第3話 取り敢えず婚約から始めることになりました

 カリーナ改め、

 カリーナ・リビエラ・モリアーナ・エイドス・カスティエル・マーカス・ドゥ・マッケイン。マッケイン侯爵令嬢と、

 しがない地方貴族のアントレー小伯爵の俺は、婚約からスタートすることとなった。


 俺が、件の伯爵令嬢と結婚するのが嫌がために、発作的にサインした結婚宣誓書は一旦神官長預かりとし、正式な手続きを踏んでからということになった。

 が、神官の立ち会いのもとサインした宣誓書なので、強い効力がある。

 ので、この結婚は(皇室から待ったがかからない限り)何があろうとも履行される。


 で、

 形式的に、婚約の打診をしに侯爵家を訪れた時、俺は初めてカリーナの身の上を知ることになった。


 チェンジリング――――。

 森に入った子供が妖精と入れ替わる。あるいは、赤ん坊を拐かされること。


 本来、森に住む妖精は人間の領域には入れない。だから森に入らない限りは、何もされないはず……。


 国家魔法使いの実力が低下しているせいか、それとも、魔石の出る鉱山からの汚染の影響なのか……。


 彼等は人間の領域に入り込み、人間の子供同士を取り替える、というイタズラをしたのだ。


 彼女はその被害者だった。


 因みに、彼女が元いた家は、メディセドナ公爵家――。


 代々聖女や法皇を排出してきた名門で、神殿の十八番である治癒魔法を得意としている。


 神殿と一心一体と言ってもいい家紋だ。


 そんな家紋で、魔法を使えない身の上はさぞ肩身が狭いことだっただろう。


 この事を侯爵夫人から聞かされ、


「いいこと!! カリーナはもう私の実の娘同然! 仮にも浮気でもしようものなら……。」


 と、サーベルに手をかけられ脅される。

 その黄金の瞳は虎かライオンのように眼光鋭い。


「しませんよ! そんなこと!」


 思わず紅茶を吹くところだ。


 マッケイン公爵夫人は女だてらに剣を握る人で、強化魔法が得な女傑である。


 一般的には、魔法を重要視する貴族であっても、淑女に好ましいとされるのは、


 ①豊穣をもたらす水魔法

 ②夫や領民を守る防御魔法

 ③治癒魔法


 が、好ましいとされ攻撃魔法が得意なことは、貴婦人にとって評価どころか嫌厭される。


 しかし、兄弟よりも実力のあった彼女には大変不満であり、周囲の評判など臆せず剣を握った。


 そんな事もあって、社交界では“孤高の花”として有名である。


 そんな彼女だから、噂話になど惑わされず、真偽を判断する能力を兼ね備えている。

 それに、とても面倒見がよく情に脆い。


 そんな彼女はカリーナのこともすぐ気に入り、今や立派に娘馬鹿である。


 もし……、件の強烈伯爵令嬢との結婚が嫌がために、そこにいたカリーナと、同意もないまま、ノリと勢いだけで結婚宣誓書にサインさせたなど侯爵夫人に知られたら……。


 切り刻まれる!!


 そう思うと生きた心地がしない。

 今飲んでる上等な紅茶が、最後の晩餐とならぬよう気をつけねば……。


「そうそうそれから……。」


 夫人がティーカップを下ろし、じろりと視線を向けた。


 まだあるのか!?


 俺はビクリと飛び上がりそうだった。

 が、意外なことを聞かされる。それは――、


「どうもメディセドナ小公爵が気になる。」


「? 小公爵が? なぜ?」


 彼女の元兄が?


 風のうわさでは、貴族の振る舞いらしく、彼女には最低限の温情だけ与え、すっぱり縁を切ったと聞いている。


「我がマッケイン侯爵の養子になったことが、当てつけのように感じて、気に入らなかったかもしれないけれど……。妙に貴方のことについて、探りを入れられたわ。しばらく行動に気をつけなさい。」


「はい………。」


 どういうことだ………?


 養子に迎えることなく、迷わず孤児院に入れてしまうあたり、カリーナには興味も関心も薄いように思われるのに……。


 少し後にグレーゲルは、人間とは、かくも裏腹な生き物であると、思い知らされることになる――――。


 その頃、メディセドナ家の嫡男フェルナンドは自らの失態を悔いていた。


 なんとしても、アントレー小侯爵の情報を集めなければと、普段見向きもしない地方貴族のお茶会や、夜会を厳選し、せっせと出席の返事をしたためている。


 カリーナには、家から出した使用人を数名、見張りとして付けるところだった。


 何かあれば、さり気なく助けられるようにと――。

 だが、遅かった。


 カリーナは育ちは貴族でも、本当は庶民である。

 すぐに受け入れられずとも、そのうち打ち解けるだろうと、楽観したのがいけなかった。


 いや、楽観したのではない――――。


 あの時、あの瞬間は、

 どうなっても知らぬと、カリーナを見放した……。


 ……親からの愛も、まともに受けれなかった妹が哀れで、何とかしてしてやらないと、と、必死だった。

 兄として守ってやらねばならないと。


 “どうして魔法一つ使えぬのか?”

