第70話 ラッキーすけべ

 点滅する信号機の青。


 俺は急いで渡った。


 その少しあと。


 背後で大きな音が立て続けに鳴り響いた。


 俺はびっくりして思わず振り返った。


 そしたらSKが死んでいた。


 だから黒い靄による本能的な恐怖に逆らい、力を使って時を戻した。

 

 幻想的、且つ不吉な蝶が飛び去るのを眺めながら。


 SKがカリンちゃんと喧嘩するちょっと前の所まで、世界を巻き戻した。


 誰かが盗み食いをして、それを誰かが追いかける。


 そんな事実は無くなった。


 何もかもが元通り。


 だけれど記憶は鮮明だ。


 忘れるはずもない。


 俺はちゃんと覚えている。


 友達が死んだときの喪失感を―――。


「…はぁ」


 大人しく材料の買い出しを辞めた俺。


 我が家の脱衣所でため息を一つ。


 霞さんが張ってくれた湯へ気分転換に浸かろうと、服を脱ぐ。


「……髪の毛ジャマだなぁ、……もうっ」


 伸びに伸びた白髪が嫌な汗を掻いた肌に纏わりついて煩わしい。


 俺はイライラしながら、すっぽんぽんになった。


――ガチャ。


「美春っ、一緒にお風呂はいろ~~」


 昔、お風呂でおぼれ死にかけた俺。

 そのせいで、我が家の脱衣所の扉には鍵が付いて無い。


 だから、ニコニコ顔でSKが入ってきた。

 着替えの衣服を両手に抱えて。


 ……Huh?。


「お姉ちゃんが背中流してや…って、ちょ、ちょっとッ!!なんで押す!?押すなって!!」


――バタンッ。


 俺はSKを脱衣所から追い出し、扉を閉める。


 そして大きく息を吸い込み、羞恥と怒りで顔を真っ赤にさせ、勢いままに口を開いた。


「SKの変態ッ!!、はいってくんなッ!!」


「なんでッ!?、一緒にはいろッ」


「いやだ、どっかいけッ!!」


 中学生で同い年の異性とお風呂。


 健全なはずがない。


 何を考えているんだSKは。


 まったくもうッ。


「なんで一緒に入らん、入れッ!!」


「俺は男ッ!!、そっちは女ッ!!、以上ッ!!」


「美春は男の娘ってやつだろ?、なら女みたいなもんじゃんッ、私は気にしないから一緒に入ろ!」


「…スン(真顔)」


 女みたいなもん。


 チソチソもタマタマもついてるちゃんとした男ですけど、俺は。


 チソチソもタマタマもついてない女とかじゃないんですけど、俺は。


 入ってきた時に見えなかったのかな?。


 いや、見えなくてよかったのだけれど、それは。


 というかそっちが気にしなくても、俺が気にするからダメに決まってる。


 倫理観というものを彼女は持ち合わせていないのだろうか。


 我が道を行き過ぎている。


「あけろぉーーッ」


「いやだぁ、ぐぬぬぬッ」


 徐々に力負けして開いていく扉。


 万事休すか、と思ったのも束の間。


「ちょ!?、あんた何やってんだよッ!」

 

 外側から雪美の声が聞こえてきた。


 俺はすかさず応援要請。


 SKを扉から引き剥がしてもらう。


「私は美春とお風呂に入って洗いっこしたいんだッ!、放せ愚弟ッ!!」


「誰が愚弟だッ」


「美春が言ってた!!」


「だからって言うなよッ!!」


「うるさいッ!!、放せッ、このションベン小僧ッ!!」


「なッ!?、てめぇッ!!、クソ兄貴ッ!!」


 SKとREINのIDを交換した初期。


 メッセージを送り合うのが謎に楽しくて、つい気まぐれで教えた愚弟のサイドストーリー。


 まさかこんなところで暴かれるとは。


 全くもって不覚。


「さささッ」


 俺はSKの手下が増える前に扉の防御を止め、風呂場へと身を隠す。


 そして、すぐさま迎撃できるよう、シャワーで体を洗いながら様子を見る。


「クソ兄貴ッ、あとで覚えてろよッ!!」


「美春と一緒にお風呂入りたい入りたい入りたいッ!!、放せションベン小僧ッ!!」


「駄々こねんな、アンタいくつだよッ!!、あとそのあだ名さっさと忘れろッ、ふざけんなッ!!」


 脱衣所の外の廊下で騒ぐ二人。

 どうやら共闘とはならなかった様子。


 雪美はそのまま外でSKを圧し留めてくれているようだ。

 

