第4話 血族

 新井動矢の両親が離婚したのは、大体二年前のことだった。


「これは、家族全員の安全のためなんだ……」


 ある日、家族四人で夕食を終えてから、父親から急にそう告げられた。


「お父さんもお母さんも、あなた達のことが大事。そして、お互いを尊敬している……そのことは、一切変わっていないわ」

「じゃあ、どうして……?」


 動矢の隣に座る兄が、困惑した様子で尋ねた。急に離婚を切り出した両親――彼らの間に何があったのか? そしてどうして相談してくれなかったのか? きっとそういう思いで険しい表情をしていたのだが、徐々に予想もしない方向に話が流れていき、理解が追い付いていないようだった。

 動矢も、同様だった。

 そして、母からの説明は、兄弟の困惑をさらに深めるものとなった。


「鬼に、なるかもしれないの……」

「……えっ?」

「なんだって?」

「一応父さんからも言っておくけど、別に母さんは気がふれたわけじゃあないぞ」


 念押しされた。真意はともかく、両親なりに本気なのだろう。

 しかし、飲み込めない。


「お母さんの家系には、代々そういう性質をもつ人間が生まれることがあるらしくって……でも、ずっとそんな傾向は無かったから、お母さんも忘れかけてたんだけど……」

「だけど?」

「……会ったの。鬼に」

「「????」」


 兄弟は、「急に何を言い出すんだ?」とばかりに、眉をしかめた。

 しかし、理解しようとすまいと、動矢の母は続ける。


「その人は、先祖代々、鬼の存在を正しく伝えるために、家系を見守ってくれている……後見人みたいな人なんだけど……その人から、急に知らされたの」

「何を?」

「私達を鬼にする存在が……現れるかも知れないって」

「……母さん……」

「動矢。気持ちはわからんでもないが、これは本当のことなんだ」

「なんでそう言い切るんだよ?」

「兄ちゃんの言う通りだ。意味わかんねって」

「見たことがあるからだ」


 父までもが、そう言い放つ。やはり、ふざけている様子はない。そもそも、動矢の父親はジョークの類が苦手で、その人柄は良くも悪くも、「真面目」という文字がピッタリな男だった。

 だからこそ、兄弟は理解が追い付かなくなっていく。


「念のために聞いておくけど、宗教上の概念とかそんな話じゃないんだよね?」

「生物学的な話をしている。むしろ理系の話と思え。弓太郎きゅうたろう、お前の得意分野だ」

「大した無茶ぶりだね……」


 動矢の兄、弓太郎は力なく笑う。


「しかし、弓太郎についてはあまり心配はしていない。実は幼い頃……動矢がまだ生まれる前の話だが、その時にあなたはさっき話した後見人的な人に会ってるのよね」

「そ、そりゃあ覚えてないに決まってんでしょ……!」

「その時にね、その人は言ってた。「このボーヤは、素質が無い」って」

「なんの?」

「鬼になる……ってことなんでしょうね。きっと」

「どーでもいいわー」


 弓太郎は、「無駄話に付き合わされた」とでも言わんばかりにため息をついた。それはもう、大袈裟に。見せつけるように。

 ただ、そうなると――両親の言葉が真実だということを前提とした話にはなるが――その後見人という鬼が危惧しているのは、何なのだろうか?

 その、対象となるのは――


「だから動矢……お前はこれから、父さんと一緒にイタリアに行くんだ」

「えっ!?」


 急に思いも寄らない方向に話が進み、動矢は仰天した。


「い、イタリアって……なんでそんな!?」

「弓太郎が鬼になる素質がないと断言されている……その上で、母さんにその人は言ったの。「子孫の誰かを、鬼が狙っているかも知れない」って」

「その子孫って、まさか……」

「動矢の可能性が高いってことになるわね」

「……………………」


 動矢は、母からそう告げられた。

 自分達は、鬼の子孫。そして、先祖の鬼がその子孫を狙っている。

 それが意味することはわからない。しかし、両親がこのような話をする程度には、急を要する話だということ。

 それらを思い返した上で、動矢は――


「ふ~~~~ん?」


 結論より、鼻の奥にハナクソの存在の方が気になっていた。指で鼻を何度もこねくり回し、テーブルの上にあるティッシュを一枚とり、それを鼻に当てて思い切り鼻息を出す。案の定、ポロっとデカいハナクソが出てきた。気分が良かった。


