第2話 元公爵令嬢、人生二度目の青天霹靂

 カリーナの人生は、齢16歳にして波乱万丈であった。


 先ず、貴族ならば使える魔法が使えなかった。

 そのことで、一族内から冷遇され、兄以外は、彼女とまともな会話さえしなかった。それは両親であっても例外ではない。

 そため、孤独な幼少期を過ごすこととなってしまう。


 そして、追い討ちをかけるように、あることが判明した。


 魔導具で、血の繋がりが確かかどうか判定する試験を行った時だ。


 カリーナは当然、血縁関係が認められると思っていた。


 ところが……。


「大変申し上げにくいのですが……、カリーナお嬢様と、ご家族の間には血縁関係は認められません。」


 最初、なんと言われたのか解らなかった。


 徐々に言葉を理解していくうちに、母からは憎悪の眼差しを受けた。


 そして……兄からも……。


 気がつけば家を追い出され、孤児院に入れられていた。


 そして、捨てられた新聞の切れ端で、本物の公爵令嬢が見つかったと知った。


 家族と思っていた人達にはあっさり棄てられた。


 私の生きてきた十数年間は何だったのだろう……。


 本来、孤児院は15歳で出ていかねばならない。


 だが、公爵家の恩情で、17歳までいさせてもらえることになっている。


 そもそも、なぜ、庶民のはずの私が公爵家にいたかと言うと、妖精が胎児の頃にチェンジリング《取替っ子》をして、人間をからかったためらしい。


 私の本当の親はどうなったのか知らない。


 私の身元引受を拒否したのかもしれない……。


 孤児院は、居心地が良いとは言い難かった。


 元々持っていた手持ちの私物は、孤児院への寄付金にと換金されてしまったし、わずかに残った綿生地のドレスや牛革の靴も、知らぬ間に紛失した。


 他の孤児からは勿論遠巻きにされ、幼い子供の面倒を看るようになった。


 でも、


 小さな子の面倒を見るのは、それなりに気が紛れて、心が休まった。


 彼ら彼女らに、幼い頃自分が欲したことを彼らに施した。自分の穴を埋めるように……。


 そうして暫く経つと、だんだん孤児院にも馴染むようになってきた。


 その慣れた頃に、油断してしまった。


 やはり、15歳やそのちょっと下くらいの子達には、カリーナは異物であり、また、妬みや八つ当たりの対象だった。


 だから、買い物途中でわざと置き去りにされ、露頭に迷う事となったのだ。


 カリーナは心細くなった。

 でも……情けないかな、こういう時どうしていいのか判らない。


 悔し涙をこらえ帰り道を模索していると、


 いきなり、貴族と思しき青年に、腕を引かれた。

 そして、彼はこう言ったのだ。


「彼女と結婚する!!」


 この人何を言っているのだろう?


 混乱の中、抵抗する間もなく、あれよあれよと神殿まで運ばれ、結婚宣誓書にサイン……。


 サイン……して、しまった。


 え? 結婚? 誰か知らないのに?


 宣誓書にはグレーゲルとあった。


 因みに、貴族と庶民は基本的には結婚できない。


 ただ例外というのもあって……。


 ①、長年愛人関係にあり、嫡子に恵まれず、夫側妻側双方の親戚に、養子に迎えられる適当な子供がいなかった場合で、なおかつ、妻が60歳を超える歳に亡くなった場合。


 ②、庶民であっても、皇族も認める功績があった場合。


 ③、一族の連判状と皇族の認めがあった場合。


 ④、どこかの貴族の当主に落胤であると、届け出てもらう。


 である。


 条件としてはとてもとても厳しい。


 それを勝手に、神殿で宣誓書にサインしてしまったら……。


 庶民は、貴族の家紋を貶めたとして不敬罪に問われ、打首である……。


「…………そ……そんな……。」


 カリーナは涙をこぼした。

 死に方としてはあんまりだ。

 きっと誰も悼んですらくれない。


 打ち捨てられ、真に孤独に落ちるのだ……。


 カリーナは隣の青年を睨んだ。


 こんなことをして、彼とて無事には済むまいに……。

 貴族の処罰は軽いが、それでも罰金500万ルブを支払えば済む!


「な……何でこんな事を…………。いたづらで…………済むと、お、思いですかっ! 私ごときが……、死んでも歯牙にもかけないでしょうが…………、生きていることすら……許さぬと……?」


 涙が止まらない。ボロボロ出てくる。

 グレーゲルは今更にアタフタと狼狽える。


「あ…………イヤ……すまないっ!! 君のレモンママレードの匂いについ癒やされて……。あぁ、えっと、そうじゃない!! 責任は取る。そうじゃなくて……ぜひ結婚をさせてくれ!!」


「その前に私の首が落ちます!!!」


 カリーナは大声を張り上げた。


 それにしても涙が止まらない。ついに、もう立っていられなくなった。


 そして証人として立っていた神官が、カリーナに呑気にこう訊ねた。


「お嬢さんは物知りだねぇ。庶民は普通、文官を目指さない限り知らない筈だけど。」


 カリーナは神官も睨みつけた。


「だったら何なんですかっ!!」


 そもそもこの神官だってどうかしている! 貴族に弄ばれて命も危ないのに……なぜ黙って見ていたのか!?


 カリーナ程度の睨みでは威力ないのか、神官は飄々として言った。


「ふむ。僕の勘違いじゃなければ、君は貴族の知り合いがいるよね?」


 カリーナは口の中が一気に干やがる心地がした。

 声が、途端に出にくい。


「…………。いませんよ。そんなの……。」


 その時、


 バンっ!!!!!!


