第10話 戦鬼レガと共に

 ~12月11日 17時10分 芝公園周辺~


「グォォオオオオ!」

「っ! あぁーもうやっぱ追ってきたぁ!」


 沙貴を巻き込まないため、あえて彼女を置いて走り出した歩を、鋼の鬼はまっすぐに追いかけてきた。逃がしてくれなかった。

 図らずも、生死をかけた鬼ごっこが始まる。


「くそ、鬼ごっことか、いろいろシャレんなんないぞ!」


 鬼に憑依された自分が、鬼のようなロボットに追い回されるこの状況を、滑稽だと思う歩。しかし、一般的な自家用車よりも大きく見えるロボットに捕まったらどうなるか、考えるまでもないと思った。

 この時、歩は自覚していなかったが、生命の危機を覚えたことで内に秘めたレガの妖力を発揮し、身体能力を強化していた。おかげで、歩は陸上の世界選手を凌駕する速度で走ることが可能になっていたが、鋼の鬼は遅れずについて来る。


(せめて、周りを巻き添えにしないようにしなくっちゃ!)


 そう思い至った歩は、品川駅のある方向へ走る。

 目的地は、その途中にある旧草浜くさはま中学校の校舎だった。十年程前に、生徒数が激減したこと満田中学校と合併して役割を終えた校舎は、今も取り壊されることなく現存している。満田中学校の運動部が設備を利用しに、たまに足を運ぶのだが、今は部活動が停止している状態のため、誰もいない可能性が高かった。


(よし、あそこなら!)


 向かうべき場所は決まった。

 歩はあえて振り返り、先行してきた鋼の鬼を限界まで引きつけ、蹴りつける。そのまま相手を踏み台にし、一気にどこのものかわからないオフィスビルの屋上まで跳躍した。


(こ、ここまで出来るって!?)


 自分のしたことに驚く歩だったが、すぐに鋼の鬼が飛んできた。背中と足裏に付けられたロケットを噴射し、飛行しているようだ。


「あーもーしつこいッ!!」


 歩は、忍者のようにビルからビルへと飛び移る。だが、鋼の鬼は飛行しながら歩を追いかける。

 そして、ついに殺意の証明――腕に装着されたマシンガンを発射してきた。


「わあああ! ここ、街中だぞ!?」


 足元に銃弾が当たり、火花が散る。誰かに流れ弾が当たったらどうするつもりなのだと糾弾してやりたかったが、ロボット相手に叫んだって仕方がない。

 その証拠に、鋼の鬼は歩への砲撃を続けている。

 妖力が身体中に巡っている副作用なのか、歩は次第にイライラし始める。


「……そうかい、わかったよッ!」


 歩は思い切り跳び上がり、地面に降り立った。

 そこは、旧草浜中学校のグラウンドだった。

 案の定、無人。

 ここなら思う存分やれる!

 追って、ロボット達が校庭に着陸する。


「それじゃあ……鬼ごっこは終わりだ!」


 歩は思った。

 どうせ、ここでやらなくちゃ、殺されるだ。

 だったら、レガでも何でも利用してやる!

 相手は機械だ、遠慮なんかいらない!

 街中で平然と銃火器をぶっ放すようなヤツらに、容赦してやるもんか!


「どこから来たかは知らないけど……お前みたいなのがいると、沙貴ちゃんが怖がるんだッ」


 歩は、「力が欲しい」と念じる。すると、彼の右手の上に、刃渡り40センチ程度の真紅の三鈷剣がどこからともなく現れた。歩は三鈷剣を握ると、胸に赤い光が灯り、自刃するように剣の矛先を突き立てた。

 それこそが、レガの力を使うための工程(プロセス)なのだと、無意識の内に理解していた。


「ウゥゥゥゥゥ……ゥゥゥォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 真紅の三鈷剣は、滑るように歩の体内に入っていく。

 一瞬、歩の全身が赤一色に染まった。それから、全身が膨れ上がり、クマのように大きな体格に変化を遂げる。

 全身の光が消えた時、歩はメタリックなボディをもつ赤鬼に変身していた。

 校舎の窓ガラスに映る自分の姿は、あの日自分を襲ったレガと同じ姿をしていた。


「変わった……!」


 歩は、戦鬼レガとなった。しかし、今度は自分の意識を保っている。


『ターゲット、アウェイクン。ターゲット、アウェイクン』


 鋼の鬼が機械的な音声を発し、戦意を露わにする。上空の信号弾を放ち、他の場所に散っていた他の機体を呼び寄せる。

 鋼の鬼が三体、歩を囲うように立つ。


「どうあっても、戦うってんだね」


 返答とばかりに、ロボット達が腕に装着されたマシンガンを乱射してきた。


「だったら……!」


 歩は左手で顔を覆う。銃弾の嵐が体を打つも、金属がぶつかり合うような高音を鳴らすだけで、痛みは感じない。


「言っとくけど、弁償なんかしないからな……!」


 覚悟を決めた歩は、真正面に一歩踏み出すも、


 ――ドガァァァン!!


