第88話 死を回避するには生の行動あるのみ
「リエルノのために死んではくれないかな」
微笑みながら紡がれた言葉。
悪意も敵意も、夕暮れ時の太陽を模したようなその緋眼には宿されてはいない。
むしろその目は何処までも穏やかで、そして、優し気だった。
実際、誰かのために犠牲になれ、なんて残酷なことを言われたのに、俺は思わず流れで頷いてしまいそうになるほど心安らかだ。
例えるのなら、母が嫌いなものを俺に食べさせようと試練を与えている時の様なあの感じ。
非道な行いの裏に慈愛あり。
強く成長してほしいからこその厳しい対応。
いわゆる躾け。
今、俺はそれを受けている。
気がする。
自分でもちょっと何言ってるか分からない。
でも、この綺麗な人に悪意はない。
ただそれだけはなんとなく分かる。
「ラッシュは死にません」
思ったことをつい口にする。
何故か無意識が邪魔しない。
パーソナルスペース内で俺の匂いをスンスンしている彼女に対して、俺はすんなり喋ることが出来た。
他人とこの人、何が違うのか。
何となく自身の心の内を探ってみると、懐かしい、という感情があった。
恐らくそれはリエルノのもの。
どうやら黒髪美人さんとリエルノは、相当にして深い仲らしい。それこそ家族の様な縁を感じる。
リエルノは俺で、俺はリエルノ。
なら、喋れるのも別段不思議ではない、ということか。
「俺が居ればラッシュは不滅、だから俺は、死なない」
「弟君やお友達のSKが酷い目にあってもいいの?」
さっきこの人は質問というか提案といった。
提案というのは相手に賛成を得ることを目指したものだ。
断じて強要を目指したものではない。
第三者を盾に、俺に死ぬことを選ばせる。
なかなか一方的な人である。
友達とか少なそう。
俺やSKや雪美と一緒だね。
似た者同士、仲を深める為にも皆でシュマブラでもやりますか。
未来のお友達。
酷いことは無しでいきやしょーや、あねごぉ。
「僕はこの世の誰よりも二成を愛していて、嫉妬深い女なんだ」
「ほぅ、なるほど」
「二成に近づく者は全てが羽虫に等しい」
「お、おぉ…そうですか」
「美春も羽虫は嫌いでしょ?、周囲を飛んでたら鬱陶しいってなるでしょ?」
白夢で羽虫になっていたことがある俺。
同調圧力に負け、そんな過去は無かったと、素知らぬ顔でコクリと頷いた。
「鬱陶しい奴らは皆殺し、羽を捥ぎ、四肢を捥ぎ、地で藻掻く姿を見て楽しんだ後、踏みつぶす。……僕は誰とも二成を共有する気はない」
薄く笑い、緋眼を細める黒髪美人。
思考回路が常人のそれではない。
異常である、正気じゃないのである。
嫉妬で人は箍を外す、ってそういえば紫蘇が言ってたっけ。
成程、この人がそういう感じ。
怖い人なんだね、名前は……えっと…。
「ラルヴァ・ラーヴァ・エル・スール・ラウルゥ……すんすんっ」
リエルノの生前の記憶。
そこから黒髪美人の名前を薄っすらと読み解ける気がしたので、神力を練り上げようとしたら、呪文のようなものが正面から聞こえてきた。
突然どうしたのだろう。
あと、さっきから鼻をスンスンさせるの止めてくれないかな。
今の俺ってそんなに臭い?。
確かにここへ来るまでに色々と汗はかいたけど……はずかちぃ。
「僕の名前、長いし発音しにくいからね、ルルって呼んで、あと匂いフェチなんだ、美春は臭くないから心配しないで?、すんすんっ、いい匂いだよ、本当に、すんすんっ」
人のフェチをどうこういうつもりは無いけど、押し付けるように目の前で開放するのはどうかと思う。
異常なうえに変態さん。
読心術ができる超能力者。
中々に厄介である。
「それでどうする?、リエルノのために死んでくれる?、死んでくれないなら二人は返さないよ?」
「俺も二成、死んでほしいの?」
二成が好きなのに、二成に死ねといっている。
この人の台詞は矛盾してる。
俺のことはどうでもいいのだろうか。
「さっきも言ったけど、僕は二成を愛してる、美春も例外じゃない」
それでも死んでほしい、と。
わけがわからないな。
「できれば死んでほしくない、けど仕方が無いんだ、亡神と成り果てたリエルノを二成として顕現させるには」
「つまり俺よりリエルノが好き?」
「そうだね、美春よりリエルノが大好きかな」
「ふーん」
「美春だってわかるでしょ?、好きな人より、大好きな人を優先したい気持ち」
「どうかな、俺は別に大好きな人とかいないし」
「はぐらかさなくていいさ、僕にはわかる、美春はあの二人のことが好―――」
――むちゅっ。
ラッシュを生かすためにも、俺はまだ死ねない。
だからと言って、雪美とSKを酷い目にあわせる気も無い。
