第17話 戦鬼レガ、フルドライブ ~一年の計は元旦にあり……だと?~

 ~12月31日 23時49分 コンビニエンスストア『グッデイ』~


 一年最後の日、大晦日。

 年末年始ともなり、訓練も無くなったことで休息の時を満喫していた歩と沙貴は、初詣ではなくコンビニに来ていた。厚手のTシャツとカーゴパンツ、赤いライダージャケットというチグハグな恰好をした歩は、買い物かごを片手に、隣でしゃがみ、商品を睨む沙貴を眺めていた。ベージュのセーターと赤いフレアスカート、ピンクのダッフルコートは、正しく防寒とおしゃれを両立した出で立ちだと、歩は思った。


「えっと、必要なものはこれで全部かな?」

「そうだね」


 深夜にも関わらず、歩と沙貴は二人だけで、近所のコンビニに買い物に来ていた。今は、調味料の商品棚の前で、ずらーっと並ぶ瓶を眺めているところだ。

 いくら近所とはいえ、中学生が二人だけで外を出歩くことはいいこととは言えないが、今は日付が変わる直前かつ近所でイベントが行われるために人通りが多くなっていることから、特別に許可された次第だ。

 本来、歩には関係のない話だが、他でもない沙貴の頼みなので、こうして同行している。沙貴の母親の、「まぁ、歩君が一緒なら良いか」の一言は、歩にとってこれ以上ない程に嬉しい言葉だった。歩の両親もまた、息子の大事な選択の場面だということを理解してくれ、快く送り出してくれた。


「でも、ウチのお母さんも変なところで気が抜けてるよね。まさか、おせち料理を食べようってのに、醤油を買い忘れるなんて」


 ゆーて、せっかく来たので他にもお菓子とかジュースを買い込んでいたりもするのだが。


「おばさん、金融機関の管理職ってのをしてるんでしょ? ウチの親がいつも言ってるけど、すっごく忙しいらしいじゃない」

「そうはそうだけど……ねえ?」

「ねえ……って?」

「いやいや、お母さん休みに入ったのって、一昨日からなんだよ? さすがに疲れを理由には出来ないと思うんだけど」

「疲労ってのは蓄積するもんでさ。練習で張り切り過ぎて疲労骨折したって、隣のクラスのサッカー部が不幸自慢してたのを聞いたことあるよ」

「そういうもんかしら?」


 沙貴が所属するソフトテニス部は、スポーツをエンジョイすることを目的としている節があるため、ぶっちゃけ練習は軽めだった。そんな環境に慣れてしまった沙貴には、誰かと競い合うこと、勝利するために血の滲むような努力をするイメージは、あまりわからないようだ。


「チームとかの大きさはわかんないけど、それでもリーダーって大変なんだよ。きっと」

「まぁ、他の人の仕事の面倒見るって言ってたもんね。世話をするって、言われたらちょっとね……」


 何より、誰よりも母の世話になっている自覚がある沙貴としては、これ以上何も言えなくなった。親の苦労をほとんど知らないけれど、自分のために無理をしてくれていることは、十分理解しているつもりだ。


「まぁ、だからこういうことを手伝ってあげれば良いって、沙貴ちゃんだって思ったわけなんでしょ?」

「アユくんが一緒じゃなかったら、絶対許可してくれなかったと思うけどね」

「そりゃ、女の子が夜中で一人ほっつき歩くなんて、ねぇ……」


 理由は前述の通りだが、本来ならば沙貴の母でなくとも、良識ある大人なら誰もが止めるところだろう。

 しかし、口には出さなかったが、買い物という大義名分があるからこそ、自分が沙貴とふたりでいられることを、歩は幸運なことだと思っていた。


「ふたりでなにやってんの~」

「おおっ!?」

「ひゃあ!?」


 突如、何者かが背後から歩と沙貴の頭を抱きかかえた。朗らかな声と頬から伝わるふんわりとした柔らかい感触が、二人に闖入者の正体を教えてくれた。


「伊織?」


 水色のパーカーとショートデニム姿の伊織が、からかうような笑みを浮かべていた。


「なんでここにいるの?」

「なんでって……まあ、変だろうけど、ここのビルってマンションも併設されてるの、知らない?」

「そうなんだ?」

「あれ? アユくん知らなかった?」


 沙貴はきょとんとしていた。


「伊織って、ここに住んでるんだよ」

「あれ? そうだったの?」

「うん」

「あぁ……そうだったんだ……」


 以前、秀真と伊織とでカフェに行った日、伊織と別れた時、彼女はここから自宅とは反対側に位置する田町駅の方面を歩いていったように見えた。だから、てっきりあっちの方に家があるとばかり思っていたが、そういうわけではないようだ。