 窮地にこそ輝くマイヒーロー。

 それでこそ我が弟である。


 …お小遣い(五円)上げるからあだ名の件、許してくれないかな?。

 

「まぁいっか」


 嫌な記憶を汗と共に洗い落とす。

 ついでに都合の悪い記憶も。


 何も起きてはいない。


 世の平静は保たれた。


 それでいい。


 ふぃ~…。


「かゆ…」


 未だに聞こえるSKと雪美のギャーギャー声。


 俺はそれを無視しつつ、胸をかいかいしながら一番風呂。


 肩まで浸かって思考停止。


 ぐったりのびのびスライム状態。

 今はただ、湯に溶ける。


 僕、悪いスライムじゃないよ?…うひ、うひひひ。


「…んぱ、んぽ、んぱ、んぽ」


 少したって静かになった頃。


 ただ口を開けたり閉めたりを繰り返してお魚さん。


 換気扇に湯けむりが吸い込まれていく様子をボーっと眺め、何となく、身の内側に感じる神力というものに意識を向けた。


 神力。


 それは万物を紡ぐ超物質、と確かどこぞの幼女が言っていた。


 万物を紡ぐというのがどういうことなのかよく分からないが、要は凄い物質ということなのだろう。


 心臓と重なる様に感じるそれ。


 特段、意識せずとも扱える感覚がある。


 何の予備知識も経験も無しに、時を操れたのと一緒だ。


 ただ何となくわかる。


 この力の使い方が。


「っぽっぽっぽっぽ」


 口を開けたり閉めたりお魚さん。


 だけれど、今度は淡く光るものが口から出ていく。


 神力を利用して作ってみた。


 ポワポワと浮かぶ球体。

 光属性のシャボン玉である。

 闇はこれで祓われることだろう。


「ぽぽぽぽぽ」


 ホーリーバブルマシンガン。

 お魚さんから機関銃にグレードアップ。


 しばらく無心で撃ち続ける。

 シャボン玉を飛ばしていた時の童心を思い出す。


「……ちかれた」


 高速で口を動かし過ぎてオーバーヒート。


 機関銃はスライムにグレードダウン。


 全身を脱力させ、舌をベロンっと出しながらしばしの休憩。


 湯舟に顔だけを出してボーっとする。


「………いつになったらラッシュになれるんだろう」


 風呂場の天井に溜まった光るシャボン玉。

 時間経過と共にはじけて次々と消失。

 そんな光景を眺めながら考える。

 自分の理想の姿について。


 リエルノは現実ではラッシュに成れないと言っていた。

 幼女は神気があれば成れると言っていた。


 今は現実。

 だけれど神気は十分。

 試しに俺は力んでみる。

 ラッシュな自分をイメージしながら。

 神気を体の隅々まで行き渡らせていく。


「できない…、はぁ」


 俺は力むことを止め、再び脱力。

 そして、のぼせる前に湯から上がる。


「すこし、長風呂がすぎたかなぁ~…」


 若干の目眩と吐き気をこらえながら、濡れた体をふわふわタオルで拭いていく。


―――ガチャ。


 不意に脱衣所の扉が開く音。