「動矢。随分と他人事みたいにしているじゃあないか?」

「だって、さっぱりわかんねーし」


 兄に倣うわけじゃないが、動矢もついため息をついてしまった。


「それで、なんで父さんと母さんが離婚して、しかも僕がイタリアに行かなくちゃあなんないんだよ? 全然意味がわかんねーんだけど?」

「離婚するのは、子育て支援を受けるためだな」

「へっ?」

「対外的には音楽性の違い的なニュアンスで誤魔化すが、とりあえずやむを得ない事情から片親になったということで、イタリアで経済的な支援を受けられるようにするためだな」

「お父さんのお母さん……あなた達から見た父方の祖母は、イタリア人ってことで、お父さんは昔イタリアに住んでたからね。勝手がわかるのよ」

「そりゃ、知ってるけど……」

「後は、効果があるかどうかはわからないけど……物理的に距離を離すことで、その子孫を狙う鬼っていうのが、動矢を狙わなくなることを期待しての判断ってことよ」

「実は、移住のためのアレコレはもうとっくに済ませてあるんだ」

「離婚届も、提出済み。よって私達一家はこれから生き方を変えるの。ただし、心の中では今からもずっと、私達は新井一家よ。それだけは忘れないで」

「一応念押しの意味で聞くけど……父さんと母さんは、本当にお互いが嫌いになったから離婚するんじゃないんだよね?」


 動矢が尋ねると、両親は異口同音に、「当たり前でしょ」と答えた。


「なんなら、目の前でキスをして見せようか?」

「……今からでも三人目ってのは――」

「待て待て待て」

「キツイキツイキツイ」


 兄弟は慌てて、母の言葉を制止する。思春期真っ盛りの二人の年代で、両親のこういう話は、不快ではないものの、だけど決して気分が良いものではなかった。


「無論、この心配事が無くなれば、父さんと母さんは光よりも早く復縁するぞ」

「私達夫婦に役所がついてこれるか、それだけが心配だわ」


 互いに見つめ合い、ため息をつく夫婦。動矢と弓太郎もまた、互いに顔を合わせ、ため息をついた。

 この夫婦は、どこまで本気なのだろう?


「でも、見せられたもんを見たら、ひとまずそういうもんだって思わなきゃならないってわけだな」


 弓太郎の言う通りだった。動矢は、改めて父がテーブルに並べたものを一瞥する。

 受理印が押された、夫婦の氏名が書かれた離婚届のコピー。

 動矢のパスポート。

 弓太郎のマイナンバーカード。

 それら全てが、既に夫婦が離婚したことにより、変更するべきものに更新された後のものになっていた。

 動矢は力なく笑った。

 これはもう、受け入れるしかない。


「お前も大変だね」


 弓太郎は、からかうように動矢の背中を叩く。


「兄ちゃん、あんた他人事だと思いやがって……」

「実際他人事だしなぁー」

「イタリア語なんて、もうさっぱりだって……」

「ガキの頃、旅行で滞在して、それっきりだもんな。俺らの場合、また勉強し直さなきゃな」


 その縁で、英語の成績だけは良かったりするのが、新井兄弟の秘かな自慢だったりする。


「ま、上手い事やれや。なんか食いたいもんあったら、いつでも送ってやるからな」

「キリなくなるだろーなー……日本の飯は美味いってのは、全世界共通らしいし」

「でも、俺もしばらくは、名前を書く時間違えそうだなぁ」

「書くのは楽になるけどね」

「間違えんなら意味ねーだろ」


 動矢と弓太郎は、更新されたマイナンバーカードの氏名欄を見て、今日何度目になるかわからないため息をついた。


 こうして、新井一家は別々の道を進むことになった。

 動矢はイタリア人らしく、ドーヤ・アライと名乗るようになった。 

 そして、兄の名前も変わった。


 新たな名は――『まどか弓太郎』。



 ◇◆◇◆


 ~3月13日 10:21 三田通り~


 阿鼻叫喚が響き渡り、通行人たちは無我夢中で逃げ出した。

 

 片や、ニュースに出てきた赤鬼と、その仲間と思われる黒い鬼。

 対するは、全身真っ黒な犬、猿、雉。そして、くっきりとしたディテールによって表現された、桃太郎――を模した人型の何か。


 突如、下からアスファルトの道路を突き破って現れた黒い化け物を前に、戦鬼レガとなった歩と戦鬼ブラッガは余裕を崩さない。

 その様子を、ドーヤとルーシーは固唾を飲んで見守っていた。


「うーん。見た目だけとはいえ、犬を痛めつけるのは気が引けるんだよなぁ」

「フラガさんも犬が好きなんですか?」

「んだな」


 ブラッガは、両頬に手を当て、うっとりする。


「犬っコロはええぞぉ。愛情を示せば、きちっと応えてくれっし、頼ってくれる。猫ってのは孤高な存在だから、表面的にはイチャイチャしてても、ほぼ人間にゃ懐かん。そーゆー生きモンじゃからね」

