第8話 戦友

 ~12月11日 16時24分 喫茶店ケ・セラ・セラ~


「ふぅ……なんかもう、とっくにキャパオーバーなんだけどなぁ」


 秀真が去った後も、歩は出入り口を呆然と眺めながら、呟いた。


「まぁ、大変かもだけど、だいじょぶだよ。アタシだって出来たんだし」

「でも、君とぼくの状況が全く同じとは言い切れないんだし……あぁ、そうだ!」

「どったの?」

「戦鬼について訊くの、忘れてた!」


 歩は愕然となった。元々は伊織が教えてくれる予定だったので、何か失敗したわけではないのだが、秀真の方が分かりやすく説明してくれそうなイメージがあったため、ついでに聞けばよかったと後悔する。


「あいつ、ヘンなトコで抜けてんだよなぁ」


 そんな歩の心情を見抜いてか、伊織はからかうように微笑んだ。


「……えっと、杜若さん?」


 歩の縋るような目に、伊織は満足げに頷いた。ナポリタンを食べ終え、手を付けていなかったBLTサンドを手に取り、指すように歩の目の前に突き出した。


「アタシが話してあげるよ、戦鬼のこと」

「ホント?」

「うん。条件付きで」

「き、聞いてない……!」


 突然の交換条件。秀真とのやり取りから、自分にも何かしら無茶な要求をされるのではないかと、身構える歩だったが、


「今からアタシのことは名前で呼ぶこと」

「……えっ?」


 思いの外、単純な要求だった。

 無茶ぶりを想定して身構えていた歩は、唖然となる。


「えっと……なんで?」

「こんなけったいな生物(なまもの)になっちゃったもんだから、アタシもあんま腹を割って話せる友達いなくてさ。あんたにとっては災難だってわかってるけど、同じ悩みをもつヤツがいるってさ、やっぱいいもんじゃん」

「そ、そう……なの……?」

「そ。だから、困った時には協力できると思うじゃん。それが出来るんなら、アタシらは多分親友ってことになるよね? だったら、親友とは名前で呼び合いたいもんじゃん」

「そう、なんだ……」


 伊織の理論はよくわかるようでわからない。親友同士でも、苗字で呼び合う者もいるし、そもそも友人の定義は人それぞれ。彼女のルールを説明されたからといって、無理にそれに理解を示す必要はない。

 けれども、歩には伊織の言うことの意味が、なんとなく理解できる気がした。

 身から出た錆ではあるが、歩も友人は指で数える程度しかいない。


「確かに、似た者同士かもね」


 そう思い至った時、歩は伊織の存在を身近に感じられるようになった。

 沙貴とはまた違う、異性との繋がり方に、気恥ずかしさを覚えながらも、しっかりと手を伸ばす。


「よ、よろしくね。……伊織、さん」

「さん付けんなーって言いたいトコだけど、まぁ今だけは許す」


 伊織は手にしたBLTサンドを一口で半分齧り、残りを歩の口に押し込んだ。

 

「中学生は酒を酌み交わす……なんて真似は無理だもんね」

「むぐぐっ!」


 食べ物を無駄にしないことを親から徹底的に教え込まれた歩は、突き返す前にサンドイッチを食べ切った。そして、呼吸を整えながら、軽く伊織を睨む。


「ふぅ……おい、伊織?」

「OKOK。そんじゃ、本題に入ろっかねッ」


 伊織は鞄からファンシーな手帳を取り出し、付箋が貼ってあるページを開いた。


「これ、お姉ちゃんが持たせてくれた、資料の中身を簡単にまとめた手帳だよ。これ、あんたにやるよ」

「いいの?」

「気にすんなって。ホントは姉ちゃんもここに来たがってたんだけど、あたしが「自分で謝るから来んな!」っつったら、これ持たせてくれたんだよね」

「そっか……ありがとう、って言ってたって言っといて?」

「おう」


 歩は、手渡された手帳の内容をじっくりと眺める。

 そこには、かわいらしい丸っこい字でありながら、しっかりとした内容の情報が羅列されていた。



○戦鬼(せんき)

