第7話


「んんんーっ!」


 開かない自動ドアに掛けた手に、ありったけの力を込める。しかし、どれだけ体重を掛けても、ドアは動いてはくれなかった。


「無理しないで、咲良ちゃん!」

「んーっ、やっぱ無理ー」


 ドアから手を離し、大袈裟に後ろに倒れて見せ、屋根を見上げる。視界の端に見える快晴の青空を、白い雲が早足で横切る。隣接する公園から聴こえる、虫の声がやかましい。


「やっぱり、鍵が閉まってるんだよ」

「……うん」



 私達は学校で自転車を調達した後、話していた通り、近くで一番大きい図書館にやってきた。

 ……恥ずかしい話、現地に着くまで鍵の事をすっかり失念していたけれど、鍵を掛け忘れて挿しっぱなしだった事が幸いした。──尤も今日は、他の誰かの自転車を拝借したとしても、誰にも咎められないとは思うけれども。

 ともあれ図書館にやってきた私達ではあったが、肝心の図書館の入口の自動ドアは、ビクとも動かなかった。

 実際に人類総虫化が何時頃に起こったのかは分からないけれど、ここの職員が出勤する前だったのだろう。


 しかし、困った。色々な本にあたってみれば、もしかしたらこの状況を解決する方法が見つかったかもしれないのに。……元々、可能性は低いか。


「どうしよっか」

「どうしようかねえ……」


 簡単な話、ドアのガラスを割ってしまえば中に入る事は叶う。

 しかし、今日突然虫化した様に、いつ突然戻るかも分からないし、昨日の今日でいきなりそういう行為が出来るかと言うと、複雑である。


 考えていると咲奈が私の隣に腰を下ろしたので、私も居住まいを正した。咲奈の体重が、私の右肩に掛かる。


「ねえ、咲良ちゃん」

「咲奈、どうしたの?」

「このまま皆が戻らなかったら、私達、この世界のアダムとイブになるのかな?」


 私に凭れ掛かったまま、咲奈は、いつものトーンで訊いてきた。


「……どっちがアダム?」

「もちろん、咲良ちゃんだよ。去年の学園祭のロミオ、格好良かった!」

「もう、忘れてって言ってるじゃん!」


 ──去年の学園祭。私達のクラスの出し物は、有り勝ちだけれどロミオとジュリエットだった。私がロミオ、咲奈がジュリエット。


「やーだよー。今でも目を閉じれば、あの時の咲良ちゃんのロミオが浮かぶもん」


 そう言って目を閉じて頬を緩める、私のジュリエット。

 私だって──。




「──おおロミオ、どうして貴方はロミオなの──」


 不意に、咲奈がジュリエットの台詞をそらんじた。バルコニーでの、有名な台詞を。


「んっ?」

「あっ、違うか。ロミオだったら、……咲良ちゃんが男の子だったら、あんなに反対されなかったのにね」


 そう言って、咲奈は遠い空を見上げた。


「……そんな仮定、意味が無いよ」

「……うん。じゃあ今度は、究極の2択の質問」


 立ち上がった咲奈はパンパンと砂を払い、私を見下ろしていたずらっ子の様に──。


「──虫になった皆が戻った方が良いか、このまま私と2人だけの世界が良いか」

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