第84話 凡人×ブラコン×ヒーロー=努力の弟


「神力と魔力、どちらも本質は紡ぐこと」


 広大な敷地面積を持つ榊の本家。


 その西端に、今はもう使われなくなった小さな道場が一つ。


 名も知らぬ仮面をした黒衣の青年は、畳が敷かれたその部屋の中央で、俺と向き合い、口を開いた。

  

「陰と陽の位置関係にあり、それらは決して交わることなく互いに反発し合う」


 続けて男は「一つの例外を除いてな」と口にし、構えた。


「長々と説明するつもりは無い、魔力がどういったものかは体で覚えろ」


 両の拳を軽く握り、左手を前にして、肩幅に開かれた脚の右側を引き、腰を落とす。


 お手本のように目の前で見せられているその構え。


 どの武道にも寄っているようで寄っていないそれを、俺は見よう見真似でやってみる。


 これといった違和感はない。

 不思議と落ち着く構えだ。


「…わるくない」


 特にダメ出しされることも無く、しばらく男は俺の構えをじっと見つめた。


 なにも描かれていないのっぺりとした黒い仮面。


 それに見つめられるというのはなんだか不気味だ。


「基本的に力は身体能力の向上に使う―――こんな風に」


 瞬き一つ。


 やっと口を開いたと思った男の姿が消え、次の瞬間、腹部に重い一撃。


 体がくの字に曲がり、視界が何回転もする。


 意識が飛びかける。


 殴られた、と理解した頃には、俺は道場の壁にぶち当たり、地面に倒れ伏していた。


「秀才や天才と違い、お前は凡人、できることは限られている」


 腹部を抑え、呼吸もままならない俺に、男は時間を無駄にしまいと口を開く。


「魔力制御を卓越させろ、手足を動かす様に、呼吸を繰り返す様に、ありとあらゆる場面で力を引き出せるようにしろ、基礎を徹底すれば有象無象に後れを取るようなことは滅多に無い」


 やっとの思いで立ち上がった俺。


 人睨みしたのも束の間。


 気が付いたら再び地面を這っていた。


 顔面に振り抜かれたであろう拳。


 走馬灯が見えて仕方がない。


「まずは俺の拳を避けてみろ、文字通り、死ぬ気でな」


 その台詞を聞いてすぐ、衝撃と同時に俺の意識は途絶えた。


 本家で過ごした一週間。


 只ひたすらに殴られぶっ飛ばされた。


 稽古でボロボロになった体で、宛がわられた宿へと戻る際の通路では、見世物にでもなったかのような気分に陥った。


 嘲笑、侮蔑、差別、暴力。


 それが至る所で蔓延るのだから、本当に本家というところはクソだ。


 二度と行きたくない。

 