「でもですね、フラガさん」


 突如、眼前まで肉薄してくる黒犬。その牙が肌を貫く前に、歩は右手で黒犬の頭を鷲掴みにして、食い止める。


「この犬は、殺処分が妥当ですよ」

「あらま、容赦ねえ」

「愛情を理解しないなら、ぼくらが期待する可愛さは皆無。あったとしても、あの真ん中の変人に同調してることになるから、結果人類の敵でしょ」

「だな。んじゃ、あの黒がつく桃太郎軍団をやっつけんぞ」

「黒桃太郎に黒犬、黒猿に黒雉ですね。了解しました」


 そこから、二人は言葉を交わすことなく、互いが必要な行動を選択した。


「落っこちれ!」


 ブラッガは棘付き金棒に見立てたライフル銃を、黒雉に向けて放った。黒雉は真上に飛び、ブラッガの砲撃を避けると、翼から羽を撒き散らした。黒い羽は槍の雨のように地面に降り注ぎ、歩道に突き刺さった。幸い、通行人はいなかったため犠牲者は出なかったが、当たったら明らかに致命傷になる――それくらいの威力であることは明白だった。

 だから、ブラッガは黒雉を撃ち落とすことを最優先に行動を始めた。横に走り、上空の黒雉を狙い続ける。


「次は……お前だ!」


 歩は、黒犬の頭をそのまま握り潰し、残った胴体を拾って引きちぎり、黒猿と黒桃太郎に向かって投げつけた。しかし、命中する前に、黒犬の肉体は消滅した。


「キキィー!!」

 

 しかし、挑発としては上手くいったようで、黒猿は怒り狂ったように歩に迫ってきた。アニメに出る忍者のように、左右にステップし、歩の後ろを取る。そのまま歩の背中を手で突き刺す――つもりだったようだが、


「キキィ!?」


 黒猿の攻撃は、空を切る。

 代わりに、下から伸びてきた赤く巨大な刃によって、腹回りを突き破られる。そのまま、百舌鳥のはやにえのようになる。


「獣のままじゃあ、ぼくには勝てないよ」


 赤く巨大な刀――レガ刀をもった歩は、そのまま武器に意識を集中させる。すると、武器を伝う妖力が、黒猿の身体に流し込まれ、鬼火となって燃え上がった。


「ギャアアアアアアアアアアアア!!」


 黒猿は赤い鬼火に包まれ、焼失した。


「見た目楽勝ですけど、かなり強いパワーをもった敵です。お二人とも、絶対に油断しないでください」


 歩は振り返らず、ドーヤとルーシーに注意喚起する。そして、再び戦鬼レガに変身する。その際、手にもった物を地面に落とした。


「ちょっと、何か落としたわよ――って、ナニコレ?」


 ルーシーが、そしてドーヤが、歩の落とした物を見た途端、目を丸くした。


「ナイフ……だよね?」

「ステーキナイフ……にしか見えないわ。私には」

「ぼくは、武器になる物体を媒体にして、戦鬼レガの力を宿した武器に変えることが出来るんですよ」

「それが……日本の鬼の力……」

「後で説明しますね」


 歩は肩を叩き、銀色の鉞を出し、握る。それに呼応するように、黒桃太郎は鞘から、黒い刀を抜き、正眼の構えを取る。


「まともに付き合うつもりはないよ」


 歩は地面からコンクリートの破片を手に取り、握り潰す。砕けたコンクリートの破片に妖力を注ぎ、鬼火として燃やす。


「さて、どう出るか――なっ!」


 歩は、鬼火をまとったコンクリートの破片を、黒桃太郎に投げつけた。無駄のない、俊敏な動きでそれらを避ける黒桃太郎。しかし、顔と脇腹、二か所に命中した。命中した箇所は、溶けたろうそくのように溶断されていた。

