変人奇人伯爵の結婚

泉 和佳

第1話 勢い任せの結婚


 おかしい。


 この状況、どうにも納得いかない!!


 そりゃあ、俺は大したご面相じゃぁないが……。


 なぜさっきから、厚化粧の、やたらに鼻筋が骨ばって、さっきから途切れなく(要所要所で俺を貶すことを怠らず)喋りまくる…………。


「ねぇ、ちょっと!! 聞いていらっしゃるの!? お義母様が仰ってた通り気がそぞろですのね? 弟君は気働きが良い方で、謙虚な方でしたのに、貴方は私ごときと、聞く耳すら持ってくださらないなんて! 傲慢な方だわっ!!」


 キーキーうるさい。


「失礼な方!!! 何で、貴方が次期伯爵になんかっ!!!」


 伯爵令嬢と、お見合いしなきゃいけないのか……。


 義母と父が見栄張って、とりあえず珍しい品種の薔薇を、手当たり次第に植えたゴチャゴチャした庭で、キツイ香りの薔薇と強烈な香水、そしてアールグレイが絶妙に合わさり目眩を覚える。


 何で……って、そんなの俺が一番聞きたいっ!!!


 発端は、時を遡ること3ヶ月前……。


 俺は、嬉々として旅支度をしていた。


 うっとおしい伯爵家を出て、神官となるのだ!!


 有り難いことに、俺の伯父は話の分かる人で、幼い頃から父親同然に慕っていた。


 ウチはお家の事情で、父母の仲が悪く、父は母が亡くなってすぐ愛人を後妻に据えたため、どっちにしろ家に居場所はなかった。


 伯父は、ウチの領の神殿で神官長をしているのだが、その下で働くべく、見習い神官として女神降臨の地、レイテシアに修行に行くのだ。


 トランクの蓋を閉め鼻歌交じりに、いざ行かなんっ!!


 扉に向かおうとしたその時だった。


「坊ちゃまっ!!!」


 メイド長シシルダが部屋に駆け込んだ。

 普段礼儀にうるさく、長い物に巻かれろ主義な彼女は、俺の前でこんなに取り乱したりしない。

 胡乱な目で見る俺。


 少しギクッとなる彼女は咳払いをして、姿勢を正し言った。


「ギルベルト様がお亡くなりになられました。」


 なんだって!?!?!?


 ギルベルト。

 俺の、半年違いの腹違いの弟。


 後妻ルネットの子で、大変我が儘だった。


 それが死んだ……。


 悲しくはないが困る!


「えーっと……。なぜそうなった?」


「落馬されて、首を強打されまして……。即死でした。」


 ガーンっ!!!


 俺の中でオルガンの不協和音が響く。


 そんなっ!!! じゃぁ……。


「俺を引き止めたということは……家督を?」


「旦那様がグレーゲル様にと……。」


 シシルダが、主人に対するように頭を下げたまま言った。

 普段、俺に嫌味三昧で、居候のように扱っていたのに……。ヒドイ掌返しだ。


「俺に家督を継がせると? 母上が反対しておいでだろうに……。」


「えぇ。それが……。」


 何事だろうか? シシルダの歯切れが悪い。


 とりあえず、父の書斎まで行くことに。


 すると、

 扉の前では義母と父の怒号が聞こえる。


「お前はっ!!! 子供一人まともに育てられないのにっ!! 本気で言ってるのか!?」


「貴方こそっ!! 長男に何ら愛情はないと言っていたのにっ!! あたくしに囁いてくださった愛は嘘だったのねっ!!?」


 ……。入りにくいな。


 しかし、このまま痴話喧嘩を聞き続けても疲れる。意を決してノックする。


「父上。入ってもよろしいですか?」


 入れっ。と、命じられ中に入る。


 すると、腕組みをして睨めつける義母と、デスクに腰掛ける父。


 父は俺と目を合わせるなり言った。


「ギルベルトが……残念なことになった。急だが、グレーゲル。お前が、我がアントレー伯爵家を継げっ!」


「……。」


 嫌です。


 って、言いたい。


 自分でも判ってたけど、顔がね、死んだ魚になってたのが、気に食わないのか父が怒鳴る。


「何だっ!! その顔はっ!! 我が伯爵家を愚弄しているのかっ!!? 歴史あるその血を受け継いでおきながら何たる冒涜かっ!! レーベン何ぞにに似おってっ!! お前はっ……!!」


