第93話 青春は加速する

―――高校卒業後、親しい者は皆死ぬ。


―――親しきものを死なせたくないなら子を孕め。


―――定められた道は二つに一つだ、美春。


「……」


 保健室で夢の夢をみた。


 まるでその内容を忘れさせないよう、みせられた感じがする。


 背丈ほどに伸びるモノクロな三つ編みをした紫蘇。

 

 何となく、彼女だろう、と思う。


 人がせっかく気分よく寝ていたところ。


 如何にも根暗な性格をした彼女がやりそうなことだ。


 別に夢でのことは忘れてない。


 絡み合った思い出は今でも鮮烈に記憶の中にある。


 そして、未だに頭に響く台詞のことも。


 俺は絡みつくSKの四肢を優しく解き、上半身を起こす。


 そして、気配を辿り、左へと顔を向けた。


「兄貴、誰にやられた?」


 ベッドの端で椅子に座る雪美。


 優しく声をかけてきたが、その仏頂面はいつものとはまるで違う。


 初めて見る顔だ。


 とても怒ってる。


 なんだかこっちまで怒られてる気分になるから、止めてほしいな。


「雪美、別に怒る必要なんてない」


「……なんで?」


「俺が怒ってないから」


 長い沈黙。


 雪美は瞼を下ろし、深く息をすったあと、それを吐いた。


「兄貴がそういうなら、…わかった」


「うん」


 どうやら、怒りは鎮められたらしい。


 いつもの弟な姿がそこにある。


 ホッと一安心だ。


「ねぇ……、雪美」


「なに?」


――おれのこと、どう思う?――


 無意識に、さりげなく呟かれようとした台詞。


 口から零れ落ちそうになる瞬間、言葉が喉に突っ掛かった。


 あぶなかった。


 何を聞こうとしたんだ、俺は今。


 英雄に恋い焦がれるヒロインじゃあるまいし。


 気持ちがわりぃな。


 くそが。


「どうした?」


「いや、…なんでもねぇ」


 俺はそう返し、オクトパスな手足に再び絡みつかれないよう、そっとベッドから這い出る。


「もうお昼過ぎ…、大分寝てたな」


 確か保健室に運ばれたのが8時過ぎ頃。


 んで、今が12時すぎ。


 約4時間もの間、SKとおねんねタイム。


 二度寝は時間が直ぐ溶ける。


 二度寝ダメ、絶対。


「腹が減ったな、屋台飯と洒落こむか」


「いいけど、体の方はもう大丈夫なのか?」


「鼻血程度、大げさだ、何の問題もない」


「殴られたんだから問題あるだろ」


 大きなため息。


 それを吐きながら雪美は椅子から立ち上がる。


「…んぁ?、ご飯か?」


 香りもしてないのに食事の気配を感じて起きだすオクトパスSK。


 俺は今日のためにと霞さんから渡されていたお小遣いが入った財布を彼女に見せびらかし、ついでに男を魅せる。


「俺の驕り、お昼たべにいこ」


「いくーーッ!!」


「ご馳走様です」


 フードを被り、大事なキツネの面を装備。


 右にSK、左に雪美。


 俺達は職員室の方にいた保健室の女先生に声をかけて手当のお礼をしたあと、文化祭へと赴いた。


== 屋台巡り ==


「うまいッ!!」


「まぁまぁだな」


 イカの姿焼きを頬張って雪美とSK。


