第5話 鉄血

 新しい、だけどどこか懐かしい感覚だった。

 ヴァンパイアとして覚醒を促され、目覚めた動矢が得た能力は、『心臓を自由に動かす』という、よくわからない能力だった。

 心臓は血を生み出すための器官。血を媒体に力を振るうヴァンパイアにとっては、人間以上に重要な部位となっている。その心臓を自由に動かし、生み出す血液をもって人間を超える力を発揮する――平たく言えば、それがヴァンパイアという鬼の能力であると言える。

 

 しかし、日本でヒュドラを討伐した戦鬼レガの血を取り込んだ今だからこそわかる。

 自分は、重大な勘違いしていた。



 ~3月13日 11:20 三田通り~


 何故だろうか? 自分がこうするべきだってことが、あらかじめわかっていた――そう思ってしまうくらい、動矢は歩の血を飲んだことで目覚めた能力を受け入れていた。

 この姿をしている自分の名は、自然と頭に浮かぶ。


「アァ!? なんだテメーは!」


 歩と分離して戦っていた戦鬼レガが、変貌した動矢の姿を見て大きく口を開けた。


鉄血鬼てっけつき……って名前、どう思います?」

「ケツ……が、なんだって?」

「まあそんなわけで! ここは僕が!」

「ああコラ! 人の獲物を!?」


 呆気にとられたレガの隙を突く形で、動矢は抜け駆けし、距離をとったばかりの黒桃太郎に追撃を仕掛けた。それは、純粋に飛びかかっただけの動作だったが、黒桃太郎は動矢の体当たりをまともにくらい、仰向けに倒れる。


「ケェェェェェ――――――――――!」


 ここで、ブラッガによって足止めをされていた黒雉が、黒桃太郎の元に降りてきた。立ち上がった黒桃太郎の背中にしがみ付くと、そのまま二体の化け物は解け合うように合体し、全身真っ黒の天使のような姿に変化した。


「ぐぅー! ワリワリ、攻撃させないだけで精一杯――ってぇ、おまん誰じゃあ!?」

「あ、こんにちは。新井動矢です」

「おーさっぎの。ほぉー、そんなカッコになれんのかい?」

「たった今、ですけどね」


 動矢は一人前に出て、翼の付いた黒桃太郎ににじり寄る。


「おう、わかりやすぐなっだもんじゃの。なりゃ、今度こそ――」

「テメーはすっこんでろ」

「おごごっ」


 レガに首根っこを掴まれたブラッガが、むせた。


「おぉ、赤の旦那の方ですかい? オッスオッス」

「あいつ、歩の血を飲んだ直後にああなりやがった。ちと様子を見てみんぞ」

「ほへぇー。御意でございまするー……」

「お疲れ様です、フラガさん」

 

 遅れて、歩が駆け寄ってきた。背後には、背後霊のような青江とルーシーもいた。


「すみませんフラガさん。一番面倒なヤツの動きを封じてくれて、助かりました」

「たまにはヒーローになりてーもんじゃが、まあみんなが無事ならそれでええんじゃね」

「無事……なんですか。あれ?」


 ルーシーが、不安げに動矢の背中を見つめる。


「それを確かめる必要がある……そうですよね、青江様?」

『はい、そうです』


 歩の頭をなでながら、青江は動矢の動きを注視する。


『もし、動矢が戦鬼レガとなる時に身に付けるはずだった鬼道を、彼は今、自覚しました。すぐにでも試したいでしょうから、お手並み拝見と行きましょう』


 それきり、皆が無言を貫くようになった。

 それを感じたことで、動矢は気兼ねなく、目の前の敵に集中出来るようになった。


「僕の鼓動、見せてやる……アクティブハート!」


 〈起動〉を意味する、肉体の活性化を促す心臓の鼓動。動矢だけが出来る、動矢だけの特殊な心臓の動かし方を実行することで、身体中に力が溢れてくるのを自覚する。


「いくぞ!」


 先に仕掛けてきた黒桃太郎が、刀を振り下ろしてきた。動矢はあえて、それを拳で受け止める。すると、変化した赤黒い腕が、黒桃太郎の刀を、接触面となる中心部からポキリと叩き折った。

 攻め手を失ったのか、黒桃太郎は翼を使って後退する。


「逃がすかよ……!」


――〈疾走〉、アクセルハート!


