第86話 ゲーマーの性


 白の領域の大地に根付く樹木。


 それを加工してつくられたと言う榊の門。


 潜ったその先には、一つの世界が広がっている。


 太陽も月も星も無い明るい春空の下。

 地平線の彼方まで波模様を描いた石庭が続く。


 距離にして約五~六キロはあるその道のりを一時間以上かけてつき進むと、何処までも続きそうな塀を両サイドに、関所のように佇む内門がでかでかと一つ見えてくる。


 黒の衣を着込んだ二人の門番。

 重々しい門を開け、今度は自然豊かな庭へと続く道を示す。


 大庭園と言っても過言ではない広さと、見たこともない種類の木々や花々による華やかさ。


 本家で過ごした地獄のような一週間。

 ここを通る時だけが唯一の安らぎだった。


 目新しい彩り。

 まったりとした雰囲気。

 心を落ち着かせる甘い香り。


 出来れば観賞用にと用意されている脇道にそれて、景観を眺めていきたいが、今は時間も無いし、そもそも目の前を行く巫覡がそれを許さないだろうから諦める。


 兄貴のお願いで動く幼い巫覡。

 今のところ反抗的な様子はない。

 しかし、お願いは何処まで行ってもお願いだ。


 俺の言動や行動で気分を害した巫覡が、「やっぱなし」と言いかねないほどの強制力しかない。


 今は無駄なことはせず、ただ黙って目の前を行く小さな背を追うことに努める。


 それで祈さんを見つけたら、後はなりふり構わず兄貴の下に戻って帰宅。


 つらぬきのソフトを相手取ってる兄貴というかリエルノ。


 巫覡は「心配するのもおこがましい」などと口にするが、心配せずにはいられない。


 正直、兄貴リエルノが纏うオーラを間近で見て浴びて、負けるわけがないとはおもう。


 だけど心配は心配だ。


 万が一があったらと思うと気が気じゃない。


 俺が駆け付けたところで邪魔になるだけだとしても。

 

 ……兄貴、だいじょうぶかなぁ。


 てか、目の前を行くコイツ。


 俺に殴られたこと気にしてんのかな、気にしてるだろうな、めんどくせえな。


 喧嘩した数分後には仲直りしてる俺と兄貴を見習え?。


 過ぎたことをいつまでも気にしてたら人生損するぞ?。


 そっちは俺を馬鹿にした。

 こっちはただぶん殴った。

 お互いさまで、あいこだろ?。


 …え?、手を上げた俺の方が悪い?。


 うるせぇボケ知るか。

 

「竜神に御使いを頼まれてたんじゃなかったのかい?、三茶みぃちぇ


 ただ黙々と数歩先を行く巫覡。


 その背を見つめながらなんと無しに顔面をぶん殴ってやった時のことを思い出し、勝手に気まずくなっていると、正面からスケッチブックを片手に持って歩いてきていた青年が声をかけてきた。


