第83話 SKのリアルホラー配信
『わ、わわ、私の名前は!
ケロペロス・SK・バレット!!
世界一のアイドルを目指すもの也!!
き、気軽にSKとでもよよ、呼べい!!』
男が運転を務めるその車内。
SKのクラスメイトの一人、伊藤佐奈が暇つぶしにと、スマホでとある動画を垂れ流す。
再生された動画はSKがVTuberとしてデビューした時のそれ。
取り巻きの少女たち四人は、興味津々といった様子で動画を視聴。
そして、数秒後。
車内は爆笑の渦に巻き込まれた。
ぎこちなくも一生懸命に配信するVTuber。
少女たちはそれの中身を察し、腹を抱えて大笑い。
後部座席で一人うつむいていたSKは、なぜ自分の配信が流れているのかと疑問に思いながら、知人に配信を観られた羞恥により、顔を真っ赤にさせて俯く。
「ははっ、これあんたっしょ?、なんかショート流し見してたら偶々この動画の切り抜きが流れてきたんだよねぇ、
恥ずかし気に俯くSK。
佐奈は振り返り、嘲笑を浴びせた。
そのいかにもな態度に、SKはムッとした表情を作って顔を上げる。
「べ、べつに恥ずかしくなんてないからなッ、笑いたかったら笑えばいいッ、私は気にしないッ、ふんッ」
名前が売れてくれば、知人に身バレなんて話はよくあること。
SKはこれも世界一のアイドルVTuberになるための試練と受け取り、腕を組んで堂々とした態度を周囲に見せつける。
尚、その愛らしい顔は熟したトマトの様にまっかっかであった。
「何こいつぅ、超生意気~~」
「そういうところが周りに嫌われる理由だってそろそろ気づいた方がいいよ?」
「絵被ってるやつが調子のんなって、キモいだけだから」
「……登録者40…万、…ふーん」
達勢に一人、次々と浴びせられる辛辣な台詞に、SKはシュンっと肩を落とした。
「先生、先生ッ、ちょっとこれ見てよー、祈のやつVTuberやってて超ウケるんですけどー」
ひとしきりSKをイジッたあと、佐奈は運転席に座る男へと抱き着き、スマホの画面を見せつける。
「佐奈、危ないだろっ、運転中に視界を塞ぐな」
「ちゃんと見てくれないからでしょー、もー」
「…だからって、お前なぁ……はぁ」
何処か疲れた感じの先生と呼ばれている男。
中学生にタクシー替わりとして使われるのは今日が初めてではなさそうだ。
なれた感じで佐奈をあしらいつつ、彼は無事故を心掛けて運転に集中する。
「何見てんの?」
大人の男とイチャイチャする中学生。
なんとなしにモヤモヤしながらそれをチラチラと見ていたSKは、ぷいっと顔を背け、「別にみてない」と返した。
「……ふーん」
―――バチンッ。
顔を背けたSKの頬へ、佐奈の強烈なビンタが炸裂。
華奢な体を持つ少女の体が大きく揺れた。
「さっきの分、これでチャラにしてやるよ」
さっきの分。
それは学校でSKがへっぴり腰の中で佐奈へと見舞ったビンタのことだろう。
蚊も殺せぬようなそれと、人ひとりが軽く吹き飛ぶようなそれ。
まったく割りにあっていないが、この場においてそれを指摘する者はいない。
あまりの暴力に思わずSKは泣いてしまう。
「………すんッ、……すんッ…ひっく」
「可愛い面でお得意の泣き落とし?キモいんですけど」
「ち、ちがう……目が…ひっく……痒いだけ」
「そうやって悲劇のヒロイン装って、何人の男をとっかえひっかえしてきたんだ?あぁ?」
「して、ない……」
「嘘つけよ、ならさっきあの時の
私情を多分に含んだ佐奈に雪美のことを指摘され、SKは口籠る。
下手なことを言うと、
面倒ごとに巻き込んだらきっと嫌われる。
嫌われたらもう遊んでくれない。
仲良くしてくれた数少ない子たちがそうだったように、美春も傍から離れていくだろうと思い、SKは反論することを止めた。
「口答えの次はだんまり?……お前、ほんとムカつくなぁ」
すすり泣くだけで口を開かなくなったSK。
その様子を見て、佐奈は心底気分が悪そうに舌打ちをし、上げていた腰をいらただしげに座席へ落とす。
すすり泣く少女にイラ立つ少女。
少しの間、車内が静まり返る。
走行音だけが鮮明だ。
取り巻きの少女四人も、ギャップが激しいリーダーにどう対応したらいいのか頭を悩ませる。
運転中の男は我関せずを貫くスタンス。
程よくクズの香りがするのは誰かの気のせいか。