 またSKかッ!?、と思い、自身の体をバスタオルで隠して振り返る。


「あ、あれ?、トイレ…じゃ、………ない」


 警戒した先。

 SKではなく違う人。

 視線の先に雪美のお友達。

 目を見開いて口を開ける拓斗くんの姿。

 俺は視点の合わない視界でそれ確認した。


―――ぺたんっ。


「あぅっ」


 長風呂のせいか、一瞬視界がブラックアウト。


 ふらついて尻もちをつく。


 そして流れる気まずい空気。

 そして何故か注がれ続ける視線。


 雪美のお友達の手前。

 さっきの様に取り乱すは兄の恥。


 俺は大人な兄を演じようと、火照り過ぎた体で口をパクパクお魚さん。声が出ない。


「…は、……鼻血?、…え?」


 鼻血をタラーと流して動揺する拓斗くん。


 動揺するのは勝手だが、その場で佇むのは止めていただきたい。


 扉を閉めるなりこっちを見ないなりして空気を読んで立ち去ってくれ。


 頼むから。


 碌な対応が出来ない今、俺はただただ目で訴えた。


 目で訴えた。


 うったえた、この目で…、あっ…、そうだ。


 この目を使ってなにも無かったことにすればいいんだ。


 よし、そうと決まればさっそく――…、


「…ぅ?」


 本能的な恐怖はあれど、戻り過ぎなければ黒い靄は現れない。


 さっきも、これまでもそうだった。


 だから見える景色に意識を集中。


 しかし、視界がぐわんぐわん動いて視点が合わない。


 視点が合わないからか、世界が静止しない。


 長風呂だめ、絶対。


 のぼせる前にと湯から上がったが、どうやら俺はのぼせたらしい。


 視界がぐわんぐわん、明滅を繰り返す、頭痛い、吐き気がする、お腹がぎゅるぎゅるする。


 気を抜いたら今世紀最大の黒歴史を生み出してしまいそうだ。


 雪美のお友達の前で。


 気張れ、俺。


 やらかすな。


「……お、お兄さん、……ずみ、ません」


 こっちを凝視しながら鼻を抑えて謝罪。


 謎に名残惜しそうな表情を浮かべ、拓斗くんは扉を閉め――…、


「わふッ、わふッ!!」


「うわッ!!?」


 空気も読まずコマ君登場。


 閉まりかけた扉が勢いよく開く。


 足を絡ませた拓斗くんが、尻もちをついたままの俺めがけて迫ってくる。


―――ドサッ。


「……」

「……」


 目と鼻の先で見つめ合い。


 今しがた、オデコとオデコがこっつんこ。


 鼻を抑え、拓斗くんが覆いかぶさっている。


 俺に。


 なんだこの状況。


 漫画やアニメでよくあるラッキースケベなあれじゃん。


 なぜ男どうしでやらなきゃならない。


 しかも俺が下。


 気持ちが悪いったらありゃしない。


 ふざけんな。


 あの駄犬。


「……ずびばせん」


 頬を紅潮させ、鼻を抑えながら二度目の謝罪。


 そして、もぞもぞと立ち上がる拓斗くん。


 俺は雪美の兄としての矜持を保つため、冷静を装ってコクリと頷き返す。


 なんとも無いよ、と伝えるために手を振った。