 でも、大事なものを守るためなら仕方がない。


 少しでも兄貴のためになるのなら。


 弟の俺は努力するのみだ。


 お淑やかで優しかったあの頃のを脳裏にチラつかせながら、貪欲に。


== 雪美の回想終了、そして現在 ==


 凍てつく風が周囲一帯に吹き荒れる。


 気を抜けば肌身を凍らせるその力。


 発しているのは西洋甲冑を着込んだそれ。


 右手に長剣、左手に短槍を持った見覚えがあり過ぎる姿は、デモンズソフトと呼ばれるゲームに出てくる作中最強のボスと名高いそれに瓜二つ。


 きっと、あれはロボットでもコスプレでも何でもない。


 この膨大な魔力の圧迫感。

 如実にそれが本物・・だと物語っている。


 嫌な予感に突き動かされる形で祈さんを連れ戻しに林道を駆けている途中。


 ピリつく空気を感じ、最短距離で雑木林を抜けてここに来た。


 一体、何がどうなっている?。


 訳が分からない。


 が、今は理解よりも警戒だ。


 気を抜いた瞬間、恐らく俺は死ぬ。


 本能がそう告げている。


「あ、あんたは祈の……なんでここに………てか、寒っ」


 凍り付いた男を長剣で薙ぎ払い、俺を警戒する様に見つめてくる「つらぬきのソフト」らしき何か。


 それに最大限の警戒を向けている最中、後ろで凍え震える四人を気にしてる余裕は俺にはない。


 男の方は間に合わなかったが、後ろの四人はなんとか大魔力の波動から庇えた。


 祈さんの姿が無いことだけを確認して、俺は目前のそれへと全集中。


 圧倒的な格上感。


 それをひしひしと感じつつ、出来ることだけに意識を向け、構える。


―――カチャ、カチャ、カチャ。


 佇むことを止め、一歩一歩近づいてくる貫きの騎士。


 不思議と黒衣の青年の姿がそれと重なって見えた気がした。


―――ッス。


 針に糸を通すかのように喉仏へと伸ばされた正確無比な長剣の切っ先。


 俺は身を捩り、寸ででそれを避ける。


 ギリギリだが反応できた。


 一方的に各上から殴られた時の苦い経験が生きたということだろう。


 くそったれ。


「なにこれ~、ドッキリ?」


「てか先生崩れてるんですけど、うける、……本物じゃないよね?、え?」


「わーお、アクション映画のワンシーンみたいだった」


 一撃離脱した貫きの騎士。


 距離を開けて再び警戒する様にこっちを見てくる間、背後から呑気な声。


 状況が状況だ。


 理解できないのも仕方がない、が、空気が読めなさすぎている。


 少々にして耳障りだ。


「おい、祈さんは?」


「え?なに?祈?」


 再び貫きの騎士が攻撃を加えてくる前に、知りたいことだけを後ろの四人に聞いておく。


 助けられるのか、助けられないのか。


 それを知れるだけでこの状況も変わってくる。


 優先するべきことを見失うな、俺。


「さぁね、その辺でくたばってんじゃない?」


 適当な感じでそう返してくるのは褐色のショートヘアな女。


 謎に俺への敵意が透けて見える。


 初見でも思ったがなんだこいつむかつくな。


「あ、あの……祈ならさっき配信で頂上の屋敷に入って、それで、あの…倒れて、配信切れちゃった……救急車呼んだ方がいいかも…」


 混乱した様子で学校でも取り巻きをしていた内の一人。


 それらしい情報を晒してか、隣の褐色肌に睨まれ黙りこくった。


 成程。


 祈さんはどうやら榊の本家の門を生きたまま潜ったらしい。


 そして倒れた、と。


 考え得る最悪の状況じゃねぇか。


 あの差別主義者が集うところに只の人が無事でいられるはずがない。


 今頃、どんな目にあっているのか想像に難くない。


「そう、ですか」


 黙りこくりはしたが、ちゃんと答えてくれた彼女にそう返し、俺は迷う。


 戦闘継続か、逃避かを。


 前者はまるで利が無い自己満足。

 後者は四人を囮にする人道に反した行為、逃げられる保証も無い。


 自己満足で死ぬか、一か八かに賭けて無事かどうかも分からない祈さんを連れ戻しに行くか。


 どうする、俺。

 迷っている暇はもうないぞ。


 覚悟を決めろ。


―――「久しいなぁ、ブ男」


 体を力ませ、拳に力を込めようとした瞬間。


 隣の雑木林から人の声。


 咄嗟に貫きの騎士同様に視線をやると、太木の枝に座る灰髪の少女が一人、白衣を揺らしながら俺のことを見降ろしていた。


