第69話 不吉の象徴、揺れる瞳で世界を写す

 雪美がバンド合宿なるものから帰って来たと思ったら、家にお友達を連れてきた。


 前に来たあの男子二人じゃない。

 別の子たちだ。

 それも三人。

 

 少年一人に少女が二人。


 彼らは小学生でありながら個人VTuberとしてバンドを結成し、Witubuを中心に活動しているらしい。


 バンド名は『ONEアクション』。


 将来を約束されたルックスと、類稀なる音楽の才能を持ったギター&ボーカル、入江拓斗いりえたくとくん。


 大人しそうな見た目とは裏腹に、激しいパフォーマンスが売りなベーシスト、吉川文よしかわあやちゃん。


 個性豊かなマスコットキャラとして独創的なリズムサウンドを奏でるドラマー、今時夏鱗いまときかりんちゃん。


 彼らはVTuberではあるものの、基本的に素顔を晒してライブ配信することが多いんだとか。


 仮想と現実を行ったり来たり。


 どっちつかずのやり方はあまり世間受けがよくないのでは?、なんて先輩として余計なことを思ってみたり思わなかったり…。


「では、いただきましょう」


 ダイニングとリビングの両方に用意された夕食。


 いつもとはだいぶ席の配置が違う中、ONEアクションの自己紹介動画(ライブ映像)を、榊家一同で見届けたあと、霞さんの一言で頂きますの挨拶。


 みんな揃って合唱。


 俺たち子供は席に着いてダイニング。

 霞さん零さんは座卓を用意してリビング。


 それぞれ揚げたてエビちゃんフライ定食を食していく。


 因みにコマ君は既にご飯を食べ終え、おこぼれを貰おうとリビングとダイニングを行ったり来たりしている。駄犬である。


「天使さん、天使さん」


 俺の左隣でエビちゃんフライをパクパク頬張りながら今時夏鱗――カリンちゃん。


 珍妙な呼び方をして、顔をグイっと近づけてくる。


「天使さんは、カリンの夢に出てくる天使さんです?」


『ゆめ?』『てんしさん?』


「はいですっ、夢に出てくる天使さんです!」


『…Huh?』


 俺は手帳とペンを駆使して、不思議ちゃんオーラ全開な子とコミュニケーションをはかる。


 雪美から既に俺が碌な会話が出来ないことは伝わっているのだろう。


 特に指摘されることなく、会話はスームズに展開していく。


「ここ最近、よく怖い夢を見るのですよ」


 怖い夢。

 それは奇遇だ。

 俺も最近よく見ている。


 白の怪物さんに脅されたり、自分の体が変化したりするきっかけとなっている白夢を。


 怪物さんはリエルノに虐められたのでもう出てこない。しかし、白夢はまだ続いている。


 俺のチソチソとタマタマは已然として健在だが、今後どうなることやら…。


 悪夢を見る者同士、励まし合いたいところであるな。


「内容はいつもあんまり覚えてないけど、その夢に天使さんそっくりな人が出てくることは鮮明に覚えてるのですッ!!」


 俺そっくりな人が出てくる怖い夢。


 それは中々に不思議である。


 あったことも無いのに俺が出てくるなんて、予知夢的な不思議かな?。


「ABEXってゲーム知ってるです?、それに似た世界に転移しちゃって、褐色の戦士が天使さんに変身!、そしてその天使さんが最後に私へと微笑みかけていつも夢から覚めるのですよぉ~……でへ、でへへへ」


「……『ふむ』」


 怖い夢を楽し気に語るカリンちゃん。

 悪夢と呼べるほどのそれでは無いのかもしれない。


 励まし合うことは無理そうだ。


 俺は恍惚とした笑みを浮かべて「ぽけ~」と呆けるカリンちゃんから視線を外し、今しがた引っかかりを覚えた幾つかの単語を内心で復唱する。


 ABEX、怖い夢、褐色の戦士、変身、俺そっくりな天使。


 何かしら繋がるものがある気がする。


 気のせいだろうか?。


「……」


「ん?なんです?」


 箸を止め、エビちゃんフライをもぐもぐしながら、再び横目でじっとカリンちゃんを観察。


「そ、そんなにみられると、ちょっとはずかしいですよぉ……でへへ」


 頬を染めて照れるように笑うカリンちゃん。


 それがいつぞやの遭遇した不思議な世界の女の子のものと瞬間的に重なって見えた気がした。


 不思議な世界で遭遇した女の子。


 最後は苦しみ笑い、死んでいったあの女の子。


――……ッう、カリン・・・は今、…真実の恋に、……おち、…て――


 脳裏に過るその女の子が最後に残した台詞。


 ……。

 