 戦国時代に現れた、鋼鉄の体をもった生物。目に見えない力――刀や弓、火縄銃の攻撃を悉く防ぐ、離れた相手の体をねじ切る等の離れ業を見せたことから、陰陽術に似た能力――〈妖力(ようりょく)〉をもっていることがわかる。

 かつて、歴史の裏で暗躍していた妖魔(ようま)と呼ばれた怪物と戦っていた。


○戦鬼の生態について

 戦鬼の誕生の経緯は、未だ謎に包まれている。一説によると、ある陰陽師が討伐したヤマタノオロチの遺体と力を分解し、それを武士が食らい、突然変異を起こしたことが誕生の契機と言われている。

 戦鬼は己の肉体を人間のそれと同様のものに変質させることが出来る。故に、戦鬼の栄養補給や排泄、繁殖等は、全て人間と同じ要領で行なわれる。しかし、出生率は決して高くはなく、戦鬼同士での交配による誕生は、零破の年号に至るまで前例は無し。

 最初に誕生したとされる戦鬼の個体数は、8とされる。

 


 ファーストステップとして知りたかった情報を得た歩は、少しだけ安堵した。


「……元は、人間だったんだ」

「現に、アタシの母ちゃんは戦鬼だからね。正しいかどうかはともかく、文章に書いてあることは……アタシのじゃないけど、実体験とも言えるよね」

「生々しいから、そーゆーこと言うのは……んっ?」


 歩は、違和感を覚えた。


「ぼくと伊織さんって、戦鬼としての姿に違いがあり過ぎるよね? なんでぼくはロボットみたいな感じで、かき――じゃなくて、伊織ッ……は、ほとんど人間と同じだったよね」

「あぁ、それなら……」


 伊織は歩に体重を寄せ、ページをめくり始める。女の子特有の――特に発育著しい伊織の感触にドギマギしながら、歩は平静を装い、手帳に意識を集中する。


「ほら、コレ」

「どれどれ……?」


 未だにしなだれかかる伊織をそのままに、歩は手帳の内容を確認する。



○戦鬼の肉体

 人間も黒人や白人、黄色人種と肌の色が異なるように、戦鬼にも亜種が存在することが確認されている。

 以下は、これまで確認された戦鬼のタイプをまとめたもの。

 モノノフ型:鋼鉄の鎧に身を包んだような、モノノフ型。

 ヤシャ型:人体を妖力に再適合した、鬼のような姿。女性に多く見られる。

 ガキ型:妖力を暴走させ、肉体を無造作に変化させた姿。

     ※(ココ重要!)魂を犠牲に変化するため、元には戻れない。



「ガキ型、か……」


 歩は、無意識の内に拳を握りしめる。


「ねえ、伊織? レガは――」

「モノノフ型だね」

「えっ?」


 伊織は即答し、歩の懸念を吹っ飛ばした。


「アタシもまだ見たことは無いけど、ガキ型ってのはマジにぐっちゃぐちゃな姿をしてるらしくって、見境なしに人を襲うらしいのね」

「なら、レガは――」

「理性も無いガキ型なら、同化なんて真似は絶対にしないらしいよ。なのに、レガはすかさずそうしたってね。だったら、それはガキ型じゃないって証明になるんだって、姉ちゃんが言ってた」

「それでも、危険な存在だったのは……」

「そこんトコの調査も含めて、あのメガネはあんたを抱きこもうとしてんでしょ。知らんけど」

「だから、ぼく次第ってわけね」


 歩は今一度、レガと秀真が言い残した言葉を頭の中で反芻する。


『俺はこうなりてーって思ってたわけじゃねえ。つまり、眠ってた俺を誰かが操ってたってこたぁ、俺を使って何かしようってバカがいるってことだよな。ってことは、このままにはしておけねーってわけだ』

『不確かな精神論に関しては何も申し上げることはありませんが、それでも今回の一件はあなたの命、そして今後の人生に関わる問題ですから。ただ一言、ご健闘をお祈りします、とだけ言わせてもらいますね』



