょうかは、一瞬で心を奪われてしまっていたのだ。


(…あんな素敵な人とお姉さんが…?)


脳裏に浮かぶのは、見上げるほどの身長と、たくましくて厚い胸板。そして目鼻立ちの整った、男らしくも美しい顔。


一目惚れなどという、優しい感情ではない。これは欲情だ。

琥珀を見た澄華ちょうかは、一瞬にしてとりこになったのだ。


(欲しい…、あの人が…)


勿論、琥珀が鬼だという事を知らない澄華ちょうかは、そのみだらな感情が、鬼の持つ魅了のせいだとは知るよしもなく、ただ本能のままに琥珀を欲するしかない。


そしてそれが、この後に起きる悲劇へと繋がるとは、思ってもみなかったのだ。

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