第85話 ラッシュな賢者タイム
遡ること十六時間前。
文化祭初日を終えて気分よく部屋で
とあるモノが二つ、我が家の玄関先に届いた。
ボールサイズのそれら。
片方は何度も蹴られたせいか凹みが酷く。
もう片方は風穴が空くほどに陥没しておった。
目を凝らさなければ分らん程じゃった。
それが何なのか。
それが誰なのか。
情報を精査する必要も無し。
感情が無に帰す感触を得ながら、小僧とSKを灰へと送り、瞳を開眼させた。
逆行する世界。
記憶だけが鮮明じゃ。
「……これは見せん方がええのぅ」
核たる美春。
暇に観ないよう、記憶の底に蓋をする。
今あれに必要なのは平穏という名の安らぎ。
邪魔はさせぬ。
「見つけた」
感覚を研ぎ澄まし、二人の気を感じ取る。
薄いベールの様なものでボカされてはおったが、繋がりを辿れば容易いこと。
小僧とは加護を通じて。
SKとは血の繋がりを通じて。
そして
== 榊天山 麓(林道) ==
静止する世界。
『白』と『黒』の寵愛を受ける二成にのみ許された力。
「……ねみゅ」
亡神だからこその燃費の悪さ。
本来の十分の一程度しか力を引き出せない今。
今日まで配信で溜めに溜めてきた大半の神力を使い果たした。
最早、後にも先にも引き返せぬ。
美春が戻る前に何とか面倒事を片付けておきたいが――…、
―――ガガガッ。
「……ふんっ、成る程のぅ」
不意に現れた
不遜にも二成の世を縦横無尽に飛び回るそれ。
西洋甲冑の上で羽を休めた途端。
つらぬきのソフトが動き出した。
出来れば無抵抗な状態の内に片付けて起きたかったが、まぁ、
「お主、随分と
「ここより先は弱き者の世界」
「人の心に誘発されて灯された鬼火、運が良くか悪くか、生まれたばかりだと言うにその身は神にも等しい…、さてはて、一体誰の導きか?」
「この場は零度の世界」
会話になっていない会話。
違和感を覚えて無言になると、つらぬきのソフト――鬼神も無言を返してくる。
喋らせて色々と情報を引き出そうと思うたが、時間の無駄なようじゃ。
無駄な時間を使わせおってからに、愚図が。
「ゲームの真似事か?、やってみろ」
「甘さは無い」
ご丁寧に
美春が作り出した隔世で一身に恩恵を得て育った力。
喜々として見せびらかす様にそれを練り上げ、爆発させる。
しかし――…、
「力はあっても学が無い、神力と魔力の違いも理解しておらぬのであろう?」
魔力と神力は似て異なる物質。
互いに反発し合うそれらは、練り上げられる際に少しでも混じり合うと正しく機能しなくなる。
鬼神がこれ見よがしに魔力を練り上げ、超常を引き起こそうとした瞬間に神気を注いでやればほれこの通り、不発となる。
故に熟達した者は隙を見せない。
相手に気取られないよう力を練り上げ、行使する。
その結果――…、
「見え難い内側で完結する肉弾戦闘が主流となる」
―――ッド!!。
動揺を見せる様に佇む鬼神。
刹那、静止した世界が衝撃を以って動き出す。
「きゃあぁああッ」
「うおッ!?」
女子四人の悲鳴に小僧の声。
突風で軽く吹き飛ばされ地面を転がっていくそれらを一瞥し、次に木陰でコソコソと
鬼神は跡形もなく葬り去った。
次はSKじゃ。
「『白』との誓約も半減し、こちらから線を飛び越えて来てやった、口は開けるな?」
「は、はい」
一応の確認をとり、SKの元へと案内役を頼むが、土煙に交じって霧のような浮遊物が視界の端で集りだし、足を止める。
「姫ッ、姫ッ、……姫」
「……枯人の業か、小癪な」
個人V最協エベ祭りで現れた枯人二人。
その片方が使用していた力。
習ったのか見たのかは分からんが、拳を受ける際それを使用して避けた。
必要以上に消し飛んで見えたのはそういうこと。
学は無いが在れば厄介。
経験を積ませ、見識を深めさせては面倒じゃ。
出る杭は打たれるべし。
まぁ、
次こそ完全に消しとばしてやる。
「ここより先は弱きものの世界」
構えをとると同時、鬼神が再び台詞を口にする。
先ほどとまったく同じ台詞。
学があれば厄介と評価してやったが、どうやら過剰なものだったらしい。
所詮は生まれたての存在。
飽きもせず同じことを繰り返そうとする。
