第94話 親しい人の、お葬式

 季節は移ろい、冬。


 文化祭を期に、いろいろと私生活に変化が生じている最中。


 山爺から電話で、祖母の訃報があった。


 身内のみの葬式。


 零さんとSKはコマ君の面倒をみつつお留守番。


 霞さんに母のワゴン車を運転してもらい、山爺の下へ俺たち兄弟は学校を休んで向かった。


 そして今、黒服を身に纏った親戚たちが、貸し切られた公民館で集まり、お坊さんの御経に耳を傾けている。


 一つ一つ敷かれた座布団の上にみんなが正座。


 母が大好きだったように、ここに集まった人たちも山婆が大好きだったのだろう。


 暗い表情に、涙を流すものがチラホラ。


 泣いていないものがいるとすれば、無邪気な赤子に子供たち、そして縁のない霞さんぐらいなものだ。


 雪美は相変わらず仏頂面ではあるものの、じんわりとその瞳に涙をにじませている。ばれないようにしているが、俺にはわかる。兄だから。


 そして、そんな偉大なる兄な俺はというと―――…、


「兄貴、大丈夫か?」


「……」


「……むりはすんなよ」


 色々と思考に耽っていると、焼香の順番がまわってきた。


 俺は両親の代役として出ていた霞さんに次いで、立ち上がる。


 すると、今しがた注目を集めていた霞さん以上の視線が、一気に集まりだした。


 親戚といっても他人も同然。


 あまりうちの両親たちは親戚と仲を深めようとはしてこなかった。


 だから物珍しいのだろう。


 白髪にピンクの瞳、そして女々しいこの容姿が。


 流石に葬式でフードにお面という訳にもいかず、仏壇があるところまで晒して歩く。


 遺族でありながらも笑顔な山爺に一礼。

 悲しみも忘れ、見惚れる参列者に一礼。


 色んな視線を浴びながら、焼香を済まし、再び席に戻る。


 次に雪美が立ち、仏壇へと歩いていった。


 俺はその悲しそうな背を見つめながら、再び思考に耽る。


 祖母が亡くなったのは今から数ヶ月前。


 丁度、俺や雪美が夏休み期間中のことだったという。


 足が不自由で、もともと体の調子も悪かったこともあり、夏の猛暑で体力を著しく消耗し、山爺が畑仕事から帰ってきた時には時すでに遅し。


 通路で倒れていた山婆は、搬送された病院でそのまま息を引き取った。


 余計な心配を身内に欠けまいと、訃報を必要以上に伝えずに山爺は一人で悲しみを抱え込んでいたらしい。


 でもやっぱり葬式はしたいということになり、心の整理が十分についた一ヶ月前、いろいろと準備を進めて今日にいたる。


 少しでもお金を身内に渡すため、残した遺書で葬式代を浮かせようとした山婆。


 少しでも俺たちに心配をかけまいとした山爺。


 二人の善意が、ただただ胸に突き刺さる。


 俺ならできた。


 俺なら救えた。


 もっと早くに山婆の訃報を耳に入れていれば、こうなる前になんとかできた。


 だって俺には力があるんだから。


 未来を変える力が。


――親しいものは皆死ぬ――


 訃報を耳に入れた時から絶え間なく脳裏を過る言葉。


 現実味の無かったそれが、今になって重くこの身に圧し掛かる。


 いくら力があっても救えないのなら意味がない。


 きっとこの先も同じようなことを俺は繰り返すのだろう。


 知らぬ間に誰かが死に、助けられなかったと虚無になる瞬間を。


 俺は何度も繰り返すのだろう。


 親しい人の数の分だけ。


 紫蘇の言う通り。


 きっと、この先も。


「一人暮らしする」


「…兄貴?」


「美春様、どうかなされましたか?」


 御経がやんだ瞬間、俺は決意した。


 赤の他人になれるよう、親しい人たちと縁を切ることを。


 親しい人が死ぬ。