「…ねぇ、祈、あんたさぁ、…榊天山、って知ってる?」
気まずげな空気が漂う中。
不意に佐奈がそれを和らげるように、口を開く。
意地わるそうな笑みを浮かべながら。
「そこに行った人はどうしてか、かなりの確率で失踪するんだって」
割とオカルト的なものに興味があるSK。
鼻をスンスンとさせながら耳を傾ける。
「都市伝説的な話だけど、二十年ぐらい前、実際に親戚が一人、その榊天山って山で失踪したとかうちのお母さんが言ってたから割とガチ目な話ね」
「……すんッ……今も、失踪?」
SKの問いに、佐奈は軽く首を横に振る。
「失踪してから一週間後、その山の近くの川で溺死した状態でみつかったってさ」
「……溺死」
「川で溺死、これぐらいなら偶に聞く話なんだけど、その川、せいぜい膝下ぐらいの水量しか無いらしくて、二十歳を超えた大人の男が溺れるには少し無理があるんだよねぇ」
「…へ、へぇ……ごくりっ」
「そして更に変なことが続くように、その溺死した男の親戚の母親がとある晩、交通事故で他界、その次の日、父、娘、祖父、祖母がいる家が全焼、溺死した男の家族、みーんな死んだって」
「……え」
何とも奇怪すぎる話。
偶然おきたにしては少し出来過ぎている。
必然的に、何者かの関与が疑われるが、佐奈は最後に事件性は
「うわ、何それ…初耳なんですけど佐奈、マジなん?」
「まじまじ、何なら今からお母さんに聞いてもいいよ?、それに探せばどっかの古いネット記事にも、それとなく記録が残ってたと思う」
「割といまから行くとこやばくなーい?……帰らん?」
人が確かに失踪し、死んでいる。
しかも知人の血縁の家一つ丸ごと消え去った。
都市伝説な話に僅かな信憑性を感じたSKと取り巻きたちは、同時に息を呑み、鳥肌を擦りながら、紛らわせるようにキャッキャと談笑。
因みにSKは談笑に混ざれず、一人でキョロキョロ君。
「祈、あんた配信者なんだしさぁ、ちょっと一人で頂上まで配信しながら登って来てよ」
「……え?」
佐奈からの突然の振りにSK困惑。
「肝試し目的でうちらも行こうってなってたんだけど、やっぱり怖いじゃん?、でもあんた割とこういう系、好きだったっしょ?」
「…え?、…ま、まぁ好きだけど………一人で?」
ホラー耐性は散々にやったデモンズソフトで多少なりともついているSK。
しかし、一人でそんな怖そうな場所に行くとなると、ゲームの経験なんてなんの役にも立たない。
SKはみんなが来てくれるなら…と、ごねてみるが、佐奈の「一人でいけって言ってんだろ」の一言で顔を俯かせた。
「うちら車であんたの配信観て待ってるから、逃げたり、変なこと言ったらわかるかんね?」
「……配信しないとだめなのか?」
「行ったって証拠ないと駄目っしょ、それに、VTuberのリアルホラー配信なんて目新しいんだから、あんたもやって損ないんじゃないの?」
VTuberがリアルで動画を撮るのは目新しさはあれど、諸刃の剣。
一歩間違えれば、理想を求めていた視聴者を幻滅させかねない。
視聴者が求めているものは、夢野祈という人物ではなく、あくまでもケロぺロス・SK・バレット、というキャラ。
少しでも理想と現実が違えば、リスナーはたちまちアンチと化してしまう。
VTuber好きな者達は基本的に肯定的で優しい人格を持ってはいるが、非常に繊細な生き物としてとり扱う必要がある、とSKは実の兄から教え込まれた。
故に、そういったリアルな配信はできればしたくないなぁ、とSK思う。
しかし――…、
「やれよ」
「………あい」
佐奈の脅し、周りの空気感。
SKはしぶしぶといった様子で頷くほかなかった。
「てかさー、この祈のコラボ相手?、キモすぎな」
「今時こんなちゃっちぃガワで活動してるVTuberとか初めて見たわ、うける」
話がまとまったのを期に、話題探しにSKの過去のアーカイブをそれぞれ漁り始める佐奈たち。
毎度の様にコラボしていた豪傑のラッシュを見つけては、そのイカレタ言動と行動に大爆笑。
ラッシュを馬鹿にしていいのは私だけだッ、とSKはキョロキョロ君になりながら内心で叫んだ。
「この頭オカまじキチ、やばい、逆に好きかも……って、登録者200万?…え?」
「きになってチャンネル飛んだら別のキャラ出てきたんだけど、祈、これなに?」
