第16話 ペットロボット?

 ~12月25日 8時46分 芝公園周辺~


 クリスマス。聖人キリストの生誕祭とされている日である。キリスト(Christ)のミサ(mass)というのが語源らしい。

 季節柄、家屋や人の多い場所は街中が華やかなイルミネーションで彩られている――その理由は、正に今日のためにある。歩たちの背後にそびえ立つ東京タワーは夜になるとライトで明るく照らされるのだが、今年はクリスマスのための特別仕様ということで、上部七割を緑を基調とした、所々赤く光り、残りの下部は木の幹らしい茶色という、クリスマスツリーを模したライトアップとなっている。

 ある人達は、家族団らんの時間を。

 またある人達は友人達との交友を。

 またまたある人達は、恋人同士のひと時を……。

 一人で静かに過ごす人だっていても良い。それならそれで、楽しみ方はある。

 ともあれ、クリスマスという日は誰にとっても特別な日ということで、歩も例外ではなく――


 ◇◆◇◆


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

「いいじゃんいいじゃん! 今時速60だぜ! 一般道のギリギリMAX! ここ調子でゲロ吐かずに耐え切れぇーい!」


 特別に、これまでの二倍速で芝公園周りを追い回されていた。

 相変わらずジープ。

 背後からの怒号。

 だけど、乗り手はみんなサンタさん衣装。

「せめて見た目だけでも」といった蒼井の心遣いは、見事に歩の浮ついた気持ちを打ち砕いてくれた。

 だからだろうか? 今朝の歩の顔は、ちょっぴり涙交じりになっていた。昨日の終業式を終え、せっかくの冬休み初日だというのに……。

 ちなみに、今日にいたるまでの間に、歩はかなりのレベルで戦鬼の能力を知覚するに至っていた。当初の予定に入っていた、妖力による身体能力の後押しは、既にかなりのレベルに達しており、息を吐くように使えるようになるまで、もう秒読みといった状態になっている。だから、時速30kmくらいであれば、もう苦も無く出すことが出来る速度なのだが、そうとわかった瞬間、鬼教官は一気にハードルを高くしてきた。

 今までは一緒に走っていた伊織も、ここまで来たらジープ組に仲間入りしている。よって、彼女もジープの後部座席でサンタ衣装である。

 蒼井と秀真が長袖長ズボンの忠実なサンタスタイルであるのに対し、沙貴と伊織は女子らしく膝丈のスカート、赤いロングブーツといった出で立ちだった。なお、白峰は別件対応があるため、本日は不在となっている。


『おい、歩。くりすますってなんだ? 美味ぇもんか?』

「うるさーい!!」


 脳内で語り掛けてくるレガこと紅郎の質問に、歩はヤケクソ気味に答えた。


『最近、ここいらじゃ美味そうな肉の絵が描かれた紙がぺたぺた貼り付けられてんじゃねえか。もしかして、なんか祭りみたいなのがあったりすんのか?』

「足止めたら血祭りにですよッッッ!!」

『んー……なんか無性に腹減った気ぃすんなぁ。おい、ガキ。今日は肉にすんぞ』

「弱肉強食ってことで、挽き肉にされんように気を付けろよー?」

「ああああああああもうこの兄弟ヤダァァァ!!」


 双子の初代戦鬼コンビに話しかけられたことで、ただでさえ必死な歩の精神は、ちょっと良くない方向に振り切れそうになっていた。


「アユくん、誰としゃべってんのかな……?」

「彼の肉体には戦鬼レガの意識も宿っているので、そこから何か接触があったのではないでしょうか?」

「歩ー? そのまましゃべってんと、イッちゃってる人に見られちゃうぞー?」


 妖力によって強化された歩の五感は、ジープ上の沙貴、秀真、伊織の会話を一言一句聞き逃さない。 

 理解されない悩みが、全身を苛め抜く歩に、さらなる負荷をかけた。



 ~12月25日 10時08分 ~


「いや、もう無理……」


 もはや日課となりつつある持久走を終えた歩は、芝生の上で大の字で倒れた。荒い呼吸を繰り返しているのは、妖力のみで体に負荷をかけずに走れていたこれまでとは異なり、身体能力の補強を軸に運動エネルギーを強化しなければならなかったからだ。