 のぼせと同性の接触で体調の悪さを隠しつつ。


――ぱたん。


 謎に中腰で拓斗くん退出。


 俺はしばらくその場で寝そべって体調の回復に努める。


 徐々に目の焦点も合いだした頃。


 隣でお座りをして楽しそうに尻尾を振るコマ君を見た。


「わふわふっ、っへっへっへ」


 悪戯成功。


 そんな笑みを浮かべた我が家の駄犬。


 それを見た時、俺の琴線がプッツンする。


 ノロノロとアンデットの様に立ち上がり、風呂嫌いなそいつを風呂場に持っていく。


 過去へは戻らない。


 怒られたくないし、怖いというのもあるが、それ以上に駄犬へ己が何をしでかしたのかを教える必要があった。


 今、ここで教えなければ、コイツはまた同じようなことをきっと繰り返す。


 主人である俺に悪戯して楽しみを覚えた・・・・・・・この駄犬は、今、ここで、調教しなければならない。


 許すまじ、コマ君。


「…わふ…わふ…」


 楽しげな様子は何処へやら。

 尻尾を股下に隠して命乞い。


 俺は容赦なく犬用のシャンプーを手に取った。


 粛清開始。


 怒りの儘に、俺は獣を泡立てる。


==わふわふッ、わふぉおんッ!!(コマ君の悲痛な叫び声)==


「兄貴、また仮面なんかしてんのか?、ここ家の中だぞ?」


 粛清を終え、お風呂場からでたあと、台所で人間一人と犬一匹で一杯(コーヒー牛乳と犬用ミルク)やっていたら、雪美が声をかけてきた。


 俺は「ぷはぁ」と息を吐き、狐の仮面を装備し直す。


 そして、生意気な口を叩く愚弟を睨んだ。


 俺の機嫌は未だに悪い。


 足元で嬉し気に犬用ミルクを飲むコマ君のせいで。


「まぁ、別に好きにすればいいけどよ」


 偉大なる兄の睨みに臆してか雪美。


 口論することも無く、家での仮面を認めた。


 ふむ、素直でよろしい。


 弟とは斯くあるべきだ、うむうむ。


「今から皆でシュマブラのトーナメントやるけど一緒にやらね?」


 珍しいこともあるもんだ。


 普段、こっちから遊びに誘っても、「ドラムの練習があるから」とか言って断る癖にどういう風の吹き回しだ?、このストイック馬鹿。


 てっきり友達を放置してこの後も防音室にこもるのかと思っていたが、違うらしい。


 弟にもちゃんと遊びたい欲はあったようだ。


 人間らしい感情を確認出来て、兄は嬉しいぞ。


 うんうん。


「あの人もやるってよ」


 後ろへ親指をくいッとさせ雪美。


 徐々に厨二病を発症しつつあるな。


 今後が楽しみだ…うひひっ。


 温かい目で将来有望な黒魔術師となるだろう我が弟を見つめたあと、リビングの方へと視線を移す。


いのりさんお強いですねぇ、プロゲーマーみたいな動きしててまったく勝てる気がしませんよ」


「むきぃいいいッ、悔しいのですよぉおッ!!」


「クソ餓鬼どもめッ、私がどんだけ引きこもってこのゲームを練習したと思っている!!、この伝説的な天才ゲーマーに勝つなんて百万年はやいぞッ!!っはっはっはっはーッ!!」


