第87話 竜神の提案
白い門を潜った先に広がる石庭。
舞空術の練習がてらかっ飛ばそうとした矢先、地平線から列をなした大勢の人がやってきた。
煌びやかで大きな神輿を担いで色んな楽器――笛、太鼓、摺鉦、鈴、――を鳴らしながら、右腰に刀らしきものを差した和装の集団。
ざっと見積もって数は二百。
全員が全員、顔には白い布をかけていて素顔が見えない。
白と灰の衣を纏った灰髪数名。
赤い衣を纏った後続の黒髪大多数。
前者を先頭に、一本道を歩いて来る。
何かの祭りなのかもしれない。
邪魔にならないよう端を進もう。
石畳が続く幅が三車線はある広い道。
上を飛ぶのも祭りに水を差すようでなんかなぁと思った俺は、その端を肩身が狭い思いをしながら走り抜けていこうとする。
しかし、俺との距離が数十メートル先に差し迫った時、楽器の音色と共に祭りな行列が止まった。
陰に潜みし忍者の如く横を通り過ぎようとした俺、ギョッとして思わず足を止めて警戒。
なんか凄い視線を感じる。
布越しにこっちが見えてるかどうかわかんないけど、他人から見られるの好きじゃないからあまり見ないでくだたいお願いちましゅ。
「御乗り下さいませ」
此方へ一人、歩み出てきて声をかけてきた大人な灰髪女性。
パーソナルスペース内のため。
言葉が喉に突っかかって出てこない。
俺は首を傾げて返答とした。
「こちらへ」
「……(こくり」
お淑やかな態度と物言い。
俺は反射的に頷き返したせいで、訳も分からず彼女に促されるがまま
そして、僅かな揺れと共に浮く感覚。
知らない集団に神輿で担がれる。
この状況は一体なんぞ?。
というかなんで俺はいつもこう流されてしまうのか。
きっぱり断れない日本人の性が原因だと思いたい。
あとで家に帰ったら、断るための練習でもしておこう。
―――チリーン、チリーン。
何処かで聞き覚えのある耳心地のいい鈴の音。
思わず振り返ってしまいそうになるそれを合図に、行列反転。
再びマーチングバンドの大行進。
空気が読める俺。
殿様気分を味わいながら、時たま
……って、楽しんでどうする。
俺は雪美とSKのお迎えに来たんだ。
全てを消滅させる光柱さんのこともある。
こんなところで油を売っている暇はない。
さっさと神輿から降りて先を急がないと。
「あ、あっ……あ、あのっ、お……あぅぅ」
コミュニケーション皆無で引きこもり気質な俺。
見知らぬ周囲の人達にパーソナルスペース外から一声かけてバイバイしようと思ったが、簾から出た瞬間、祭りの空気に当てられて上手く舌が回らなくなり、そのまま項垂れながら何事も無かったかのように内へと戻った。
……。
いや、馬鹿かて。
何をしてるんだ、俺は。
小心者にも程があんだろがって。
無意識が喉元を締め付けたのではない。
他人と距離を置きまくった結果がこれ。
おかしいな。
俺ってこんなにあがり症だったっけ?。
人前に出て喋ろうとしただけで心臓ばくばくぱっくん。
孤独が心地良き。
何とも惨めだ。
泣けてくる。
「先を急いで……、先を急ぐので、ちょっと……いや、さようなら……もなんかちがう……」
完全に出ていくタイミングを見失った俺。
しばらく祭りから退席する際の挨拶をボソボソと口に出しては別れ間際のお辞儀の練習。
そして、神輿の堂内でそのまま数十分が経過した。
已然として状況は変わらず。
俺は孤独にキョドっていた。
おら駄目な子だはぁー。
「今しばらく堂内でお寛ぎ下さいませ、主郭につき次第、お声をかけさせて頂きます故」
簾に指をかけること数十回。
挙動不審な俺に見かねてか、最初に声をかけてきた灰髪女性が口を開いた。
神輿の最上部の一段下で正座する彼女。
一緒に担がれているけど、一体何者なのだろうか。
コスプレイヤー、とかではなさそうだけど…。
俺は色々と疑問に思いながらも、このタイミングで出ていくわけにも行かず、簾にかけていた手を下ろして再び薄暗い堂内へと顔を引っ込めた。
「まぁ、光柱さんが出てくる雰囲気も無いし、今のところそこまで急ぐ必要もない、のか?……」
記憶に靄が掛かったような感覚。