 父は後の言葉を続けなかった。


“レーベン、伯父の子ではないのか?” と、


 これこそ父母の不仲の原因だった。


 元々母は、伯父の恋人だったが、無理に引き裂いたのが父なのだ。


 そのためか、母の不義を事あるごとに疑い、挙げ句他所に愛人と子供まで作った。


 俺を妊娠している間に……。


 ホント何がしたいのか解らない。

 そもそも、母と結婚したのだって伯父への嫌がらせみたいなもんだ。

 それを、我慢に我慢を重ねて耐えてきたのが母であった。


 確かに、俺は伯父に傾倒したが、残念なことに間違いなく父の子だ。


 だって、俺は父そっくりのダークブラウンの髪色で、乳母には、手の形や幼い頃の後ろ姿が、父そのものだと言われていた。


 俺も伯父のような金髪が良かったが……。


 俺は舌打ちしたいのを精一杯我慢して、義母の方を向いて言った。


「義母上は賛成しておられないのでは?」


 すると、


「お前だって血筋が確かではないのにっ!! 長年旦那様がお悩みであったのよっ!! それなら我が甥に譲りなさいっ!!!」


 甥?????


 いたっけ? そんな人。


 俺が首をひねっていると、父が怒号をあげた。


「まだ言うかっ!!? 第一お前は一人っ子で甥などいないはずだろう!? それを隠し子がいた!? 可哀想だ!? 巫山戯たことをっ!!!」


 なんか話がややこしくなっているが……。


 義母の甥。


 嫌な予感しかしない。


 伯父は神官長だが、領内は基本その領主に一任される。神殿相手でも、他の神官長を担がれては、伯父に累が及ぶかもしれない。

 ここは……。


「父上。不肖な息子ですが、伯爵家をお任せください。」


 と、家督継承を了承した。


 で、今、義母の従兄弟の娘の伯爵令嬢とお見合いさせられてるのだ。

 甥に譲らぬのなら、行き遅れの彼女をせめて娶れと……。


 それにしても、さっきからジャラジャラつけてる宝石にもゾッとする。


 嫁いできたら、ウチの金庫を空にするまで宝石を買うんじゃなかろうか?


 そして、臭いがっ……!


 ガゼボの近くに、キツイ香りの薔薇をわんさか植えるものだから、アールグレイでさえも香りがちょっとわかりにくい。

 イヤ、それだけなら良かった。


 彼女の香水……。ムスクか!? キツ過ぎる。


 限界を迎えた俺はバッと立ち上がり、引きつった笑顔で提案した。


「レディ。申し訳ない。退屈でしたね。よろしければ領都をご案内いたします。」


 とりあえず、この場を離れたいがための提案だったが、レディは顎を上げ鼻を鳴らし


「満足させていただけるのでしょうね!?」


 と威圧する。


 もうヤダしんどいっ!!


 こうして、どうにか香水の匂いだけですんだ馬車内の移動で、俺はもう心底ウンザリしていた。


 彼女は、相変わらずで、自領の自慢に、宝石コレクションの自慢に、恋愛遍歴まで……。


 あれだけ喋り倒したのにまだ出てくる。


 こんな女と結婚するくらいなら、その辺のおばあちゃんと結婚したいっ!!


 そりゃ行き遅れにもなるさ!!


 そして、馬車から降りた時の空気の美味しかったこと!


 下水の臭いだってほの香る街中だが、彼女の臭いから開放された清々しさは、えも言えぬ。


 そして後ろから


「ちょっと!! あたくしを待たせないでくださいな!!」


 と、イラつきも隠さない声が背中を刺す。


 とりあえず、エスコートし、ウチの農産物を紹介したり、毛織物の工房に案内したが、彼女、人の話を全く聞いていない。


 それどころか


「なんて田舎臭いのっ! 王都には――――。」


 と、謳い始める。


 結婚……本当にコレと?


 胃に穴あきそう……。


 そろそろ帰ろうと、心なしか意識も朦朧としてきたところに、レモンママレードの香りが横切った。


 大人しそうな少女が右左と首を振っている。


 迷子か?


 そう思ったと同時に、後ろから


「こんなつまらないところなら、本でも持ってくればよかったわぁ〜。」


 と、レディが聞えよがしに言うのを聞いて、魔が差した。


 気づけば俺は、少女の腕を掴み大声で宣言してしまっていた。


「俺は彼女と結婚する!!」


 そして彼女をヒョイっと抱かえ、神殿まで行くと伯父を証人に、結婚宣誓書にサインした。


 わけも解らず、混乱し通しの彼女もあれよあれよとサイン。


 どう見ても、庶民なのに、字はとても美しかった。


 そして、ようやっと俺はフリーズしたのだ。


 ノリ?と勢いで結婚しちゃった!!!


 少女はまだ目を白黒させている。


 当たり前だっ!!!!!!



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