第77話 チヤホヤふぃーばー

 二茂中学校の文化祭。


 美春のクラスはコスプレ喫茶をやるという。


 いまだ核たる美春は休息の時。


 仕方がのぅ故、代わりにわららがそのちんけな催しに出てやることにした。


 屋根裏の阿呆に、コスプレ用に着る衣装をツテあるところから持ってこさせ、準備は万端。


 宣伝役として招き猫を演じるだけの実に簡単な務め。


 わらら、巫女なニャンコを遂行せし者成。


「にゃぉーん、にゃおーん」


 浮かぶは浮かぶ。


 発情した蛆共の醜悪な面が。


 くけ、くけけけッ。


「ちんたらあるいてんじゃねぇーよッ、クソガキがッ!!」


「んにゃ゛ッ」


 どこぞのB級映画の主役を全うしたのち、再び小僧共と合流。


 いざ、有象無象に愛でられるよう、ニャンコの演技力に磨きをかけて通学路を歩む際中。


 後ろから寄って来ていた成人の男に突き飛ばされた。


 蛆虫に突き飛ばされた。


 わららが。


 この、二成が。


 馬鹿な。


 これは、現実か?。


「ミ、ミー君ッ!?、大丈夫!?」


「ハルッ!!」


 突然にして起きたあり得ない現象。


 小僧に半ば強引に付けられた仮面の下で、わららは驚きに目を見開き、口をあんぐりさせる。


 ……殺す。


「おい、おっさん」


 無法者への天誅を下そうと力む寸前、小僧が去っていこうとするその罪深き背に口を開いた。


「あぁ゛?、なんだてめぇ、こちとら忙しんじゃボケッ!、横一列になって道塞ぐんじゃねぇよッ、クソガキが!!」


 出勤前の苛立ったサラリーマン。


 現代社会の闇が垣間見える気がする。


 実に、耳障りな声じゃ。


 殺して今、楽にしてやろう。


―――パシッ。


 右手を上げた刹那、その右手を叩き落とされた。


 このわららの手を、叩き落とす。


 二成の手を。


 死にたいか?、小僧。


「邪魔になったのはわるかった、けど、大人げないことすんじゃねぇよ」


「あぁ゛!?」


「一声かければ済む話、うちの兄貴は繊細なんだ、謝ってくれ」


「うっせぇッ!!、てめぇら餓鬼どもと違って大人は忙しいんだよッ!!、死ねやカスッ!!」


 聞くに堪えない暴言を吐き散らかし、去っていこうとする無法者。


 謝罪一つなし。


 もう、処分してよいな?。


「……」


「……なんじゃ、小僧」


 蛆の掃除をしてやろうとしたら、小僧が振り向いてジッとこっちを見つめてきた。


 目は口程に物を言う。


 殺すな、と上から目線で小僧が訴えかけてくる。


――トクンッ、トクンッ。


「……ふんッ」


 催しの前。

 

 いらぬ騒ぎを起こし中止にでもなったら、台無しじゃ。


 わららは手を下ろし、力むことを止めた。


「おにぃが言ってた、サラリーマンは大変なんだって」


 最後尾でびくびくしていたSK。


 訳知り顔で、無法者を擁護する。


 ちっとはわららの心配をせい、戯けめがッ。

 

「事案発生ッ!!、あとで先生に言っておくから、心配しないでねミー君ッ」


「野郎、ハルに手出しやがって…、次あったらただじゃおかねぇ、胸糞わりぃ」


 美春のクラスメイト、草田花子。

 美春の元親友、藤ノ原連。


 二成を飾るふちとしては合格じゃ。

 

 せいぜいわららの気が立たぬよう、養護せい。


「あんま図にのんなよ」


 尊きその頭頂部にポンっと手を置き小僧。


 美春、これ殺していいか?。


「怪我はねぇな?」


「……当り前じゃ、この程度、心配される謂れは無い」


「そうかよ」


 冷たくされてからの、温い態度。


 中々に来るものがある。

 