光柱が立つとは別の、急ぎたいと思うその明確な理由が
揺れという揺れも些細なもの。
足を延ばして十二分に寛げる空間。
ときたま外の物珍しい光景を覗いては、人の圧で顔を引っ込める。
光柱さんが立たないことには過去に戻るという選択肢も無い。
説教も怖い思いも失明も、俺は御免だからな。
すまん雪美、SK、お迎え迄もう少し時間がかかりそうだ。
ゆっくりと進む神輿の上。
横になりながら内心、二人に軽く謝罪。
灰髪女性から一声かけられるのを待つ間。
俺は暇つぶしがてら、袖口の収納できるポケットの様な所からスマホを取り出し、少し前にダウンロードしたスマホゲーム、パンチング・ラッシュ
サービスが終了したはずのそれ。
配信元である会社を買収した会社が、元のパンチング・ラッシュをグレードアップさせ、改をつけてリリース開始。
前作よりも多少グラフィックがよくなり、必殺技なんていうアクションも増えた。
でもバッドエンドはそのまま。
相も変わらず、ラッシュは不運だ。
しかし、ここで救いの新要素。
情報源はネット記事。
全ステージでハイスコアを達成すると、隠しイベントが発生するらしい。
未だ達成した者は居らず。
世界最速の称号は俺が貰う。
ゲームでのラッシュがどんな形で救われるのか、楽しみだ。
ラッシュを救えるのは
いざッ、パンチでラッシュ!!。
気合十分。
俺はスマホの画面に映る「スタート」の文字を勢いよくタップした。
== 数十分後 ==
「俺のラッシュなチャンネルが…」
ハイスコアは出なくとも、思う存分にパンチングラッシュして楽しんだあと。
まだ灰髪女性から一声もかからないので、自身のアーカイブでも流しながら娘達からのコメントでも読み返そうと思った。
Witubeのアイコンをタップしてアプリを起動。
そしたらラッシュなチャンネルが、二百万越えの登録者をもつアイドルなチャンネルに変わっていた。
なんだこれは。
どうしてこうなった。
いや、そういえばリエルノが白夢の中で色々と戯言を口にしていた。
ラッシュは死んだ、と。
SKから貰っていたガワでVTuberデビューした、と。
「…ほんとのホントに、冗談……とかじゃないんだよね?」
スマホの画面に映るラッシュの変わり果てたチャンネル。
どうか俺を困らせて楽しもうとしたリエルノの悪戯であってくれ、と願ってやまない。
しかし、神力を使えば無くていいものが確かな証拠として見えてくる。
過去を振り返る様に意識を集中。
すると出てくるは出てくる。
リエルノが好き勝手に作り出した数々の思い出の詳細が。
マジマロ雑談配信で地声バレ。
SKの口車に乗せられ、歌とダンスのレッスン。
某プロダクションのスタジオで全身タイツになり、歌えない躍れない黒歴史確定ライブ配信。
Witubeのアカウントの管理をノリでSKのおにぃに任せ、ラッシュなチャンネルが俺に似せて描かれた2Dアバターに乗っ取られる瞬間。
終いには和気藹々とした様子でSKとアイドルユニットを組む約束。
思いでたくさんありがとう。
許すまじ、リエルノ。
「マジでなにしてくれてん……、あいつ」
幾ら俺のためだからって、勝手が過ぎる。
てか、完全にそれを建前に遊んでただけじゃんふざけんな。
俺は有名になりたいんじゃない。
友人も知人も仲間も同族も妻も娘も。
その全てを失った不運が過ぎるパンチング・ラッシュの主人公。
それに成りたくて、助けてあげたくて、幸せにしたくて、VTuber活動を始めたんだ。
初心も動機も俺は忘れてなんかいない。
ラッシュじゃないと意味がないんだ。
この姿を似せて作られたアバターなんか動かしてもなんの意味も無いんだよ。
紫蘇のセラピーで多少はマシになったものの、今現在、神輿で担ぎ上げられているこの女々しい肉体は未だ嫌悪の対象。
俺は男の中の漢、ラッシュなんだ。
誰がSKとアイドルVTuberなんかやるか。
ふざけんな。
ばか。
「アイドルVTuberリエルノは引退します」
外から聞こえてくる楽器の音色。
それに交じって全SNSを通じて宣言。
変わり果てた理想にもう用はない。