 俺はあっという間に銭が無くなったガマちゃんを見つめションボリタイム。


 一万入っていた財布。


 いつの間にかワンコイン。


 居候の胃袋に大半が消えていった。


 流石はタコ壺のように我が家に居座るだけのことはある。


 まるで遠慮というものがない。


 おかげで俺は焼きそばと、右手に持った海老天むすびのみの昼食。


 まぁ、二人が楽しそうにしてるから別にいいんですけど。


 ……お小遣い余ったら、ハンターなゲームでも買おうと思ったのになぁ、無念。


「おーい、ユッキーっ、何かカイトさんが呼んでたぞ――、って、わわッ!?」


 校庭に置かれた学生たちが作った木材のベンチ。


 丁度、木陰になっているそこで買いあさったものを三人で食していると、人混みを掻き分けながら、右手にソフトクリームを持った拓斗くん。


 十分に近づいてきたところで、躓き、俺達がいる所に突っ込んできた。


 ソフトクリームが近づいてくる。


 俺の方に。


―――べちゃっ。


 飛んできたソフトクリーム。


 仮面を外してお口でキャッチ。


 盛大に口周りが汚れたが、思わぬデザートに俺のお腹は満たされる。


「す、すみません……お兄、さん…」


 白くべた付く口周り。


 右手で拭い、それをペロペロ。


 俺は中身が無くなったコーン部分を、左手で拓斗くんに返し、『ごちそうさま』の文字。


「あ、…いえ、…どう、いたしまして」


 ゴクリと喉を鳴らしながら拓斗くんはコーンを受け取り、熱い視線。


 俺はそっと仮面を付けなおした。


「兄貴、これ使え」


 気が利く我が弟。


 さり気無くウェットティッシュを渡してきたあと、未だに佇んでジーッ見つめてくる拓斗くんの首に腕を回し、二人一緒に人混みの中へと消えていった。


「ソフトクリーム、…いいなぁ」


 駄菓子を買えるぐらいの資金力しかない横の居候。


 俺はSKにワンコインを渡してあげる。


 まるで幼児のように「わーい」とSKはソフトクリームを買いに行った。


 やれやれ、うちのオクトパスSKときたら甘えん坊なんだから、まったく。


「……おりのお小遣い」


 別に俺のではない。


 みんなと楽しむためのお金。


 しかし、逆さにしても出てこないガマ財布。


 物悲しく見つめるぐらいはしてもいいじゃろうて。


「み、みみみ、美春ちゃんッ!!」


 二人が戻ってくる間。


 ボーっとベンチに座って、文化祭な景色を楽しんでいたら、誰かに名前を呼ばれた。


 おい、誰だ、この俺をちゃん付で呼ぶのは。


 ぶっ飛ばされてぇのか、お?。


 俺は仮面の下で眉間にしわを寄せつつ、声がしてきた方へと視線を向ける。


 視線の先。


 丸眼鏡をかけたいつかの冴えない少年がいた。


 てめぇかよ。


「ぜぇ…はぁッ、…ぜぇ……はぁ」


 なんだか必要以上に息切れしている。


 気のせいか茹だった様に顔が真っかだ。


 大丈夫か、コイツ。


 この真夏にマスクとオデコに張られた冷えピタ。


 うん、大丈夫じゃぁ、なさそうだ。


「ご、ごめんね、…昨日から風邪ひいてて、せっかくの文化祭デートが……ごほッ、ごほッ」


 文化祭デートが、じゃねぇんだよ。

 