適当に相槌をうってさっきの展開に持っていき、隙を晒した瞬間、終わらせる。
二度目は無い。
「甘さは無い」
初手と同じく膨大な魔力の渦。
それを感じ取るとほぼ同時、
途端に魔力の渦は消え、接近からの打突。
さっき以上に力を込めた拳。
それを鬼神の甲冑に向けて振るう。。
―――ヴォンッ!!。
再びの衝撃。
地面を抉り、草木を次々と薙ぎ払っていく。
直撃すれば絶死は免れられぬ。
しかし、鬼神は無傷で立っていた。
「お前、じゃない」
鬼神が発した台詞。
記憶にないそれを確かに耳で拾いながら、たった今、首に出来た
「…っぺ、……無駄に力を使わせおって、…幻の分際で」
口の中に残った血。
それを吐き出し、容赦無く
「何が誰に傷を負わせたか、千年言い聞かせても飽き足らぬ」
「お前じゃない」
「空けを所望か?、ならば跪き首を垂れろ、そして死ね」
「姫、……何処?」
疲れによる眠気。
それ以上に湧いてくる怒り。
馬鹿だ間抜けだと見下した相手に一本取られる。
これほどの屈辱は無い。
警戒心を和らげた己の浅はかさも腹立たしい。
「兄貴ッ、大丈夫か!?」
首を貫かれたのを見たのであろう。
小僧が血相をかいて後ろから走り寄って声をかけてきた。
足手まとい以外の何者でもない。
この場に近づくとはまさに愚の骨頂。
空けに愚弟と呼ばれるだけはある。
「お前じゃない」
小僧に気をとられた隙を狙う様に鬼神が駆ける。
「っち、この
単純に神力を練り込めて作った光弾。
幾千ものそれを宙から放ち、雑魚から処分していこうとする鬼神を回避に専念させる。
戦い方が実に姑息でウザい。
無駄に力を消費していく。
このままでは意識を保つための力でさえ維持できなくなる。
そうなればSKの死は確定。
時間はそうかけられない。
「おい、しょこの巫覡」
「はいッ、なな、何でございましょう!!」
無限にして有限の光弾。
徐々に力が内側から減っていくのを感じつつ、視界の端でコソコソと
未だ幼い故、なんの力の足しにもなりはせぬ。
小僧と同じ足手まとい。
しかし、別の使い道ならある。
「小僧をSKの元へ案内しほ」
「え?」
十六時間前、小僧は死んでいた。
しかし、それは恐らく誓約とは無関係の存在、鬼神によってもたらされたもの。
極論、鬼神さえどうにかしてしまえば、小僧は生かされる。
生かされるのなら、SKを連れ戻すも可能じゃろうて。
半身としての
『白』にある意味守られている小僧。
あの女とて無下にはできぬはず。
「拒否権はらい、……ふぁ~、…しゃっしゃと行け」
「え、いや、しかし…余は、竜神の命でここに…」
二成の命令にごねる幼い巫覡。
「
「…わ、わかりました」
未熟な巫覡。
二成の気を間近で浴び、抗うことできず頬を朱色に染めて頷いた。
秘技、おねだり。
「小僧、しゃっしゃとSKを連れ戻してこひ」
「……兄貴はどうすんだ」
「問題らい」
「…そうは見えないんだが、本当に大丈夫なのか?」
疑った視線で見てくる生意気小僧。
やっぱり俺も、と出しゃばろうとするが、巫覡がそれを止める。
「足手纏いだというのが分からんか、行くぞ」
「あ、ちょッ、てめぇッ」
小僧の首根っこを掴み、飛蝗のようにピョンピョンと高木の枝を伝っていく巫覡。
それでいい。
ようやく本気で――…、
「やばばっ、これ何が起きてんの?」
「流れ星が落ちて来てるみた~い」
「なんかあの騎士、残像見えるんですけど、うける」
流星の如く流れ、地面を抉り続ける光弾の雨。
そして、その中で何処か楽し気に避け続ける鬼神。
非日常的な光景を見て、土で汚れた女子四人が呑気な空気を醸し出しながら背後から近づいてきた。
…邪魔、……殺すか?。
「ちょっと何この子、可愛さが神懸ってんですけどぉッ」
「うわ、まじじゃん」
「さっき、兄貴って呼ばれてたけど生意気君の知り合い?」
「ニャンコに白髪巫女さん、そしてピンクの瞳……尊い、てかどこかで見覚えが……」
たった四人信者が増えたところで邪魔なのは変わりない。
利点があるとすれば、間近で新鮮な力を得られるというだけ。
例えるのなら天然水をたったの数滴口に含んだようなもの。
やはり相手する意味は無い。
消した方が早い、が。
