第92話 SKと保健室デート

 今日は二茂中学校の文化祭二日目。


 初日の余韻を引きずりながらも、久しぶりの学校。


 不登校になってから数ヶ月。


 クラスメイトたちは色んな意味で成長していた。


 男性ホルモンで体毛が濃くなっている者。


 女性ホルモンで体つきが色っぽくなっている者。


 両者ともに甘酸っぱい青春を謳歌しながらすくすくと成長している。


 最早、俺と背丈を比べるまでもない。


 競い合うことすら烏滸がましいといわんばかりに、彼ら彼女らは俺を見降ろしては鼻を鳴らしてくる(妄想)。


 まるでおとぎ話の浦島にでもなった気分だ。


 ここは何処?。

 あなたたちは誰?。

 今って西暦何年何月何日?。

 地球は一体どのぐらい回ったのでしょうか?。


 同い年で俺と背丈を競い合えそうなのは外野であるSKぐらいなもの。


 久しぶりに登校しようとおもったけど、これほどまでに劣等感を刺激されては上げたテンションもダダ下がり。


 子供というものはどうしてこう、成長したがるのか。


 俺も一応、子供なんですけど。


「美春、ホントに学校側で参加しなくてよかったのか?」


 朝礼が始まる前にクラスから逃げてきた俺。


 校門前に出来た大行列の中で一人肩身が狭そうに並んでいるSKを見つけ、合流。


 周りに人がいるせいか、うまく喋れない。


 なので、久しぶりのメモ帳の登場。


 無様に逃げてきたことを隠し、『SKと一緒がいい』と気の利いたセリフを返してあげる。


「寂しんぼっ、しょうがない奴だなぁ、まったく」


 ニコニコ上機嫌。


 SKはお姉ちゃんなオーラを漂わせ、俺の頭をフード越しに撫でてくる。


 ちょろっ。


「てか、制服の上にパーカーなんか着て暑くないのか?」


『noproblem』


「の……ぷら……、馬鹿が英語使うなッ!!」


 英語を読めなくてキレるSK。


 別に馬鹿が英語使たっていいだろ。


 世界中のバカに謝れこのバカッ。


『あつくない、すずしい』


 一しきり怒られたあと、さっきの返答。


 SKは不思議そうな顔をしつつ、「ふーん」と鼻を鳴らす。


「なんか空調でも付いてたり?」


『ついてない』


「じゃぁ、なんで涼しい?」


 暑くないのは、記憶にない劣等感を与えてくれたリエルノあいつのおかげ。


 なんか歴代の奥義がなんたらかんたらで、言葉に力を込めて台詞を口にすると自動的に色んな技が出来るのだ。


 今使っているのは『雪化粧』という皮膚の表面温度を下げるやつ。


 リエルノが記憶の中で使っていたのをさっき思い出し、使ってみた。


 じめじめとした夏の暑さ。


 それがぴたりと止まり、今はいい感じのひんやりとした空気が肌を覆っているような感覚。


 実に便利な力この上ない。


 因みに割と神力を使う。


 随所随所で使うのがいいかもしれない。


 リエルノは馬鹿みたいに使ってた気がするけど。


「うわぁ、美春の肌ヒンヤリしててきもちぃ~、なんでぇ~?」


 雪化粧で冷やされている肌。


 それに気が付いてか、SKがべったりと引っ付いてくる。


 首元に手を当てるだけに飽き足らず、その両手を服の中に入れてくる。


 SKのエッチ!!。


 周りの人達も見てるでしょッ!!。


 だからこんな場所で服を脱がそうとしないでぇーーッ!!。


「んぁ?、……いのり、あんた、なんでここに居んの?」


 行列の中でSKに身包みを剥がされかけていた俺。


 その横を通り過ぎた学生らしき人達。


 救いの手を見知らぬ誰かさんが差し伸べてくれたのかと思い、女性の声がした方向を見上げる。


 褐色な肌に気が強そうな顔。


 とても健康的でスポーティーないい体。


 すらりと伸びる四肢はまるで大人のモデルさんだ。


 そういえば昨日、こんな人に会った気がする。


 つらぬきのソフトとバイバイしてから、同じような取り巻きの女子たちを連れて文句を口にする陽キャなグループと遭遇した気がする。

 