 動矢は素早く動くための血の使い方を実行し、その身を青く輝かせる。

アクセルハートは、無駄な重さを誤魔化し、とにかく素早く動くための必要な血による仕組みづくりを実行するための鼓動である。心臓からの血の供給量を一時的に底上げし、その血を筋肉代わりに使うように妖力で調整する。そして、無意識で重力による干渉を緩和、強化することを繰り返すことで、神速とも呼べるスピードを得る。

 アクセルハートによって、動矢は黒桃太郎の眼前に接近。右に跳ぶ。動矢がいた空間を、黒桃太郎の体から放たれた無数の刃が通り過ぎる。攻撃が空を切ることに黒桃太郎が気付いた時、動矢は相手の真後ろに回り込んでいた。振り向かれる前に、右ストレート。勢いだけで放ったもんだから、心臓を狙ったはずのパンチは黒桃太郎の右肩に当たった。

 しかし、底上げされたパワーは、黒桃太郎の肩甲骨辺りから腕までを吹き飛ばした。苦悶の声は上がらず、黒桃太郎はすぐに体制を立て直し、右腕を再生させた。今度は、肘から下が刃に変化している。

 もっとも、その程度の変化は、今の動矢にとって見掛け倒しでしかなかった。


「なら、こっちも!」


 黒桃太郎が迫り、動矢も正面から迎え撃つ。

 相手の右手の刃が自分の身体を切り裂こうとするのを、動矢は右手の拳で受け止める。

 互いの攻撃が接触する瞬間、動矢は奥の手である鼓動を発動させた。


「必殺……!」

 

 ――〈燃焼〉、バーニングハート!


 右手にまとう血の鎧を、破壊のための炎に変えて燃え上がらせる。

 そして、動矢の火拳と黒桃太郎の刃がぶつかり合った。

 動矢の拳は――空を切っていた。

 鼓動によってもたらされた動矢の炎は、黒桃太郎の刃を容易に溶かし、本体ごと溶断したのだ。切断面に残る動矢の炎は、そのまま黒桃太郎の全身を包み、燃え上がらせた。炎は十秒程経過したところで燃え尽き、その後には何も残らなかった。


「……ふぅ」


 勝利を確信した動矢は、リラックスするために深呼吸を行う。それに伴い、全身の鎧は蒸発し、元の姿に戻った。


「ドーヤ!」


 ルーシーがかけつけ、動矢の全身をくまなく確認する。


「どうしたの?」

「……一応、おかしなトコは無いみたいね」


 訝し気な目のまま、ルーシーは動矢の頬を軽くつまんだ。


「いや、ホントなんなの……?」

「最弱なんて言われてたのがウソみたいね……」

「ま、まあ……」


 ルーシーの言う通り、動矢のヴァンパイアとしての実力は、仲間内の中では最弱だと評されていた。血をたくさん作ることが出来ること以外に個性が無く、相手にとって脅威となる可能性は著しく低い。それは、動矢自身も同感だった。

 しかし、ここにきてその自己評価が、一気に覆ることになった。それどころか、最初からこうなるために必要な要素だったと言わんばかりだとすら、思えた。


「お疲れ様でした、動矢さん」


 戦鬼組を代表して、歩が駆け寄ってきた。


「あぁ、歩くん。ごめんね、僕のせいで傷が出来ちゃったでしょ?」


 動矢は忘れていなかった。

 彼に与えられた血のおかげで、自分の能力が目覚めたこと。

 そのために、不要な傷を作らせてしまったことを。


「気にしないでください。あんなので助けられたんなら、良かったです」


 歩は動矢の左腕に軽く触れ、勝利と生存を労った。


「いろいろ気になることはありますけど、とりあえず、ありがとうございました。おかげで楽に勝つことが出来たと思います」

「ケガしちゃったことは自業自得だけど……でも、うん。結果的には、良かったかも」


 心配してくれたルーシーと歩には悪いが、ここで黒桃太郎に致命傷を与えられなければ、もしかした自分の能力は目覚めなかったかも知れない。不謹慎だが、これで動矢の中で密かにくすぶっていた、他のヴァンパイアたちに対する劣等感が払拭される形になった。