勝手なことをされ、俺にとってもっとも神聖なラッシュを穢され、沸々と怒りが湧いてくる。
チャンネル名を戻しても、リエルノの軌跡を消去しても、俺の理想は返ってこない。
二百万の登録者がいたところで、彼らは娘達じゃない。
リエルノを求めるただの偶像崇拝者だ。
真の娘じゃない。
なら要らない。
俺を、ラッシュを見てくれないなら皆、嫌いだ。
「………」
穢された理想。
登録者二百万。
煮えたぎる炎で全てを葬り去ろうとするも、アカウント削除の上で右手の指先が止まる。
これまで必死に頑張ってきたVtuber活動。
積み重ねてきたものを一時の感情を優先してなかったことにしていいのか?。
チャンネル名やガワが変わろうとも、それは確かにラッシュとしての過去がある。
嫌な思い出も、楽しい思い出も、このチャンネルにはたくさん詰まっている。
本当に全てを捨てて、俺は後悔しないか?。
……。
するに決まってる。
だって俺はそういう人間だ。
基本的に小物で卑屈なんだ、俺は。
「………消した所でどうせネットに残る、それに、このチャンネルを通じて神力も得られるらしいし、そしたらラッシュな俺も爆誕……、別に消さなくても、いいか」
自分を説得する様に独り言。
頭に登った血が徐々に引いていく。
何もかも無に帰すには、俺の心はあまりにも弱すぎた。
「主郭にて登場、お願いいたします」
パレードの行進も止まり。
楽器隊の音楽も鳴り止み。
軽くため息を漏らしながらスマホの電源をOFF。
外から一声かけられ、次に上げられた簾を潜り、神輿の上に姿を晒す。
小階段を下り、ようやく地に足をつける。
些細な揺れすら許さない大いなる台地。
安心感が凄い。
「謁見の間にて、竜神様がお待ちで御座います」
大きな屋敷の入り口手前。
一緒に担がれていた灰髪女性が先導する様に先を行く。
謁見の間?、竜神様?、ここは何処?。
俺はただ雪美とSKを迎えに来ただけなんですけど…。
「こちらに御履き替えを」
外から中へ入るための上靴を用意され、靴からそれへと履き替える。
どんどん先を行く灰髪女性。
俺は振り返り、ここまでお祭り行列で運んできた人たちに軽く手を振ってバイバイしたあと、屋敷の奥へと進んだ。
== 謁見の間 ==
でかでかとした屋敷に広々とした通路。
何度か角を曲がりながら徐々に中心部へ。
歩き出してから丁度十分後。
ようやく目的の場所に辿り着いたのか、灰髪女性がとある襖の前で足を止め、腰を落としてこちらを振り向いた。
「ごゆるりと」
軽く頭を下げ、彼女は襖を開ける。
俺は促されるがままに、中へと入った。
「初めまして、僕の可愛い妹」
畳が敷かれた上段。
とてつもなく長い黒髪と耽美的な声を持った少女が一人。
顔には『竜』の文字が描かれた布。
察するに、これが多分さっき灰髪女性が言っていた竜神様とかいうやつだろう。
なんだかとても変わった雰囲気の人だ。
てか初対面の俺のことを可愛い妹呼び。
あんまり関わらない方がいいかも。
俺を可愛い扱いすんじゃねぇ。
「こうして会って話すことも今は希少、互いに積もる話はあれど、まずはこちらから一つ質問、というか提案。これを受けてくれるのであれば、僕は君の行動の全てを許容し、弟君もSKちゃんも傷ひとつなく返そう」
中学生ぐらいな竜神様とやら。
敷かれた座布団から腰を上げ、一段降りて俺の前に進み出てくる。
その際、竜の文字が描かれた顔布が捲られ、床に落ちた。
キュートでチャームなマロ眉。
緋眼の両目に絶世の美を現した相貌。
白と赤の衣から伸びる色白で細い四肢。
老若男女を問わず近寄る者を魅了する色香。
それら全てを晒して、彼女は薄く笑い、口を開く。
「リエルノのために死んではくれないかな」
――― 後書き ―――
次話でこの騒動にも一応の決着をつけ、ようやく日常な文化祭へ。
アイドルV引退宣言をした美春。
ラッシュなV活は辞めないようです。
何処かのタイミングで再起を図ることでしょう。
頑張れ美春。
お前が(V界隈の)ワーストワンだ。
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