 見覚えのある面だ。


 俺が本家から出ていく間際、ぶっ飛ばされて泣きっ面を晒したやつのそれだ。


 俺よりも年下な巫覡。


 名前は忘れた。


 でもまた会うことになるとは、しかもこの状況で……最悪だ。


「尊き血を呑んだ不届きな娘、それを探してここまで来たのであろう?、そして今しがたそこの者に空足を踏んでいると、違うか?」


 人を小馬鹿にしたような態度で上から巫覡。


 貫きの騎士を警戒しつつ、だからなんだと言葉を返す。


「この地に足を踏み入れたものは煮るも焼くも天の自由、そこの鬼退治、余が手伝ってやろうか?」


 思わぬ提案。


 幼いといえど、こいつは巫覡。


 力ある存在だ。


 純粋な勝負であれば、俺に勝ち目がないほどにその力は恵まれている。


 手伝ってくれるというのなら是非もない。


 二人ならこの化け物染みた魔力を発する存在もなんとかなるかもしれない。


 しかし、なんの利も無しにこいつが見下し嫌悪する俺に手を貸すとは思えない、…何が狙いだ。


「手を貸す条件は一つ」


 訝しむ様な視線をチラチラ送っていると、巫覡は右手を上げ、人差し指を立てた。


 ほらきた条件。


 狙いが何であれ一応聞いておく。


「貴様があくまでも弟と宣うのなら、その兄をこの地に連れてこい」


「うちの兄貴に何のようだよ」


「小蠅が一々、詮索するな、不愉快極まる」


「そうかよ、じゃあ断る」


「断るのならここで無様に死んで行け、余は何も手伝わぬ・・・・


 巫覡は俺の生意気な返しに特段、憤ることはせず、口元に笑みを添えそう口にした。


 俺の答えが分かっていたのだろう。


 希望を見せておいてからのなんとやらってやつだ。


 本当にこいつらは性根が腐ってる。


 こんなのが集まってるところに染まりやすい兄貴を連れてくるくらいなら、死んだ方がましだ。


「せめてもの情けに、後ろの虫けら共を片付けてやろうか?、多少は勝機の目も――」


「気が散る、黙ってろ」


「……っふん、ブ男の癖に生意気な」


 苛立たし気に鼻を鳴らし、枝の上で横になって寛ぎだした巫覡。


 見世物じゃねぇんだよ。


 手伝わないなら消えろ邪魔クセェ。


「え、なにあの子、迷子?」


「てかこの状況、意味不なんですけどぉ、早くネタバレして帰らしてくんない?」


「先生ーー、もう出てきて良いって、ドッキリとかだるいんですけどーー」

 

 虫けら扱いされた背後の四人。


 今の状況に慣れてきたせいか、情報をくれた一人を除いてウロチョロ喚きだした。


 警戒心も何もあったものじゃない。


 平和ボケにも程があんだろうが。


 少しは空気を読めってんだ馬鹿野郎。


「お前らッ、下がっ――」


 馬鹿三人に警告しようとしてできた一瞬の隙。

 

 そこを突くように、貫きの騎士の左腕が動く。


 短槍だけが俺の首目掛けて飛んできた。


 そして俺は今更ながらに気が付く、無意識にゲームのボスと目前のそれを関連付けしていたことに。


 初動の動きに、さっきの突きのモーション、そしてカウンター狙いの待ちの姿勢。


 幾度も兄貴の配信で見てきた動きだったからこそ、少なからず飛び道具はないと、謎に高を括っていた。


 無意識にとはいえ、使えないゲーム知識を現実に持ってくるなんて、どうしようもない馬鹿だ、俺は。


 故に反応が遅れる。


 間に合わない。


 走馬灯が脳裏を駆け巡る。


 死――…、


「ふむ、間にうたか」


 景色がゆっくり流れ、死を悟ったと同時。


 誰ぞの声が一つ、ふわりとこの場に降り立った。


 そして、首の皮一枚を貫き止まる短槍。


 止めたのは天から舞い降りてきた一人の少女の様な少年。


 日の光で煌めく白髪を持った彼は、石竹色の瞳を白く長い睫毛でゆっくり隠し、か細い息を吐いた。


 一挙手一投足から目が離せない。


 敵味方関係なく、貫きの騎士も、巫覡も、中学生四人も、そして俺も。


 神々しいオーラを纏った兄という異次元リエルノの存在に意識を囚われる。


「SKを連れ、さっさと帰るぞ小僧」


 気だるげに口を開くと、リエルノは休ませるように伏せていた瞼を上げた。

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