「ところで、二人してこんなトコで何やってんの~?」


 伊織は、わざと二人の顔に胸を押し付けながら尋ねてくる。


「た、ただの買い物だよ!」

「おせち料理食べるのに、醤油が無いとダメでしょってことで!」

「ふ~ん? そりゃあお疲れさんだね~!」

「伊織のトコは? 確か、蒼井先生も一緒に住んでるんだよね?」


 蒼井の妻は、伊織の姉。伊織も含めた三人は同居している。


「それが、姉ちゃんが昨日っから虫垂炎で入院しちゃってさあ」

「「えっ?」」

「今日、手術が終わったけど、数日は病院で様子見ってことで、先生も様子見に行ったまま帰ってこないし、一人だけで暇ンなっちゃってさ~。ま、その方が気楽でいいけど」

「そ、そういうもんなんだ……」


 適当に相槌を打ったが、歩はすぐに納得した。

 いくら親族とはいえ、義兄と義妹、血の繋がらない者同士が同じ部屋の中で過ごすというのも、結構気を遣う話だろう。何せ、遺伝子学上では他人同士なのだから。


「だけど、今年はちょ~っと特殊な予定が入ってて、後でそこに行こうって話はしてたんだ」

「へぇ? もしかして、どこかに呼ばれてたりとか?」

「そうらしいよ~? で、そこがなんと――」


 しかし、伊織の言葉を遮るように、突然三人のスマホから警報音が鳴り響いた。

 歩たちは視線を合わせると、一斉にコンビニの外に出て、スマホを取り出す。

 三人のスマホの画面に、緊急事態を示す赤いランプのマークが表示されていた。

 代表で、歩がスマホをランプのマークをタップすると、秀真の顔が表示された。


『帳君! 年が変わるこのタイミングで申し訳ありませんが、緊急事態が発生しました』


 秀真は表情こそ変えないものの、普段よりも早口になっていた。彼の態度が、事態が緊迫していることを表していることを、歩は既に理解していた。


「何があったの?」

『何者かに、警察が保有している工場にハッキングを受けました。その影響で、三体の鉄鋼鬼てっこうきが暴走させられました』

「あれが……!」


 初めて、自らの意志でレガと共闘した時のことは、記憶に新しい。

 あの兵器が、またも街中に現れたというのか。


『それで、その鉄鋼鬼はどこに行ったの?』

「理由はわかりませんが、おそらくは君の自宅がある方角です」

「こっちに!?」

『迎撃は可能ですか? 全員の位置は把握していますが、君か、おそらく君から近い位置にいる杜若さんが対応に向かった方がよろしいかと』

「うっげぇ、ストーカーの所業じゃん」


 歩の隣で、伊織が嫌そうに表情を歪める。


『相互監視用のシステムですし、今はそんな軽口に付き合っている暇はありませんので。帳君』

「わかった、ぼくが行く」


 既に交戦経験があり、かつ訓練のおかげで以前よりもレガの力に馴染んだ歩にとって、鉄鋼鬼は決して強敵とは呼べない相手だった。

 しかし、『弱い』と『危険』は、イコールではない。

 タカをくくって、身近な人達を傷つけられたりでもしたら、きっと歩は後悔に苛むことになるだろう。

 だから、自然とこう口に出していた。


「伊織。沙貴ちゃんのこと、頼むね」

「アユくん!」

 