細部までSKの配信を観ていなかった佐奈たち。
よくよくちゃんと観ていくと、いかにも小物臭いラッシュというVTuberが只者ではないことに気が付いていく。
「ラッシュは私の妹だッ」
馬鹿にしていた人が実はすごい人。
SKはびっくりする佐奈たちをみて、満足そうに無い胸を張り、声高らかに宣言した。
「…なに自慢げにしてんの?、うざっ」
「あー、おもんねぇ~」
「やめやめVTuberとか興味ないからどうでもよー」
「どうせ登録者買っただけっしょ?、個人でこんな行くわけねーから」
「…200万……声かわいい……」
多勢に一人、SKはシュンっと肩を落とした。
車内の話題はVTuberから別の方へ。
一人を無視して、会話は展開。
SKは再びキョロキョロ君になった。
「……」
和気藹々とした車内風景も見飽きた頃、SKはそれから目を背けるように、窓の先へと視線を送る。
車内から見える景色は街道から徐々に林道へ。
流れていく榊天山の麓入り口付近の様子を、ただただボーっとSKは眺め続ける。
「……美春」
寂し気に呟かれる台詞。
誰にも拾われることなく、車は進む。
噂が絶えない山、榊天山へと一同は向かうのであった。
== 榊天山 ==
「んじゃ、うちらここでまってっから~」
榊天山に入って直ぐ。
これ以上、車で進入できない位置で、SKは一人車内から下ろされる。
鬱蒼とした森の中。
日中であるにも関わらず、薄暗さが目立つ。
耳を澄ましても小動物の声すら聞こえてこない不気味な雰囲気の中、SKは「さっさといけよッ!!」という佐奈の怒声に背中を押され、トボトボ山を登り始めた。
そして、佐奈達の姿が見えなくなったころ、ポケットからスマホを取り出し、軽くリハを行ったあと、言いつけ通り、森の中を撮影しながら配信を始めた。
若干にして知人に観られてるという羞恥心に擽られながらも、SKはいつもの如く、元気な配信を心掛けて大きく息を吸い込む。
SKのリアルホラー配信すたーと。
「コンペろ、コンペろ、コンペろ~、ポロライブ……じゃなくて、個人VTuberのぉ、ケロぺロス~、SK~、バレットぺろ~~っ、あーもんど、あーもーーんどッ」
ここ最近、実の兄からもう少し自身のキャラを立たせるように、とアドバイスを貰っていたSK。
手始めに挨拶から見直したらどうか、と言われた彼女は、参考資料にと、VTuber黎明期に活躍していたキャラの濃いライバーたちの動画をとことん漁った。
ガワのキャラを立たせるためにはどうすればいいのか?。
彼女は必死に考えた。
考え考え考えた末。
とある伝説的なライバーの挨拶を気に入り、トレースON。
結果、パクリ系VTuberの爆誕である。
【ケロぺロス・SK・バレット】
チャンネル登録者数40.1万人。
現在のライブ視聴者数8人。
≫こんペロー。
≫ゲリラ配信きtら。
≫そ、それはまずいですよ。
≫最近迷走が過ぎるってww。
≫ん?森?あんたどこにいますん?。
「バレッドさぷらーーいずッ!!」
【ケロぺロス・SK・バレット】
チャンネル登録者数40.1万人。
現在のライブ視聴者数108人。
≫さぷらいず来tら。
≫あぁ、そういうこと。
≫まいど君は突然が過ぎるんよ。
≫マンネリ化しないから俺は好き弾丸企画系。
≫突然リアル映像が流れたから事故かと思ったわ。
「今日は心霊スポットとしてそこそこ有名な山に来てるぞッ、今から一人で登っていくので、私が怖がらないよう沢山コメントしろッ!!」
【ケロぺロス・SK・バレット】
チャンネル登録者数40.1万人。
現在のライブ視聴者数2090人。
≫言い方よでもかわいい。
≫そこそこ有名な山ってどこや。
≫うおぉおおおわかったぁああッ。
≫VTuberのリアルホラー配信は草。
≫今日はラッシュじゃなくてリエルノ居らんのか?。
「山の頂上めざしていざがおぉーーーんッ!!」
【ケロぺロス・SK・バレット】
チャンネル登録者数40.1万人。
現在のライブ視聴者数3200人。
≫がおーーん。
≫がんばれーー。
≫かわいいペロペロ。
≫事故だけは気を付けるんやでぇ。
元気よく挨拶を終え、SKは自身の姿が少しでも映らないよう気を付けながら山を登っていく。
夏場であるにも関わらず空気は涼しげ。
奥に進むたびに、暗さがより目立つ。