 灰髪に緑眼、白と灰の二色が混じった衣。


 一目瞭然、巫覡だ。


 しかし、巫覡にしてはこれまで見てきたそのどれよりも凡庸な相貌。


 顔のパーツは平均以上に整ってはいるが、それだけ。


 これといって惹かれるものはない。


 アニメや漫画でよく描かれる量産型主人公、と言う表現がぴったりの見た目をした青年巫覡。


 プライドの塊みたいな連中が多いこの屋敷で初めて見るタイプだ。


 穏やかというか、優し気というか、普通というか…、何となく違和感を感じてしょうがない。


 まぁ、俺のようなやつに対しての当りが強い所はこいつも他の連中と同じなんだろうが、おそらく。


 どうでもいい。


 この人種差別主義者レイシストどもめ。


 ポリコレに埋もれて溺死しろ。


「ちょ、ちょっと三茶みぃちぇ?、無視は酷くないかな?、僕、結構そういうの気にするんだけど、あはは」


 声をかけてきた青年へ一度も視線を寄こすことなく、若干の早足で無言のままその横を通り過ぎる案内役の巫覡。


 戸惑いがちに再び青年が口を開くも無視。


 巫覡の癖に、まるで今の俺の様な空気くんだ。


 だからって仲間意識なんて芽生えたりしないけど。


三茶みぃちぇってばぁ~、むししないでぇ~、おねがいぃ~、三茶、三茶さん、三茶様、三茶殿、みーちゃん、みーたん、みーきゅん、みみみぃ」


 無言に無視、負けずとダル絡みを続ける青年巫覡。


 一方的な会話と態度から察するに、この二人は兄妹なのだろう。


 妹な巫覡の気持ちなんてわかりたくないが、うちの兄貴も俺が寛いでいると、ちょくちょくダル絡みしてくるから分かってしまう。


 ダル絡みな兄貴、うぜぇよな。


「気安く余の名を口にするな、痴れ者が」


 ダル絡みに耐えきれなくなった様子の巫覡。


 振り返ることも歩みを止めることもせず、冷たい声音で口を開いた。


 うちの兄弟とこっちの兄妹では大分関係に違いがあるらしい。


 俺が同じように突き放したら、兄貴はきっと本気で悲しむ。


 想像しただけで胸が苦しくなる。


 巫覡には情ってものがないのか?。


「痴れ者?!、…可愛い妹にそんな酷い呼び方されるなんて、……お兄たまショックだよぉ、とほほ」


 辛辣な台詞を浴びせられ、青年巫覡は思わず膝から崩れ落ちる。


 しかし、ここで妙なことが起きる。


 悲しんでいるはずのその口端は左右共につり上がり、視線は何故だか俺の方へと注がれていた。


 目が逢う。


―――ゾクッ。


 無駄に絡まれないよう空気となっていた俺を見て微笑む。


 疑問が脳裏を過る前に、言い知れぬ悪寒が体中に走った。


 無意識に距離をとって、俺は両の拳を突き出し、構える。


「期待してるよ、頑張ってね」


 微笑みを更に深めて一言そう口にすると、青年巫覡は愉快気に鼻歌を奏でながら立ち上がり、分かれ道の方へと歩いていった。


 侮蔑、差別、嘲笑を向けられるがここでの常。


 特に何されることも無く、励まされただけ。


 しかも、半人半神という手を伸ばしても届きそうにない存在である巫覡に。


 不気味でしょうがない。


 なんなんだ、あいつ…。


「……っち、少しくらい待ってくれてもいいのによ」


 後ろで一悶着?あっても完全無視。


 案内する気がゼロな巫覡の小さくなった背を、俺は小走りで追いかける。


 因みに大庭園を抜けた先、俺は一切の発言を禁止されている。


 理由は「空気が穢れるから」という酷いもの。ついでに無駄ないざこざを起こさせないため。


 少しでも喋れば、出入り禁止。


 つまりは祈さんを連れ戻せさえすればもう自由。


 帰り間際、ぼろクソに叫んでストレス解消してやるから覚悟しろ、クソ本家。


 もう二度と、いや、三度と来るかぼけ。


== 榊の本家 主郭 ==


 庭が馬鹿みたいに広ければ、その先の屋敷も馬鹿みたいにデカい。


 主郭を中心に、内郭、外郭と本家の屋敷内は分割され、外廊を通じて幾つもの平屋敷が所々に点在している。


 外郭は主に学びを得るための施設。

 刀術や体術といった実技を中心に、座学や竜神を信仰するための宗教施設なんてのもあるらしい。


 内郭は主に住居スペース。

 榊の血を受け継いだ火人ひととか呼ばれる連中が九十パーセント、奴隷みたいな連中が十九パーセント、巫覡が一パーセントの割合で合計千人を超える数が住み着いている。


 そして主郭には、榊家現当主、榊國光さかきくにみつが住み着く屋敷が在る。


 箝口令よりも酷いルールをこの屋敷で俺に押し付けた張本人であり、榊白帆の実の父親。


 つまりは、糞なお爺ちゃん家が本家の中心だ。


 これが兄貴なら「大富豪な親戚、やったね♪お年玉がっぽがっぽ♪」と喜ぶところだが、俺は違う。


 初めて来た当初は、俺も兄貴と似た様な事を考えて色々と期待したが、実際に祖父と会って「空気が穢れる」の一言を貰ってからは何も期待しなくなった。


 ゴミの様な扱いをされるきっかけを作った男の家。


 母の父親だか何だか知らないが、正直、二度と足を踏み入れたくないのが本音。


 しかし、祈さんを連れ戻しに来た俺。


 歩みに迷いのない案内人の後を追い、外郭を抜け、内郭を抜け、当然のように祖父の下へとやってきた。