 歩の意図を瞬時に理解した沙貴は、慌てて彼を止めようと手を伸ばすが、伊織に手首をつかまれ、制止される。


「沙貴。あんたも訓練についてきたんだからよくわかんだろ? 今の歩なら、たとえ戦車が相手でもヨユーだってさ」

「で、でも――」

「今、三橋からデータが送られてきた。見てりゃわかるけど、暴走した鉄鋼鬼の進路は、みっつともこっちに向かってる」


 伊織に促され、沙貴はスマホをチェックする。すると、鉄鋼鬼を示す赤い光が、枝分かれに移動したものの、すぐに同じ場所を目指して進行していることがわかった。

 なぜなら、三つの点が全て重なるであろう場所は、歩と沙貴の住むマンションと同じだったからだ。


「あんたが一人になると、歩は全力で戦えない。わかるでしょ?」


 沙貴は呻き声をあげて悩むも、すぐに表情を引き締めた。


「アユくん、買い物まだ終わってないから!」

「わかってる」


 歩は頷くと、スマホで別のアプリを起動させる。

 すると、階段の下から、銀色のチワワ型ペットロボが飛んできた。

 歩は、掌に意識を集中させ、レガの力の一部を形にした赤い鍵を具現化した。それを、チワワロボの背中に差し込み、シーサーに似たビーグル≪火の玉号ひのたまごう≫に変形させた。


「それじゃ、スパッと済ませてくる」

「うん」

「待ってるね~」


 歩は≪火の玉号≫に跨り、起動させた。歩の中の妖力を得た≪火の玉号≫は、腹部と脚部のブースターを点火させ、重力に逆らうように空を飛んだ。


 

 ~12月31日 23:59 芝商店街~


 田町駅へと続く商店街――その出入口の前を伸びる道路は、夜の東京を歩く回る人々で賑わっていた。なんでも、最近になって名前が売れるようになった新人のアイドル声優が、路上ライブを行うということで、道路の通行規制がかけられていた。故に、近くには警察官が立っており、別ルートへの誘導を行なっていた。

 それを無視するように、バリケードに迫る、大きなロボット。一般車と同じサイズのロボットが、脚部のローラーで転がりながら、徐々にライブの人だかりに近づいていく。

 ロボット――鉄鋼鬼は、両腕のパーツをスライドさせ、そこからマシンガンの銃口を露出させた。


「ちょ、ちょっと! そこの――ぉわああああああああああ!!」


 鉄鋼鬼がマシンガンを発射し、呼び止めようとした警察官は、反射的に横に跳躍した。バリケードは破壊させ、警察官も蹴散らしたことで、鉄鋼鬼を阻むものは何も無くなった。

 

「く、くそ! 応援を――」

「それじゃ遅い! こうなったら……!」


 誘導を担当していた二人の警察官の男性は、少し逡巡するも、すぐに拳銃を手に取り、発砲のモーションを取る。周囲は発砲音で混乱するかも知れないが、それをしなければそれ以上の恐怖と惨劇に見舞われる可能性が高い。

 わずかな時の中で覚悟を固めた二人の警察官は、引き金に当てた人差し指に力を込め――


 ビシュン!


 ――る前に、アニメで聞いたことのあるような音を耳にしたと思ったら、鉄鋼鬼に上空から降ってきた光る針のようなものが突き刺さった。鉄鋼鬼は、頭部から煙を出し、動かなくなった。


「今のって……!」


 一人が、鉄鋼鬼に近寄り、様子を確認する。

 動きは見せない。慎重に装甲に触れるが、やはり反応は無い。軽くよじ登ってみると、鉄鋼鬼は頭部から股間にかけて、上空からの光に穿たれ、大穴を空けられていた。溶解した装甲に触れないように注意しながら、警察官は鉄鋼鬼から離れていく。


「なんでこんな……」

「ダメだ、何も見えなかったよ」


 鉄鋼鬼を仲間に任せ、光を落とした何かがいると思い、探っていたもう一人の警察官は、夜空を眺めながら嘆息した。


「とりあえずは、まぁ助かったってことか」

「わかんねえこと、多過ぎだけどな」


 二人は、これからの苦労を重い、嘆息する。

 その向こう側では、アイドル声優による年明けの宣言――ライブの始まりを告げる声が、客の歓声と共に響き渡った。


 ◇◆◇◆


「危なかったぁー……」


 すぐに一体目の鉄鋼鬼を仕留めた歩は、≪火の玉号≫を現場から離していた。初めて≪火の玉号≫を顕現させた時、目からビームを発射した時のことを思い出し、牽制のためにそれを使った。

 威力を弱めにしておいて良かった、と思った。

 もしも意識しないで自然に発射していたら、爆発させてしまったかも知れない。そうなったら、声優ライブで盛り上がっている人達が、正気を失い、暴徒と化してしまう恐れがあった。