随所で無言になりつつも、SKは獣道なところを通って山頂を目指す。
「うわっ…ちょっ……ぎゃぁーーっ」
徐々に斜面が酷くなっていく途中。
段差のある場所を蔦の様なものを掴みながら登っていたSKは、バランスを崩して背中から転ぶ。
配信画面が一回転。
かすり傷はつけど、「びっくりしたぁ」の一言を呟いて再び登る。
一瞬、白い何かが画面に映ったことも知らずに。
【ケロぺロス・SK・バレット】
チャンネル登録者数40.1万人。
現在のライブ視聴者数4400人。
≫あぶな。
≫大丈夫?。
≫今なんか白いの映らんかった?。
≫止めてみたけど人の姿っぽいんやが…。
常に撮影のため上げている片手。
険しくなっていく道程。
チャット欄へと意識をやることすら儘ならなくなってきた頃。
SKは山頂へと辿り着く。
「…はぁ、はぁ、……あれ、もう着いた?」
佐奈から聞かされていた山巓にあるという屋敷。
雑木林から姿を現したSKは、整備された道の先にある門をみて、息を整えながら一歩一歩と近づいていく。
【ケロぺロス・SK・バレット】
チャンネル登録者数40.1万人。
現在のライブ視聴者数4860人。
≫うぉーー着いたぁああ。
≫おん?この門見覚えが…。
≫道あるやんなぜ獣道をいったんや。
≫ここもしかして榊天山だったりします?。
―――ぎぎぎぎぃぃぃ。
「んぁ?、……門が勝手に……」
頑張って平べったい山頂に来た。
その喜びを視聴者たちと分かち合ったあと、目的を達したSKが踵を返した瞬間。
門が一人でに内側へと開いていった。
完全開門した先、何処までも続きそうな石庭。
何処か違和感のある風景に、SKは何かに誘われるように足を一歩一歩と進ませる。
そして、門を潜った瞬間。
配信にノイズが走り、通信が切れる。
SKは胸を抑えながら倒れた。
「いらっしゃい、待ってたよSK」
少年の様な少女の様な耽美的な誰ぞの声。
それが苦しみ倒れるSKへと近づき、掬い上げる。
再び門はひとりでに動き、二人の背を最後に閉門。
夢野祈ことケロぺロス・SK・バレット。
失踪である。
== 一方、佐奈達はというと… ==
「きゃははッ、あいつマジで馬鹿、うちらが待つわけねーだろーが、あはは」
「そのまま失踪してくれたらマジウケるんですけど」
「帰ってくるの大変そぉ、頑張って~SK……ぷぷぷ」
「ちょ、SK呼びうけるって、やめて、マジで、ははは」
榊天山から逃げるように走る車。
車内では、一人少女を置き去りにしたことによる話題で、馬鹿笑いが続いていた。
「…おい、佐奈、ほんとに待たなくてよかったのか?、この山、ほんとに失踪者が多いんだろ?、最悪、あの子…」
「はぁ~?、先生もしかしてアイツに惚れてんの?」
「惚れてる惚れてないとかじゃなくてだな、俺はただ…」
「別にいいじゃん、あいつが失踪しても野垂れ死んでもさぁ、先生には関係ないでしょ?、……それとも何、私のこと裏切りたいの?」
運転手としてここまでSKを運んだ男。
関係ないわけがないが、佐奈が冷たく発した最後の台詞に、思わず開けた口がふさがってしまうのであった。
再び続く少女五人の馬鹿笑い。
今も尚、配信している一人を心配するそぶりすら見せない。
女の世界は恐ろしい。
―――カチャ、カチャ、……ドガンッ!!。
暑さからしのぐ為にガンガンつけられた冷房。
若干の肌寒さを運転中の男が覚えたのも束の間、車が突然横の林から出てきた何かと衝突。
人影らしきそれを、盛大に吹き飛ばした。
車内に短く響く悲鳴。
男は車を止め、たった今、轢いたであろうそれを座席から口を開けてみる。
西洋甲冑を身に着けた何か。
男はダッシュボードを開け、次に車の扉を開けて、轢いたそれへと駆け寄った。
そして、僅かに身動きをとるそれの隙間に刃を入れ――…、
凍り付いた。
「せ、先生…?、…大丈夫?」
遅れて車内から出てくる佐奈たち。
動かなくなった男の背に、声をかける。
「ここより先は弱き者の世界………」
――甘さは無い。
誰かがそう発した瞬間。
林道の一部が氷の世界へと誘われた。
―― 後書き ――
咄嗟に息の根を止めて証拠隠滅を図ろうとした先生、怖すぎる…。
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