 レガは怒り、敵を求めている。

 その時、歩が自分を保てるかは、歩の今後の行動に関わってくる。


「気が滅入るなぁ……」


 何をどうすればうまくいくのか、皆目見当もつかなかった。何をしても空回りになるのでは? とネガティブ思考が渦巻いてしまう。

 しかし、


「心配すんなって、歩」


 横から、伊織に抱き締められる。


「伊織?」

「今後は何があっても、アタシが助けてやる」

「……うん、ありがとう」


 伊織のぬくもりが、恐怖に震える歩を鎮めてくれた。

 数分くらいそのままになっていたが、やがて歩は再度礼を述べ、伊織の身体を押し除けた。

 そして、拳を握って見せる。


「やるよ。怖いし、泣かないって自信も無いけど……このままじゃいけないってことだけはわかるから」

「そうッ」


 伊織が、歩の拳に手を添える。


「何かあったら、そのときゃぶん殴って止めてやっからね!」

「お、お手柔らかにお願いします……」


 単に死に方のバリエーションが増えただけのような気がしたが、少しはポジティブなものとして捉えられることは、幸せなことだと思うことにする歩だった。


 ◇◆◇◆


 ~12月11日 16時55分 喫茶店ケ・セラ・セラ~


 冬の空は、この時間帯にもなると、既に夕日が沈み、薄暗くなっていた。

 会計を済ませた歩と伊織は、喫茶店の入り口で別れることになった。


「じゃあ歩、明日から頑張ろうな~!」

「うん、よろしくね」

「じゃあね~♪」


 そして、伊織は雑踏の中に姿を消した。静かに耳を澄ますと、道行く人々の何気ない会話が聞こえてくる。


「……さて」


 歩は、喫茶店のテラスにある一席に歩み寄り、そこで新聞を読んでいた人の顔を覗きこんだ。紺色のダッフルコートに、緑色のニット帽、極めつけはサングラスと防寒マスク。変質者丸出しである。

 ここで、歩の数少ない特技――絶対の自信をもつ技能が発揮される。

 自分が、『彼女』を別人と間違えることは、絶対にない。


「……何してんの、沙貴ちゃん?」

「人違いだと思いマス」


 変質者が、上擦った声を上げる。

 歩は無言で、目の前の人物のサングラスとマスクを取り上げた。

 すみれ色の瞳をした大きな目とぷっくりした桃色の唇は、紛れもなく最愛の幼馴染のものだった。


「いつになく、ボーイッシュなファッションだね?」

「ホントに? 実は男の子の恰好してみたいな~って思ってたんだ」

「うん、よく似合ってると思うよ」

「ありがとう」

「んで、何してたの?」


 沙貴がむせた。


「こ、ここの喫茶店、ラザニアがおいしいって評判聞いてきてみたんだ」

「ぼくもメニュー見たけど、ラザニアなんて無かったよ?」

「間違えちゃった。スパゲティだった」


 ちなみに、沙貴のテーブルの上に置かれていたのは、コーヒーのカップ、そして伝票だけだった。歩は沙貴より先に伝票を手に取って検める。注文したのは、コーヒーだけだった。


「はた迷惑な客だね……」

「そんなことないもん」

「それで……本当にどうしたの?」

「刑事ゴッコしたくなっちゃって。コロンボって知ってる?」

「見たことはないけど、聞いたことはあるよ」

「そっか。それじゃあ見てみると良いよ。きっと今のわたしと同じ事したくなるから」

「ちなみに、どんなストーリー?」

「…………」


 沙貴の体が、小刻みに震え始めた。


「……ねぇ、沙貴ちゃん?」

「ね、ネタバレは良くないと思うの!」

「ケータイで大体の概容はわかるから、良いから気にせず」

「そーゆー誘導尋問は良くないと思う――あ、コロンボみたい! ヤラレチャッタ!」

「それ、絶対にコロンボじゃないよね……」


 わざとらしく額に手を当てる沙貴を見て、歩は深いため息をついた。


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