 まぁ、案の定ってやつだよな。


 面倒事は更なる面倒事を呼び寄せる。


 帰りたい。


「榊・あま三茶みぃちぇ、竜神様の顔に泥を塗ったか」


 畳が敷かれた上段の間。

 威厳あふれる口調で、三十代ぐらいの見た目をした男――祖父が口を開く。


 存在価値的には巫覡の方が上。

 しかし、立場的には祖父の方が上。


 流石のメス餓鬼な巫覡でも、下げた頭があがらない。悪いことをしたという自覚があるなら尚更に。


「二成の神力に当てられて気でも狂ったか、竜神様の命を放棄し、己が欲を優先させた罪は重い、場合によっては死罪もあり得る、心得よ」


「竜神様が望むなら全てを受けいれる、しかし、火人どまり・・・・・が余を咎めるなど、…身の程を知れよ」


「少々にして天狗が過ぎる、当てられた名の意味も忘れたか」


「…ッ……くそじじぃ」


 ボソリと呟かれた巫覡の一言。

 俺は内心でよく言った、と呟き、ほくそ笑んだ。


「ふん、まぁよい、それよりも…」


 見上げることもおこがましいと最初から下げさせられた頭。


 後頭部ら辺に視線が注がれているのを肌身に感じる。


 ここに来るまでにも散々にして浴びてきた嫌悪の視線。


 それらとは比較にならない程の敵意というか殺意。


 祖父が孫に向けて良いものじゃねぇぞ。


 なんなんだよ、このクソ爺。


 ふざけんな。


「竜神様が客間でお待ちだ、さっさと行くがいい」


 散々にして注がれた視線。


 祖父は下ろしていた腰を座布団から上げ、一言残したあと、上段の間から退出していった。


 戸を閉める音。

 それを合図に、俺と巫覡は顔を上げる。


「竜神様が、呼んでいる?、余には骸をと……なぜ?」


 隣で何やらボソボソと呟き、首を傾げる巫覡。


 祖父に怒られたことが納得できないのか、何度も首をカクカクさせ、頭頂部に疑問符を浮かべ続ける。


 おごり高ぶった自尊心ほど厄介なものは無い。


 説教されたことを受け入れられず、こうして反抗期の様な無駄を過ごしてしまうのだから。


 俺も気を付けよう。


「……ついて来い」


 反面教師な巫覡。


 完全無視を止めたのか、ようやく俺に向けて口を開いた。


 特に反抗期じゃない俺。


 大人しく着いていく。


―――っさっさっさ。


 床板が敷き詰められた広々とした通路。


 漂う静けさに交じって、正面の方から小さな足音が一つ。


 なるべく視線を下げていた俺は、ふと顔を上げ先の方を見た。


 竜の文字が描かれた布。


 それを顔に下げ、床板ぎりぎりまで伸ばされた黒髪を持った中学生ぐらいの少女。


 赤と白の二色が混じった衣を羽織り、存在感マシマシに俺の目の前で足を止めた。


「きみの残機・・はあと幾つかな?」


 耽美的な声音を晒し、若干低い位置から竜の文字。


 隣で膝をつく巫覡に築いた時、視界が跳んだ。


 回転しながら落ちていく感覚。


 ドンッ、と鈍い音を聞いたと同時、首のない体が視界に映る。


「リセットボタンが直ぐそこにあるのなら、色んな死亡シーンが見たいと思うのは皆同じだよね♪」


 首のない体。


 それが、俺のものだと気づいた時、愉快気に両手を広げる少女を中心に、光の柱が立った。


 全ては白の光に飲み込まれていく。


 榊雪美は、また・・死んだ。


== 視点は変わって榊美春 ==


「うわッ、眩し!!」


 山登りの最中。

 頂上付近から眩い光の柱。


 それは徐々に山を飲み込んでいき、目前にまで迫って、止まる。


「お山さん…消えちゃった」


 光の柱に包まれていった部分。


 底が見えない程の大きな穴となって現れる。


 転移か消失したお山さん。


 雪美とSKは無事だろうか?。


「…戻した方がよさそう」


 なにがなんだかわからないが、とりあえず光が立つちょっと前に時間を巻き戻す。


 そして戻してから少しして気づく。


 ただ戻しただけではまた歴史は繰り返すということを。


 おばかでこぺんらたい。


「もうちょっと前にもどさないと……って、あれ?」


 そろそろ光の柱が立つ頃合い。


 しかし、待てど暮らせど何も起きない。


 もしかして只戻しただけでも歴史は改変される?。


 へー、ほーん、そーなんだ。


「なんだか急いだほうがよさげかも」


 起きたことが必ずしも起きないとは限らない。


 歴史の修正力はアニメや漫画で学習済み。


 時間差で来るかもしれないので、俺は登山家な気分を捨てた。


「た、たけぇ……」


 フワフワ慣れない舞空術。

 

 徒歩よりは早いそれで、一気に山頂を目指す。


 そして数分後、白い門がある屋敷の前に降り立った。


―――ガガガッ。


 一人でに開く白い門。


 俺は踵を返した。

 光の柱が立った。


 見える景色に意識を集中。

 瞬き一つで世を静定。


 空気読みな光柱さんが立つ前に、俺は地平線の彼方まで続く山頂とは思えない石庭へと足を踏み入れた。


 ホラーは好きだが体験するのはNG。


 ぽらーこわひぃ。

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