脳裏に小僧の顔が過る。
人を殺すな、という台詞を浮かべたその面が。
……まったくもって腹立たしい。
「ふぁ~~……ねみゅ」
欠伸を見て更に沸き立つ女子共。
生きるも死ぬも各々次第、勝手にしろ。
「え、と、飛んでるんですけど…」
「ワイヤー…アクション?」
「アイドルのライブみたーい」
「…あ、祈の友達のVTuberに……似てる」
女子共の声が遠ざかる。
光の雨による地鳴りと強風だけが耳に残る。
「輪転ノ結ビ目」
はるか上空でそう口にした刹那。
鬼神を襲っていた光弾。
数は先ほどの比ではない。
幾億の光の弾が壁となって鬼神の周囲を取り囲み、徐々に範囲を狭めて廻る。
地形が瞬く間に変わっていくほどの力。
歴代の二成の中で最も光弾を巧みに操った一人の奥義。
それ故に、自動的に幾億の光弾は操作される。
反射的に体が勝手に動くように、光弾一つ一つを制御する。
実質、制御しているのは「転輪ノ結ビ目」と銘打った張本人。
しかし意識は無い。
あるのは技を完結させるための動きのみ。
少しでも戦闘を楽に、且つ最大限の効果を求めたい時はこの戦術に限る。
おかげで意識を割かない分、気が楽でいい。
「……点と点の結び目、避けられるものならよへてみほぉ」
狭まる光の牢獄の中で奔り始める光線。
光弾と光弾が弾け、線を引く。
ただでさえ逃げ場がない中での強襲。
受けている側からすれば精神をせり減らしていく一方。
最早、鬼神の命はもってあと数秒のところまで来た。
消し炭にしたら、少し休憩を――…、
―――ズンッ。
光源の中心で爆発する魔力。
朧げになりつつある意識の中、霞む視界で見下ろすと、鬼神が光弾と光線の壁をぶち破り、目前にまで迫っていた。
実力の半分も出せない中で放った神業。
それで終わっていたならよかったが、仕方なし。
元々、「転輪ノ結ビ目」は大勢の敵を減らしながら、疲弊させるためのもの。
対象一人に、となるとあまり効果は出にくい。
それが強者であれば尚更に。
だからこそ次の一手はちゃんと用意してある。
歴代の中でも高い殺傷能力を持つ、
「……ぐっ」
この細首に突き立てんとする長剣。
一瞬、視界がグラつき、右手でギリギリ弾く。
しかし、弾いた次の瞬間にはまた長剣の切っ先が首元に伸びて来ていた。
カウンター狙いのつらぬきのソフト。
そういえばこういう立ち回りを基本としていたな。
ふらつく体でそのことを思い出す。
思いのほか力が残っておらなんだ。
意識が遠のくばかりで体が重い。
どうやら
不本意ではあるが、あとは任せるしかない。
ようやく起きてきた
―――「ウルトラ・ラッシュ・インパクト」
おはよう世界。
からのつらぬきのソフトによる唐突な襲撃。
訳が分からず、思わず必殺技を放った。
そしたらつらぬきのソフト諸共、背景なお山さんが消し飛んだ。
……。
あれ?、俺今なんかやっちゃいました?。
巨大隕石が堕ちたかのような悲惨な景色。
それを起きたばかりの呆けた頭で、ポケーとしばらく見つめる。
「とりあえず状況整理だ……ではなく、巻き戻そう」
見える景色に意識を集中。
瞬き一つで世を静定。
お山さん、こんにちわ。
つらぬきのソフト、こんにちわ。
さっきぶりだね。
元気そうで何より何より。うへへへ。
「……姫」
ぷかぷか浮かびながらご対面。
つらぬきのソフトは俺を見て一言呟き、固まった。ついでに俺もつらぬきのソフトをみて固まった。
仲良くにらめっこ。
笑ったら負けね?。
てかなんで俺、浮いてんの?。
舞空術出来るようになった?。
おらすぅーぺぇまん?。
ワクワクすっぞ?。
情報の荒波にもまれて思考回路がオーバーヒート。
自分でも何を考えているのか分からなくなってきた。
「えっと、とりあえず降りようかな?」
高所恐怖症な俺。
とりあえず安息の地へとゆっくり下降。
つらぬきのソフトも大人しく着いてきた。
いや、着いてこなくていいのですけど。
サヨナラしてもらっても構わないのですけど…なんか怖いし……。
俺はその後、しばらく記憶を探り、とりあえずの状況を把握した。つらぬきのソフトと一緒に。
「なるほど、わけわからん、でもとりあえず、SKと雪美を探しに行こうかな?」