 故に、体への負担が大きく、せっかくの聖夜だというのに絶不調に陥ったと誤解してしまう歩だった。。


「災難だなぁ、歩ゥ~」


 伊織は歩の身体に手で触れながら、乱れまくった体内の妖気を整える。こうすることで、歩の回復を早めることが出来る。


「ねえ、伊織。アユくんがここまでする理由ってあるの?」


 沙貴が、歩の体をスプレーや氷嚢で冷やしながら、尋ねる。


「なんか、ここに来て度が過ぎてるってカンジがしてきたんだけど……学校だって始まってんだし」


 学級閉鎖が解除されたのは、訓練が開始されてから三日後のことだった。それ以後も、蒼井はお構いなしと言わんばかりに、歩にこれまでと同様の訓練を課した。

 最初こそはスポ根みたいなカンジでノリよく協力出来ていたが、徐々にその考えが楽観的過ぎることに気付き始めた。

 そう思うようになったのは、向かい側にいる親友が、困惑した顔を見てからだった。


「まぁ、度が過ぎてるって気がするのは変わんないけどね」


 一週間くらい経過した頃から、伊織が歩の隣を併走することは無くなった。理由は簡単で、目的である『歩が妖気を使うイメージを直に感じさせる』という必要性が無くなったからだ。


「帳君のもつ力の性質は、既存の戦鬼とは明らかに異なるものですからね」


 シルバーカラーのiPadをもった秀真が、歩の全身を見下ろす。


「ただ筋肉を鍛えるだけでなく、妖力の使い方を学ぶことで、戦鬼としての在り方を学ぶ……彼の場合は、それだけでは足りませんから」

「でも、レガとはもう仲良しなんだろ? だったら協力してもらう方が良いんじゃないの?」


 伊織が疑問を呈すると、


「抱えているモンが多いと、持ち方にも気を遣わなきゃなんねーんだよ」


 蒼井がクーラーボックスを持ってきて、中にある氷の粒をひとつ手に取り、歩の額の上に乗せる。水に溶けていくまでの感覚が、ひんやりして気持ち良かった。

 

「兄貴の……レガの力だけでも重てーってのに、それに加えてシオと灰色の戦鬼の【珠】も持ってんだ。それだけでも鍛えなきゃなんねーってのに、歩の場合は俺や伊織とは違うやり方を学ぶ必要があるっつー……実際の乗馬と全然違う、例えば竹馬に乗る練習をしなきゃいけねーってくらい、違うことをこなさなきゃなんねーんだ」

「スケールしょぼい……」

「全然違うってイメージは伝わって欲しかったわー」


 だが、沙貴も蒼井が言いたいことは理解しているつもりだった。

 幼馴染が、人間離れした能力を見せるようになっており、だがそれを知る者達が、どこか彼を自分達とは異質の存在として見ている、その視線の質を。


 ――きっと、手探りなんだ。


 そう思うからこそ、沙貴は余計な口を挟むことだけは、極力しないつもりでいた。

 だが、今日は意図的に、その制約を破ろうとしている。


「なんで、よりによって今日なんですか……?」


 クリスマスとは、基本的に楽しく過ごす日だ。一緒に過ごしたいと思える人がいるのなら、なるべくそうするべきだと思える特別な日なのだ。

 別に、ここにいる人達が嫌なわけじゃない。

 だけど、せっかくなら、楽しいことをしていたかった。昨日のイブだって、少しだけでもクリスマスっぽいことをしたかったのに、歩の体力が限界だったため、コンビニでちょっとだけ高いチキンを食べただけだった。しかも立ち食い。

 だから、今日ぐらいは、許してほしかった。


「ま、言わんとすることはわかるけどよ」


 蒼井は、沙貴の考えを完全に見透かしていた。

 しかし、その上で突き付ける。


「いざという時が来るのは、今かも知れねーからな」

「それは……よくわかりませんけど……」


 しかし、そうと言われれば、沙貴は何も言えない。

 今の歩の力でも、ただの人間なら複数かかってきても余裕で倒せるだろう。そんな歩でも、「今のままでは危ない」と思われている。つまり、複数の人間を独りで余裕で倒せるだけでは、どうにもならない相手との戦いを恐れている。

