第10話 悪意は海を飛び越えて

 ~3月15日 12:53 ナポリ湾上空~


 見覚えのある黒い何かが固まり、形作り、巨大なカラスの化け物となって歩達を襲う。

 そして、それを迎え撃つのは――帳歩。


「ドッグファイトならお手のもんだよ、犬だけに」


 歩はコテツの背中にレガの鍵を差し込む。すると、レガの妖力を受けて巨大化、変形したコテツは、真紅のシーザーを思わせる空飛ぶバイク――≪火の玉号≫となる。歩は≪火の玉号≫に騎乗し、ハーレーを運転するような体勢で機体を空に飛ばした。


「うおー! あんな使い方も出来るんだ!」


 車から、動矢の興奮する声が聞こえてきた。


「動矢よ、あまり興奮するでない。今の歩は、隠蔽の能力で一般人からは姿が見えないようになっておる。端から見たら、お主なんか危ないヤツじゃぞ?」

「おっとっと」


 口をふさぐ動矢を見て、思わず苦笑する歩だったが、すぐに意識をアンノウンに戻す。


「!!!」


 アンノウンは素早く、接触するまであと数秒といったところまで来ていた。

 無論、黙ってやられてやるわけがない。


「いくぞ!」


 歩は攻撃を念じ、≪火の玉号≫の両目からレーザーを発射した。しかし、アンノウンは急上昇してそれを避ける。

 それで良かった。下に下がられたら厄介なことになっていたが、さすがに出てきて早々、自爆をするような真似はしないらしい。それは、明確にアンノウンの目的が人類の抹殺とは異なっていることの証左のように、歩には思えた。


「こっちが狙いだってんなら……!」


 ちょうど、下の方が騒がしくなってきた。歩は操縦が不慣れなように見せかけるため、≪火の玉号≫を酔っ払いの千鳥足が如く、フラフラと空を泳がせる。そのまま海に向かうと、アンノウンはまっすぐに歩を追ってきた。

 そして、真下が海だけになる。


「んじゃ、始めるか!」


 歩は≪火の玉号≫を急上昇させ、アンノウンの突撃を回避する。土台がそのまま浮かび上がるように飛んだため、歩は≪火の玉号≫をそのまま足場として利用する。何も言わずに、後の事を≪火の玉号≫となったコテツに託す。

 そして、自身は懐に隠したペーパーナイフを手に取り、取っ手にレガの鍵を差し込む。歩の身長を超える大きさの赤い斬馬刀――レガ刀を上段に構えたまま、下から追ってきたアンノウンめがけて飛び降りる。


「たぁぁぁーーーーー!!」

「!!?」

 

 ここで、落下してくるとは思わなかったのだろう。アンノウンはロクに回避運動取ることも出来ず、歩が振り下ろしたレガ刀の一撃を頭から受ける。真紅の妖力が燃え上がらせることで放つ炎の一撃は、豆腐を切るようにアンノウンを両断した。燃え上がるアンノウンは、左右に分断され、そのまま炎によって塵と化した。

 落ちる歩だが、取り乱すことはない。レガ刀を元に戻すと、上から追ってきた≪火の玉号≫に掴まり、再び空を泳ぎ出す。


「ありがとう、コテツ。おかげで余裕で勝てた」

 

 歩は、適当な所に着陸して、≪火の玉号≫の変身を解こうとしたが、


『バカヤロウ! 油断すんじゃねえ!』

「ッ!?」


 内なる声が鋭く響き、咄嗟にハンドルを握る手に力を込め、持ち上げるように上に上げる。それに伴い、≪火の玉号≫は上空に飛び――先程までいた空間を、黒い波のようなものが通りすがった。