『見事な調整でした、帳君』


 特務三課の事務室にいるという秀真から、賞賛の言葉が届いた。


「助言、ありがとね。意識しなかったらオーバーキルしてたトコだったよ」

『礼には及びません。それより次は――』

「わかった」


 秀真が答えるより先に、歩は≪火の玉号≫の進路方向を左方45℃に向けて飛ばした。



 ~1月1日 0時0分  三田国際ビル~


 三田国際ビルには、日本有数の慈善事業団が建築主のオフィスビルである。事業団の本部があるだけでなく、パプアニューギニアの大使館、某有名大学のベンチャーキャピタル、多くの電気会社の各企業が入居している。また、ビルの前の桜田通りは、正面に東京タワーを臨める場所であること、十分な空間があることから、テレビドラマのロケによく利用されている。隣にある小学校との間にある歩道では、時折小学生がサッカーをしている。

 近くでライブが行われていることから、こちらは日中と違い閑散としており、人の姿は見当たらない。

 上空を飛ぶ歩は、暗がりに溶け込むロボットの姿を見つけた。


「誰も見てないんなら……!」


 隠形で姿を隠せる自分とは違い、鉄鋼鬼は誰かに見られたら面倒だ(既に後の祭りだが)。大きな混乱を防ぐ意味でも、可能なら一般人には姿を見られずに処理できればいい。

 そして、今はその絶好のチャンスだった。


「よし!」


 歩は勢いよく≪火の玉号≫から飛び降り、同時にチワワロボの姿に戻す。落下するチワワロボはそのままに、歩は落下しながら、赤い三鈷剣を取り出し、力を解放した。赤い三鈷剣は光の球となって歩を包み、やがてクマのように大きいメタリックなボディの真紅の鬼――戦鬼レガに変身させた。


紅郎ご先祖様、行きます!」

『これだけな』


 レガは着地と同時に、右手で鉄鋼鬼を頭から押し潰した。右手に戦鬼の炎――鬼火を灯していたため、熱した鉄でチョコレートを押し潰すようなものだった。そのため、金属が潰れる轟音はせず、水が蒸発するような音だけが響いただけだった。

 レガはそのまま跳躍。遅れて落ちてきたチワワロボを回収し、三田国際ビルの屋上にまで登る。そこからさらに跳躍。大体100メートル跳んだところで変身を解除し、再び赤い鍵でチワワロボを≪火の玉号≫に変化させ、それに騎乗した。

 

「そんじゃ、次は――」

『帳君、次は上空です! 例のペットロボを変化させたシーサーで飛んでください!』


 スマホから、秀真の声が響いてきた。


「もう飛んでるよ! 最後はどこ!?」

『麻布十番から、慶応義塾女子高校に迫っています!』

「おいおい……!」


 歩は≪火の玉号≫を自宅に向けて飛ばした。今までの相手とは反対方向。よく見ていなかったとはいえ、まさか逆方向から攻められるとは思わなかった。


『落ち着いてください! 杜若さんがいます!』

「わかってる!」


 しかし、ここまできたら、歩は自らの手で鉄鋼鬼を始末するつもりでいた。車とは違い、空を走る≪火の玉号≫ならば、敵が沙貴と伊織、あるいは自宅のマンションに近づく前に補足出来るはずだ。そう信じて、歩は≪火の玉号≫を飛ばした。

 赤い流星のように、港区の空を翔ける≪火の玉号≫。

 やがて、それは空高くまで飛んでいった。


「……三橋君、今の話は本当!?」

『はい』


 急に高度を上げるよう指示された歩は、その理由を聞かされ、背筋を凍らせた。


「爆薬が積んであるなんて……!」

『機能テストの一環として、将来的に特攻兵器としての役割を持たせられるか、検証をしていたそうです。ですが、どこか別の場所で本当に搭載されてしまったようです』

「そんなこと出来る場所があるんだ……」

『真偽は気になるところですが、まずは目の前の脅威を取り除くことからですね』

「回収しなきゃダメ! とかって命令はないよね!?」

『ありません。事後処理とかは気にせず、人命の保護にのみ、集中してください』

「なら、わかりやすいね!」


 歩は≪火の玉号≫をより高く飛ばした。

 刹那――何か大きな飛行物体とすれ違った。


「ッ! ……鉄鋼鬼、見つけたぞ!」


 歩は≪火の玉号≫をUターンさせ、飛行する鉄鋼鬼の背後に付かせる。

 そして、腰に差し込んだペーパーナイフを手に取る。柄の部分がキツネ、刀身が尻尾を模した木製のペーパーナイフは、母親のおさがりだった。特に使い道があるわけではないが、何故か子どもの頃から気に入っており、譲ってもらったものだ。