 浮ついてはいられない――そう言いたいのだろうが、沙貴にはイマイチ実感がわかなかった。


「今日だって、貴重な日なんだし……」

「アタシもー。プレゼント交換とかしてみたかったな~」


 祭りごとが好きな伊織も、ここで乗っかってきてくれた。

 なんやかんやで、ふたりとも女子であり、乙女心というものを強くするのが、クリスマスというイベントがもつ、魔法の力のようなものだった。


「プレゼントといえば、今日は帳君に渡したいものがありまして」

「「「「えっ?」」」」


 ここで意外な人物――秀真から、意外な申し出があった。歩と沙貴はもちろん、同じチームの伊織と蒼井ですら初耳らしく、四人で仲良く目を丸くする。

 周りのリアクションを特に気にせず、秀真はジープから持参した白いエナメルバッグを手に取り、歩のそばでそれを開く。

 そして、中から取り出したものを、歩の顔の横に置いた。


「……これ、aibouアイボー?」

 

 秀真が用意したのは、銀色のカラーリングの、チワワをもしたペットロボットだった。どことなく、某企業が商品登録したペットロボットの商品名を口に出してしまったが、秀真は首を横に振ってそれを否定する。


「いえ、ペットロボットのつもりですが、これは僕の自作です。技術提供を受けていない以上、オリジナルと言って差し支えないかと」

「そ、そうなんだ……でも、すごいな……!」

「故に、特に名前などは付けていません。帳君に差し上げるのですから、名前は君の方でつけてもらえれば、と」

「名前かぁ……」


 歩はがんばって上半身を起こし、秀真が作ったチワワロボを持ち上げる。

 ここで、歩は違和感を覚える。


「……えっと、三橋君?」

「はい?」

「なんか……妙に、感触が冷たいというか、なんというか……妙に重たいんですけど……?」


 てっきり、プラスチック製だと思っていた。だから簡単に持ち運びが出来るだろうと思って、何も考えずに手に取ってみたが、思ったよりもずっしり来た。

 重み、そしてプラスチックではありえない冷たい感触。

 つまり、歩の手にあるチワワロボは、鋼鉄製だった。


「これ……おもちゃ、だよね?」

「戦鬼となった君から見れば、そうかも知れません。ですが人間相手ならば、充分な威力になるかと」


 秀真はスマホを操作すると、チワワロボが命令を受信し、目元の黒いバイザーが開き、奥に設置されたツインアイのような場所から、ビームが発射された。赤い光が、近くにある木の枝を溶断した。


「「「「…………」」」」

「立てこもりに遭遇した時などの、奇襲や護身用にと思いまして」

「クリスマスに出すプレゼントじゃねーでしょーよ……」


 伊織に同意するように、全員が顔を引きつらせる。

 しかし、受け取った張本人である歩は、すぐに表情を変えた(ちょっと引きつった笑顔だが)。


「あ、ありがとう……大事にするね」

「いえ。試作型ですので、どんどん改良を続けるつもりです。破損させ、有用と判断したならば、是非とも修理と報告に来てください」

「そ、そういえば技術畑の人なんだね、三橋君はさ」

「これぐらいしか取り柄が無いものですから」

「いやいや……でも、うん。ありがとう! なんとか試してみるね」


 無論、ビームは封印確定だが。


「ねえねえ、他にはどんなことが出来るの?」

「まだ搭載した機能は少ないので万能性はありませんが……とりあえず、制御用のアプリをインストールしたスマホの持ち主に追随する機能はあります。あとは、通話機能ですね」

「それは便利だね」

「しかし、見ての通り小型ですので。走行スピードは、最大でも時速20km程度しか出せません。悪路での運用を想定して四足歩行にしましたが、都会で運用するならば、車両型でも良かったかも知れません」