 それはつまり、親しい人がいなければ、誰も死なずに済むということ。


 高校卒業までの間。


 俺はひたすら周りと距離を置こう。


 そうすればきっと、嫉妬深い暴力団な人たちも落ち着いて、誰も殺そうだなんて思わないはず。


 ついでに孕む云々かんぬんもチャラ。


 一石二鳥の完璧な作戦。


 最初はきっと寂しいだろう。


 零さんに霞さん。


 雪美にSK。


 ついでにコマ君。


 そして、その他の友達。


 みんなと距離を置くのはきっと寂しいだろう。


 でも大丈夫。


 何故なら俺は一人じゃないから。


 心の中にラッシュがいるから。


 だからきっと大丈夫。


 俺はこの先、一人でも生きていける。


 なんの問題もない。


 ノープログラムだ。


「みはるんッ、ねぇねぇ、写真いっしょにとろ?、学校の友達に自慢するんだ~」


「明日、小学校の裏でレクリエーションあんだけど、美春もこいよ、紅葉狩りシーズンできっと楽しいぜ」


「おいチンコあるってほんとか?みせろ」


「親戚同士でも結婚できるんだよ、しってた?、だから将来……」


 葬式も終わり。


 火葬場で遺骨を拾ったあと、親戚みんなで大広間に集まってお食事。


 山爺が奮発した豪華な料理が縦長の机の上にずらりと並び、故人を偲びながら皆で頂きます。


 黙々と榊家三人で箸を進めていると、いつの間にか周囲に人影が子供を中心に集まりだした。


 不躾な質問に視線。


 俺は立ち上がり、空気の読めない子供たち一人一人に背伸びをしてビンタを食らわしてやった。


 ペチンペチンと肌を打つ音。


 静まり返る空間。


 祖母のことが大好きだった母。


 俺だって大好きだった。


 そんな人の葬式で遠慮も無しに喧しく騒ぐ。


 赤子ならともかく、子供だからとて許されるべきではない。


 周りの大人たちが許しても、マザコンな俺はぜったいに許さない。


 ぶたれた頬を抑え、恍惚とした表情を浮かべる三人に、ショックを受けて茫然とする二人。


 そんな子供たちへ追い打ちをかけるように、その後も俺はただ睨みつけた。


 これ以上、喧しくさせないよう。


「ご、ごめんなさいね、美春くん、うちの子が」


「まぁまぁ、美春ちゃん、落ち着いて、ね?」


 子供を理由に近づいてくる大人たち。


 宥めるついでと言わんばかりに触れてこようとする彼らの手を霞さんに牽制してもらい、俺は雪美に促されるがまま席につく。


 俺への好意。


 その目を見ればすぐわかる。


 子供は純粋、大人は不純。


 前者は仕方がないとしても後者はそうとも言い切れない。


 親父が距離をとっていた理由が何となくわかる。


 きっと彼ら大人は母にもそんな目を向けていたのだろう。


 綺麗な人を嫁にした親父のことを羨み妬んだに違いない。


 祖母を想う気持ちは同じ。


 だからあまりこういう事を言いたくはない、が正直、気持ちが悪い。


「おうッ、ハル坊にユキ坊ッ、それから…、霞さん、だったか?」


 周囲から一定の距離を置かれ、視線を向けられる俺と霞さんと+αの雪美。


 そこへ、いつもと変わらない元気な様子で、山爺が声をかけてきた。


「今日は来てくれてありがとな、婆さんも喜んでらぁ」


 かっかっか、と豪快に笑う山爺。


 悲しみをまるで連想させない元気な姿。


 つられて俺と雪美も思わず表情を緩める。


「しっかし、うちのバカ息子に白帆さんはまだ家に帰っとらんのか?」


 ちょくちょく山爺とは連絡を取り合っていた。


 俺たち家族のことはある程度把握している。


 一切の悪気のない質問。


 それでも、俺は口を尖らせる。