 お前ふざけんな。


 さっさと帰って寝てろってんだ。


 バカがよぉ。


「でも今日はママの監視を掻い潜って何とか抜け出し……て……」


 台詞の途中にバタンと倒れる丸眼鏡。


 流石に放置という訳にもいかず。


 俺は彼をえっさほいさと引きずりながら、木陰に入れてやる。


 そして、急いで近くの屋台へ赴き、水分を貰おうと、上級生な学生たちに声(文字)をかける。


『水』『ほしい』


「ん?、水?……、なんだガキんちょ、急に」


『ねっちゅうしょう』『水』『ほしい』


「何この子、なんか必死に文字見せてきて可愛いんですけど~」


「ほんとだぁ、こんな真夏にそんな厚着して暑くないの?、大丈夫?」


 こいつら文字が読めないのか?。


 俺の心配じゃなくて、熱中症で倒れてるやつのことを心配してくれッ。


「ほら、ガキんちょ、俺の飲みかけでよかったらやるよ」


 最初に声をかけた上級生の男子。


 俺は『ありがとう』の文字をみせ、水筒を持ち去って、丸眼鏡のもとへ。


 その際、「おい、こらッ、ガキッ、俺の水筒を持ち逃げすんなッ!!」、と後ろから怒声が聞こえてきたが無視。


 俺は「ぜぇ、はぁッ」と肩で息をする丸眼鏡の口に、水筒の中身をぶち込んだ。


「ごぼぼぼごぼbごbごぼッ」


「おいおい、ガキンチョ、それは窃盗だぜ?……って、ストーカーのやつじゃん、なんでこんなとこで寝てんだ?」


 追いかけてきた上級生男子。


 走ってちょうど喉が渇いた俺も最後に水分補給して、水筒を返す。


「おーい、美春ッ!!、三つお姉さんがおまけしてくれたから一緒にアイスたべよーッ!!」


「ん?、美春?……って、まさか……」


 首を傾げ、何かを察したように上級生男子。


 手に持った水筒。


 俺が口を付けてがぶ飲みした部分を何やらじっと見つめ、水分補給。


 悪寒が背筋を走った。


 この上級生男子、多分、変態さんだ。


「あれ、今、美春って聞こえなかった?」


「え?、ハルちゃんいるの?どこ?」


 ざわつき出す周り。


 誰かを探す様に視線を行ったり来たり。


 この仮面にフードな俺の姿。


 クラスメイトを中心に、既に知られている。


 変に注目を浴びるのは面倒だ。


 俺は両手にアイスをもって幸せそうなSKを連れ、その場から離れる。


 なお、変態さんな男子がついてこようとして来たので、今度こそしっかり丸眼鏡少年が病人であることを伝え、保健室に連れて言って貰えるようお願いした。


 SKのせいで要らん騒ぎを起こすとこだった。


 ほんと零さんのように空気読めないんだから。


 俺はやれやれと首を振りながら、その後、SKと二人、ソフトクリームをペロペロしながら校内を巡り回った。


 因みに雪美は用があるからと先ほど連絡があったので別行動。


 忘れていたわけではないのであしからず。


== SKと二人でトテトテ、てくてく ==


「美春、そろそろ雪美のライブ始まるんじゃないか?」


 楽しい時間はあっという間。


 気づけば文化祭も終盤。


 最後の締めを飾る有名バンドのライブ演奏。


 その前に会場を温めておくための前座。


 今日の俺の最大の目的。


 そろそろ時間らしいと、SKが教えてくれる。


「SKは雪美がライブするの知ってたんだ」


「うん、カリンが教えてくれた」


 ONEアクションのドラム。


 いつの間にか仲を深めていたのか、カリンがどうのこうのと聞いても無いのに続けて教えてくれる。


 雪美よ、俺にライブを見られたくなかったのなら、お喋りな二人を合わせるべきではなかったな。


 弟の詰めの甘さに、思わず同情。


 しかし、俺は歩みを止めない。


 SKと二人、ライブ会場があるステージの方へと足を進ませる。


「んぁ?、なんかもう演奏きこえないか?」


 校内から校庭へ。


 少し歩くと、歓声と共に音楽が聞こえてきた。


 もしやもう始まっているのか?。


 そう思い、おれとSKはダッシュで向かう。


「文化祭も終盤ッ!!、このギルティセブンスが最高の日にしてやるから、お前ら最後まで全力でついて来いやぁあああ゛!!!」


―――おぉおおおお゛!!。

―――きゃぁあああ゛!!。


 雄たけびに黄色い悲鳴。


 トリを務めるはずのバンドが、前座の時間にステージの上に。


 いったいこれはどうことなん?。


 雪美たちのバンドは?。


 もしかして見逃した?。


 愚弟の策にまんまと引っかかった?。


 え?。


「雪美たちじゃないな、どうする、見てく?」


「別に音楽とか興味ない」