「どっちも十分凄いって………………あっ」


 ここで、歩の頭の中である閃きが起きる。


「念のため……!」


 歩は隠形の術式を用いて、仲間達を除いた人間達の視界を歪める結界を張った。

 その上で、歩は掌に意識を集中させ、赤い光を灯し、赤い鍵を作り出した。


「あっ! それ、レガの力を使うための道具なんでしょ?」


 沙貴が、隣から歩の手に置かれた赤い鍵上の物質を凝視する。


「そうそう。レガとうを使った時はよくわかんなかったけど、これを使って竹刀をレガの妖力で補強したのが、レガ刀だってことがだんだんわかったきたんだ」


「それでね」と歩が言いかけた時、蒼井が彼の考えに気付き、「そういうことか」と割り込むように種を明かす。


「それを、秀真のプレゼントに入れたらどうなるかってわけだな!」

「はい! 初めてだから、どんな風になるかはわからないですけど」

「それは興味深いですね」


 秀真の瞳が、好奇心で光り輝いた。


「銃火器となるのか、あるいは戦車になるか……いずれにせよ、ここで帳君の空想力が試されますね」

「空想力って……」

「要は、歩のイメージ次第ってこってしょ」


 沙貴の反対側から、伊織が歩の肩に手を置き、顔を覗き込んでくる。


「早く見せなよ、ほらほら~?」

「アユくーん!」


 妙な対抗心を燃やした沙貴が、歩の腕を強く抱きしめてくる。

 自分以上に好奇心を示す仲間達の反応に戸惑いながらも、歩は即座に望む力の発現をイメージし、チワワロボの背中に赤い鍵を差し込んだ。

 すると、チワワロボは赤い光に包まれると同時に大型化し、やがて赤いシーサーのような姿に変化していた。背中には座席用シートが、頭部の頭部の手前には、バイクのハンドルグリップのようなパーツが取り付けられている。


「これは……ビーグルですかね?」

「どうだろうな? 歩、早く使って見せろよ」

「は、はい……」


 沙貴と伊織が離れた後、歩は赤いシーサーの背中に乗り、ハンドルを握る。そして、そのまま前進をイメージした。


「うわっ!?」


 赤いシーサーは、一瞬で100メートル先の道路上に飛び出していた。

 ただし、通行する車両の、5メートル程上空を。


「飛んでる? ……いや、ホバーに近いのかな?」


 歩は、より高く飛ぶことを念じてハンドルを握ると、赤いシーサーはそのまま真上に浮遊した。十数秒で、ビルの屋上に届くくらいの高さに至る。


「へぇ~! おもしろいなぁ!!」


 それから、歩は周囲から姿が見えないことを良いことに、港区の上空を飛び回った。冷たい風を切る感覚も、鼓膜を震わせる風の音も、真下で賑わう人々の姿も、何もかもが新鮮だった。

 世界を生きる喜びを知ると同時に、生きている人達の営みから感じられる熱を知った気がして、空を泳ぐことを可能にする己の力の異質さを、改めて自覚した。


「こういうのを、利用するヤツもいるってことなのかな……?」


 歩はまだ、全ての戦鬼と顔を合わせたわけではない。現時点では問題ない、というのは蒼井の弁だが、もしも誰かが気を狂わせて人々に害を成そうとする時、例えば今の歩のように空を飛んだら、地上の人々はどうなるだろう?

 そして、その中に歩の大事な人が含まれていたら……。


「……だから、出来ること増やさないとだね」


 歩は気持ちを新たに、これからの訓練に挑む覚悟を固めた。

 しかし、努力する人間だからこそ、時には休息が必要になる。


「……コイツに慣れておくことは、重要だもんね~!」


 歩は、あえて赤いシーサーを芝公園から遠ざかるように飛ばした。空中を自由に移動できるのであれば、歩の活動範囲は飛躍的に広くなる。しかも、素体はチワワ程度の大きさのペットロボなのだから、忘れ物さえしなければいつでも飛行機に乗れるようなものだ。

 この能力を、活用しない手はない。

 そのためにも、まずは使い方を熟知しなくてはならない。これはそのために必要な訓練なのだ。


「よぉーしイケイケー! ≪火の玉号ひのたまごう≫!!」


 脳内で紅郎が諦観のため息をついた音を聞いた気がしたが、気にせず空を飛び続けた。



 ちなみに、芝公園に戻ったのは一時間後。その際、他の者からこっぴどく叱られたのは、言うまでもない。

 主に、タンデム出来なかった沙貴と伊織からの糾弾だったが……。






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