第78話 活気づく文化祭

「美春に愚弟……どこいったんだ……まったくもうッ」


 一人寂しく二茂中学校の門を潜った夢野祈――SK。


 彼女は忙しなくスマホをタップしながら、きょろきょろと挙動不審な様子で学校の敷地内を歩き進む。


 美春やリエルノの前でする堂々とした態度は何処へやら。


 誰かに見つかるまいと、SKはコソコソ移動する。


 中々にインドア派な娘である。


「あっれ~、あんた祈じゃない?、久しぶりじゃーん」


 live音轟く校庭から校舎内へと差し掛かる間際。


 背後から親し気な感じで女の声。


 SKはビクッと肩を揺らし、聞き覚えのあるその声の主の方へと振り返った。


「……佐奈さな


 健康的な小麦色の肌を持ったショートヘアの女子、伊藤佐奈いとうさな


 彼女は短く折りたたんだスカートからすらりと伸びる脚を見せびらかす様に動かしながら、取り巻きのクラスメイト数名を背後につけ、SKへと近づいていく。


「こんなところで奇遇じゃん、また会えるとは思わなかったよー」


 親し気にSKの華奢な肩へと回される腕。


 傍から見ればSKと佐奈は仲良しプリルキュア。


 しかし、回された腕が徐々に細首を絞めていく様は、とても仲がいいとは思えないもの。


 猛獣に首根っこを咥えられた獲物。


 今のSKはまさにそれだった。


「急に学校に来なくなったからウチら心配してたんだよねぇ」


「…あぅ゛……うぅっ」


「でもよかったよ、…まだしぶとく生きてるみたいで、さ」


 締め上げる力をさらに強めて佐奈。


 彼女の取り巻きは、苦しむSKをみて「くすくす」と嘲笑。


 一部始終を見て通り過ぎる者たちは誰もそれは虐めだと咎めない。


 傍から見ればただ仲のいい集団。


 内情を察せるものは、せっかくの娯楽の場を台無しにしまいと面倒事を回避。


 結果、誰もくるしむSKには気付かないフリを――…、


「おい、邪魔だ、どけ」


「あぁ?」


 肩を組む二人の背後から少年の声。


 黒髪短髪に、不機嫌さを隠そうともしない不愛想な声音に面。


 私服姿の榊雪美が睨みを利かす。


「…だれ?、なんかよう?」


「出入り口でまむろって邪魔だつってんだよ、さっさと消えろ」


「ちょっと何その言い方、うざいんですけど?」


 自分たちのリーダー的存在である佐奈に向けられた暴言。

 