 神殿の扉が勢いよく開き、匂いが凄い伯爵令嬢が入ってきた。


 マズイ。


 グレーゲルはカリーナを後ろの庇い、立ちはだかった。


「この私に恥をかかせて、どういうおつもりですの!!?? 伯母様の頼みでなければ、見向きもしなかった貴方ごときと、お見合いして差し上げましたのに!!!」


 そして、カリーナをチラッと伯爵令嬢が見ると、意地悪く口の端を持ち上げ、


「そこの娘、庶民ね? 不敬罪で訴えてやるから、小侯爵様も娘の首を落ちるのを、よくご覧になってくださいましね!!」


 と、言った。すると、神官が


「ふむ。少し落ち着きませんか?」


 と、伯爵令嬢の手を取り微笑んだ。

 この神官、金髪碧眼で肌も少年のように滑らかで、大変美丈夫だ。

 伯爵令嬢も、その美貌に勢いが削がれ、目を潤ませ訴えかけた。


「神官様っ! わたくし、小侯爵に乙女心を弄ばれたのですわっ!! 伯爵令嬢たるわたくしが庶民の小娘に屈辱を受けるなどっ……!!」


「成る程。お労しい。さぞお辛いことでしたね。しかし……お耳を……。」


 神官は何事か彼女に吹き込むと、彼女は途端に態度を変えた。


「ま、まぁ……。イヤだわ! 私、今日のところはもうお暇させていただきますっ!!」


 と、そそくさと帰っていった。


「伯父上。一体何を彼女に?」


 グレーゲルが目を丸くしていると、レーベンはニコニコと言った。


「これから本当になることを言っておいたよ!」


 カリーナは呆然としている。俺も盛大にやらかしておいて何だが、驚きを隠せない。


 そして、カリーナは程なくして、武門で有名なマッケイン侯爵のご落胤として届け出られ、侯爵夫人公認のもと養子となった。


 因みにここ一週間で。


 伯父の友人繋がり恐るべし。


 勉学でも魔法でも優秀だった伯父。ウチは伯爵と言っても、そう力の強い家紋というわけではないのに、伯父は社交的でまた、フットワーク軽い人だったせいか、アッパー層の友人が多かったりするのだ。


 地味に怖い。


 カリーナは暫く伯父の元で身元を預けられ、次に会ったのは、マッケイン侯爵の家紋をデデンと掲げた馬車に乗って、我が家に訪問に来た時だった。


「マッケイン侯爵令嬢、カリーナでございます。」


 キレーなカーテシーをしてカリーナは父母に挨拶した。


 その様子を、義母はそれはもう引きつった笑顔で、父は格上の相手でもう媚びた笑顔で出迎えた。


 程なくして、部屋で二人っきりになって、彼女から口を開いた。


「あの…………。」


「ハイッ! 何でしょう?」


「ここまでしてくださるのは、どうしてですか? 私、魔法も使えないのに………。」


 カリーナは自ら言っておかながら、“魔法が使えない”ということに、胸を締め付けられる思いだった。


 貴族の価値は魔法、そして、その血を守ること。


 私にはどちらもない。


 きゅうっとドレスの裾を握りしめる。


「魔法に価値はあるのでしょうか?」


「え……………………………。」


 カリーナは呆然としてしまった。


 それは、我が国の在り方そのものを否定するような考え方だったからだ。


 本当に、正気の沙汰でない……。


 でも、グレーゲルは続ける。


「そもそも、一部の人間しか使えない魔法では、すべての民に施す事はできない。

 そのために、魔石での人手のいらぬ産業革命は起こったが、それをすると今度は人手が無くなり国は衰退する。

 現状が悪化に転じれば、打つ手はないよ。」


 国が衰退する……。


 なんと突拍子もない考えか……。


「なぜ……そのように? 国の税収は実際上がっておりますよね? 」


「貴族やそれに連なる豪商のね……。

 だが、魔導具の発展と共に労働者階級の働き口が減り、魔石発掘に際する環境汚染で、魔獣は増加。田畑の耕作面積の減少に、魔獣討伐による若年者の死者数が増え続けている。

 と、同時に、餓死者の推定数も悪化の一途を辿っている。」


「餓死者の推定数!? どこでそんな数字を……。」


 誰もそんな数字の観測は行っていないはずだ……。


「あぁ。伯父がね。

 あの人神官長だから、地方歴訪の際に、路地裏の孤児や浮浪者に、訊ねて回ってるんだって。」


「すごい方ですのねレーベン様……。」


「うん。でも、それが伯父の悩みの種だったから……。」


 グレーゲルは物憂げな表情でティーカップを見つめた。そして、


「伯父がね……。言っていたんだ。魔法で何かしたって意味がないって。」


「魔法は便利だよ。早いし。でも……意味がないって。俺は、今だに意味がよくわかってないんだ。

 でも、貴族はさ……、普通に暮らしてる人達を何故か不快に思ってて、壁を作って、自分達は特別だと言うけど、そうやって、人と距離をおいてさ、どんどん遠くなると、

 誰もいない国になってしまうと思わない?」


 グレーゲルがそう言うと、カリーナは不意に公爵家で過ごした日々を思い出した。


 そして、気づけば、つぅーっと涙を零していた。


 確かに、あそこはとても孤独な場所だった。


「えぇ!? な……。どうしようっ!!! 気に障ること言った!?!? ご、ごめんね!? ああの、ハンカチ……。」


 グレーゲルは、アタフタとポケットを探るも中々出てこない。


 あった! と、取り出すけども床に落としてしまった。


 その様子を、カリーナは何だか愛おしく思えて、つい、フフッと声を上げて笑ってしまった。


 グレーゲルの顔は真っ赤である。


 カリーナはグレーゲルの手を取って微笑んだ。


「不束者ですが宜しくお願いします。」


「ハイ……。」


 グレーゲルの顔は更に赤くなった。


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