「いてっ!」


 たった一歩踏み込んだだけで、鋼の鬼に体当たりを仕掛ける形になってしまった。


(ち、力加減がわからない!)


 戦鬼の力を上手く使いこなせず、混乱する歩だが、相手の腕を踏み潰した感触から、今ので接触した一体は粉砕することが出来たことを知る。


「こうなったら、とにかく当てなきゃ!」


 歩はすぐに立ち上がると、別の機体に突撃する。今度はまともな攻撃が出来るよう、右腕を前に突き出しながらの突貫である。


「取った――ってぇ!?」


 掴みあげたはずの相手の右腕を、そのまま握り潰してしまった。車の材質よりもよっぽど上等だと思われる鋼のボディも、レガの力をもってすれば豆腐のようだ。


「で、でも、これなら!」


 相手の武器だけ壊して、無力化出来るかも知れない。先程、破壊した機体を見るに、他の鋼の鬼も、おそらくは無人機のはずだ。

 遠慮はいらない。


「よし、いくぞ!」


 思考をポジティブに切り替え、歩は迫りくる鋼の鬼を真正面から蹴り倒し、馬乗りになる。そこから相手の顔面を掴み取り、握り潰した。


「うぅぅぅぅぅぅ!!」


 そこから、ひたすら拳を叩き込むと、鋼の鬼のボディはたちまちハチの巣になり、スクラップと化した。


「はぁッ、はぁ……最後の、どこだ!?」


 荒くなった呼吸を整えながら、歩は周りを見る。

 最後の鋼の鬼は、ロケット噴射で空に飛びあがり、歩を包囲するように旋回する。


「くそ! これじゃ届かない……!」


 無理に飛びあがりでもしたら、周りの建物に被害を与えるかも知れない。ならば場所を変えるべきかも知れないが、それをしたら、たまたま居合わせた人間を巻き込み、傷付けてしまうかも知れない。

 ネガティブ思考が歩の頭を支配し、思考を固まらせる。

 しかし、鋼の鬼はこれを好機と捉えたのか、砲撃を開始する。


「!」


 マシンガンの弾丸では、レガのボディは傷つけられない。故に歩は死を恐れずに済んでいたのだが、


「ぐぁッ!」


 突如、物凄い衝撃と熱が後頭部を襲う。目元を僅かに開きながら注視すると、さらに上空から二機の鋼の鬼が飛んできた。

 増援は、バズーカ砲のような物を構えていた。


(もしかして、徹甲弾を食らったのか?)


「装甲より硬く重い砲弾を、高速でぶつけてやれば良く、尖っていればなお良い」という考えで作られた、鋼鉄製の単一素材弾頭。強引に高威力で敵の装甲を貫こうとした相手の思惑は、見事に的中したようだ。

 無防備で受け続けたら、いくらレガのボディでも耐え切れない。


(くそ! なんとかしないと……!)


 意識が眩みそうになるのを必死にこらえながら、歩は必死に打開策を練る。

 試しに地面に落ちた石を拾い上げ、投げつけた。

 しかし、レガ自慢の妖力も石には作用せず、鋼の鬼にぶつかると同時に無惨に砕け散った。

 無論、ノーダメージ。


「だぁーもう! もっとちゃんと話を聞いとけばよかった!」


 伊織に、戦鬼の戦い方について何も訊かなかったことを後悔する。

 歩としても、明日から特訓を始めるということで、今日の時点で誰かに襲われることは想定していなかった。

 現状の認識が甘かったことを、自覚する。


「何か、何かしなきゃ、何か……!」


 しかし、歩の思考はそこで完全に停止していた。

 命の奪い合いを伴う実戦経験が皆無の歩には、戦場における判断力というものがまるで養われていない。ゲームやマンガのように、いかに強大な力を手にしたからといって、素人がいきなり英雄になれる程、戦場というものは甘くないのだ。

 だからこそ、歩にはそれを指導する教育者が必要だった。


『ったく、しょうがねえなぁ』


 頭の内側から、剛毅な笑い声が聞こえてきた。


「えっ? え、えっ?」


 突如、頭の中に『声』が響き、歩は動揺する。

 歩は、その声に聞き覚えがあった。


「レガ……!」


 夢だと思っていたが、『彼』は本当に存在しているのか。


『肩を見ろ。どっちでも良いからよ』

「肩って、なんで……?」

『良いから言う通りにしろ。そうすりゃあ、後は俺の経験とお前の本能とが噛み合って、勝手に体が動くだろ』

「そ、そんなこと、急に言われても……!」


 と言いつつ、歩はレガに導かれるままに肩を見る。

 すると、すぐにその意味を理解する。


「これ……武器になるんだ!」

『わかったんなら、さっさとしやがれってんだ。いつまでもこんなワラ人形みてーなのにヤキモキしてんじゃねえぞ』

「わかってる、いくぞ!」


 歩は、己のものとなったレガの肩に意識を集中させる。鋼鉄のような皮膚の間からわずかに覗いた鋼色の刃が、空中に弾き出された。冷えて固まり始めた水のように、泥水のような液体は、瞬時にまさかりの形を成す。

