第76話 G行為

「誰かを慰めたいとき、美春、君ならどうする?」


 常に下げられた両の瞼。

 おっとりとした感じの声音。

 のほほんとした力の無い表情。

 表と裏で分けられた白と黒の頭髪。

 背丈ほどに伸びるモノクロな三つ編み。


 俺でもなく、リエルノでもなく、幼女(二人)でもなく、成人でもない。


 俺に似た別の誰かさん。


 彼女は身に着けていた白黒の和装を、「しゅるしゅる」とはだけさせ、色白な地肌を晒していきながら口を開く。


 ……。


 なぜ服を脱いでいくんだろう。


 よく分からない。


 さっきから頭がボーっとしてて、上手く考えがまとまらない。


 とりあえずさっきの続き。


 ちゅぅちてぇ。


「男であれば女を、女であれば男に、結局のところ性欲を満たすことが、傷ついた心を癒すには丁度いい、とじぶんは思う」


 見慣れた感じがする少女の裸体。


 それを僅かに男体化なんたいかさせて誰かさん。


 横になる俺に、跨った。


「これはただの自慰行為、なんの恐怖も躊躇も遠慮も無く、ただただ快楽に溺れるといいよ」


 誰かさんと再びのキッス。


 ナメクジさん二匹が口内でこんにちわ。


 濃厚に絡み合う。


 とろみのある液のやり取り。


 甘い味がするのは気のせいか。


 ポカポカしてきて頭が更にボーっとしてきた。


 体の力が抜けていく。

 