「今のは……!?」


 咄嗟に目で追うと、先程のカラス型のアンノウンを構成していた黒い粒子のようなものが、三日月のような形状のまま、空を飛び交っていた。

 こっそり、あれを黒い三日月――クレッセントブラックと命名する。


「まだ生きていたのか!」

『ちげえな。ありゃ後続みてーなもんだな』

「ご先祖様!」


 ≪火の玉号≫の後頭部――バイクのメーターに当たる位置が変形し、戦鬼レガの顔を模す。それが口を開き、レガの正体である歩の祖先、紅郎との対面を果たす。


「やっと起きてくれた! 今、かなりヤバい状況なんですよ!」

『んなこたしってらぁ。前にも会ったしな』

「そいつらがまた出てきたんですよ! あ、ちなみに今、イタリアにいますからね」

『南蛮よりもっと遠くってか? 随分と規模のデカい話になったもんだな』

「感心してないで、死にたくなかったら手伝ってくださいよ!」


 こんな問答をしている間にも、クレッセントブラックは分身しながら、全方位から歩の駆る≪火の玉号≫に襲い掛かる。余裕があれば、ビームで撃ち落したりもしているが、分解しても再び黒い粒子が合体して襲い掛かってくるので、気が抜けない。

 未知の相手ということもあり、ヤマタノオロチを相手に善戦した歩でも、気が動転しつつあった。


『その女々しいとこ、さっさと直せっつったろうが。そんなだからテメーの女の尻に敷かれ続けることになんだよ』

「今関係ないでしょ!」

『大ありだ。男なら、テメーの女ぐらいしっかり組み伏せて喘がせて見せるのが――』

「下ネタ言ってる場合じゃないんですって! つーかまさかそんな理由で今まで引っ込んでたんじゃないでしょうね!?」

『他にねーだろ』

「あるだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 少しでも心配していたのが、急に馬鹿らしくなり、歩は叫ばずにはいられなかった。


『ところで、歩さんに質問したいことがあるんですけど?』


 今度は紅郎の嫁である青江の声が出てきた。紅郎がしゃべる時は赤く光っている目が、今は青色に変化していた。地味に良心的なシステムである。


『実体のない私達の間に、もし子どもが出来たら……どうなると思いますか?』

「わああああああああああああああああああ!!」


「どうでもいいわ!」と叩きつけるように返す前に、≪火の玉号≫が撃墜されてしまった。変身が解けてコテツの姿に戻り、レガの鍵が手元に戻ってくる。

 つまり、墜落。

 

「まったく、世話が焼けるのぅ」

「ウッ!?」


 突然、背中に衝撃が走ったかと思えば、すぐに反発して持ち上げられる――まるで、トランポリンの上に落ちたような感じで落下を免れた。

 落ち着きを取り戻した歩は、自分の足場になっている物の正体を見定める。

 何重にも束ねられた、見覚えのある呪符だった。


「これ……白峰さんの呪符か?」

「そういうこったの」


 一反木綿という妖怪のように空を泳ぐ巨大な符の上に乗った白峰――彼女が変身した姿である戦鬼ハクオウは、お馴染みの裾の長さに余裕がある白い着物に着替えた状態で追随していた。裾を風にたなびかせる姿は、余裕の表れのように感じられる。


