第75話 後日譚、そして文化祭

 不本意ながら美春の地声が晒されたその日。


 SKを通して、ダンスと歌のレッスンが急遽決定した。


 SKのおにぃとやらが何やらセッティングしたらしい。


 唐突な話で頭の上に疑問符を浮かべるも、地声が晒されたおかげで散々にチヤホヤされて浮かれていたわららは、とりあえず用意されたスタジオへSKと二人、上機嫌のまま向かった。


 そして、宛がわれた師から教えを乞うた。


 ダンスと歌。


 何度もミスしたが、師はむしろそれでいいというた、かわいいから、と。


 褒め上手な師をもって、わららはさらに上機嫌になった。


 上機嫌なままに次の日の朝。


 SKと二人、とある事務所へ挨拶をしに行った。


 美春と違って姿を晒すがわらら


 道中、皆が皆、わららのことを振り返りおった。


 あ奴もこ奴も愉快な面を浮かべて頬を染め上げる。


 まっこと愉快、愉快。


 愉快すぎてもう何が何だかようわからんなった。


 楽ちかった。

 もっと褒めて。

 クケ、クケケケケッ。


 愉快な状況を楽しみながら、電車を乗り継ぎ、タクシーを使い、事務所についた。


 何やら社長とかいうやつと他数人でわららを面接するという。SKは保護者面しておった。


 蛆虫の分際でわららを見定める。


 まっこと無礼であったので、説教を垂れてやった。


 そしたら、よく分からなんだが事務所のスタジオの使用許可が下りた。


 許可が下りた後はSKが「後は任せろッ!!おにぃにッ!!」と宣言したので、ラッシュなWitubeのアカウント情報を提供して任せた。


 任せた結果、個人としてわららのVTuberデビューが決定。


 あれよあれよという間にSNSで宣伝がなされ、噂が噂を呼び、盛大に注目されることとなった。


 勝手が過ぎるのでは?、とは流石に思った。


 しかし、せっかくの機会、楽しそうだったので良しとした。


 それに、豪神王ラッシュなんぞ在るから、いつまでも美春はしがみつく。


 ならばその拠り所を一度壊し、強制的に新しい拠り所を提供してやれば、少しはましになると思うた。


 だから迷いなく、わららはVTuberとしてデビューした。


 二日間で仕上げたうろ覚えのダンスと歌。


 それを実に愉快な全身タイツで披露する。


 現実も仮想も、皆が褒めてくれる。


 たのちかった。

 ただただ、たのちかった。


 姉に監禁・・・・されていた時とは比べ物にならないぐらい、たのちかったぁ。


 スタジオが使用できるのはたったの一時間。


 ダンスと歌を披露したあとは、SKから振られる話題――自己紹介云々――を雑談交じりに答えて時は過ぎ去った。


 幸ある時間は瞬きの如し。


 わららは噛み締め、力を蓄える。


 いつか来るであろう、その時・・・のために。


 転生して随分と信者が増えた。


 それと同時に与える加護も。


 どうにかして漏れ出る力を減らしたいが、核たる美春に邪魔をされては打つ手も無し。


 しばらくその件に関しては放っておくほかない。


 今は娯楽の時。

 存分に興じるのみ。


 現状に嘆きつつも楽しむわらら


 事務所を出る際、社長に姉の話を遠回しにされた。


 どうやらこの展開に持ち込んだ黒幕は、今や事務所の大看板となった二成琉琉だったらしい。


 SKのおにぃとやらが、妹の宣伝目的で豪神王ラッシュの転生話を事務所に直接持ち掛け、門前払いを喰らう。


 そしてその最中、二成琉琉がその場にタイミングよく出くわし、転生話の後押しをしてこの結果、と。


 随分と回りくどいことをする。


 如何にもあの女・・・らしいやり方じゃ。


 癇に障る。


 あの女の考えなど、察すること余りある。


 美春が産まれる前から立てたであろう誓約・・


 それが在る限り、あの女は恐らく美春わららに直接的な手を下せん。


 ここで言う誓約。

 それは『白』への誓いを意味する。

 