 しかし、黒桃太郎は破損を物ともせず、歩に襲い掛かってきた。


「どれ?」


 鍔迫り合いに持ち込む前に、歩は黒桃太郎が振り上げた刀めがけて、鉞を投げつけた。

 鉞は刀に弾かれ、歩の手元に戻って来た。

 こんなタイミングで衝撃を受けるとは思わなかったのか、黒桃太郎は弾かれた刀に付き合う形で、仰向けに倒れた。


「破壊力が高い犬と、素早い猿……二つの特徴を足して二で……いや、合計の七割程度ってトコかな? 平均以上の能力だけど」


 歩は手にした鉞を、再び構える。


「想像以上の力ってわけじゃあないみたいだね」


 歩は、ひとまず安心した。

 目の前に現れた、得体の知れない化け物。確かに、脅威といえば脅威ではあるが、決して対処出来ないレベルの相手ではない。


 ――このまま接近戦に持ち込んで、圧倒的なパワーで押し潰してやる!


 そう思い、相手に飛びかかる。

 

「これで――って!?」


 しかし、歩は見誤っていた。

 黒桃太郎は、歩を迎え撃つ――と思いきや、迫りくる彼の下を。水面から背びれだけを出して泳ぐサメのようにかいくぐり、前に突き進む。

 歩を無視して走る黒桃太郎の刀の切っ先が向けられているのは――ルーシーの喉元!

 

「えっ――」


 ここに来て、自分が狙われるとは思っていなかったルーシーは、呆気にとられた。

 自分がこのままでは死ぬことになることを、リアルなものとして認識することが出来なかった。


「しまった!」


 歩は、黒桃太郎に向かって手を伸ばすが、届くわけが無かった。

 この時点で、歩は自分が失敗したことを悟っていた。


 ◇◆◇◆


 ――歩君が突破された!


 そう認識した時、ドーヤは時の流れがゆっくりになるのを感じていた。

 戦鬼レガとなった歩の下を、泳ぐサメのようにかいくぐり、ルーシーに向かって迫る黒桃太郎。

 その存在を認識した時、ドーヤはいつの間にか、ルーシーの盾になるように立っていた。

 そして――


「ごっ!?」


 黒桃太郎の刀を……受け止めていた。

 

「ドーヤ……?」


 ルーシーの眼前に、赤い鮮血が滴る黒い刀があった。その向こう側には、見慣れた少年の背中。

 いつもと違うのは、首から下にかけて、だんだんと赤く染まっていくこと……。


「ドーヤぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」

「コイツ!?」


 歩が迫ると同時に、ドーヤの喉から刀が引き抜かれる。黒桃太郎がドーヤから離れると、眼前で戦鬼レガの腕が空を切る。


「ちくしょう! ドーヤさん、しっかりしてください!」


 気つけとばかりに歩が怒鳴るが、それでもドーヤの耳にはぼんやりとしか聞こえなくなっていた。


(あ、ヤベ……)


 ドーヤは理解した。

 ――自分が死ぬことが、どういうことかを。


「ドーヤ! ちょっと、しっかりしなさいよ、ドーヤぁ!! ドー××××……」


 必死に自分の名前を呼ぶルーシーの声すら、まともに聞こえなくなる。

 吸い込まれるように、これまで自分を自分たらしめてきた全ての情報が、一気に零れ落ちていく瞬間。マンガやゲームのように、「あー、死ぬんだなー」みたいなことを考える暇すらなかった。