「来てくれたんですね……」

「まあの。ヴァンパイア連中は全員飛べないとかゆーとるし、何より行く先の建物がどうなってるのか、急いで確認せにゃならんっちゅーこってな」

「なら、こっちばぼくらでやらなきゃですね」

「そういうこったの」


 歩とハクオウは、頭上を飛び交うクレッセントブラックを睨む。


「こういうけったいな相手は、妾が適任じゃな。歩よ、今回は妾をフォローするカンジで手伝ってもらえんか?」

「わかりました。何をすれば良いですか?」

「妾の護衛は絶対。ちゅーことで、出来るだけあ奴らのヘイトを集めてもらうってことでよろしゅう」

「つまり盾役タンクってわけですね?」

「やれそうかの?」


 歩は、奇襲するように迫ってきたクレッセントブラックの突撃を、青江から託された小太刀≪虹蛍≫で弾き飛ばした。


「……うん、やれます」

「んじゃ、頼んだぞ。大体一分あれば充分じゃからな」

「任せてください!」


 歩は、レガの力の媒体である赤い三鈷剣を掌の上に顕現させ、握る。


「ご先祖様。力と体、お借りします!」

『はい、応援してますよ』

『ちゃんとやれよなー』


 命を懸けた戦場には似つかわしくない、のんびりとしたGOサイン。

 歩は苦笑しながら、三鈷剣を胸に突き刺した。それに伴い、体が赤い光に包まれ、膨れ上がり――爆発した。

 そして、歩の身体は、熊のように大柄なメタリックな赤い鬼――戦鬼レガの姿に変わった。


「……いつ見ても、圧倒的なパワーを感じるのう」

「レンタルなんで、あんま自慢は

出来ませんけどね」

「どっちでも構わんよ。それより、広範囲かつ威力の高い術をぶっ放すからの。合図したら、上手く逃げるんじゃぞ」

「はい。そんじゃ、いきます!」


 レガとなった歩は、数歩前に躍り出て、迫りくるクレッセントブラックの攻撃を、片腕で防ぐ。


「……やっぱり、油断は出来ないか」


 歩は、レガの腕にできた擦り傷を見て、唇を引き締めた。ヤマタノオロチのような規格外の化け物を覗いて、レガのボディに傷をつけられたのを見たのは、初めてのことだった。痛覚はさほどのものではなかったとしても、無防備の状態で受け続けると、さすがのレガでも危険だ。

 それは、目の前を飛び交う数多の黒い刃が、危険な存在であることを改めて認識させるには十分すぎる結果だった。


「さて……」


 死亡フラグになりそうだから口には出さなかったが、別に、あれを「倒してはならない」といった指示は出ていない。


「やられっぱなしってのも、ムカツクんでね!」


 歩は、背後から迫ってきたクレッセントブラックを、片手で掴み――握り潰した。クレッセントブラックは黒い粒子となり、重力に従って海に落下する。だが、すぐに他の個体に吸収され、より大きく成長する糧となった。

 手に持てるサイズから、レガと同じくらいまで大きくなった。仮に、あれの斬撃を受けてしまったら、さすがにどうなるかわからない。

 内から湧き上がる感覚に従いながらも、歩は次々と襲い掛かってくる小型のクレッセントブラックの大群の攻撃を避け、握り潰し、弾き飛ばし――時にはあえて身に受けることで、どうにか連中のヘイトを集めることが出来ていた。ハクオウが何をしようとしているのかはわからないが、戦闘経験が豊富な彼女のこと、きっと歩では出来ないことをしてくれるはずだ。

 眼前に、巨大なクレッセントブラックが現れる。完全に、虚を突かれた形だ。

 歩は無意識の内に、掌につけた戦鬼イオの黄金の腕輪に意識を集中させる。妖力を電力に変換し、電磁バリアーを張った。直後に、クレッセントブラックの刃がバリアーにぶつかり、バチバチと大きな火花を上げ続ける。やがて、根負けした相手が、歩から一度離れていった。

 巨大なクレッセントブラックの攻撃を、なんとか受け止めることに成功した。しかし、その隙を突いた小型の群れが、背後から歩の背中にぶつかり続ける。


「くっそ邪魔だ!」


 歩はバリアーを解き、体全体に妖力を纏わせ、それを鬼火に変えた。強大なパワーを炎に変えたことで、接近してきたクレッセントブラックはたちまち焼失していく。

 だが、そこでまた歩は、安心を――油断をしてしまった。

 再び、巨大なクレッセントブラックが、歩めがけて突進を仕掛けてきた。

 しかも、今度は形状を変えて、レイピアの刀身のように細く長くなって。

 歩は、思わず頭の中が真っ白になった。

 黒の槍が、無情に赤い外皮を貫く――


「噴ッ!」


 歩の目の前が、真紅に染まる。

 それは、自分の身体から飛び出した血――ではなく、炎だった。

 肌を焦がすような感覚と共に、我に返る歩。


「こ、これって……!」


 五秒程経って、炎は収まり、元のイタリアの青い海とキレイな街並みが視界に戻って来た。違いがあるとすれば、さっきから身の回りを飛び回っていた、ハエや蚊と同じくらい生理的に受け付けない危険な存在が、全く見当たらなくなったことくらいだ。

 振り返ると、ハクオウが苦笑しながらも、サムズアップしていた。

 考えるまでもない。

 先程の炎は、ハクオウの術――火山の噴火のように鬼火を燃え上がらせる――そういう術なのだろう。名前はわからない。ハクオウの符術は、レベルを表す『だん』、属性を表す『りん』、性質を表す『かた』の三つを組み合わせる呼び方しかしないからだ(例・強さ三、炎、火山で、三炎火山さんえんかざんという)。