 ……ピコーン(閃きマーク)ッ!!。


 思い出した。


 このこ、ラッシュになった俺が助けられなかった子だ。


「……」


「ほへぇ……天使さんの綺麗なお目めぇ~……吸い込まれるですぅ~~…」


 箸を持ちながら両手を胸の前で重ね、まるで祈るようなポーズをとるカリンちゃん。


 ついでに聞き覚えのあった『ONEアクション』という名前についても思い出した俺は、カリンちゃんから視線を外し、ブリキな音を立てながらどこぞの犬の様に顔を伏せる形で食事を再開させた。


「天使さん、仔猫みたいでかわ――」


 ONEアクション。


 彼らは恐らく、この前の『個人V最協力エベ祭り』に参加していたチームの一つだろう。そんな名前を見た気がする。


 あの大会は不思議なことが立て続けに連発していた。


 白の怪物さんに似た化け物。

 まるで砂漠の様な暑さ。

 電源が切れないPC。

 

 そして、光の縫い目の先にあった暴力飛び交う世界。


 カリンちゃんの話を真に受けるのであれば、その世界と彼女がみる怖い夢は何かしらの関係性があるのかもしれない。


 いや、かもしれないは無いな。

 可能性はあるに決まっている。

 現に俺と彼女は一度、そこで会っているのだから。


 多発する不思議に巻き込まれ、まるでゲームの様な世界に強制転移?。


 あり得ない。

 バカバカしい。

 と、言えないのが現状。

 なぜなら俺の周りでは不思議が多発するから。


 最近、怖い夢を見る。

 というのはその時のことがトラウマにでもなっているのだろうか?。


 念願のラッシュに成れたことで若干ハイだったから何とも思わなかったけど、冷静になった今思い出してみると、確かにヤバイ世界だった。


 人が殺し殺され、銃弾を見舞い合う。


 子供のカリンちゃんが居ていい筈がない。


 相当な傷を心に負ったことだろう。


 笑顔で誤魔化してはいるが、その内心、きっとボロボロに違いない。


「……」


 俺はちらりと左横を見る。


「雪美くんのお兄さん・・・・、運命を感じずにはいられないのですよぉ~……ほへぇ…」


 怖い夢を見るようになった女の子。


 全く俺のせいではないだろうが、少しだけ申し訳ない気持ちが募った。


 悪夢を見ないように安眠枕でも差し上げた方がいいかもしれない。


 夢は時間を追うごとに忘却されがち。

 熟睡すればもう怖い夢ともおさらばさ。


 トラウマな夢の内容も、天使さんへの想いも安眠枕が全て解決してくれる、はず。


 あとで材料を手に入れるため、探索にでも行くとしよう。


 うちの近くには今時珍しい、二十四時間営業の眠らない島、ドリームランド(コンビニ)があるからな。


 お金は零さんに「プレゼントあげるからお小遣い頂戴」とでも言って、こっそり貰おう。

 

 雪美や霞さんにバレたらたぶん母にチクられて説教コース確定なのでこっそりだ、こっそり。


 降って湧いた罪悪感。

 そして身バレの危機。

 とりあえずそれらの解決策を見つけた俺。


 カリンちゃんから送られてくる熱っぽい視線を巧みに受け流しつつ、箸を動かす。


『うまし』


 いやぁ、それにしても霞さんの出来立て料理はおいしいな。


 零さんの真心だけがこもったカップラーメンとはやはり違う。


 そとさっくさく。

 なかぷりっぷり。

 ぱくぱくぱくぱく。

 エビちゃんフライおいちぃな。


「ててて、天使さんっ、…も、もしよかったら、友達からでもいいので、カリンと結――」


「おいッ!!、さっきから、ラッ……シュじゃなくて美春に近づきすぎだッ!!離れろッ!!」


「んぎゃっ」


 俺の右隣り0距離でエビちゃんフライを頬張っていたSK。


 唐突に席を立って移動したと思ったら、ほぼほぼラッシュな名前を口にしてカリンちゃんを突き飛ばすという理不尽な行動に出た。


 座席から落っこちるカリンちゃん。

 

