第9話 二度目の強襲

 ~3月15日 12:05 イタリア ナポリ内車道~


 カスケットが用意した水色のワゴン車――フィアット600ムルティプラ――のもつ雰囲気を取り入れてデザインされたキャルルックに乗った歩達は、どことも知らされていない目的地を目指して、海の見える公道を移動する。


「海を見てるってだけなのに、なんとなく外国ってカンジしますよね」


 歩は、日光に照らされて光り輝く海を見ながら、つぶやく。


「それでも、潮の香りとかって細かいところは、全然違うってのが、帰国してからすごく思うことになるんじゃないかな?」


 隣に座る動矢が、苦笑いを浮かべながら答えた。


「なんだかんだで、イタリアの生活に慣れてきちゃったから思うことなんだけど、この国って思った以上におしゃれ意識が強過ぎるもんでさ。日本で愛用してたジャージなんかを普段着にしてたら、指差されて犬のウンコ扱いされるなんてのは可愛い方でね。これ、誇張なんかじゃないからね?」

「そ、そんなに厳しいんですか!?」

「怖いよねー。ゆーて、僕もそこまで改善出来てないのは、見ての通りだよね」


 青と黄色のボーダー柄のロングTシャツの上に黒い無地のノースリーブジャケット、青いジーンズ、紫カラーのコンバースのシューズといった出で立ちは、確かに歩が想像するおしゃれなイタリア人のイメージとはかき離れたファッションだった。

 もっとも、歩の方も、赤紫のTシャツと紫のジップパーカー、七分丈のジーンズに赤いコンバースといった、己の中ではお馴染みの出で立ち。動矢と同類である。正直、互いに「こんなとこまで似なくてもいいんに」と思っていたりする。


「ドーヤはいちいち大袈裟なのよ」 

「同感だな」


 助手席のルーシーと運転席のカスケットは、息を合わせたようなタイミングで、動矢を諫める。


「安心してくれたまえ、アユム。確かに、イタリア人はファッションを始めとした美的センス、サッカー、トマトの扱いに関しては自分達が一番であるという自負はもっているが、だからといって他の国の人たちのセンスを嘲笑うような狭量な国ではないんだよ」

「えっ? そうなの?」

「おや? ルーシー、なんで君の口から疑問符が出てくるのかね?」

「いやー。私もスクールで結構あれこれ言われてきた身でさぁ。正直、日本に永住したいっていうのも、そういう価値観から遠ざかりたいってのが強くってね~」

「こ、コラコラ。我々はこれから、イタリアを拠点に各地のアンノウンを撃退しようってチームなんだよ? いきなりモチベーション下がるようなことにはならないでもらいたいんだけど……」

「かっは~! 随分と難儀な立ち位置にいるもんじゃのう、カスケットよ」


 運転席の後ろの座席に座る白峰が、楽しそうに笑う。


「からかうのはよしておくれ、白峰ハクオー。君の目にどう映っているかはわからないが、私は管理職どころか、サラリーマンですらないのだよ。金回りが良いってだけのこどおじと言っても良い。そんな人間に面倒見、なんてものを期待されては困るというものさ」

「ナチュラルに嫌味じゃのお?」

「いらないならもらってあげるわよ?」

「あれ? おかしいなあ? 女は結局のところ、金で男を選ぶという俗説があるって聞いたんだけど、全然違うじゃん」

「「「「うわぁ……」」」」


 これには、歩と動矢も失望を露わにせざるを得なかった。


「カスケットって、モテたかったの? まあ、男となら誰もが思うことではあるけどさ」

「ていうか、明らかにお金目当ての女子だってわかって受け入れるのは、いろんな意味でリスクしかないと思うんですけど? 時間に余裕があれば、港区女子って検索してみてくださいよ。絶対危機感もてますから」

「あ、歩。それは僕があえて目を瞑ってきた、日本の困った文化というか単語のひとつ……」

「港区女子って、あれでしょ? 羽振りの良い男と一緒に遊んで、高いものおごってもらってそのおつりで生計立ててるみたいな、ギャンブラーの一種でしょ?」

「ルーシーよ、それは歪んだ情報じゃぞ。まぁ、全てが誤っているとは言い難いとは思うがのぉ」

「アユムも、ああいった人たちが跳梁跋扈する港区に住んでるんだから、あまり近づかない方が良いってのは、嗅覚でわかるもんよね? カスケットみたいな人にも、近づいてきたりするって思う?」

「そんなこと言われても……」 


 港区に住む人間全てが、港区女子というわけではないし、そもそも歩の知り合いに二十代の女性はいないため、接点を持てるわけがない。そんな歩に港区女子の生態について尋ねるルーシーの言葉は、例えるなら「手にした鍵を、全く形の違う鍵穴に無理矢理突っ込ませようとする」ようなものだった。


「じゃがまあ、ルーシーの質問に対する回答は、おそらくNOじゃろうな。あやつらの中には、向上心が強い者も多いと聞く。芸能界に太いパイプを持っている脂ぎったおっさんとか、夢をサポートしてくれるパトロン的な男とか、ビジネスチャンスを掴むための手段としての出会いを探している人がいることも事実じゃからな」

「うげ……」

「これ、頭ごなしに否定するもんじゃあないわ。彼奴等の根っこにあるのは、成り上がることにある。そのためならば、たとえ望まぬ夜の過ごし方をするとか、世間の好奇の視線にさらされることとかを覚悟しながら挑んでいる者だっておるんじゃからの。その行動力と覚悟の強さは、特に日本の若者が徐々に失いつつあるパワーそのものじゃ。方法はともかく、その心の強さは、見習うべきものがあるわい」