 神気をもって想いを『白』へと届け、違えた時にそれ相応の罰を喰らう。


 想いの分だけ『白』は誓約を重んじる。


 それが何かなど、だれにも分からないが、その傾向にあることは確か。


 あの女は何かしらの誓約を結び、己の行動に制限を設けた。


 故に第三者を介入させ、誓約の効力が半減・・している今のうちに、間接的な接触を計りにきた。


 美春が居ぬ間を狙い、わららを核へと据え置くために。


 まったくもって度し難い。


 亡神に核たる資格なし。


 そうはいかぬし、させはせぬ。


 わららが真に求めるはただ一つ、裏切者への復讐。


 今更あの女と仲を深める気など、さらさらない。


 それに、自由奔放な始祖が出張ってきた以上、今代の二成には何かがある・・・・・


 それを知れる前に、消されてはきっと取り返しのつかないことになる。


 亡神ではあれ、その半身としての務めである自衛は果たすべきところ。


 あの女こと二成琉琉。


 まごうことなき二成の敵ぞ、あれは。


 ふんッ。


 楽しい気分が台無し。

 どこぞの女に怒り燃えていたわらら

 その横で、SKが社長から将来、うちの事務所に来ないかと誘いを受けていた。


 しかし、SKは喜々とした表情を浮かべるも、次にその提案に首を振った。


 わららと共に、唯一無二にして世界一のアイドルVTuberを目指すらしい。


 いつの間にか定められていたわららの小さな目標。


 まぁ、暇つぶしにSKと興じるのも良しとした。


 その後、事務所の連中と軽く雑談して別れ、デビューを祝うためにとSKが用意したクラッカーで祝砲を上げながらタクシーで帰宅。タクシーの爺にキレられた。


 そして現在――…、


 ―――小僧・・と鉢合わせた。

 

「おい、流石に勝手がすぎるんじゃねぇか?」


 SKの口車に乗せられ、あれよあれよという間にどこぞの事務所のスタジオでVTuberデビューを飾ったその日の夜。

 

 祝いの祝砲を盛大に浴び終え、こっそりと帰宅したわららとSKの前に、小僧が佇む。


「何も言わず、色々と決めるとか……後悔すんぞ、バカ兄貴・・・・


 醜悪な面を晒しその小僧。


 二成に対し、なんと粗雑で無礼な物言いか。


 時代が時代であればその首跳んでいたぞ。

 

 流石、空けの弟としてこれまで生きてきただけのことはある。


 しつけがまるでなっておらん。


 実に不愉快じゃ。


 つい、殺しとうなる・・・・・・


「み、美春、…私は先に部屋もどってるなぁ」


 怖気づいた様子でSK。


 ボソボソとわららに耳打ちした後、靴を脱ぎ、階段を上がっていった。


 共犯なのだからこの場に残ればいいものを。


 SKは薄情な奴じゃ。


 まったく。


「今、リエルノ・・・・ってやつだろ?」


 SKが離れていったのを確認し、小僧。


 わららは一瞥をくれてやってから口を開く。


「尊きわららの名をお前の様な下賤の者が呼び捨てるな、無礼者めが」


「……見た目がクソ兄貴な分、なんか余計に腹立つな」


 生意気にも悪態が返ってくる。


 美春、こやつ殺してもいいか?。


「さっさとウチのクソ兄貴に戻れよ」


「次その醜悪な面をわららの前に晒せば容赦はせぬ」


 身の程を知らぬ蛆虫。


 わららは侮蔑の視線をもう一度だけ向け、その横を素通り。


 会話なんぞしてやるものか。


 戯けめが。


「まてよ」


 憎たらしい小僧。


 不遜にも二成に呼びかけ、その肩に手を置いた。


 殺意が脇目も振らず躍り狂う。


 美春、こやつ殺し――…、


「髪にゴミついてんぞ」


「……」


「ったく、だらしねぇなぁ」


「……」


「アホ毛も出てるし…って、なんだこれ、全然直んねぇぞ、意地でも倒れない意思を感じる………なんなんだこのアホ毛」 


 祝砲を浴びた際、髪に絡まったであろうゴミを取り除いていく小僧。


 口調は粗雑でも、その手つきからは計り知れない思いやりが感じ取られた。

 

