第89話 久しぶりの我が家
「おっひさ~」
白の領域に幾千と点在する鳥居。
その一つを潜った先にある大きくて色鮮やかな屋敷。
「二度と会いたくない人が来た」
開けた外廊下で寝そべっていた屋敷の主こと二成の始祖。
彼女は裏庭へ向けた顔をそのままに、閉じられた瞳で降って湧いた竜神を感じ視る。
「随分と髪が伸びたね、若芽ちゃんな頃が懐かしいよ」
「無駄話をするためにここへ?、『白』への
「問題ない、とは言い難いね、一分一秒でも無駄には出来ない」
「ならさっさと消えてよ、目障りだからさ」
「酷いなぁ、万年ぶりの
足場がないほどに伸ばされた白い髪。
竜神はそれを踏まぬよう、丁寧な所作で拾いながら歩み、始祖の背後に腰を下ろす。
そして、時間が無いといいながら、彼女は黙々と髪を手櫛で梳き始めた。
傷むことも絡まることも無い白髪。
手入れを加える必要なんてない。
そのため、十分に肌触りを楽しんだら、最後は好みに結い上げてお終いだ。
「まだ僕のこと大好きかい?」
「大嫌いかもー」
「なら一つだけ教えてほしいことがあるんだけどいい?」
「嫌かもー、話通じてないかもー、言葉理解できてないかもー」
膨れるほっぺ。
竜神は両の人差し指でそれをツンツンしたあと、背後から始祖の首に両腕を回し、抱擁。
そして、その耳元に潤う唇を近づけた。
「榊美春、あれは一体なんだい?」
耳打ちで問われた内容。
始祖はダラけ切った表情を僅かに動かし、軽く笑った。
「孰れ集束する世界、齎すは今代、それは分かる……だけど、君が干渉するほどの価値があると?、あの
「どの代も等しく
「始まりの二成だからこそ出る台詞、リエルノ含む他の子はそう思ってなかったよ、外野を代表して僕もね」
シリアスな雰囲気を醸し出す竜神。
それでも始祖は興味なさげに「へーー」っと返す。
「自由奔放な君のことだ、気まぐれで榊美春に干渉したんでしょ?」
「さぁ~、どうだろうねぇ」
「リエルノでも星の進化は起こせる、あれは偶然その時期に産まれただけ、ならもう必要ない、違う?」
「必要ない子とか美春かわいそー、こんどまた慰めてあげなきゃ……っきゃ///」
「僕は榊美春を殺し、リエルノを再びこの世に顕現させる………、何か隠してるのなら言った方がいい、もしかしたら気が変わるかもしれない」
「特に隠してることなんてなんも無いよぉ~」
「なら僕はもう止まらない、いいんだね?」
「静止しても強引にまた走り続ける様な人が今更なにをいってるのさ、好きにしなよ、それこそ
「……そう」
力を緩め、始祖を腕の中から解放する竜神。
彼女は別れ際にプニ頬へのキスをすると、ふわッと宙へ浮かび、そのまま霞のように消えていった。
誰もいなくなった空間。
丁寧に、綺麗に、そして可愛らしく結い上げられた髪を少し弄った後、始祖は再び堕落を謳歌しようと横になり、裏庭の風景へと顔を向けた。
「自殺教唆を中止、からのここへ一方的な相談」
始祖は軽く息を吐き、言葉を紡ぐ。
「強引に近道をしようと足を進めるから本心を見失って遠回りになる、ほんと貴方は変わらず愚かな人だ、姉上」
ダラけ切った声音に表情。
それらを少しばかり引き締め、始祖は頑固で意固地な
== 視点は変わって榊美春 ==
「二成の
神輿で担がれわっしょいわっしょい。
ゆりかごの様な堂内で意識を失っていたら、あの灰髪女性に声をかけられ起こされた。
俺は寝ぼけ目を擦り、上半身を起こす。
そして、僅かに濡れた下半身に気が付き、木に掴まる蝉になった。
「あ、ちょ、あぁ、あのっ……」
みーん、みーん。
俺は蝉。
人間の言葉わからない。
「……」
誰でもいいからしばらく甘えたい気分。
それを察してくれてか、顔布を掛けた灰髪女性はたじろぎながらも、後頭部のあたりを優しく撫でてくれた。
久しぶりのこの感じ。
懐かしきかな母の温もり。
でも母じゃない。
母は何処?。
いつ帰ってくる?。
成長した俺、みてほしいな。
変わり果てた身体。
それを受け入れつつある自分。
母ならきっと、変わらず接してくれるに違いない。
え?親父の方は?、だって?。
さぁ、しらない。
俺ファザコンじゃないし。
「二成の尊、身内の二人がお待ちですが…」
みーん、みーん。
俺は蝉。
蝉に語りかけるとか人間ってオモシロ。
「…左様で」
堂内で二人っきり。
しばらく蝉として興じる。
みーん、みーん。
「神足りえる者には、二成の気は毒が過ぎます」
唐突に悪口言われた気がした。
お前の体は臭いんじゃ、って感じで。
きのせいかな?。
おり、蝉だけど毎日お風呂はいってるだよ?、お風呂大好きだよ?。
あ、もしかして、さっきのあれで………匂うのかな……はずかちぃ。
蝉な俺、俯きながらポロリと木から落ち、人間に戻った。