 箸で掴んでいたおかず。

 エビがFLYフライする。

 うひひ、なんちて。


 俺は咄嗟に手を伸ばし、エビFLYをゲット。


 料理は無事だ。


 俺が守った。


 だから守護したお礼にエビちゃんフライをもらおう。


 今日は人数が多いからか、おかわりが少ない。

 だからこれは俺のものだ。


 ぱくぱくぱくぱく。

 エビちゃんFLYおいちぃな。


「急に何するですかッ!!」


「なんかムカついたから突き飛ばしたッ!!」


「そんなことで暴力を振るっちゃいけないのですッ!!」


「ムカついたんだからしょうがないだろッ!!」


「しょうがなくないですよッ!!、暴力はんたーいッ!!」


 ムカついたから人を突き飛ばす。

 流石はSK、短気が過ぎる。

 

 信号や電車を待つとき、彼女に背後をとられないよう注意しなくては。


 普段、怒らせている分、いつ後ろから突き飛ばされるか分かったものではないからな。


 というか脂っこいあとの味噌汁は最高だはぁ。


「……あ、あのぉ、美春さんって、ほんとに雪美くんのお兄さん・・・・、なんですか?」


 ぎゃーぎゃーと喧嘩を始めたお子ちゃま二人。


 我関せずを貫いて、犬の様な低姿勢でコソコソと箸を進めていると、今度はもう一人の女の子、あやちゃんが話しかけてきた。


 俺はチラリと顔を上げて彼女を見たあと、さりげなく顔を隠しつつ、『YES』の文字。


 というかお宅のドラマー、今、喧嘩中ですよ?、止めなくていいんですかい?。

 

 え?、お前が止めろよ?。

 

 巻き込まれたくないから嫌ですけど…。


「あの噂は本当のことだったんだ……、しかも雪美くんのお、お兄さん…」


 にわかには信じ難い。


 そういった表情を浮かべ、こっちを見ながら何やらボソボソと独り言を溢す文ちゃん。


 俺と雪美の血縁関係でも疑っているのだろうか?。


 確かに見た目も声も性格も似てないが、正真正銘、俺たちは兄弟ですよ?。


 なんせ、産まれたての赤ん坊だった頃の雪美との写真がありますからな。


「ユッキーのお兄さんだからもっと怖い人をイメージしてたけど全然ちがったわぁ、まさかあの傾学の美――」


「さっき教えたうちの禁句、もう忘れたのか?…自称天才くん」


「す、すぶましぇん」


 正面の座席に座る雪美。

 その隣に座る拓斗くんの頬を掴んで、言葉を遮る。


 何を口にしようとしたかは知らんが、俺は今だに口論している二人のエビちゃんフライをもう一本ずつ貰い、さっさとこの場から退散しようと箸を進める。


「カリンが言ってたから俺もいいかなぁって、ははは」


「言い訳あるか、あの馬鹿は次から出禁だ」


「おぉ、流石は禁句、一発退場とは容赦がないね」


「わ、私も気をつけなきゃ…、せっかく雪美くんのお兄さんと会えたのに出禁だなんて嫌だもん」


 喧嘩する二人。

 楽し気に会話を続ける三人。

 そして、無言無心で箸を進める一人。


 なんか俺だけ浮いてね?。


 てか、偉大なる兄を放っておいて食事を楽しむとか、愚弟にして不敬じゃね?。


「わふ、わふ」


 机の下から這い出てきたコマ君。

 