―――バシィッ!!。


 二成に触れるその卑しい手を振り払い、わららは階段を駆け上がる。


「おい、美春ッ!!、社長がまた今度スタジオ使わせてくれるってさッ!!」


 階段の踊り場から体を出してSK。


 不意に現れたせいでぶつかる。


 わらら、後ろに吹き飛ぶ。


 空気を読んで退散、からの空気も読まず登場。


 いい加減にせよ、SK。


 自由に勝手が過ぎるぞまったくもうッ。


「あっぶねぇな、階段を登るときはちゃんと手摺りを掴めっていつも母さんに……いや、これはあれかぁ…うん…」


 わららを両手で抱きかかえながら小僧。

 上から耳障りな声が落ちてくる。


「っは、っは、っは……」


 只人が二成を抱きかかえるその蛮行。


 どれほど罪深い行いか。


 わらら、あまりの状況にショックで過呼吸を起こす。


「バカ兄貴、大丈夫か?」


 心臓が波打つ。

 鼓動が高まる。

 息が苦しい。

 体が熱い。


――トクンッ、トクンッ。


「てかあんた、…もう三日だが、家に帰らなくていいのか?、学校はどうしたんだよ…」


「おいッ!!、いい加減あんた呼ばわりやめろッ!!、私は美春のお姉ちゃん、なら愚弟のお姉ちゃんだッ!!」


「誰が愚弟だふざけんな」


「お姉ちゃんと呼べッ!!」


「呼ぶか」


「呼ばないならこれは没収だッ!!」


 没収、そういってSKは小僧からわららを奪い取る。


 二成を「これ」呼ばわり。


 なんと不敬な物言いか。


 SKは本当に愚かしい。


 だがしかし、過呼吸は治まった。


 火照った体も元通り。


 助かった。


「…ったく、なんなんだよ」


 小僧はそう言うと、SKに抱っこされたわららを見る。


 目が逢うた。


 無意識に顔が俯く。


 ……。


 美春、貴様、ふざけるなよ。


「あんま周りに心配かけさせんなよ」


 小僧はそう言い残し退散。


 SKとわららは部屋へと戻った。


――トクンッ、トクンッ。


== 日時は流れ、文化祭当日 ==


「おはようさん」


「……」


「おふぁよぉ~、愚弟」


 何食わぬ顔でわららと面と向き合い朝食をとる小僧。


 あれから数日間。


 次に顔を見せたらうんたらかんたらと忠告したにも関わらず、小僧は毎日その面を見せてきては生意気な台詞を一言、二言吐いてくる。


 神々を導く二成の神。


 その尊き存在である言を蔑ろにするとは。


 実に不愉快、極まりない。


 わららは舌打ちを溢したのち、視線を落として無言のまま箸を進める。


 小僧とは会話もしとうない。


 視界に移すのも不快じゃ。


 ふんっ。


「相変わらずそのアホ毛は直らないのか?、だらしねぇからなんとかした方がいいと思うんだが」


 神秘なるこの角――神気で頭髪を固定――をアホ毛呼ばわり。


 美春との区別をつけるため、最もわかりやすく違いを視覚的に設けたが、いい加減小僧に指摘されるのも嫌気がさしてきた。


 ………。


 …アホ毛。


 ……これ、かわいくないのかのぅ。


 ………。


 ………って、何をモジモジしとるんじゃわららはッ!!、フザケおってからにッ!!くそぉッ!!。


「ツインテールにアホ毛はもう完全に阿保の子だなぁ美春は、馬鹿丸出しでおふぉしろいなぁ~、ふぁ~あ~あ~」


 欠伸を漏らしながらSK。


 阿呆に阿保とは言われたくのう、この阿保め。