 もう、なにも考えられない。


 頭の中が真っ白っぽっぽ。


 求めることがやめられない。


 求められることがやめられない。


 この口いっぱいに広がる甘味なる液が、俺の本能を刺激する。


 もっとほちぃ。


 もっともっとたくさん。


 甘い蜜を求める蜂さん。


 俺は気づけばそれに成っていた。


 ぶーん、ぶーん。


 おみちゅもっとほちぃ。


 ぶーん、ぶーん。


 ちあわぇ~。


「……美春?、蜂さんになったら、慰められないんだけどぉ…」


 畳が敷かれたどこぞの広々とした部屋。


 そこへ置かれた布団の上に咲く白黒なお花さん。


 蜂さんは、ちあわぇ~な頭でその周りを飛び回る。


「おみちゅ、欲しいんじゃないのー?…飛び回ってたら貰えないよ?おいでー?」


 ぶーん、ぶーん。


 もっとおみちゅほちぃ。


 ぶーん、ぶーん。


 でも空飛ぶのも楽ちぃな~。


 ぶーん、ぶーん。


 ちあわぇ~。


「蜜を求める蜂さんがなんで飛ぶことの方を優先させるのさぁ、……我ながらじぶんがよく分からないなー」


 しゅるしゅるお着換えお花さん。


 なんだか元気なさげに項垂れている。


 蜂さんは羽音を立てて、元気が出るおまじないをかけた。


 げんきになぁ~れ、ぶーんぶーん♪♪。


「まぁ、こんなじぶんも悪くないけどー」


 お花さん口元を緩めて嬉し気。


 おまじないが効いてよかっらよかっら。


 ぶーん、ぶーん。


 ちあわぇ~。


「っよ」


――パシっ。


 ぶんぶん飛んでたら、お花さんがジャンプしてきて捕まえられた。


 なに?どうちたの?遊んでほちぃ?。


「っふっふっふ、おいしそう、じゅるりーっ」


 飛び回る蜂さんを捕まえたお花さん。


 どうやらこのお花さんは食虫植物だったらしい。


 蜂さんを捉えて口から涎を誑している。


 こわい。

 たちゅけて。

 マイヒーロー。


「冗談はこの辺にー、それよりもシリアスな話を少しだけしようか、美春」


 蜂さんをペロリと舐めてお花さん。


 話をしたあと食べる気だ。


 こわい。

 たちゅけて。

 マイヒーロー。


「物語に始まりあれば、終わりあり」


 怖がる蜂さんよしよしお花さん。


 おっきい屋敷の中を一人歩きながらお喋り開始。


 何やら語り口調な感じ。


 絵物語でも読んで聞かせてくれたり?。


 蜂さんわくわくすっぞぉ。


「美春が高校を卒業する丁度その頃、隔たれた幾つもの世界が一つに集束し、拡張する」


 高校を卒業?。

 隔たれた世界?。

 集束し?、拡張?。


 ……。


 ふぁ~あ~~あぁ~…ねみゅ。


「神々を導く二成の神、それが齎す星の進化・・・・


 ……。


「そこに至るまでが始まり、そしてその先は終わりを紡ぐための物語」


 ……。


「始まりの始まりがじぶん、そして終わりは……って美春、話きいてる?」


 くぅ、すぴー…くぅ、すぴー。


 マイヒーロー、たちゅけてくれてありがとほぉ~、…かっこいぃ、しゅきぃ……くぅ、すぴー。


「パクパクパク、寝たらねふぁららめぇー」


 蜂さんを甘噛みお花さん。


 おねんねしてるところを食べる気だ。


 あともう少しで食べられるとこだった。


 あぶにゃぁ、あぶにゃぁ。


 ふぃー。


「人の話は聞かなくていいけど、じぶんの話ぐらいしっかり聞いてよー、もー、ぱくぱくっ」


 ごめんなたい。


 反省してます。


 だからもう甘噛み止めて?。


 おいちくないよ?。


「やーれやれ、馬鹿な美春にもしっかりと伝わるよう、一言でまとめてあげるからよーくお聞き?いいね?」


 常に閉じられている瞼。


 それ越しから謎に伝わってくる真剣な視線。


 蜂さんは両の耳をかっぽじって聞く姿勢に入る。


 というかいま馬鹿っていった?。

 蜂さんは馬鹿じゃないよ?。

 人語を操る天才だよ?。

 馬鹿っていう方が馬鹿なんだよ?。

 え?、じゃぁお前が馬鹿じゃん?。


 ……。


 ほんとらぁ~。


「高校卒業後、美春の親しい者は皆死ぬ・・・


 ……あぅ?……みんな…え?、蜂さんの…え?。


「ふふ、少しは頭も冴えてきたー?、ならもう一言というかアドバイスを伝えておこーかなー」


 お花さん…、では無くて誰かさん。


 とても看過できない発言のせいか、思考がクリアになっていく。


 蜂さん…じゃなくて、俺のなんだって?。


「親しきものを死なせたくないなら―――子を孕め」


 子を、孕め?。

 

 えっと、俺は男なんですけど…。


 そんなこと出来るわけがないんですけど……え?。


じぶんの幸せはじぶんが一番願っている。だからこそ、君が弟としてみている彼とがいい。きっと体の相性は抜群だ」


「え、ちょ、ちょっとまっ……」


「親しき者が皆死ぬか、弟君の子を孕むか、定められた道は二つに一つだ、美春」


「だからッ、ちょっとまってってッ!、さっきからなにを言――むぐッ!?」


 誰かさんの妄想狂言に付き合わされる俺。


 そんな不思議があってたまるか、と抗い講義しようとするが、その口を塞ぐように、三度目の口づけが交わされた。


「大丈夫、慰めついでにじぶんが女心をほんの少しだけ思い出させてあげる、そうすればきっと、気持ちの整理がつくはずさ、多分」


 いつの間にか屋敷の中庭。


 そこで俺を押し倒し、草むらの中、再び服を脱ぎだす誰かさん。


 さっきお預けを喰らったせいか、止まる気配が微塵も無い。


 まってくれ。


 いまいちこの状況と誰かさんの発言に理解が追い付いてないんだ。


 だからそんな…えっ、なところ、さわらないでぇッ。


「これは自慰行為、何処まで行っても所詮、自分自身との対話でしかない、……飽く迄お互いの肉欲に溺れ合おう」


 あれほど耳障りだったはずの声。


 それが艶めかしく耳元で囁かれ、反射的に反応してしまう。


 鏡越しに見る己の姿。


 実際に会って目前にして見ると、そこまでの嫌悪はない。


 むしろ今は。


 そそられてしょうがない。


 ………ごくりっ。


「こう見えてじぶんは結構えっちぃんだ、……わかるでしょ?」


 怒り、混乱、恐れ、興奮。

 

 ここに来て情緒はもうめちゃくちゃだ。


 せめてもの抵抗に、俺は男として抗った。


 襲い掛かろうとしてくる誰かさんを、逆に押し倒す。


「強引に行こうと思ったんだけど、基本的にじぶんはされるがままの方が性に合ってる、……す、すきにするといいよ、それで君を慰められるのなら」


 誰かさんのその台詞を境に、俺は本能を剥き出しにした獣になった。


 がおーん。


 獣になった俺。


 遠吠えを上げながら、縦横無尽に屋敷内を駆けまわる。


 走り回るのたのちぃな。


 叫ぶのもたのちぃな。


 がおーん、がおーんッ!!。


「……美春のバカぁ」


―― 後書き ――


短いので。

今週の木曜日。

朝8時頃に次話を投稿します。


次話、リエルノせいで、文化祭に訪れた思春期の男子女子達全員、もれなく性癖が歪みそうです。

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