 これを肌身離さず持つようになった理由とは――


「レガとうを使って、最大出力の鬼火で丸ごと蒸発させるぞ!」


 歩は、先と同様に≪火の玉号≫を足場にして跳躍する。≪火の玉号≫がすぐに追いついてきたが、同時に変身が解け、チワワロボの姿に戻る。同時に、手元に赤の鍵が戻って来たため、歩はチワワロボを背中に張り付かせ、赤の鍵をペーパーナイフの柄に赤の鍵を差し込んだ。

 真紅の斬馬刀――レガ刀が具現化された。これに伴い、歩の右腕の肘から下、左腕は丸ごと、両脚の膝回りがレガのそれに変化し、瞳が赤い光を灯す。


「もらったぁー!!」


 落下エネルギーを加え、歩は全身全霊でレガ刀を振り下ろした。刀身から青白い鬼火を噴出したレガ刀による一撃は、鉄鋼鬼の全身を斬るのではなく、「飲み込んだ」。

 鉄鋼鬼の全身を包んでしまう程に迸る鬼火の一撃が、あるかも知れなかった爆薬諸共、蒸発させてしまったのだ。


「よし!」


 歩はすぐにレガ刀を元に戻し、三度≪火の玉号≫を形成。落下から滑り台で滑るように、空を舞った。


「三橋君。これで全部かな?」

『はい。これにて、作戦終了となります。帳君、お疲れ様でした』

「そっか。良かった……」


 ふと、スマホを手に取り、時刻を確認する。

 既に、年は越してしまっていた。


「これが一年の始まりかぁ~……」

『災難でしたね。意味があることとは思えませんが、今年は念入りに厄除けを行うことをおススメします』

「笑えないって……」

『ですが、まずは正月休みを満喫されるべきかと。英気を養うことは、人間には必要なことですからね』

「三橋君は? なんか用事があるって言ってたけど……」


 実は、歩は秀真を初詣に誘ったが、断られてしまった。特務三課の一員として、緊急時の連絡係を引き受けている秀真は、今も特務三課の事務室に待機している。年齢的には中学生であるはずの彼が、そこまでする必要があるのかと思ったのも束の間、


『やかましい大人達がいない中での工作は、唯一と言っていい癒しの時間でして』

「……そっか」


 意外な返答、そして別に意外でもなんでもない大人への評価を聞かされ、歩は多少安堵した。秀真とて人間なんだから、何か楽しみにしていることはあるはずだと思っていたが、ちゃんとあったのだ。


「なら、後はよろしくね」

『はい、お疲れ様でした』

「あと……チワワのペットロボ、ありがとう。コイツがいなかったら、たぶんここまでのことは出来なかったよ」


 レガの姿のままでも負けはしなかっただろうが、今回のような勝ち方が出来たとは到底思えなかった。


『道具は使いようですから。君がそうしたから成し得た結果です』

「そういう考え方が出来るようにしてくれたのが君でしょ」

『………………どういたしまして』


 電話越しだったが、歩は秀真の照れている声を、初めて聞いた。



 ~1月1日 0時17分 コンビニエンスストア『グッデイ』前~


 戦闘を終えた歩は、出立地点であるコンビニに戻った。

 沙貴と伊織は、出る前と同じく、そこで待っていてくれた。


「ごめん、お待たせ」


 歩は≪火の玉号≫から降り、チワワロボに戻した。


「お疲れ様、アユくん」

「見てたよー! 絶好調じゃん!」


 沙貴に手を握られ、伊織からは背中を軽く叩かれる。それだけで、歩は日常に帰ってきたという実感を得られた。

 そして、五分後に沙貴の母親から帰りが遅いのを心配した連絡を受けるまで、彼らは他愛ない、だけど穏やかな会話を続けたのであった。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る