「そうそう、見た目完全にもう阿保だよアホ……って、いつまで居候する気なんだよ、あんたッ!!」


「ふぇ?」


 SKがこの家に来てから今日で十日と一日。


 その間、ずっとここで衣食住を確保していた傲慢な他人様。


 小僧はとうとう我慢できずに声を荒げた。


「ふぇ?じゃねーよッ、あれからもう10日だよ10日ッ、その間、家にも帰らないで学校にも行かず、うちのバカ兄貴と引きこもりやがってッ!!、いい加減に帰れッ!!」


「帰らんッ!!、おにぃがずっとここに居て良いっていってたもんッ!!、あとお姉ちゃんと呼べッ!!」


「い、居て良い訳ねぇだろッ、それを決めんのはこの家のやつ、つまり俺達だッ、何を勝手に決めてんだッ!呼ぶかッ!!」


「美春が良いって言ってたぞッ!!ならいいじゃんッ!!」


 SKの反論に小僧がこっちを見てくる。


 わららは無言のまま箸を進めた。


「……はぁ、たく、どいつもこいつも何でこう、常識がねぇんだろうなぁ」


 霞と零とやらに視線を送ったのち、小僧は諦めたようにため息を漏らし、浮かせていた腰を椅子へと下した。


 常識にとらわれる所が蛆虫っぽい。


 っふ、滑稽なり。


「美春様、ツインテール、お可愛いですよ」


 一足先に朝食を取り終えた零。


 阿保阿保と言われたこの髪型をセットした本人。


 中身が変わろうとも、こやつは変わらず接してくる。


 髪をいじる業こそ神懸っておったので、特に拒否せず髪を梳かせてやる。


「零、片付けを」


 零と違い、僅かな距離をわららとの間に置く霞とやら。


 相当、美春に絆されたらしい。


 人形・・の分際で同じ二成への態度に差をつける。


 実に腹立たしい。


 わららをもっと甘やかせ。

 核たる美春以上にもっと甘やかせ。


 ふんッ。


「文化祭、仮面付けて行けよ」


 ふんふん、と首を振っておったら小僧。


 生意気にも命令してきおった。


 思わず口が開く。


「持って産まれたこの姿、在りのままを晒して何が悪い、わららはこの容姿をもっともっと褒められたいんじゃ、この戯けがッ」


「そんなに晒したいなら俺の前だけにしとけ、いくらでも褒めてやるよ」


「……はぃぃ」


 男らしい台詞につい頷き、そう返す。


 ……。


 って、なんじゃ今の反応はッ!?。


 わららか!?、いまわららの口から弱々しい声が出たのか!!?。


 ふざけるなッ!!。


 よりにもよってこの小僧に現を抜かすとはッ!!。


 おのれ美春、貴様、いい加減にしろぉッ!!。


「ははは、お前たち兄弟、なんか恋人っぽくて面白いなぁ~」


 空気を読まずSK。


 わららはその台詞で更に面を染め上げ、席を立った。


「喧しいッ!!、わららはただ褒められたいだけじゃぁああーーーッ!!」


 奇声を上げ、部屋へと戻る。


 そして、しばらく引きこもったのち、小僧と文化祭デートに赴いた。


 ……。


 デートではない。


 SKも、美春の同級生二人・・・・・もいる。


 小僧は口うるさいモブに過ぎん。


 目を覚ませ。


 わららわららじゃ。


 核たる意思に影響されるではないわッ、馬鹿たれ目がッ。


「面の紐緩んでんぞ、しっかり縛っとけよな」


「…ぅむ」


 わららは乙女の様に頷き、そして、装備していた鬼の面を地面へと叩きつけ、その場から走り去る。


 いい加減にしてたも、美春…。

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