 いや、ない、断じて来ないッ!!。


「というか小僧ッ!!、何故、着いてくるッ!!、目障りじゃ失せよっ!!」


 わららを迎えに来た縁二人。


 SKも行きたそうにしておったので連れてきた。


 しかし、この小僧は謎についてくる。


 呼びもしておらぬのに来おってからに。


 邪魔じゃ邪魔ッ。


「どうせなんかやらかすからなぁ、その見張りだよ見張り」


「見張りじゃとぉッ!?、小僧ッ、何様のつもりじゃーーッ!!」


「ま、まぁ、ミー君、落ち着いて?、雪美君もきっと心配してるんだよ」


「張り切ってんなぁ、ハル、完全にキャラになりきってんじゃねぇか、はは」


 生前含めた初めての学舎。


 そこに集う者共とのせっかくの催し。


 小生意気な小僧のせいで気分が台無しじゃ。


「美春と愚弟、ほんと夫婦みたいで面白いなぁ~」


「「どこが?」」


 空気も読まずSK。


 縁二人が真顔で否定する。


「夢野…いのりさん、でしたっけ?」


「あ、はい」


「ミー君は男の子で、雪美君も男の子だから結婚できませんよ?、兄弟だし」


「は、はぁ…、……いや、そんなことわかってるけど……」


 縁、名を草田花子。


 それに気圧されSK。


 なんか面白いから放っておく。


「おい、あんた、勘違いすんじゃねぇぞ」


「…え、なにが?」


「ハルと将来、結婚すんのは他の誰でもねぇ、お、おお………」


「お?」


「いつかぜってぇ、振り向かせて見せるッ」


「え?、そ、そうなんだぁ…、頑張れよ?」


 縁、名を藤ノ原連。


 それの盲言狂言に困惑のSK。


 くけけけ、愉快愉快。


 さっきわららを擁護せぬかった報いじゃ。


 二成の魅惑に取り憑かれた縁二人に、そのままつっかかれておれ。


「み、美春ぅ、こいつら何だか怖いぞぉ」


 情けない声を背後に聞きながら、わららは小僧と仲良く並んで学舎を目指す。


「って、恋人の様に並んで登校してどうするッ!!、ふざけるなッ!!」


「なんだ、どうした?」


 脱いだ仮面を叩きつけ、わららは小僧を置き去りに、先頭を一人行く。


 御することのできぬこの胸の高鳴り。


 まっこと難儀してならぬ。


 美春、どうしてこれなのじゃ。


 よりにもよって何故、奴の・・面影があるこの小僧を、なぜ……。


「仮面も衣装の一つ、必要な時以外、ちゃんと装備しとけって、ったく」


「…はぃぃ」


 わららは三度、鬼の面を叩きつけ、学舎を目指す。

 

== 二成の神 登校中 ==


 校門前に併設された簡易受付ゲート。


 テーマパークの開園前並に列を成す有象無象。


 わららはその横を縁二人と共に素通りし、初の登校を無事完遂。


 小僧は関係者用のタグを見せ、校庭に用意されたというステージへと向かった。


 SKは念のためにと藤ノ原連がとっておいた入場券で一般参加。列の最後尾で今尚、寂し気に一人ポツンと並んでおる。


「ハル、今更なんだが、ほんとに学校側で参加すんのか?…あいつら、まだ空気読めねぇぞ?」


「誘っておいて何なんだけど、無理しなくていいからね?ミー君」


 美春を心配して縁二人。


 あいにくわららは空けではのぅ故、問題なし。


 存分に主催側として興じるのみよ。


「おっすーッ、連!!、朝から学校一の美女と登校とは妬けるねぇ、このこのーーッ」


「勝手に妬けてろ、コイツとはマジでなんもねぇから」


「花っち、おはよ~、校門前見たぁ?、人やばくなーい?」


「みたみた、すごかったねッ」


「……」


 わららに目もくれず、縁二人にぞくぞくと群がる生徒共。


 飾りたる額縁がわららより目立つ。


 なんぞこれ。


 解せぬ。


「てか連、その滅茶苦茶気合入ってるやつ誰だ?」


「ハル」


「へぇ、ハルかぁ、……ん?、ハルってあのハル?」


「そう」


「まじ?」


「まじ」


 一斉に集まる視線。


 ようやく、わららが何者か周りが気づいたらしい。


 素顔を晒すには絶好の機会。


 この邪魔くさい面も、場を整え湧かすには丁度よき代物じゃった。


「くけ、くけけけッ」


 わららは込み上がる愉悦に我慢できず声を漏らす。


 そして、鬼の面を外し、登校中に磨いた技を披露する。


「にゃぉ~~んッ♪」


「「「「かわいぃい~ッ」」」」


 二成に見惚れて生徒たち。


 中には倒れる者がチラホラ。


 可愛くポーズを決めれば、膝を屈するもの数しれず。


 二成の神、ニ茂中学校にて爆誕。


 その後、全校生徒が集まる勢いで、わららの周りには蛆共が集まった。


 騒ぎを聞きつけた教員が来るまでの間、ひたすらチヤホヤされて楽ちかったぁ。


 直接受ける賛辞の嵐。


 ちあわぇ~。


== 文化祭開会式 ==


「であるからして、これで開会式を――」


「1、2、3、4ッ!!」


 全校生徒数百人が集う体育館。


 静けさが漂う中、舞台上に上がった校長の長話が終わる瞬間。


 外のステージに設置されたスピーカーを通して、爆音で流れる少年の声。 


 そして、続けて弾けるlive音に、生徒たちの万雷の如き歓声。

 