 ……。


 お、お久しぶりです。


「……佐奈」


 俺を押し倒したまま顔を上げるSK。


 その表情には影が差し、じゃれついていたさっきとは大違い。


 SKはポーカーに向かない性格。


 その可愛らしい顔を見れば、この怖いモデルさんな人とどういう関係かが何となくわかる。


 多分、友達、とかではなさそうだ。


 家族会議では友達とか言い張ってたけど…。


「誰、そのガキ」


 SKの下敷きになる俺を冷たい目で視降ろしながらモデルさん。


 え?おれ?、ガキじゃないよ?、君たちと同い年ぐらいのコンクリートな地面ですけど?え?。


 無駄な争いは好まない。


 故に地面と同化。


 気配を殺してその場を凌ぐ。


 このモデルさん、何かこわひ。


 昨日のフレンドリーな感じとはまるで違う。


 もしかして、ドッペルゲンガーさんだったりするのかも。


 おそろしや。


「これは私の友達の美春」


「っは、あんたに友達とか笑える」


 SKに友達が居ると笑えるらしい。


 俺なんかがお友達でごめんよ、SK。


 笑われてしまった彼女に謎な罪悪感。


 胃が痛くなるような感覚を得ながら、俺は地面に徹する。


 女同士のいがみ合いほど男にとって気まずいものは無い。


 俺はどうしたらいいのだろう。


 彼女たちの真の関係性も事情も知らずに口を出していいのだろうか。


 周りの人達と同様、どうこの状況に対応していいのか分からない。


 とりあえずもう少し様子を見よう。


「佐奈、もういいでしょ、どっか行ってよ…」


 地面おれから立ち上がり、SK。


 勇敢な姿勢を見せるも、そのか細い声は震えている。


「はい?、何その態度、ムカつくんですけど、あんた何様?」


「……別に、私は」


「てか先生と連絡つかないんだけどさ、……あんた、何か知らない?」


「知らない」


「ふーん、…あんたは一人で帰ってこれて、先生はあの時から連絡も取れず仕舞い、………それっておかしくない?」


 そう言ってSKが軽く持ち上がるほど胸倉をつかむモデルさん。


 顔と顔を近づけ、ドスの利いた声で「先生、何処にやったの?」と正気じゃなさそうな表情を浮かべて呟いた。


「あんたが先生を誘惑して、ドッキリでも仕掛けたんだろ?!、そうじゃなかったら色々と説明がつかねぇえだろうがッ!!」


「しらないッ!!、私は誘惑してない!!」


「だったら先生は何処にいるんだってんだよッ!!」


 お互いヒートアップ。


 係りの人が騒ぎを聞きつけ、やってくるのが見える。


 だけど到着の前にヤバ気な感じ。


 地面な俺は立ち上がり、振り上げられる拳の前に壁となった。


 咄嗟の出来事。


 神力を使うまでも無い小事。


 俺は無様にぶっ飛ばされた。


 人に本気で殴られるのなんて初めてだ。


 仮面越しとはいえそれなりの衝撃を貰った。


 鼻のあたりがツーンと来る。


 多分、鼻血が出てる。


「よご…れひゃう」


 母から貰った大事な仮面。


 それを内側から汚さないよう、紐をほどいて外す。


「み、美春!?、大丈夫か?!」


 掴まれた胸倉を解き、殴り飛ばされた俺を介護するSK。


 彼女は服の端を千切って、それを俺の鼻の穴へ強引に突っ込める。殴られた時よりも痛みが勝った、もう少し優しく介護してほしいものだ。


「あの時の、………女の子」


「……ほ、本物?」


 止血をしてSKに介護されながら立ち上がる。


 SKが佐奈といったそのモデルさんと、その取り巻き数名。


 何故だか彼女たちは俺の顔を見て、恐ろしい現実を目の当たりにしているかのように顔を青くさせている。


 なんだろ、新鮮な反応。


 そんなに鼻血だらけな俺が怖いのだろうか。


 別に俺は怒ってないよ。


 SKと周りに謝って、皆で仲直り。


 それさえしてくれれば、おりは満足だいっ。

 