これまで数多くの不思議を体験してきた俺。
あんま舐めんじゃねぇぞ?。
適応能力はそれなりに高いんだかんな、べらぼーめぇ。
「あ、帰るんですか?」
背を向けて歩き出すつらぬきのソフト。
俺の問いに一度振り返った後、再び歩き出した。
一緒に状況を整理している間に仲間意識が芽生えていた俺。
ちょっと寂しくなるも、にこやかに手を振ってあげる。
いじめっ子なリエルノがお痛してごめんね?。
あとでタプタプにお尻ぺんぺんしてもらうから許してね。
「……」
無言で去っていく、つらぬきのソフト。
その背が見えなくなるまで手を振った後、俺も山を登るため、背を向ける。
「さてと、じゃぁ行き――」
「マジあれなんなのッ!?マジ意味不なんですけどッ」
荒れに荒れた林道。
最早元の形をなしていない地形。
なぎ倒された木々を縫うようにして、怒り口調で文句たらたらな女子四人。
あ、生きてたんだ、と思いながら息を潜める。
息を潜めるのはいかにも陽キャそうだから。
陽キャはなんか怖い。
近づくと無意識に心臓がバクバクして痛くなる。
だから俺は気配を消す蝉さんの抜け殻になった。
みーんみーん、ならぬ、しーん、しーん。
僕に気づかず通り過ぎてね。
「……ふぅ、行ったか」
軽く額に滲んだ汗を拭い、蝉さん、ではなく俺は立ち上がる。
あの女子四人も中々に肝が据わっている。
散々にして巻き込まれ、死ぬ思いまでしているのに、自分の脚でしっかり立ち上がって帰路につけるのだから。
メンタルツヨツヨ陽キャパワー恐るべしってところかな?。
陰キャもなめんじゃねぇぞ?お?。
「謎に陽キャに張り合ったところで軽く深呼吸、すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……空気が新鮮で美味いッ」
森林破壊もいい所。
でも空気が美味いのは事実。
俺は日当たりがよくなり過ぎた場所で、少しでも日光を浴びようと両手を命一杯に広げた。
いっぱい光合成して大きくなるぞぉ。にょきにょき。
「なんか色々と大変な気がするのに、思いのほか気分が落ち着いてるなぁ」
常日頃から感じていた焦燥。
不思議と今は無い。
それなりに大変な状況だということは理解している。
しかし、心は平静で穏やかだ。
状況の把握ができたからだろうか?、それとも紫蘇によるセラピーのお陰だろうか?。
多分、後者…、かな。
「……」
さっきまで見ていた夢のような現実。
気持ちのいいことが次から次へとやってきて、満たされ続ける世界。
そこで起きたことを思い出し、なんだかモヤモヤしてきた。
「チソチソ良し、タマタマ無し、凹みあり、胸あり、よしッ」
白夢を見た時のルーティン。
なんとなしにそれを終え、俺は再び歩き出す。
ん、いや、ちょっと待て。
今、何かが無くて何かがあったぞ。
誰かの気のせいか?お?。
もう一度確認。
今度は布の上からじゃなくて直接触れて。
「あんぅッ…………って、なんだ今の声」
凹みに触れた途端の言い知れぬ感覚。
夢で得たものに似ていた。
しかし、それ以上だった。
必要以上に触れればきっと俺の頭はパーになりゅ。
「……ごくりっ」
俺はしばらく俯き思考したあと、「…まぁ、いいか」と顔を上げた。
今は雪美とSKが優先だ。
目指すは二人が居るであろう頂上の屋敷。
登山家美春、いざ参るッ。
―― 後書き ――
やっと帰ってきた美春。
ちょっと様子がおかしい。
ならいつも通りか……え?。
なんだかんだ雪美の言いつけを守るリエルノ。力の使い過ぎで長期休暇へ。
女子中学生四人、割と平静を装ってたけど内心不安で一杯一杯。とりあえず助かった安堵の中帰宅。後日、先生のことを思い出して震えて眠る夜が続くそうです。
つらぬきのソフトは謎に姿を消しました。またいつか美春の前に姿を現すのでしょうか?。
不意に現れた黒い蝶。つらぬきのソフトを助けたように見えたけど一体…。因みに「ウルトラ・ラッシュ・インパクト」を受けて跡形もなく消滅しました。
ごちゃごちゃしたので補足とまとめ。
おわり。
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