 二茂中学校文化祭、その幕が今、上がる。


「うぉおおッ!!もりあげっぞぉおおッてめぇらぁああ゛!!」


「「「うぉおおお゛!!」」」


 運動部を筆頭に、体育館を飛び出していく生徒たち。


 それを笑って見送る校長を始めた教員と、ボランティアとして集まったPTA数名。


 まっこと愉快愉快。


 皆揃って笑い、騒ぎ、被った皮を脱ぎ捨て、本来の姿を晒して楽しむ。


 祭りとは、こうでなくてはなッ。


 楽しゅうなってきたッ!!。


「まっつりじゃ♪、まっつりじゃ♪、騒げや、うったえやー♪」


 変則的、且つ大胆なバンド演奏。


 誰の耳にも残りやすいそのメロディーと演奏を背に、わららは即興で歌と舞を披露する。


「ハル、なんだその変な歌と踊り、面白れぇ、ははは」


「ミー君、…か…かわ…かっこいいよぉ」


「おれも歌って踊るぜぇ!!」


「きゃーッ、美春くん可愛いいぃ――ッ!!」


 縁二人、そしてその他もろもろと歌い、舞いながら、与えられた役を全うするべく、教室を目指す。


 二成の美貌、ここに示してくれるわッ。


 それでもっともぉーーと、チヤホヤふぃーばーじゃぁッ!!。


 くけ、くけけ、くかッ、くかっかっかーッ。


== 視点は変わって、他校の不良な中学生グループ ==


「おい、朝陽あさひ、噂のホモ野郎みにいこーぜー」


「え〜、うちホモ製造機に興味ないんですけどぉ、それよりスイーツ系食べにいこーよ」


「あーだこーだうるせぇ、勝手にしろてめぇら、俺は藤ノ原連とかいうイケすかねぇ奴に用があんだ」


 二茂中学校の校舎に足を踏み入れた他校の中学生三人組。


 絶滅危惧種にも等しいリーゼントをした朝陽という少年を先頭に、いかにもガラの悪そうな態度で彼らは廊下を進む。


 肩を切って歩く様は、某ヤンキー漫画の主人公とその両翼を彷彿とさせる。


 周りの者達は物珍しそうな視線を向けては、笑いをこらえていた。


「にゃぉーん、にゃぉーん」


 風を切ること数百歩。


 不良な中学生三人組は、廊下に出来たとある行列を目の当たりにする。


「うぉッ、めっちゃ並んでんじゃんッ!!ここ入ってみよーぜッ!!」


「うわぁ~だっるぅ~、他行こうよ、朝陽~」


「一年七組……ここだな」


 リーゼントな少年こと朝陽。


 組を記す札を読み上げ、行列を無視して肩で風を切る。


「え、ちょっとマジ?朝陽~」


「おいおい、ちゃんと並べよなぁー、お母さんに言いつけるぞー、朝陽が他人様に迷惑かけたってー」


 文句を言いながらも、朝陽に続く小ギャルとまじめな不良君。


 列をなしていた者達はなんだなんだと視線を送るも、目当ての人物が目前に迫るのを心待ちにして、面倒ごとに巻き込まれないよう静かに待機。


「にゃぉーんッ、お金落とせにゃぉーん♪」


「おい、あんた、ここに藤ノ原連ってやついるだろ、だせ」


「おっ、コスプレ喫茶じゃんここ、おぉーなんか感動」


「きゃはは、何その恰好うけるんですけどぉ~」


 やたら出来のいい巫女服。

 猫な獣人を模した耳と尻尾。

 風貌には不釣り合いな鬼の面・・・


 朝陽たちは珍妙なモノを見る目をしつつ、ロリ声な少女に絡みだす。


「客じゃにゃいにゃらどっかいけにゃぉーん♪」


「あ?、てめぇいまなんつった?」


「客にゃら列ににゃらんで金落としてけにゃぉーん♪」


「ふざけてんじゃねぇぞコラァア゛ッ!!」


 短気で有名な何処中の朝陽。

 

 二茂区一イケメンと名高い男と喧嘩するという実に下らない理由でわざわざここまで来た彼は、ふざけた態度を止めないロリ声少女の仮面をしたから上へと外しにかかった。


 カランコロンと音が鳴り、鬼の仮面が床を転がる。


 一瞬にして静まり返るその場。


「俺と付き合ってくださいッ!!」


 朝陽の声だけが、鮮明に廊下で響き渡った。


「一年七組に居ると噂の、どんな男も一目見ただけで虜にする男……、…まさか、いや、でも…どう見ても女の子……だから違うはず………かわいい」


「……性癖反転術式、百合開花………っぽ」


 怒声からの愛の告白。


 それを向けられた獣人ロリ声美少女は、「にゃぉーん♪」とかわい子ぶった。


 不良な中学生三人組。


 即落ちである。

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