第82話 ラッシュな後輩

「ふぁ~~あ、……ねみゅ」


 不審者を排除した零のついでにチヤホヤされたあと。


 わららは欠伸をしながら、窮屈で仕方のなかった鬼の仮面を外し、それを背後に付いてくる零へと放り投げ、渡す。


 口やかましい小僧もいなくなった。


 自由じゃぁー。


「お疲れのご様子、零が抱っこしますが?」


「いぃ、自分で歩きとぅ」


「左様で」


 目に見える景色、それら全てが新鮮に映りよる。


 時代を超えたからではない。


 この何者にも犯しがたい日常がこの瞳にそう魅せているのじゃ。


 粗末な道を歩むことすら娯楽となり得る今、足を借りることなど勿体ない。


 もう少しの暇、わららわららとしてここに在りとぅ。


 目的を達するその日のためにも。


「用がございましたら、お声を」


 数度目の欠伸を溢していたら、唐突に背後から零が台詞を残し、わららの頭を撫で梳いたあと、もう一人・・・・の付き人と同様に距離をとった。


 一緒にまわるぞといっておいたのに自ら進んで離れおって。


 普段、過干渉が過ぎる癖にどういった風の吹き回しか。


 変に空気が読めん奴よの、零は。


 まったく。


「「「美春先輩ッ」」」


 行列の出来るコスプレ喫茶。


 列をなし、順番を待つ者達からの不躾な視線を一人浴びつつ、わららが美春のクラスへと舞い戻ると、途端に名も顔も知らぬ女子数名に囲われた。


 羨望の眼差しに、淡い情欲の香り、そして先輩呼び。


 察するところ、どうやらこやつらがわららに会いとぅという不届き者らしい。


 っふ、どうじゃ、間近で見る二成は。


 わざわざ足を運んでやったんじゃ、存分にチヤホヤするがよいぞ、くけけけ。


「私、雪美くんのクラスメイトの綾香って言いますッ、あ、握手してくださいッ」


「お久しぶりですお兄さん、いえ、美春先輩、…こ、今度みんなでお出かけ行きませんか?」


「昔、迷子になってるところを一緒に迷子になった風です、…覚えて、いますか?」


「あの…えっと……あ、あぁ……」


 我先にと話題を振ってくる女子ども。


 実に純粋な好意に、わららは頷くことを繰り返した。


 一人ずつ喋ってたも。


 聞き取れぬし、この眠気を誘う頭では思考が追い付かん。


「お、ハル戻ってきたか」


「ミー君、遅いよぉ」


 あれやこれやと話題を振ってくる女子に割って入ってくる形で、ドラキュラ伯爵な風貌をした藤ノ原連と、天使の翼が生えた草田花子が声をかけてきた。


 一瞬、女子どもの顔が険しくなったが、イケメンな藤ノ原連を見上げて、マシンガントークを止め、次に草田花子をみて真顔になった。


 女の真顔ほど恐ろしいものはない。


 未だ幼いと言えど、こやつらの戦いは水面下で既に始まっておるのだ。男が鼻をほじくっている間にも。


「わりぃんだけどよ、俺そろそろバスケ部の出店にヘルプ行かねーといけねぇんだわ、ちょっと変わりのやつが来るまで、配膳だけでも頼めっか?、多分すぐ来ると思うからよ」


「看板猫するだけで良いって言っておいてごめんね?、私もミスコンで出なきゃいけなくて人手が…」


「よかろう、配膳のプロに任せておけ」


 招き猫にも飽いていたところ。


 わららはどんと胸を張って配膳の務めを請け負った。


「みみみ、美春先輩ッ、連絡先だけでも……交換、しませんか?」


 これから忙しくなることを察してか、女子の中の一人、さっきから口籠っていた地味目な娘が恐る恐るといった様子で、スマホを両手に抱えて迫ってきた。


 目と鼻の先に顔。

 ちょっとちこぅ。

 人と人との距離感をまだ知らぬらしい。


 わららは右手の人差し指を地味娘の唇に当て、軽く押し返す。


 ッボ、っと火が出る音が目の前から聞こえた気がした。


 ギリッ、という奥歯を噛み締める様な音も、藤ノ原連と草田花子の方から聞こえた気がした。


 二成のさがにも困ったものよ、っふ。


「儚くも短い只人の生、焦るでない小娘」


「は、はぃぃ……」


 連絡先の交換。

 特に断る理由もなし。


 ついでに友達コレクションを増やしたいと思っていた美春のためにも、フルフルしておくか。


 わららは袖口からスマホを取り出し、小僧のクラスメイトである女子どもと一人ずつREINのIDを交換していった。


 打ち上げられた魚の如く全身で喜びを表現する女子ども。


 まったく、い奴らよ、っふ。


「美春先輩とレイン交換しちゃったッ、きゃーーッ」


「皆で遊園地、行く日が決まったらメッセージ送りますッ」


「お仕事、頑張ってくださいッ」


 キャッキャフフフギャーギャー。


 耳やかしくも心地よい台詞を残し、わららを呼びつけた女子どもが去っていく。


 チヤホヤされて、わらら満足。くけけ。


「あ、あのぉ…」


 去っていこうとする女子共の内の一人。


 前髪を伸ばした地味目なものが足を止めたと思ったら、スタタタッと戻ってきた。


「…ラッシュって、み、美春先輩…ですか?」


 何をするのかと思いきや、囁くように耳打ち。


 そして次に、ラッシュなWitubeチャンネル(今はもう二成チャンネル)が映るスマホ画面を、こっそり見せてきた。


 ふむ、まぁ、気づく者は気づくか。


「何故そう思う?」


「見た目と……声が、そ、そっくりで……」


「ラッシュにか?」


「いえッ、今の綺麗な感じの方、に……」


 前髪の隙間からチラチラと見える瞳。