 歩は、飛び出した鉞を手に取る。


『コイツの硬さは折り紙付きだぜ。爪で切れねぇモンは、いつもこれで切ってた』

「そりゃすごいけど、銃火器相手に何の役に……」

『ぐちゃぐちゃ言ってねーで、さっさとぶっ壊しゃ良いんだよ! 良い子の使い方なんてモンはねーんだから、やりたいようにっちまいな!』


 乱暴且つ一方的なレガの物言いに、うんざりしそうになる歩。

 だが、おかげで緊張がある程度解けているのも事実だった。

 自覚した歩は、苦笑する。


「それじゃ、遠慮なく……!」


 歩は開き直るように、右手に取った鉞を、空中にいる鋼の鬼にめがけて投げつけた。


「いっけぇぇぇ!」


 高速で回転する鉞は、向かって右を飛ぶ鋼の鬼を、いとも容易く切り裂いた。

 一瞬、夕暮れの街並みが、爆発でさらに橙色に染まった。

 鉞は、そのまま空に消えて行こうとする。


「くっ! こういうのは戻って来てよ!」


 理不尽ではあったが、強い念が功を成した。

 空の彼方に飛んでいったと思われた鉞は、歩の思念を受けて方向転換し、草浜中学校のグラウンドまで逆戻りした。


「って、ホントに戻ってきた!」


 しかし、鉞はグラウンドの上空を素通りしていく。


「よし、これなら!」


 要領を得た歩は、再び念じる。思念を受けた鉞は、すぐに旋回。主への砲撃を再開しようとした残りの鋼の鬼の軌道に乗り、追う。そして、真横から敵のボディを切り裂き、爆散させた。


「最後なら、直接ッ!!」


 歩は再び跳躍し、自分の元へ飛ばした鉞を手に取る。そして、力を入れやすくするため、取っ手部分を三メートル程伸ばし、両手持ちで構える。


「うわぁああああああああああああああああ!!」


 歩は薪を割るように、最後に残った鋼の鬼の頭めがけて鉞を振り落とした。

 一刀両断。

 真っ二つに割れた鉄の鬼は校庭に墜落し、爆発。炎を上げた。

 歩は空中で回転しながら、校舎の屋上に着陸する。


「はぁ、はぁ……やっと勝てた……」


 生き延びることが出来たことを実感しながら、歩は大きく息を吐いた。


「お疲れさん。初陣にしては、よくやった方じゃないの」

「っ!」


 背筋が凍った。

 振り向くと、そこには青いジャージを着た成人男性が立っていた。短く切り揃えた茶髪を揺らしながら、端正な顔をもった教員の姿は、歩も知っている人物だった。


(蒼井先生……!)


 所属する剣道部の顧問、蒼井蓮司(あおいれんじ)が、歩に向かって賛辞の拍手を送っていた。

 音も無く現れた蒼井を、歩は静かに警戒する。


(マズい、見られちゃった! まだ秘密にしてるらしいのに!)


 先程とは違った緊張感に支配される歩だったが、


『あぁ? なんだコイツかよ』

「えっ――」


 レガの、思いの外あっさりとした態度に、歩は唖然となった。「顎が外れたんじゃない?」と思われる程、大きく口を開けてしまう。


「ダハハ! ホント、わかりやすいヤツだな、お前は」


 蒼井は歩のそばに歩み寄ると、労わるように肩を叩いてきた。


「よくぞ、自分を見失わなかった。なかなか出来ることじゃないぜ」

「せ、先生……」


 緊張感を解いたことで、歩はレガの変身を解いてしまった。しかし、蒼井はそれに驚くことなく、ただ微笑んでいた。


「先生は、怖くないんですか? その、さっきまでのぼくのこと……」

「全然」


 蒼井は、憮然と鼻を鳴らす。

 その、あまりにも堂々とした、余裕のある態度を見た歩は、違和感を覚えた。


「なんで、先生がそんな――」

「勝手知ったる仲ってわけだな」


 蒼井は困ったように苦笑しながら、歩の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「生徒を守り導くのが、教師の役目ってモンなんだが、お前の場合はそれとも違うっつーかな」

「えっ?」

「論より証拠。見てみな」


 蒼井はそう言うと、右腕を上げて見せる。

 すると、蒼井の腕が輝き始めた。


「こ、これって……!?」


 歩は目を見開いた。

 蒼井の腕は、蒼く輝く、メタリックな肌に変質した。太さこそ人間とそう変わらないが、それでも全体的な特徴は、レガと酷似している。


「先生、もしかして――」

「ま、そういうこったな」


 蒼井は、得意げに笑った。


「俺も……戦鬼だよ。お前とおんなじさ」




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