 取り巻きの女子たちは一斉に不機嫌さを表情に浮かべ、突然あらわれた雪美に睨みを利かす。


 群れる女に一匹狼な雪美。


 ここ最近、女尊男卑が何かと騒がれる日本では分が悪い展開である。


「なに?あんた、見た目がちょっと怖い感じだからってもしかして調子にのってる?」


「うわ、いるよねぇ~、こういう勘違いした男って、まじださぁ~」


「佐奈、佐奈~、コイツ囲んでいつもみたいに財布にしちゃおーよ、金持ってなさそうだけど、あはは」


―――ぺちんッ。


 クラスメイト・・・・・・達に嘲笑されるラッシュな弟。


 それをみて、SKはただ耐えることを止めた。


 言動は荒々しく在れど、暴力とは一切無縁で非力な少女。


 その彼女が、弱々しくも佐奈の頬を叩いた。


 文化祭ムードで賑やかな校内。


 異様にも、この場だけが静まり返る。


「ば、バカ女共なんかほっといて、いくぞ愚弟ッ!!」


「いい加減その呼び方止めろ、うざいんだが」


「いいからッ、早く美春のとこ案内しろッ!!」


「はぁ…だりぃ」


 何事も無かったかのように雪美の腕を引くSK。


 人ごみに紛れて消えていくその小さな背を見つめながら、佐奈は瞼をピクつかせる。


「相変わらずで安心したよ祈」


 台詞は穏やか。

 声音は不穏。


「さっさと死ねよ、てか殺す」


 ブチ切れた佐奈は、スマホを耳に当てた。


== 二人でテクテク美春リエルノの元へ ==


「おい愚弟、さっきのこと美春に言うなよっ」


「なんで?」


 人ごみを進む中、最近ハマった駄菓子な昆布を咥えながら、雪美はSKに聞き返す。


「……は、恥ずかしいだろ」


「虐められてることが?」


「私は虐められてないッ、いじられてるだけだッ!!」


「ふーん、あっそ」


「いいなッ!!、絶対言うなよッ!!」


「はいはい」


「なんだその適当な返しはッ、愚弟の癖にムカつくッ!!」


「愚弟呼びの方がむかつくは」


 頬を膨らませ、怒りに燃えるSK。


 美春が見たら恐ろしやの感想だが、雪美からしたらただの子リス。まるで怖くない。


「ん?、なんだか凄い人の数……なんだこれ」


 廊下を通れないほどの人の数。


 その奥から、黄色い悲鳴がギャーギャーと、二人の元に届く。


「カイトーッ!!サインくれーーッ!!」

「きゃーーッカイト様ーーッこっち見て――ッ!!」


 男も女も混ざって叫ぶは叫ぶ。


 聞き耳を立てなくても聞こえてくるカイトという名前。


 SKは首を傾げ、隣の雪美に誰だと問う。


「今回の文化祭の目玉、七番目の大罪ギルティセブンスってバンドのボーカルだよ、多分な」


「名前ダサいな、結構人気なのか?」


「下積み時代も浅ければ楽曲も陳腐、見た目だけでのし上がってきた連中だ、……たかが知れてる」


「愚弟、嫉妬心が丸見えだぞ」


「……うるせぇ」


 目の前で湧き起こる歓声。


 人気が無い筈はない。


 SKは馬鹿な美春の面影を雪美に見て、くすりと笑った。


「ここは通れそうにないな、別の道からいくか」


「えー、せっかくだからカイトってやつみていきたいッ」


「やめとけ、幻滅するだけだぞ」


「見た目だけでのし上がれるのに幻滅するのか?」


「中身の問題だよ」


「中身?」


「女癖が悪いで業界では有名だ、関わらない方がいい、特にあんたは」


「なんで私は特にダメなんだ?」


「可愛いからに決まってんだろ」


「そ、そうか」


 面と向かって容姿を褒められ、照れたようにSK。


 愚弟の大きな背中をチラチラ見つつ、トテトテとその後ろをついていく。


== にゃおーんな馬鹿の元へ ==


「金ならいつか払う、だから俺と付き合ってくれッ!!結婚してくれッ!!頼むッ!!」


 さっきとは違う意味で人が集まる廊下。


 SKと雪美は、呆然とその光景を少し離れたところから眺めていた。


「にゃおーん、ツケツケ詐欺師どっかいけにゃぉーんッ、商売の邪魔にゃぉーんッ!!」


 巫女で猫で美少女な男の娘――美春リエルノ


 容赦なく、目下で土下座して騒ぐ男を蹴り飛ばす。