 香りにつられた犬畜生に慰められるとか俺、惨めじゃね?。


「わふわふっ!!」


 なにもくれねぇのかよっ!!、そう言いたげに吼えたあと、撫でつける手を振り払い、リビングへと戻って零さんにヒップアタックをして散歩を要求する駄犬。


 ご主人様の手を振り払うとは、愚弟より不敬だぞ、駄犬。許すまじ。


「『ごちそうさまでした』…けふっ」


 未だに二人は喧嘩の最中。

 未だに三人は楽し気に会話を展開。

 

 実に今日の食卓は賑やかだ。

 獣にも見放された俺が居なくとも。


 俺は自分の存在感を薄めつつ、食器を片付け、そそくさと自室へ戻る。


 狐の仮面を装備して、フードを被る。


 そして、財布を手にし、カリンちゃんへ安眠枕をプレゼントするため、材料の買い出しに向かおうと玄関の戸をコソ泥のように潜った。


 その際、「私のエビフライが二本消えた!!」というSKの怒鳴り声が聞こえてきたが、たぶん気のせいだろう、うん、そうに違いない。


「…ふぃ~、やっぱり一人がおちつくなぁ」


 食後の運動。

 ひとっ風呂浴びる前に、軽く汗を流す。


 居心地が悪くなった我が家に背を向け、俺は夜道を一人ゆく。


「……あ、お金16円しかなかったんだった」


 数メートルほど進んでその事実を思い出す。


「美春ッ!!どこ行ったッ!!、私のエビフライ返せーーッ!!」


 背後の我が家から漏れ聞こえてくるSKの怒声。


 俺は振り返ることを止め、進む。


 そして、道中にある二台の自動販売機の小銭口や下を覗きながら、コンビニを目指す。


「おッ!、意外とあるもんだな!、うひひっ」


 二つ目の自動販売機周辺に落ちていた五百円玉。


 俺はそれをポケットに入れ、ほくそ笑む。


 交番に届けろ?。

 そんな汚い金でプレゼントを作るな?。


 うるさい黙れ馬鹿。


 これは神様が困っている俺にくれたものだ。


 つまりこの五百円玉は神聖なものなのだ。


 だからなんの問題も無いのだ。


「ありがたや、ありがたや」


 俺は天使面する自分に説教をたれたあと、ご都合主義な神様に手を擦り合わせる。


 そして、再び歩みを――…、


「こらーーラッシュッ!!、夜道を一人で行くなんて危ないだろッ!!」


「ひうっ」


 夜中に怒声。

 

 近所迷惑が過ぎるSKが後方からやってきた。


「ひぃーーっ!!」


 SKのエビちゃんフライを盗み食いした俺。


 夜道を駆ける。


―――キキキキキィイッ!!、ドゴンッ!!。


 走り逃げる俺。

 信号を渡り切った少しあと。

 後ろから大きな音が聞こえた。


 びっくりした俺は、咄嗟に後ろを振り返る。


「きゃぁあああ゛!!!」


 耳を劈くほどの女性の悲鳴。


 道路に出来たタイヤ痕。

 そして、緊急停止した白のトラック。

 

「……SK?」


 道端に倒れる女の子。


 血を流し、ぐったりと人形の様に倒れて動かないそれは、紛れもなくSKだった。


 突然のことに、俺の頭が真っ白になる。


「あぁ…、マジかよ……、やっちまった……」


 白のトラックから出てきてその場に崩れ落ちるオジサン。


 周囲の連鎖する悲鳴。


 刹那、青白く光る蝶・・・・・・をみた。

 

 初めの白夢に出てきた幻想的な蝶。


 蛍の様に明滅するそれは、血を流し倒れるSKにとまり、再び羽ばたく。


 俺は呆然とただその光景を眺める。


 そして世界が静止した。


 徐々に速度を上げて巻き戻る景色。


「……とんでる」


 だけれども、蝶は羽ばたくことを止めない。


 血を啜り、青白さに輝きが増したそれは、何処ぞへと消え失せていった。


「……」


 SKの血を啜った蝶。


 なんだかそれから不吉なものを感じた。

 

 気のせい、では無い気がする。


「……『ごちそうさまでした』」


 俺は席についたあと、右横ゼロ距離で幸せそうに夕食を咀嚼するSKへ、残ったエビちゃんフライをあげて自室に戻った。

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