 小学生に交じってシュマブラで騒ぐあの人(SK)。


 あなたも充分クソガキですよ、なんて突っ込みが脳裏を過ったが口にしない。


 口にしたらきっと怒られるだろうから定期。


「どうする?やるか?」


 せっかくだし参加したいが、先ほどからチラチラと俺のことを見てくる拓斗くんの視線が気まずいのでやめておこう。


 リビングをこっそり通り過ぎる際にも俺のことを見てきた拓斗くん。


 どうやらさっきの出来事でかなり意識・・させてしまったらしい。


 まだ堕ちてはいないようだが、それも時間の問題だろう。


 仮面をつけておいて正解だった。


 実に腹立たしい。


 己の女々しい容姿が。


「おい美春ッ!!、トーナメントやるぞッ!!、早く来いッ!!」


 持っていたコントローラーを、チラ見ーラな拓斗くんに押し付け、ソファーを飛び越えて近づいてくるSK。


 俺はそんな彼女に手帳を広げて、『お風呂は?』の文字。


「そんなのあとあとッ、早くやるぞッ!!」


 そう言って、強引に俺の手を引っ張るSK。


 俺に拒否権は無いらしい。

 強制参加らしい。


 仕方ない、やるか。

 拒否して不貞腐れるSK相手するのめんどくさいし。


 ラッシュな腕前を見せつけてやるとしよう。


 そして、雪美の兄は偉大な漢だって所をその友達に見せつけてやろう。


 カッコいい姿の俺を見れば、拓斗くんも多少は落ち着くだろう。多分。


――ガッ。


「あうッ」


 SKに手を引っ張られる俺。


 乱暴に先導されたせいか、脚を絡ませ、盛大につんのめる。


――むに・・ッ。


「だ、大丈夫っすか…お兄さん」


 頭から勢いよくソファーにダイブしたところ、チラチラとよく俺のことみていた拓斗くんが受け止めてくれた。


 少年と言えど男。

 それに触れられている事実。

 途端に込み上げてくる吐き気。


 だがしかし、ここで吐くわけにはいかない。


 雪美の兄は偉大な漢なのだから。うぷっ。


「あ、すまん美春、大丈夫か?」


 偉大な漢ほど繊細なんだ。


 もうちょっと丁重に扱ってほしい。


 俺は瞳でそうSKに訴えたあと、謎に右手をワキワキと動かして「…むに?」と呟く拓斗くんから距離とる。


「天使さん、天使さん、ここ空いてますよ、どうぞどうぞッ」


 どうぞどうぞと進められる女の子の膝の上。


 俺はSKをカリンちゃんへの盾として、大人しそうな文ちゃんの隣に座った。


「あ、これどうぞ」


 文ちゃんから手渡されたコントローラー。


 それを手にし、『ご苦労』の文字。


「ご、くろう…ふふふ、お兄さんってなんだかおもしろい人ですね」


 実に女の子らしく笑う文ちゃん。


 よく分からないけど褒められた。


 俺の機嫌パラメーターが一定を保つ。


 もっとほめてほめて。


「あ、髪まだ生乾きじゃないですか、ちゃんと乾かさないと駄目ですよ?、すぐ痛んじゃうんですから」


『問題ない』


 口うるさい母のような台詞。


 なんとなく母味を感じた俺は、自信満々に首を横に振る。


「…問題、ない…ん?どういうことですか?」


『零さん』


「っは、ここに」


 スタンバってましたよ、と言わんばかりに即時応答する零さん。


 両手に髪のお手入れグッズをもって背後に登場。


 突然な展開に文ちゃん、ぽかんとした表情。


 それを横目に、俺はいつもの如く零さんへ『お手入れお願い』の文字。


「招致致しました」


 そう応答し、テキパキと髪の毛の手入れをしていく零さん。


 ドジっ子属性が最強クラスの彼女に髪の手入れなんかさせていいのか?、だって?。


 いいに決まっている。


 むしろ髪のお手入れに関しては霞さんより零さんに任せるが一番だ。


 どんなにダメダメな人にでも長所や特技が一つや二つはある。


 零さんのそれは、髪を梳くのが上手だというもの。


 つまり、毛の扱い方が天才的なのだ、彼女は。


 …え?、そんなの特技でも長所でも何でもない?。


 馬鹿言っちゃいけない。


 母と同等か、あるいはそれ以上に俺の髪を心地よくいじれる人なんて、この世で零さんただ一人。


 我が家の駄犬が一番懐いているところを見れば、その凄さが垣間見えよう。


 …え?、散歩に連れてってもらってるから懐いてるだけだって?。


 ふむ、それはそうかもしれない。


 もしかしたら零さんはそこまで凄くないのかもしれない。


 俺が凄いと思っているだけで。


「わー、凄い、髪の毛をお手入れするプロの人みたい」


 俺の髪が手入れされていく様子を眺めて文ちゃん。