 わららは勿体ぶる様に「さぁの」と返し、笑みを添えた。


 VTuberの中身に触れるは法度。


 内容がどうであれ、中身リアルをみせられて萎える者は一定数いると聞く。


 この地味娘のことなんぞどうでもよいが、目の前で萎える様なところを見せつけられるのも不快。まぁ、自ずから話題を振ってきたのだからそうなる訳もないじゃろうが。


 理想は理想のままに、といったところがこの場の答えとしては無難な返し。


 それに、美春は身バレを最も恐れておった。


 進んでわららが自身の嫌がることをするのも可笑しな話。


 最後の一線は超えずにおこうとおもう。


 現状、ほぼ曝け出したようなものではあるが、ラッシュが榊美春だということは公言も断言もしていない。


 あく迄、他人の空似を貫けばいいだけの話。


 人というものは、いつまでも疑ってかかる生き物。


 確かの証拠が見つからない限り、いや、見つかっても尚、しらを切れば何の問題も無い。


 ……え?「勝手にVTuberデビューしたりして美春の嫌がりそうなことばっかやってるお前が今更なに言ってんの?ウケる」、じゃと?。


 ……。


 喧しいッ!!黙れッ!!阿呆ッ!!馬鹿ッ!!。


「結構前に偶々ラッシュ…さんをみかけて、わ、私、その時からずっと応援してましたッ」


 内側で己自身と口喧嘩をしている最中。

 

 頬を朱色に染めながら地味娘。


 最後に深々と頭を下げ、「頑張ってください、これからも応援していますッ」と小声で言い放ち、そそくさと逃げるように去っていった。


 …ふんっ。


「好き好んでアレを応援するとは、変わった娘よ」


 身近にいたラッシュな娘。


 時が来ても、あれの加護は奪うことはせぬでおこうと、わららは思っ

た。


「後輩連中の相手は済んだか?」


「変なこと言われなかった?大丈夫?」


 女子共の相手をしている間、周りに引き継ぎの連絡をしていた藤ノ原連と草田花子。


 二人から色々と簡単に配膳のルールを聞き、わららはその後うぇいとれすとして励んだ。


 そして、転んだ。


 転んで転んで転んで転んだ。


 かわりの者が来るまでの間、盛大にお茶やらジュースやら料理やらを床に客にぶちまけ、最後には招き猫になった。


 ……。


 はにゃん?。


== 視点はかわって雪美 ==


「よぉ、前座くん、文化祭たのしんでるかー」


 兄貴の友人、祈さんを探している途中。


 校庭に設置されたライブ会場を横切った際に、嫌な奴――ギルティセブンスのボーカル、カイトさんに声をかけられた。


 無視してもいいが、一応は業界の先輩。


 少しでも顔を売っておいて損する相手でもないので、足を止めて振り返る。


「いやぁ、最近の子は発育がいいよねぇー、思わず手が出ちまうってこれじゃー、ははは」


「笑えない冗談ですよ、それ」


「おいおいマジになんなって、今、俺のバンド良い風が吹いてんだ、未成年に手を出して刑務所なんてオチだけは避けるっつぅーの」


 世間で売れ始めたギルティセブンスのボーカル、稲葉カイト。


 口ではそう言ってはいるものの、ちらちらと動く視線は女子中学生の姿を追っていた。


 その目がもし兄貴に向けられたらと思うと、ゾッとする。


「てか小耳に挟んだんだけどよぉ、お前の兄貴、なんかホモらしいなッ、ははは、うけるッ、あとで見せてくれよー、ははは」


 目の前でケラケラと笑う男。


 まるでうちの兄貴を見世物みたいに言ってくれる。


 ……うぜぇ。


「じゃ、おれこれから明日のためのミーティングあっからよ、終わりら辺にお兄ちゃん見せに来てくれや、面白かったらお前のバンドついでにSNSで宣伝してやっからよ」


 文化祭を盛り上げるために呼ばれたバンド。


 そのリーダーを今ここでぶちのめすわけにもいかず、俺は「じゃーな」と呑気に去っていく彼に軽く頭を下げてから、踵を返した。


 そして、再び祈さんを探しに校内を歩き回った。


== いつかぜってぇぶっ飛ばす(※音で) ==


「…祈さん、いねぇな」


 カイトさんと別れてから数十分。


 ある程度、校内を探し回ったが、未だに祈さんの姿が見つからない。


 もしや帰ったのでは?、とも思ったが、なんの連絡も無しにそうするわけないかと考え直し、再び歩き出す。


 そして、周囲を見渡しながら歩くこと数秒後――黒衣を纏った男とすれ違った。


――榊天山――


 横切った男から聞こえてきた言葉。


 つい最近、聞き覚えのあった声に、俺は足を止め、思わず振り返る。


 視線の先には道行く人々。


 そして、その僅かな隙間に見えた黒衣の切れ端。


 本家で世話になった黒衣の青年。


 それがいた、この文化祭に。


「……なんでいんだよ」


 日常に降って湧いた非日常。


 胸騒ぎがしてしょうがない。


 俺はそう思うと同時、嫌な予感に突き動かされるがまま、駆けた。


 目的の場所は二度と行きたくないと思っていた場所。


 榊の本家がある山。


 何がどうなってそこにいるのかは分からない。そもそもそこにいるのかも分からない。


 だけど、あの青年の台詞を無視するわけにもいかず、俺は祈さんを探しに榊天山へと向かった。


== 後書き ==

 榊天山、肝試しにはうってつけの場所。

 一人でに床上手になった美春もそろそろ戻ってくるようです。

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