 死にたいとは思わないのに、その意志すら、小さくなっていく。


 これが、『死』。


『あらヤダ。大変なことになりましたね』


 そんな中、聞き慣れない女性の声だけが、ドーヤの意識をつなぎとめた。


『んだぁ? なんかやかましいと思ったら、なんか妙なことになってるじゃねえか』


 今度は、若い男の声。乱暴な口調だが、どこか懐かしい響きだった。

 初めて聞く声のはずなのに。


『なーんか気になるもんが出てきたかと思ったら……あの真っ黒クロスケなザコじゃなくって、コッチだったとはな』

『みたいですね。蓮司君なら知っているかも知れないけど』

『つーことは、なんだ? ってのか?』

『そうね。この男子からも、歩さん程じゃないにしろ、近しいものを感じるわね』


 ふと、何かがドーヤの頬に触れた――気がした。


『……うん、間違いないわね。この子もきっと、

『けどよぉ。そいつからは、なんか変なもんも混じってるような気がすんぜ?』

『それも含めて、彼の存在意義ってことなのかもね。……歩さんに言って、手助けしてもらいましょう』

『なら、あのザコは俺が遊んでやるとすっか!』


 若い男の声――意識が、離れていくのを感じた。


『さて……歩さん。あなたには、彼を助けてほしいんです』


 女性の声が、歩に語り掛けているらしい。しかし、歩の声は聞こえない。


『えぇ……そうです。痛い思いをさせてごめんなさい。けれど、これはあなたにしか出来ないこと。、それには。……そういうことになるのでしょう。ええ』


 どんな会話が繰り広げられているのか、ドーヤにはわからない。

 しかし、みんなが自分を助けようとしてくれている。

 それだけは確かなようだ。


『目覚めなさい、少年。同じ血を引く者とならば、きっとあなたにも力があるはずなのだから。それを、有意義に使うのです』


 その言葉と共に、ドーヤは口元から熱くなるような感覚を得た。その瞬間、ドーヤは生の実感を取り戻す。そして、自分の口に注がれているものの正体を知る。


(血? ……歩くん?)


 徐々にクリアになる視界に、ルーシーの泣き顔と――手から血を流している歩の姿が映し出された。歩の手から流された血は、自分の口の中に注ぎ込まれている。


「あッ――」


 礼を述べようとしたその時、ドーヤは胸の奥が熱くなるのを感じた。それも、発作的に。心臓の鼓動が、かつてない程に大きく、暴れ出すように激しくなっていくのを自覚する。


「ちょ、ちょっとドーヤ!?」

「あ、あれ? 青江様? なんか様子が変なんですけど!?」


 困惑するルーシーと歩。


「問題ありません」


 しかし、二人の後ろに佇む青白い着物を着た女性――のような幽霊みたいな存在は、力強く頷きながら、まっすぐにドーヤを見つめている。


『さあ、自分を取り戻しなさい。新井動矢』


 歩から青江と呼ばれた女性は、歩とドーヤを交互に見る。


『動矢、感じるのです。あなたの本当の力を。それを糧に生まれ変わった自分を!』


 そして、ドーヤは……新井動矢は、自分の本質を理解する。

 イタリアに渡り、ルーシーによって生まれ変わった自分を。

 そんな自分の中に眠っていた、本当の力を。

 肉体という器が、備わっていた水のような力が合わさり、新しい何かを生み出す。

 それが自分だと自覚した時、動矢は天空に向かって雄叫びを上げていた。


 ◇◆◇◆


「これは一体……」


 歩は、血を飲んで回復したと思いきや、突然獣のように吼え始めた動矢を見て、困惑していた。


「ね、ねえ青江様? ドーヤさんはどうなっちゃったんですか?」

『だから、問題ありません』


 青江は歩の弱気を窘めるように、彼の肩を何度も叩いた。


『さっきも話したでしょう。彼は、あなたと同じ血族の者だと』

「そうは言われても……」


 歩が理解できないのは、そこだった。

 両親から、同年代の親族がいるなんて話は、聞いたことが無かった。


『事情はわかりませんが、あの動矢という少年から、歩さん程ではないにしろ、戦鬼としての資質を感じることだけは確かです。そして、それはあなたの血を得たことで、一気に覚醒した……』


 青江の言葉を証明するように、動矢は流した自分の血を操り、自らの身体にまとわせ、燃え上がらせた。


「ドーヤは……どうなっちゃったんですか?」


 未知の存在と変貌していく動矢の姿を、ルーシーは怯えるように見ていた。


『安心なさい、海の向こうの鬼さん。動矢さんは、元々日本にいた戦鬼の末裔……その、本来の力を取り戻しただけです。そこに、あなたのような吸血鬼……でしたっけ? その力と戦鬼の力が混合し、新たな形になろうとしている……そういうことなんでしょう』

「なんでしょうって、言われても……」

「あ、ふたりとも! 動矢さんが!」


 歩の叫びを受け、二人の目が動矢に集まる。


「ドーヤ、あなたその恰好……!」


 ルーシーは、変わり果てた動矢の姿を見て、目を丸くした。それは、隣にいる歩も同様だった。


「ほっそい……レガ?」


 歩がそう評した通り、動矢の姿は、戦鬼ルーガのように成人男性を一回り大きくしたようなレガのようになっていた。血を媒体にしているのか、その身の赤は、メタリックではなく、僅かに赤黒い。


「ありがとう、歩くん。あと青江さんも」


 血をまとって戦鬼となった動矢は、歩と青江に頭を下げる。


「ルーシー。ここは僕に任せてな!」

「えっ?」

「行くぞ!」

「あ、ちょっとドーヤ!?」


 混乱するルーシーを置いて、動矢は一人黒桃太郎と、それと戦う戦鬼レガの元へと駆け出した。













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