 また褒められた(零さんが)、うれちぃ。


 俺の機嫌パラメーターが余裕で上振れする。


 このままトーナメントも優勝しよっかな?、うひひ。


「…お姫様みたい(ぼそ」


 感嘆の声に交じった文ちゃんの一言。


 俺は仮面の下でスンッな無表情。


 聞こえるか聞こえないかの声量だった。


 だから多分それはきっと気のせいだ。


 うん、そうしよう。


「…あっ」


 横でお口を両手で塞ぐ文ちゃん。

 まるで言ってはいけない台詞を口にしてしまった時のリアクションだ。


 なにか言ったのだろうか?。

 何も聞こえなかったから俺は気にしてないよ?。


「天使さんはお貴族様です?」


 カリンちゃんの質問に、「母がね」の意味を込めて『まぁね』の文字。


 というかいつまでその天使さん呼びは続くのだろう。


 やっぱり早めに安眠枕を渡してあげた方がいいのかな?。


「んじゃぁ、とりあえず、みんなばらける感じで設置して、あとは適当にレベルを合わせたCPをランダムで、と」


 零さんによる髪のお手入れショーが終わった頃。


 雪美がトーナメントのセッティングを終える。


 榊家第一回シュマブラトーナメントがさりげなく開催された。


「まず一戦目、俺と兄貴な」


 意地の悪い笑みを浮かべてこっちを見る雪美。


 成程、そういうことか、と俺は納得。


 この愚弟、あだ名の件まったく許していないようだ。


 お友達の前で俺をボコボコにしてやるという嫌味な態度が透けて見える。


 上等だ。


 VTuber活動で磨き上げられた俺のゲームセンス、見せつけてくれるわッ!。


 奢り高ぶったそのムカつく面。

 造作もないと俺を甘く見た態度。


 後悔させてやる。


 弟と兄。

 互いの矜持プライドをかけた戦い。


 それのゴングが今、鳴り響く。


 絶対まけんッ!!。


== 数分後 ==


「はい、俺の勝ち」


 じわじわと嬲られたあと、連続スマッシュでピンポン玉、からのメテオフィニッシュ。


 偉大なる兄、愚弟に敗北。


 …ほへ?。


「おいッ、愚弟!!、ら…美春を虐めていいのは私だけなんだぞッ!!」


「誰が愚弟だ」


「MAXパーセンテージまで持ってってからのピンポン玉、…ユッキー、流石に容赦なさすぎでしょ、引くわ~」


「天使さんの仇は私がうつですッ、任せてくださいッ!!」


「だ、大丈夫ですか?、お兄さん…」


 いつもとはだいぶ趣向が変わった兄弟喧嘩。


 雪美のお友達が居る手前、余計ムキになった俺。


 黒い靄への恐怖を凌駕するほどの怒り故につい力を使って、何度も・・・勝てない戦いに挑んだ。


 しかし、それでも勝てなかったという事実。


 格ゲー…いや、対戦ゲーとは実に奥深い。


 時を操っても勝てないのだから。


 奥深いを超えて不思議である。


「……『寝る』」


 文ちゃんに心配されながら、俺は席を立つ。


 時刻は21時過ぎ。


 寝るには少し早いけど、配信があるのでここらでおさらば。


 実に腹立たしいが、今回の喧嘩は俺の負けと認めよう。


 ぐやじぃ、ションベン小僧の癖にぃッ!!。


「兄貴、俺たち今日、一階の客間で寝るから」


 お友達と仲良くお泊り会。


 勝手にすればよろしいことで。


 ふんッ。


「私は美春と一緒に寝るからなッ、愚弟をボコボコにしてお風呂入ったあと、そっちに戻るからちゃんと起きて待ってるんだぞ!!」


「誰が愚弟だ」


 ボケのSKにツッコミの愚弟。


 仲がよろしいことで。


 ふんッ。


 ふんッ、ふんッ、…ふん?。


 …ん?、待てよ?。


 トーナメントが終わって、お風呂から出てくるまでSKは部屋に戻ってこない。


 それはつまり、配信を邪魔されないということ。


 いつも通り配信が出来るということ。


 気兼ねなくラッシュに成れるということ。

 

 まとめて言うと。


 最高か?。


「うぴゃーーッ!!」


「「「!!?」」」


 お邪魔虫(SK)から解放された俺。


 自由であることの喜びを再確認。


 思わず歓喜する。


 降って湧いた自由な時間を活用するべく、俺はうきうきルンルンで階段を駆け上がった。


「…ばか兄貴」


「う、うぴゃあ?」


「天使さんの声…、うっとりするですぅ」


「……声も女の子なんだ(ボソッ」


「美春はいつもあんなもんだ、気にするなッ、それよりさっさと私にボコされろッ、お前らッ!!」


 ラッシュな時間、開幕である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る