 ここで、白峰はからかうような視線で歩を見据える。


「な、なんでぼくを見るんですか……?」

「いやいや。おぬしにも港区女子並みの思い切りがあれば、沙貴と伊織を交互に乗りこなすくらいわけないのにのぉ~って思ったり?」

「……日本は重婚禁止なんですよ」

「だったら早くどっちにするか決めるんじゃな」

「ぼくは沙貴ちゃんと結婚するって、ずっと前から約束してるんですよ!」

「それ、ちゃんとあ奴らに伝えたのか?」

「もちろんじゃないですか! でも、伊織はその上でぼくらの間に混じってくる感じだし、沙貴ちゃんも、口では文句言いますけど、伊織を突き放したりするような真似はしないしで、それで……」

「あらー、流されてーってわけかー……」


 間に挟まれる形で会話に巻き込まれた動矢は、想像よりはるかに複雑な事情を示され、胃が持たれそうになった。

 まさか、3P上等のスタンスで迫られ、かつパートナーもなし崩し的にそれを受け入れている状態。頼りになるのは、己の理性のみときた。尋ねたわけではないが、きっと三人の関係性――具体的に言うなら、結婚についての問題も、きっとその二人の女子は何かしらの打開策を見つけているのだろう。なぜだか、そんな予感がする動矢であった。


「うふふふ。結構モテるのね、アユムってばさ~!」

「か、からかわないでくださいよ……」

「そうだぞルーシー。まあ、ぶっちゃけ羨ましくはあるけ――」

「あ”っ?」

「どぉぉっと、ウソウソなんでもないなんでもない。ていうか、そんな浮気上等な生活とか胃に穴が開くっていうか、アニメでしかありえないっていうか……うん、僕には無縁だから考えるだけ無駄だわ」

「そうよドーヤ。身の程を弁えなさいよ」

「はい、すいません」


 声のトーンがめっちゃ下がった真顔のルーシー。その迫力にビビり、怯える子犬のように震えて縮こまる動矢。わかりやすい程の関係性だった。


(典型的なカカア天下じゃのう)


 白峰は微笑ましそうにしながら、窓の外を眺めた。


「ところで、この車はどこを目指しとるんじゃ? いい加減教えてくれてもいいじゃろうに」

「ふむ。なら、そろそろ話しておくか」


 カスケットは、眼前に広がる緑の丘を指差す。


「あの向こう側にある、古城だね」

「古城じゃと? そんなもん、地図にあったかの?」

「地図にはないさ。何せ、そこは私が資材をはたいて建造した、一種の隠れ家のようなものだからね」

「そんなところで、何をしようとしてるんじゃ? ……あぁ、これからの目的ってわけじゃなく、建造した目的って意味でじゃ」


 そこが目的地に選ばれたということは、ヴァンパイアたちのたまり場として機能していることは間違いない。それは、先のカスケットの発言からも容易に想像できることだ。

 問題は、歴史あるイタリアの町に、どうしてそんな紛らわしいものを、あえて建造したのかということだ。


「そこには、≪番人≫がいるのだ」

「ばんにん、じゃと?」


 それは、日常でありふれた言葉――だが、この場においては、想像以上に重要な意味をもつであろう響きだった。

 少年少女達は、大人達の会話を耳にし、先程まで緩み切った気持ちを瞬時に引き締める。特に、ヴァンパイアの語る≪番人≫という言葉を始めて耳にする歩は、全身の筋肉を硬直させる。


「既に、二人から話を聞いているかも知れない。君達日本で誕生した戦鬼のルーツがヒュドラ――すなわちヤマタノオロチにある。その法則を、ヴァンパイアに当てはめた時に、ルーツに当てはまる存在。すなわち、アークデーモンのアザゼルのことさ」

「アークデーモン……」

「そのアザゼルが、私の古城で待っているのだよ。他のヴァンパイアとも会えればいいが、まずはアザゼルとの対話に臨んでもらいたいのだ」

「その、アザゼルっていうアークデーモンが、この先に……」


 歩が、絞り出すような言葉と共に、カスケットが指差した方角を目にする。

 その先で――



 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 何かが爆発するような、轟音が響き渡った。


「えっ?」

「ちょ、何よ今の音!?」


 ルーシーの、誰にとも知れない質問に対する答えは、歩の目の前で噴き上がる炎が示してくれた。

 その、赤い炎の中から、無数の黒点が殻を破るように空に飛びあがる光景を。


「あれ……まさか!」


 黒点は、やがて渦を巻くように一体化し、黒いカラスのような姿になった。一本足の、左右で一対となっている翼を三対もつ、異様な姿をしたカラスだった。遠くから見てもはっきりとその姿が視認出来ていることから、かなりの巨体であることが窺える。

 そして――巨大カラスは、まっすぐに歩達を凝視し――突っ込んできた。


「くそ!」


 歩は咄嗟にリュックと赤い三鈷杵を手に取り、開いた窓から車の上に飛び乗った。


「お、おいアユム!?」

「ここは、ぼくが引き受けます!」


 歩が指を鳴らすと、リュックの中から銀色のチワワ型のペットロボが姿を現した。秀真が開発した、ペットロボ型戦闘補助ツール――コテツだ。


「いくよ、コテツ」


 コテツは、「わかってる」と言わんばかりに、しゃがんだ歩の膝にくっついた。

 歩は、レガの鍵を手に取った。












































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