 だから、戦闘が終わって尚、動矢の精神は昂っていた。

 日本観光を楽しみたいという気持ちが、今では「新しい自分の能力を試したい」――そんな欲求に変化してしまう程に。


「歩君、お疲れ様でした」


 後ろから、別の少年の声が聞こえてきた。振り返ると、金髪を短く切り揃えた学ランの少年が駆け寄ってきた。


「秀真! 今のは――」

「途中からでしたが、見ました。面倒なことになったものです」


 歩から秀真と呼ばれた少年は、動矢とルーシーを交互に見る。


「……なるほど。噂に聞く、イタリアの鬼ですか」

「「えっ?」」

「歩君たちと共闘していたことは把握しています。ただ、今はとりあえず移動をしましょう。腰を据えて話すには、ここは騒々しいですからね」


 荒れた道路に、野次馬の騒ぎ声。サイレンの音。

 これから、ここは今以上に大きな騒ぎの元になる。


「歩君。任務完了直後に申し訳ありませんが、今一度三課の部屋に向かいましょう。詳しい話は、そこで。……お二方も、それで構いませんか?」

「助かるわ」


 聡いルーシーは、秀真の言葉の意図に気付き、頷いた。動矢も異論はないので首肯して見せるが、なんだか頭の回転が遅いように感じられ、密かにため息をついた。


「では、移動しましょう。車を使うにも中途半端な距離なので、申し訳ありませんが移動は徒歩でお願いします」

「おらぁ、緑のヤツに勾玉届けにゃなんで、後から行くぜー」


 戦鬼ブラッガから戻ったフラガが、少し申し訳なさそうに笑い、東京タワーの方向に視線を移す。わずかに聞いただけだが、動矢は彼らは待ち合わせの場所に向かっていたようだったことを思い出した。


「あぁ、そうでしたっけね」


 歩もまた、アクシデントがあったせいで、本来の目的をすっかり忘れていたようだ。


「もしかしたら避難してるかもしんねえし、遅れたらごめんよ」

「気にしないでください、フラガさん。オグリさんにもよろしく伝えておいてください」

「応とも! んじゃ歩、また後でなー」


 フラガは仲間達に手を振り、東京タワーの方向に向かって走っていった。


「では、我々も」


 秀真の指示に従い、一行は港警察署を目指して歩き始めた。そこで、歩は戦鬼レガを三鈷剣に戻して、懐にしまう。歩から血と力を分けてもらったことで彼の力を身近に感じられるようになった動矢は、三鈷剣が服に隠されて間もなく、彼の身体の中に吸い込まれていくのを感じた。


「ねえ、秀真。あの敵は何だったのかな?」

「すみません。今回ばかりは、僕も君と同じ立場になります」

「つまり、未知の敵ってわけ?」

「そうなります。あれで打ち止めなら良いのですが、そうでないならトライアル&エラーが求められることになるでしょう。……気の毒ですが、僕らはまた、君の力を借りることになる可能性が高いと判断しています」

「それは全然良いんだけど……ヤマタノオロチだけじゃなかったんだね。人類の敵になりかねない存在ってのはさ」

「先生も、直に署に戻るはずです。ゲストも含めて、そこで情報の整理が必要です。……あらかじめ伝えておきますが、きっとしんどいことになるでしょう」

「生存戦争なんてのだけは、勘弁してほしいなぁ……」


 歩は、盛大にため息をついた。

 その様子を見て、動矢は妙な胸騒ぎを覚えた。


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