「ちょっとあなた達なにをやってるんですか!!」


 騒ぎを聞きつけてやってきた女性の先生とその他、学生と警備の人達。


 モデルさんとその取り巻きはその場で厳重注意。


 ケガをした俺とSK(無傷)は、保険の先生らしき女性に連れられ保健室へ。


 周囲の視線が突き刺さる。


 鼻血だらけなこの面に。


 そんなに見ないでくだたい。


 はずかちぃ。


 俺は俯きながら、SKにだっこされて移動。


 その途中で、「おもいぃッ」とSKが言って躓き、落とされた。


 ……。


 なんだろ、モデルさんなあの子より、SKによる暴力?の方が多いし痛いんですけど。


 え、俺の気のせい?。


 いや、気のせいじゃないんですけど…。


== 保健室 ==


 保健室の女先生に手際よく治療されて今はベッドの上。


 不登校になる前からここでちょくちょくお世話になっていた俺。


 久しぶりの天井に懐かしさを覚える。


「ごめん美春、私、嘘ついてた」


 昨日の疲れもある。

 朝も早かった。

 そしてさっきの騒動。


 なんだか眠たくなってきたなぁ、なんて目をしょぼしょぼさせていると、ベッドの端に置かれた椅子に座っていたSKが唐突に口を開いた。


 なんだろ?と、俺はゆっくり首を傾ける。


 今は周りに人はいない。


 存分に語るといいよ。


「実は私、美春の他に、友達いないんだ」


 うん、知ってる。


 だってSK怒りっぽいし、陰キャだし、すぐ見栄張るし、嘘つくし、我儘だし、身勝手だし、世間知らずだし、そりゃあ友達の一人も出来にくいでしょって。


「…なんで驚かない?」


「なんとなく」


―――コツン。


 額と額をぶつけてこっつんこ。いらひ。


「なんで頭突き?」


「なんとなくムカついた」


 すぐ短気。


 そういう所ですよSKさん。


「友達出来ても佐奈たちにすぐとられる」


「佐奈ってモデルさん?」


「モデル?……あぁ、うん、そう」


「SKは佐奈さんに虐められてる?」


「虐められてない、イジられてるだけ」


 イジメとイジリ。


 どれだけ周りから「イジメ」だと思われようが、それを受ける本人がそうだと認めない限り、「イジリ」となり得る。


 難しい所だ。


 本気で思っているのか、それとも強がりでそう口にしているのか。


 判断に困る。


 判断に困れば助ける手段にも迷う。


 とりあえず今は話を聞くことに専念するとしよう。

 

 問題解決のための行動はその後だ。

 

「昔、佐奈はいい子だった、優しかった、でも好きな人出来てから変わった」


 そう言って寂し気な表情を浮かべながら、SKは佐奈さんとの思い出を、楽し気・・・に語った。


 幼い頃、病院で初めて出会い。

 お互いの夢を夜な夜な語り。

 退院してからもお見舞いに来ては遊ぶ。


 そして、SKの引っ越しを境に、中学まで音信不通。


 中学で偶然彼女と再会。


 最初は友達として関係は良好。


 しかし、佐奈さんの好きな人がSKを好きになり、良好な関係に亀裂が入る。


 その結果が今の状況。


 幼馴染であり、親友であり、一方的な恋の敵として見られ、未だに敵視されている。


 なるほど、複雑だ。


 その場の感情を優先して余計な口を出さなくてよかった。


 関係がこじれた今でも仲直り出来ないかと表情を曇らせるSKの気持ちを蔑ろに、佐奈さんを敵視するところだった。


 見聞だけで人柄を知った気にならない。何事も前向きな心構えを持って、互いに誤解を解きながら人と直に接する。


 昔から母に言われていること。


 それに徹していた俺は流石である。


 え?、彼氏面する丸眼鏡君の件やその他の男共の件に本家の件は?、だって?。


 うるせぇ、黙れ、バカ。

 

 俺だって時に間違いを犯すことだってあるんだよッ、っぺ!!。


 完全な人柄を持つ人なんてこの世に存在しねぇんだよッ、かーーっぺっぺッ!!。


「美春は佐奈と私、どっちと仲良くなりたい?」


「SK」


 バカげた質問。

 

 どれだけ欠点があろうが、これまで一緒に過して来た仲。


 我が物顔で俺のベッドを占領しておいて、よくそんな質問が出てきたものだ。


 まったく、SKは愚かである。


「ほんとか?、佐奈と遊んで、気が変わったら怒るぞ?」


「ほんとほんと」


「適当、…証明しろッ!!」


 確かに相槌は適当だったかもしれない。


 しかし、だからと言って証明しろと言われても、そういうのってすぐ出来るもんじゃ無くない?。


 お互い長く付き合い、少しずつ理解を深め、時には喧嘩をし、時には喧嘩をし、そして仲直り。


 そうやってようやく関係の証明が出来るもんなんじゃないのだろうか。


「今すぐ証明しろッ!!」


 それを今すぐ。

 

 どう証明白というのか。


 まったくSKは思ったことすぐ口にするんだから。


 まったく、やれやれだぜ。


―――っちゅ。


 キスは信頼の証。


 舌は万能薬。


 お隣の竹婆は全知全能。


 そう語りの次いでて教えてくれたSK。


 俺はド派手に疑いながらもそれに習い、唇を奪う。


「んんぅ……」


「……っちゅ……」


 舌と舌との絡み合い。


 そこまでするつまりは無かったが、思いのほかSKが受け上手。


 思わずベッドに押し倒す。


 でも、それ以上はしない。


 何故ならこれは証明だから。


 俺の心がSKから移ろわないための。


「はぁ、はぁ……証明、出来た?」


「………まぁ、良しとする」


 ベッドに背を預け、顔を背けながらSK。


 程よく頬が朱くなってはいるが、それ以上の感情はみてとれない。


 こういう所かもしれない。


 SKから目が離せない所は。


「なんだか眠たくなってきたな」


 昨日は俺を抱き枕に熟睡していたSK。


 まだ寝足りない様子。


 学生の朝は早いし、保健室の眠気を誘う快適な空間、且つ程よく外の音が聞こえる長閑のどかな雰囲気も相まって、確かにと俺は頷く。


「昨日はあんまり寝れなかったしね(SKのせい)、少し寝よっかな」


「んー、そーするかー」


 丁度いいシングルサイズのベッド。


 十分な余白を残し、俺達は瞼を閉じた。


 抱き枕は寝苦しい二度寝と洒落こんだ。

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