俺はリエルノでリエルノは俺。
黒髪美人さんはリエルノが大好き。
だから俺に死んでほしい。
ならこうリエルノより、俺のことを好きになったらどうなる?。
無駄な台詞を紡ごうとするその口。
俺の口でついでに黙らせ、疑問に思ったことを即実行。
「んッ…んん…むッ……ぷはぁッ、ちょ、ちょっと美春ッ、突然なにをッ」
俺は昔っから誰かに嫌われたことがない。
老若男女、全員が全員、俺を好きになり、その後、大好きになる。
大好きになった人は俺が求めないことまで進んでする様になる。
重そうに荷物を持っていたらそれを肩に担いでくれたり。
誕生日でもないのに色んな理由をつけて何かと豪華なプレゼントをくれたり。
その身を挺して危険から遠ざけるボディーガードになってくれたり。
たりたりたりたり。
まるで女王を守る働き蟻や蜂のように、周りが動いてくれる。
俺の気持ちより自分の気持ちを優先させて。
ゲームでいう魅了はあれば便利というものだが、現実でとなると話は別だ。
周りを便利にさせるこの姿。
俺は一度だって神に感謝したことがない。
だけど、紫蘇のお陰でこの姿の有用性がようやく理解できた。
何の役にも立たない魅了の力。
死の瀬戸際であるここで使わず、いつ使う。
俺は黒髪美人を畳の上に押し倒す。
舌と舌を絡ませながら。
「美春、ちょっとまっ…んぐっ」
抵抗する力が弱い。
俺と同じで、この人もきっとキッスが大好き。
なら、このままいく。
衣服を脱いで、衣服を脱がして、そして……って、あれ?。
この服どうやって脱ぐんだ?。
この服どうやって脱がすんだ?。
……。
あぅ?。
「美春ッ、ちょっとまって、落ち着いてってッ!!」
上に乗っかる俺を今度は黒髪美人が押し倒す。
頬を朱色に染め、両肩を「はぁッはぁッ」と上下させ、俺の両手首を掴んで畳に押し付ける。
熱を持った緋眼が上から注がれる。
いいよ。
お馬さん……いいよ、俺、お馬さんになりゅ。
「お馬さん……じゃなくてっ、美春、急にどうしたのさ、僕はリエルノにだって、こ、こんな破廉恥なこと教えてないんだけど…、一体どこで……」
「ししょ……紫蘇からおそわったぁ…きりょうひ」
「紫蘇?……紫蘇ってあの薬味の?」
「しょぉ~」
「な訳ないでしょッ、美春のおバカっ、ちょっと記憶を覗くよ?いいね?」
「らめぇ~~」
「ら、らめぇって……、二成がそんなはしたない言葉……ゴクリッ」
黒髪美人は喉を鳴らしたあと、口端から垂れてきた涎を拭い、オデコとオデコをゴッツんこさせてきた。
オデコを通じて相手の神力が流れてくる。
紫蘇とのあんなことやこんなことが赤裸々に。
はずかちぃ。
らめぇ~~ッ。
―――バチッ!!。
「ッ!!?……これは」
一瞬、額に静電気が走ったような感覚。
黒髪美人は飛びのくように、上半身を起こした。
「………なるほどね、紫蘇って
俺に馬乗りになったまま、何やら考え込むように瞳を閉じる黒髪美人。
両手をその考える人なお尻に伸ばそうとすると、叩かれた、いらい。
「集束する世界……始まり…今代に干渉……なぜ…」
何やら上でボソボソ。
よくわかんないけど、布越しに太ももなでなで、叩かれた、いらい。
「はぁ、これ以上考えてもしょうがないね、美春、今日はもうお帰り」
「かえりゅ?」
「そう、お家にかえりゅの、あの二人も連れてっていいよ」
「わかっらぁ~」
「……二人に会う前に、ちゃんとしておくんだよ?、いいね?」
「あいぃ~」
俺がそう返すと、黒髪美人はその床に就きそうに長い髪を素早い動きで結い上げ、乱れた衣服を整える。ついでに俺のも。ありがとたい。
「先に二人は帰しておくよ、美春は神輿でゆっくりしていくといい」
横になる俺の頭を軽く撫で梳いたあと、黒髪美人は部屋から退出。
その後、廊下で待機していた灰髪女性に抱っこされ、俺は再び神輿に乗せられた。
しばらくムラムラが治まらないまま、僅かに揺れる堂内で一人過ごす。
暇つぶしとムラムラを発散させるため、ちょっと凹みをいじって意識が飛んだのはここだけ秘密。
自慰行為、危険。
―― 後書き ――
長くなりそうだったのでこの辺で切りました。
続きは変わらず火曜日の朝に。
因、気分転換に新作始めました。
美春と雪美だけにスポットライトを当てた禁断のドギマギラブコメです。
そっちは気まぐれで更新します。
一話一話短いので暇つぶしに丁度いいかもです。
少しでもネタバレしたくない人は読まない方がいいかもです。
では、また火曜日に。
おわり。
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