「避けるまでもなかったか?」

「えっ? いや、合図とか全然聞こえなかったんですけど?」

「そっか? まあ、背中をガンガンと叩くような音ばっか聞こえたから、それで耳に届かなかったのかも知れんなぁ」

「ひ、酷過ぎじゃないですか……?」


 歩じゃなかったら、消し炭になっていた可能性はあるだろう。


「まあ、終わり良ければすべて良しってな! 結果的に勝てたんじゃし、何よりお主も五体満足でいられたんじゃから、気にするでない!」

 

 ハクオウが、「かっかっか!」と笑いだす。まあ、歩としても、彼女の符術がなければ殺されていた可能性はあったのだから、これ以上文句は言えない。


「そんじゃま、移動するとすっかの。歩よ、空飛ぶバイクで移動せんか? そっちのが早いじゃろ」

「わかりました」


 歩は変身を解くと、三鈷剣を手に取る。再び鍵を出してから、それをコテツに差し込み、≪火の玉号≫に変える。

 歩は≪火の玉号≫に跨り、タンデムシートにはハクオウを乗せる。そして、飛び始めたと同時に、ハクオウの符術によって形成された足場は、ただの紙切れとなり、イタリアの空を飛んでいった。


………………

………… 

……


 歩とハクオウを乗せた≪火の玉号≫は、動矢たちとの合流を目指して、ヴェネツィアの町の上を飛ぶ。


「歩よ! あのアンノウンの特性、少しずつ見え始めた気がせんか!?」


 ハクオウが後ろから声を張り上げる。移動する乗り物に乗りながらの会話は、風を切る音がノイズになり、声を張り上げないと聞こえないのだ。


「特性ですか!? どんな!?」

「お主は、奴らが不死身だとは思っとらんよな!?」

「そこまでは思ってません! 前の時は倒せましたから!」

「じゃが、今回の敵は合体と分離を繰り返しながら攻めてきおった! 面倒な真似しやがるわい! ったく!」


 一度倒しても、すぐに他の個体が吸収して強化されてしまう――実にエコな生命体だと思いながら、それを脅威に思ったのは事実だった。

 しかし、倒せない相手ではない。

 その、糸口となるのは――、


「鬼火……ですよね!?」


 歩の鬼火。ハクオウの炎の符術。いずれも炎による攻撃だ。無論、ただの炎ではなく、戦鬼のもつ妖力を炎に変えた特殊な炎――鬼火。

 この、鬼火の攻撃をうけたアンノウンは、ほぼ確実に焼失していた。


「結果的にはそういうことじゃろうが、もっと根本的な話じゃ!」

「どーゆーことですか!?」

「後ろからお主の戦いを見ていて、気付いた! 奴ら、黒い粒子の他にも、ビー玉くらい小さな黒真珠みたいなもんが混ざっとった! それもいくつもな!」

「粒子と、ビー玉ってことですか!?」

「全部がそういうわけじゃないかも知れんが、たぶんあれは細胞とそれを集めるための核じゃ! それらが合体し合うことで、あ奴らは様々な形状に変化することが出来ると、そう感じたんじゃ!」

「じゃあ、少なくとも核を壊さなきゃ、奴らは再生し続けるかもしれないってことですか!?」


 気が遠くなりそうになる歩だったが、ハクオウはすかさず「違うと思う」と言って、否定した。


「動矢からの報告も併せて考えると、再生だとか同化――正しくは核同士の連結って言い方になるかの!? は、おそらく回数制限がある! 無尽蔵にくっつくことが出来るのなら、少なくとも力に目覚めたばかりの動矢が黒い桃太郎みたいなヤツに勝つことは無かったはずじゃからな!!」

「あぁ、そう言えば!」

「今はまだ、これぐらいしか情報はないが、少なくともやり方次第では十分に対応できる相手ってことじゃ! 悲観する必要はないってな!」

「はい!」


 歩は、≪火の玉号≫のスピードを上げた。

 動矢たちへの、良い土産話が出来た。

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