「しかし毒を征すれば、薬となる、……どうかこの先も変わらず寛大なお心で在られますよう、願います」
どことなく遠回りな台詞。
何かを伝えているようで、その実、事後の匂いがきついんじゃ、と言っているのかもしれない。
ごめんなたい。
もうこういった人様の敷地内では二度としません。
だから皆には内緒でお願いします。
気まずい空気の中、大勢に見守られながら神輿から降りる。
そそくさと潜ってきた門の前に立ち、自動で開かれる両扉。
挨拶は大事だと俺は知っている。
だから、最後に勇気を出して振り返る。
「運搬してくれてありがと、ばいばいっ」
揺れを少なく担いでくれた人。
飽きないよう演奏してくれた人。
行列をばらけないよう先導してくれた人。
そして、心配させまいと俺に最後まで一緒に担がれ、声をかけてくれた人。
全てに感謝と挨拶を口にし、俺は門を潜った。
「平穏で健やかなるよう、切に願います」
扉が閉まる最中に聞こえた灰髪女性の声。
振り返ると、全員が顔布を上げ、笑顔を見せてくれていた。
誰もかれも美男美女。
とくに灰髪の人たちは別格だ。
もしかしたらここは一風変わった芸能事務所か何かかもしれない。
ヤバ目な思想を持った黒髪美人さんが抱える金の卵かもしれない。
将来は有名人になるに違いない。
それほどの容姿を持っている。
「うひひっ」
俺は自慰で悪化したであろう印象を少しでも良くしようと、媚びる感じでにっこりスマイル。
またここへ来たとき、今度は一人一人に挨拶して連絡先を交換しようと心に誓った。
再び配信者として駆け上がるには売名行為は必須事項。
そしてそれをするには人との繋がりが大事。
名前と顔を覚えてもらい、何かの拍子でイベントにラッシュとして呼んでもらおう。
労せずして功をなす。
寄生虫万歳。
「雪美とSKはもう帰ってるのかな?」
重々しい音を立てながら一人でに締まる扉。
それを背後に、愚弟と居候のことを考える。
先に帰したみたいなことを黒髪美人社長さんは言っていた。
何となく信用できない、というのが本心。
とりあえずリエルノの記憶で一目見た
感覚を研ぎ澄まし、見えない糸の様なものを感じ取る。
すると見えてくるは見えてくる。
臍がある所から伸びる数百万の糸。
ギョッとしたのは最初だけ。
すぐにこれが、
「太い糸に……赤い糸…多分、二人かな」
他のものとは異なる二つの糸。
力を通じて触れてみると、雪美とSKの気が何となしに感じられた。
攻撃、防御、バフ、デバフ、サポート。
なんでもできる神力ってすごい。
「二人は既に無事帰宅…っと」
糸の先に感じる二人の正常な気配。
場所は安全地帯な我が家。
ついでに零さんも霞さんもいるようだ。
因みに親父と母のそれは探してみたけど見当たらない。
なぜだろう。
考えたくない。
「…ん?、……なんだ、この糸……なんか俺の部屋の天井に………」
余計な思考に顔を俯かせていると、不意に臍から我が家にかけて伸びる糸が六つあることに気が付く。
雪美、SK、霞さん、零さん、コマ君、で五つ。
五つのはずが六つある。
しかもそれは俺の部屋の天井に繋がっている。
「……」
なんだこれ、とは思うまい。
想像してはいけない。
考えてはいけない。
気づいてはいけない。
それに触れてはいけない。
なぜならこれは多分、
「よ、よぉし、帰ろうかなぁー」
空間と空間を紡ぐ技。
俺はそれを使わず、遠回りな徒歩を選択。
どうか玄関を潜る前にはいなくなっていてくれ、と神に祈るが、願い叶わず。
ホーンテッドマイホームに御到着。
どうやらこの世に神は居ないようだ。
俺はそのことを痛感し、夕食のいい香りがする玄関を潜った。
ただいま、我が家。
久しぶりにゆっくり出来るね。
え?、天井裏の件?、なんのこと?。
これからラッシュな再起を図るんだから俺は忙しいんだ。
余計なことを考えてる暇なんてない。
ホラー?、何それ美味しいの?、っだ、ふざけんな。
マイホームは恐れるものではなく、安らぎを得るための場、ちがうかー?。
「兄貴ッ!!」
「美春ーーーッ!!」
玄関を潜った先、犬よりも先に駆けつけてきた二人。
平気で死ねとか脅してくる黒髪美人社長さんのせいで相当に心配していたのだろう。
タックルをかます勢いで抱き着いてきた。
回避するわけにも行かず、直撃。
多分、あばら骨が二、三本は逝った。
ついでにSKに締め上げられる首の骨も逝った。
いらい、くるひぃ。
帰宅と同時に朦朧とする意識。
少女の手で絞め落とされる一歩手前。
二人の
加減をしろ加減を。
俺のこの体は誰よりもか弱いんだ。
今はラッシュじゃないんだ。
馬鹿野郎、この野郎。
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