 と、思わないわけではなかった。


 しかし、母に愛を求めその度、傷ついていたあの娘を、どうしても捨て置けなかった。


 だから、血縁関係が無いと判ったあの日――。


 裏切られたように思った。


 今まで、偽物だったにも関わらず、身に余る施しを受けていたのだ。本来受けるはずの本物を差し置いて……。


 見つかった本物の僕の妹は、食うや食わずの悲惨な生活を送っていた。


 兄弟を守り、母親を支え、日々を必死に生きていた。

 その裏で温々と……。この僕に甘え、安寧を貪っていたのだと思うと、やるせない怒りが込み上げてくる。


 しかし…………。


「正直、私は貴方がたを家族と思えない。」


 同じ白金の髪に、紺色の瞳の実の妹、カトリーナにはそう言われた。

 一瞬、その言葉に怯んだものの。


「仕方がない。全ては時間が解決してくれる。何も不安に思うことはないよ。」


「少なくとも、今は、そう思ってないのね。」


 そう言われてサーッと、血の気が引くのがわかった。


「カトリーナ!」


 怒気を含んで呼ぶが、カトリーナは挑むように真っ直ぐ見据え宣言した。


「私は必ず家に帰る! お母さんのことも愛してる。兄弟達のことも愛してる。大事なものは必ず守るわっ!!」


「父上と母上の気持ちを解ってやってくれないのか!? お前がいなくてどれだけ…………。」


「彼女は?」


 その瞬間、息を詰めた。


「長く共に暮らしてたはずなのに……。今、私は、家族と引き裂かれて、身が千切れる思いよ!」


 その強く逞しい眼光を前に、酷く苛まれる。

 苦し紛れに


「今更あんな食うや食わずの生活に戻って何をすというのだっ!?」


 と言ってやれば、彼女は身じろぎもせず言った。


「すぐ家は出ない。先ず国を変えるの。庶民でも発展できるように貴族優遇を辞めさせる。」


 なっ…………!?!?!?


「何を馬鹿なことをっ――――――――!?」


 取り乱す僕に、彼女はクスッと笑った。


「そうね。でも、私は一夜にして貴族になった。ならば、ありったけの権力を求めるのみ! 道はもう開けた。前進あるのみ! そして、必ず自分の家族に会いに行くわ。」


 その確固とした真念、ブレのない軸。


 彼女ならやり遂げであろうと思わせる意志の強さに、打ちのめされた。


 雷が落ちた様という表現は、この事を言うのだ。


 それからというもの、急き立てられたようにカリーナの動向を探った。


 共に過ごした時間に嘘はなかった。

 大事な妹であることも変わりない。

 魔法が無いくらいで何だったというのだ!

 裏切られたなど!! 自らが辛さに耐えかね、八つ当たっていただけだ!!


 今更謝りたいなど、身勝手もいいところ。だから、せめて、影から護ってやれるように……。


 だが。


 すぐ行動していれば、こんなことにはならなかった!!


 カリーナは、よりにもよって、悪評ばかりを耳にするアントレー小伯爵と、ほぼ結婚したと言っていい婚約をしてしまった。


 さらに、マッケイン侯爵の落胤と届けられたのも宜しくない。


 父はともかく、母はマッケイン侯爵夫人とは犬猿の仲で、性格も水と油で全く相容れない。


 それを実の娘でなかったにしろ、マッケイン侯爵夫人が受け入れたと言うのは、我が家の心象も非常に悪い。


 あからさまに“我々が彼女を捨てた”ように写り、その非道をマッケイン侯爵家が同情したと共に、諫めるような形となってしまう。


 社交界での評判を気にする母にとって、許しがたい行動であろう……。


 母は、間違いなく“恩知らず、身の程知らず”と呪いながら、容赦なく社交でカリーナを打ち据えるに違いない。


 なんとしてもアントレー小伯爵と接触しなければっ!


 そうなると、カリーナにも会うことになる。


 合わせる顔もないのに……、今のこの立場で、彼女を思いやること一つできない。

 きっとまた傷つける。


 どうしてこんなにも愚かだったのか………。


 フェルナンドは、激しい悔恨のあまり拳を机に叩きつけた。





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