「だぁーはっはっは、そう心配するなてハル坊ッ、二人とも元気でそのうち帰ってくらぁッ、なぁ、雪美に霞さんや」


「海外にでも出張してるだけ、心配するだけ損」


「その通りで御座います、山谷様」


「おいおい、さっきも言ったが、様なんてやめてくれやッ、こちとら敬われるほどの人格なんて持ち合わせとらんでなぁッ、はっはっはッ」


 俺の変わり果てた頭。


 それを躊躇なくワシャワシャし、山爺は他の所にも声をかけるからと、大げさに笑いながら次の親戚のもとへと背を向けた。


「エビちゃんふらい、…おいちぃ」


「それな」


「それな、に御座いまする」


 さっきまで無味無臭だった料理。


 山爺のおかげで少しは心の余裕が生まれた俺は、お腹いっぱいになるまで料理を口の中へと頬張った。


 お腹いっぱいになった後は、山爺と親戚一同に見送られながら帰路。


 まだまだ山爺とお話をしたかったが、無駄に人が近寄ってくるので仕方がない。


 霞さんに運転をしてもらい、深夜手前で無事帰宅。


 いい子にお留守番な二人と一匹を褒めたあと、お風呂。


 いい子から悪い子になったSKが「一緒にお風呂~♪」などと言って風呂場の扉を開けてきたが、雪美と協力して迎撃完了。


 ゆっくりと湯に浸かりながら、今後について考える。


「……お金、ほちぃなぁ」


 過保護な暴力団が嫉妬。


 だから親しい人たちと縁を切る。


 考えに考えだした俺の答えが、人と距離を置くための一人暮らし。


 しかし、家を出て一人で暮らすとなるとお金がいる。


 お金がないことには、何も始められないのが資本主義。


 榊家の家計簿を握る霞さんはきっと、突拍子もないそれを許してはくれないだろう。


 他二人も多分、反対するだろう。


 それでも俺は止まる訳にはいかない。


 みんなを死なせないために。


 親しい人の遺骨を拾うのはもう御免だ。


「……県外の高校を受験するか」


 一人暮らしをするための手段。


 子どもの背を推すのが大人の役目。


 行きたい高校があるのなら、全肯定の霞さんであれば頷いてくれるに違いない。


 それらしい口実は見つけられた。


 あとは目的を成すために、行動あるのみ。


 行きたいところへ行くためにはそれなりに学校での成績も必要となってくる。


 幸い、今は文化祭を切っ掛けに、月一ペースで学校にも顔を出している。


 本気になれば、昔みたいに週五で登校は可能だろう。


 まだ中学一年(終わり間際)。


 今からでも学業の遅れは充分に取り戻せるはずだ。


 しかし、そうなると問題もまた増えてくる。


「ラッシュは…不死鳥……」


 リエルノのおかげで、今や世間でのラッシュは死に体。


 初期に志したものはいまだ健在。


 だから諦めず、心機一転を図ってWitubeの別垢で新しくチャンネルを開設。


 チャンネル名は『不死鳥のラッシュ』。


 素人全開だった最初の頃と比べ、色んな経験を得た今。


 容易く視聴者を確保できるだろうと、俺は高を括っていた。


 しかし、現実はそう甘くは無かった。


 豪傑のラッシュでさえ、最初からリスナーを三人も確保できていたのに、何故か経験豊富となった今の方が幸先が悪く、未だにチャンネル登録者がゼロときた。


 残暑が続く時期から始めた新チャンネル。


 もう冬だ。


 それでも登録者ゼロだ。


 世間はほんとにラッシュの良さが分からないのだろうか。


 実に嘆かわしい。


 学業を優先していては今の状況は変わらない。


 なんとか打開したいところだが、学業を疎かに出来ないこれからはラッシュとしての時間も目減りしていく一方。


 学業とVTuber活動の両立。