「ん?、どうした美春、なんか怒ってる?」


 怒ってるか怒ってないか。


 どっちかといえば俺は怒っている。


 せっかく弟の晴れ姿を見ようとわざわざここまで出向いてきた。


 楽しみにしていた。


 それなのに、雪美は見せまいと俺の知らないところで工作していた。


 応援したかったのにさせてくれなかった。


 誰でも楽しみを奪われれば、機嫌の一つも悪くなるというもの。


 そんなに俺に観られたくないか。


 愚弟めがッ。


―――ドッタドッドタンッ。


「ん?、なんかグラウンドの方で聞こえないか?」


 盛に盛り上がるステージから離れ。


 トボトボと校門を目指していると、まるで人の気配がしない、薄暗くなってきたグラウンドから、楽器の音色。


 もしやと思い、俺とSKはそっちへと足を延ばす。


「有名だからって勝ってしやがってッ!!、ちょっと雪美が態度悪かったからって出番と機材奪った挙句ッ、客の一人もないこんな薄暗い所で安っぽい演奏させやがってッ!!、名前がダサければやることもダセェッ!!、ふざけんじゃねぇーよッ、あの糞野郎ーー!!」


「……」


「……」


 即席で用意したであろうブルーシートな舞台。


 安っぽいアンプから聞こえてくるシャウトにベースにギター音。


 そして、路上演奏用のコンパクトなドラムの素の音。


 一体なにがどうなってこうなったのか、魂の叫びともいえる歌から何となく伝わってくる。


「あいつら、こんなとこでなにしてんだ?」


 スリーピースバンドがグラウンドの端でドンちゃん騒ぎ。


 文化祭に集まった大半の人は今、ダサい名前のバンド演奏を聴きに十二分にライトアップされた校庭の中央へ。


 マジで周りには、見守るための先生数人と、元親友に友人、そして拓斗くんたちスリーピースバンドしかいない。


 いや、俺とSKを含めれば二人分増える。


 だけど……。


「どうした美春、近くで見に行かないのか?」


 人気のない演奏を間近で見に行こうとするSK。


 俺はその手を取り、その場にとどまる。


「……美春?」


―――ドクンッ、ドクンッ。


 ただストレスを発散させるための演奏。


 素人目でも酷いものだとすぐわかる。


 それでも、その一生懸命な三人の姿は誰の記憶にも残るもの。


 特にドラムからは目が離せない。


 圧倒的なリズム感とグルーヴを併せ持つビート。


 それからヒシヒシと伝わってくる熱い思い。


 周りと音を合わせ、純粋に楽しんでいる姿。


 俺の弟は。


 最高にカッコよかった。


「雪美のやつ楽しそうだな」


「……うん」


 いつもの仏頂面ではない。


 笑っている。


 あのクールで無口な雪美が実に楽しそうにドラムを叩き、笑っている。


―――ドクンッ、ドクンッ。


 ドラムサウンドと呼応する様に高鳴る心臓の音。


 右手で押さえつけるも、勢いは増すばかり。


 これは駄目だ。


 この感情は駄目だ。


 本当にもう、抑えが利かなくなってしまう。


 これ以上は――…、


「あれ、もう帰るのか?」


 踵を返す、そして走る。


 騒ぐSKの声が遠ざかる。


 それでも音は鼓膜を揺らす。


「くそッ、クソッ、クソッ!!」


 こんな思いをするなら来なければよかったと、後悔が止まない。


「お前、カッコよすぎんだよ―――ッ!!、ふっざけんなぁ―――ッ!!」


 夕暮れに染まる空の下。


 俺はいつからか抱いていた想いを明確に自覚する。


 恋は始まったばかり。


 青春は加速する。


 紫蘇の台詞が何度も脳裏を過る。


 孕めだの、死ぬだの、二成だのと。


 ふざけんな。


 俺は男。


 赤ちゃんなんて宿してたまるかッ。


 気持ちわりぃッ。


「んがんがんがんがががががぁあああーーーッ!!」


「がぉーーーん、わおーーん、…あははッ、命一杯叫ぶの楽しいなーーッ!!」


 俺は叫びながら走り、途中で合流してきたSKと尚も叫び、そのまま帰宅。


 しばらくの間、弟を避けるように部屋へと引きこもった。


―― 後書き ――


文化祭編は「自覚」をテーマに進めました。


大分、強引に話を進めた感がある。いつもか。


でもある程度は予定通りの展開に収まったので、良しとする。


次回からは【四天王編】をかなり短くまとめて、【高校生編】へと進む予定。


配信活動を中心に話が展開。


エタらないよう、勝手に頑張ります。


(応援してくれたら嬉しいな)心の声。

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