 学生服を着た土下座男は、地面を転がりボロボロになるも、その立派に整えられたリーゼントだけは死守。


 そして、再び立ち上がってはまた土下座、からの愛の告白。


 周りはざわつき、近くにいた新米教員は静止を呼びかける声を止め、責任者を呼びに逃避を選択。


 カオスな状況がこの場では続いていた。


「おいッ、いい加減にしろッ!!、ハルが困ってんだろうがッ!!」


「警察呼びますよッ!?、ミー君に近づかないでくださいッ!!」


 リエルノを庇う形で藤ノ原連と草田花子。


 それでも土下座男は告白を止めない。


 シリアスな雰囲気なのにどこか笑える状況。


 周りはザワつくばかりだ。


「美春がまた馬鹿やってる、あいつはホントにおもしろいなぁ~」


「……他人のふりしてぇ」


 SKは笑い、雪美は呆れ。


 両者ともに理解が追いつき、にゃぉーんな馬鹿ことリエルノに近づいていく。


「おい馬鹿、仮面付けとけっていったよな?」


「にゃぉーん……って、小僧か、失せよ」


 突然現れた雪美にそっぽを向いてリエルノ。


 冷たい態度だが、どこか乙女チックである。


 にゃぉーんな姿を見られて恥ずかしいのだろう、きっと。


「おいてめぇッ、なに抜け駆けして俺の嫁さんに口きいてんだぁあ??」


 雪美の肩を掴んで土下座男。


 一瞬その体がブレた後、土下寝を繰り出した。


 土下寝、つまりは失神である。


「おい、あんたら、この気狂いの連れだろ?、もって帰ってくれ」


 土下座男の近くでアタフタしていた学生らしき男と女。


 それに声をかけ、雪美は床に転がっていた鬼の面をついでに拾う。


 そして、いやだいやだと抵抗するリエルノを無視し、この状況に陥ったであろう原因を面で蓋。


 これにて一件落着である(無理矢理)。


「美春はホントに面白いなぁ、見てて一緒に居て飽きないぞ」


「喧しいッ!!、わららは招き猫なんじゃッ!!、商売の邪魔じゃッ!!、どっか行けッ!!」


「なんだとッ!!お姉ちゃんに向かってその口の利き方はなんだッ!!、というか私を放っておいて一人だけ楽しむなッ!!、一緒に楽しめッ!!」


 SKの登場により、またも騒がしくなる状況。


 口論がヒートアップしそうなSKとリエルノを雪美がだるそうにしながらもしっかりと落ち着かせる。


「ハル、迷惑野郎も消えたことだし、休憩入れてユキたちと回って来いよ」


「む?よいのか?、わららが居らぬと売り上げ激減じゃぞ?」


「所詮文化祭、学校が潤うだけで学生には一円の特にもならねぇんだから、思い出作りを優先した方がいいだろ」


 ニカっとはにかむ爽やか系イケメンボーイ。


 どこかあざとい仕草に、クラスメイトの男子がヤジを飛ばす。ついでに列を作っていた中の男数名も。


「じゃ、じゃぁ私も休憩するから、ミー君、一緒に…」


「お前は何かとハルに突っかかって仕事サボってたろ、顔だけはそこそこいいんだからしっかり愛そう振りまいてちゃんとお客さんの接待しとけや」


「……っち、うざっ」


 険悪な藤ノ原連と草田花子。


 クラスメイトになだめられる二人を見届けたあと、リエルノは休憩に入る。


「ふぅ~、下賤な務めもわるくのぅ、なかなかに楽しめた、くかっかっか」


「美春、美春ッ!!、私は甘いものが食べたいぞッ!!」


「甘いものならさっきクレープ屋あったな、生クリーム無しのクレープ屋」


「なんだそれッ!!、生クリームなかったらクレープじゃないじゃんッ!!」


「丸く焼いた生地なんだから、生クリームが無くてもクレープはクレープだろ」


「生クリームが入ってないクレープは認めんッ!!、抗議してやるッ!!」


「疲れた体には甘味が常識ッ!!、わららも講義してくれるわッ!!、行くぞ、SKッ!!」


「SKじゃないッ、今は祈だッ!、馬鹿ラッシュッ!!」


「…誰か子守り役かわってくんねぇかなぁ」


 先走るバカ二人の背中を見て溜息を溢す苦労人こと雪美。


 彼はこれ以上の面倒事を避けるため、二つの細首を摘まみ上げた。


 文化祭はまだまだ続く。


 不穏な影を残しつつ。

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