 高校へ入学したら、バイトもするだろうから更に難しくなるだろう。


 縁を切るためのそれなのに、仕送りなんて甘い蜜をもらう訳にはいかない。


 一人でちゃんと生きていけるよう、俺はこれから人一倍、努力しなければいけないのだ。


 不安しかない。


「一人暮らし……成績…家事…VTuber活動……お金、時間、お金お金お金金金金…うぅ、頭が…」


 やること成すこと盛りだくさん。


 知恵熱で頭の中が沸騰しそうだ。


 気のせいか、思考も視界もボヤケ始めた様な……ぶくぶくb


「おいッ、美春がお風呂場で溺れてるッ!!誰か――ッ!!」


 SKの怒鳴り声。


 また君は理由も無く俺を怒るのか。


 なんて思考を最後に、俺は意識を失った。


== 長風呂ダメ、絶対 ==


 風呂から引き揚げられ、霞さんから水シャワー。


 しばらくして元気になった俺は、介護してくれたSKと霞さんにお礼をして、山爺がお別れついでにくれた蜜柑ジュースをキッチンで一気飲み。


 ぷはぁッ、と一息つき、元気いっぱいマンになった。


「イッキ飲みは体に悪いからやめた方がいいぞ」


 出会い頭に小言を一つ。


 俺はビクリッ、と肩を跳ね上げさせ、愚弟に振り返る。


 そして、無言のまま、距離をとるように後ずさった。


「別に何とも思ってないんだけどさぁ、最近、何か冷たくね?」


 冷蔵庫を開けながら雪美。


 同じように蜜柑ジュースを取り出し、視線を寄こしてくる。


「話しかけても無視、目が逢ったら今みたいにすぐ逸らす、俺、夏からなんかしたか?」


「別に無視してませんけど、逸らしてませんけど」


「今は無視してなくても、逸らしてるだろ」


「…そらしてませんけど」


 ぐいっと顔を近づけ雪美。


 さらに距離をとると、詰めるように近づいてきやがった。


―――ドンっ。


 気がつけば背中に壁。


 横に逃げようとしたら、壁をドンっと腕が伸びてきた。


「別に全然、気にしてねぇけど、いい加減、何か月もそういう態度とられるとうざいからやめてほしいんですけど」


 壁ドン。


 漫画やアニメでよく見るアレ。


 主人公がヒロインにやったりするアレ。


 実際にやるやついるのかよッ、と思いながら、俺は壁ドンしてくる愚弟を見上げて、逸らした。


「なな、生意気なっ」


「そっちこそ」


「俺はッ、い、偉大な兄で、お前はその……弟」


「だから?」


 気にしてないというのに、めちゃくちゃ気にしている様子の愚弟。


 怒った口調なのに、責められているこの謎に感じがたまらない。


 可愛げのない姿をみればみるほど。


 声変わりもしてきた声をきけば聞くほど。


 この気持ちは治まりがきかなくなっていく。


「な、生意気なんだよ――ッ!!」


 葬式を終えて帰宅からの風呂場でダウン、そして安っぽい恋愛なシュチュエーションを実の弟と。


 一日で情緒が掻きに掻き乱された俺。


 思わず抑えきれない感情のままに叫び散らかし、逃避を選択。


 階段を駆け上がり、ベッドで寝ていたオクトパスSKに慰められながらそのまま就寝へと至る。


 現実から逃げるように仲良く二人でぐっすりむにゃむにゃおねんねタイム。



 このままではいけない。


 このままではいけない、が、縁を切るにはまだ中学生。


 本格的に孤独が始まるのは高校生になってから。


 いっちょ前に自立できるようになってからが本番。


 それまでは今まで通り。


 このぐらいはどうか許されたい。


「ゆるひてくだしゃぁ、…お願いしまっしゅ、…神タマタマ……むにゃむにゃ」


 

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