四 依頼
翌日、登校した智樹はクラスで一番の美人に声をかけられて、注目を浴びた。
土御門ほまれ。ふわふわとした柔らかそうな茶髪を下ろしている。左側で横髪を三つ編みにしているのが可愛いと人気の子だ。特に接点のないクラスメイト。
「少々お話があるのですが、お時間いただけませんか?」
「・・・いいけど」
智樹は訝しそうに頷く。
「では、こちらに。ここは耳がありますから」
クラスメイトたちの視線を遮るように、智樹は今来たばかりの扉を閉める。
土御門の後をついていけば、養護室横のカウンセリングルームに連れてこられた。
智樹が先に入り、土御門が入って鍵をかける。
鍵の音に驚いて、智樹が土御門を振り返れば、彼女は何やら長方形の紙を四枚取り出して、部屋の隅に放った。
鋭く飛ばされたそれらは、部屋の隅にそれぞれ張り付いて、仄かに光出した。
智樹は目の前の光景に目を疑い、強く目を瞬いた。
何が起こっているのか意味がわからない。
智樹が混乱して視線をあちこち彷徨わせて立ち尽くしていると、土御門は平然と席に座った。
彼女に座るよう促されて、智樹も渋々席に着く。
「それで昨日の件なんですけど、」
「昨日の件?・・・それに土御門は関係ないんじゃ」
「あリます。時雨ちゃんの昨日の吸精相手は私だったし、それに私は時雨ちゃんの監視ですから」
昨日常盤が抱えていたのは土御門だったのか。相手までは見ていなかった。
智樹は物騒な単語に眉を寄せる。
「監視?」
「そう。ニュータイプがどんな生態で能力を持ってるか観察して、危険行動をしないかの監視」
まあ事情はわかる。流石に吸血鬼なんて例のない新人類を野放しにはできないってことだよな。
なんで土御門が監視なんてやってるか疑問は残るが。
そこまで考えて、智樹はふと昨日の常盤の言い訳を思い出した。
「・・・常盤は告られて、せめてキスだけでもって言われたって言ってたけど」
土御門は困ったように笑って、言った。
「ああ。時雨ちゃんの嘘だと思います。時雨ちゃんはモテるからそういうことがない訳じゃないけど、私との昨日のあれは、話の流れで吸精のデータを取りたかったからだし。そう言ったら、相手の顔を見ないだろうと思ったんじゃないでしょうか」
実際あなたは見てなかったようですし。
「ふうん」
あんなに平然と、まるで真実のように嘘がつけるのか、常盤は。
どっちが真実かなんて俺には関係ないけど。心中でそう呟きながら、しかし智樹はどこかで安堵していた。
「それで。俺に何の用?」
あれを目撃した翌日、常盤の監視役が接触してくるなんて、口止めとしか思えないが。
常盤曰く、彼女が吸血鬼であることは知られているという。口止めではないだろう。意味がなさすぎる。
まあ常盤は嘘をつくのが上手いらしいから、それもまた嘘かもしれないが。
果たして、土御門はこう言った。
「あなたに協力をお願いしたいんです」
「協力?なんの?」
「時雨ちゃんの観察と監視のです。昨日分かったことだけれど、私が相手になると途中で観測ができなくなることもありますから。時雨ちゃんに自制を求めても、難しいようで・・・吸血鬼って常に飢えているようなんですよね。——そこで君がちょうど良いかもしれないと」
「なんで俺が、」
眉を寄せて智樹は拒否の意思を見せるも、土御門は変わらず微笑んでいる。
「恩田くん、時雨ちゃんが好きでしょう?」
「なっ!」
土御門の声音はほとんど断定だった。思いがけない言葉に智樹は目を見開いた。何を言ってるんだこいつは。
智樹は瞬きを数度繰り返し、心を落ち着けると、目の前の女に言い返した。
「好きじゃないよ。常盤のことなんてよく知らないしさ」
「そう?でも気になってはいるでしょう?よく時雨ちゃんのことを見ていますし」
見てるだろうか?智樹は自身の行動を思い返してみる。・・・確かに見てはいるのかもしれない。
俺は常盤のことが好きなのか・・・?
智樹は自問自答する。
「それで、引き受けていただけますか?」
土御門の丁寧な言葉が聞こえて、智樹は我に返る。
「え?ああ。いいよ」
智樹はなぜか土御門の提案を引き受けてしまった。なぜだかは自分でもわからない。
いつのまにか頷いていた。何をするのかもわからないのに。
「では、よろしくお願いしますね」
土御門は朗らかに笑った。
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