第64話 文化祭、荒れる予感…

「ミーちゃ、……ミー君っ」


 くりっとした大きな瞳。

 花が咲いたような笑顔が似合う相貌。

 小柄な体躯にいつの間にか実った二つのおっぱい。


 明るく元気で人懐っこい性格を持った異姓の友人――草田花子くさだはなこ


 彼女は、泣きっ面を晒しながら一歩前に出て、フードを咄嗟に被った俺を力強く抱きしめた。


「んぎゅッ?!」


 抱き締められる力は大蛇の如し。

 顔に胸が押し付けられる。


 息がし辛い。

 苦しい。


 敏感に生命の危機を感じた俺は、自己防衛本能に従ってジタバタと足掻く。


「ごめんね、ミー君……、悪気はなかったの、ごめんねッ」


 しとしと、と泣きながら花子。

 絶対に放さないという意思を感じる。


 状況に思考が追い付かないまま、俺は「んん゛ッ、んぅ゛!!」と返し、拘束から逃れようと必死に抵抗。


 彼女の二の腕を掴み、力づくで脱出を試みる。


 しかし、ビクリともしない。


 背中に回された細い腕が緩むことも無く、それどころか徐々にそのリングを狭めるように縮小していく。


 うぐぐぐ゛、締め付けられるぅ゛、しぬぅッ!!。


「ミー君のお母さん、お父さんから事情を色々きいたんだ、…そうだよね、ミー君はちゃんと男の子だもんねッ、……ごめんね、今まで嫌な思いさせて、気づいてあげられなく、て……うぅ゛」


 更に力を込める花子。

 尋常ではない力を発揮してくる。


 なんだこれは。

 なんなんだこの力の差は。


 俺は男で花子は女。

 なのになんで前者が力負けしてんだ。


 みっともないが過ぎる。


 俺はラッシュな男の中の漢なんだぞ。


 ふざけんな。

 くそったれ。

 悔じぃい。

 うぐぐ。


「おいっ、ハルが嫌がってるだろ、いい加減に離れろよ」


 絞め落とされる一歩手前。

 

 花子の肩を掴んで、唖然としていた元親友――藤ノ原連ふじのはられんがようやく動いた。


 どことなくトゲのある口調だった。

 なんだか怒ってるっぽい。

 どうでもいいけど助かった。

 締め付けが緩まったので、その瞬間に俺はニョロリと脱出。


 花子から一歩距離を取り、新鮮な空気を全力で取り込む。


 ひっひふー、ひっひふー。


「……気安く触れないでくれないかな?」


「お前こそハルに……、っち」


 ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す俺と目が合い、視線を逸らす藤ノ原連。舌打ちを溢して花子の肩から手を放した。


 花子と同様、久しぶりに見る彼もまた大分成長している。


 最早、追い越すこと叶わないところまで俺との身長差が広がってしまった。


 昔、どっちが背が高いのかで言い争ったのが懐かしい。


 今では子供と大人のそれだ。


 ふざけろ。


 なんだこの理不尽な成長期の差は。


 今に見てろ。


 ラッシュに成った俺はお前の二倍ぐらいはあるんだからな、クソがッ。


「……ハル、久しぶりだな、髪と目どうしたんだ?、…コスプレってやつか?」


 花子と一瞬だけ睨み合ったあと藤ノ原連。


 右手の人差し指で頬を掻きながら、謎に成長した俺の姿に当然の疑問を抱く。


 先の抱擁という名の暴力で恰好が崩れていた俺は、最大のコンプレックスである頭部を見られまいと、深々とフードを被り直し、都合がいいので首を縦に振っておいた。


 同性の声。

 相も変わらず背筋がゾワゾワ。


 だがしかし、不思議と感じる嫌悪感が弱い気がする。


 最後の最後で俺を裏切った奴だというのに不思議だ。


 長く親友なんてものをやってきたから…、だろうか?。


 それとも親父や雪美のおかげで少なからず耐性の様なものができていたり?。


 …わからない。


 自分のことなのに自分がよく分からない。


 俺は一体なんなんだ。

 俺の髪と目は一体どうしたんだ。

 

 ……今更だけど、今度リエルノに聞いてみようかな。なんか色々と教えてくれそうだし。


「すげぇ、似合ってる…、と思う」


 気まずい空気から逃れるように改めて自分の変化について思考を巡らせていると、朱色に頬を染めながら藤ノ原連が口を開いた。


 目と目が合い、照れたように視線をそらして、台詞を吐く。


 如何にもなその態度に思わず顔が引きつる。


 …なんだぁ?、てめぇ。

 なに気持ち悪いリアクションしてんだ?、あぁ?。


 褒められたくてこんな姿してんじゃねぇんだよ。


 褒めるんじゃねぇよッ!!。


「アニメに出てくるキャラまんまって感じだな、……なんかスゲェかわ、…綺麗、…いや、カッコいいな」


 俺とは認めることのできないこの姿。

 それを絶賛する藤ノ原連。


 所詮、コイツも俺のことをちゃんと見ていなかったのだと改めて気付かせられる。


 お前、…ふざけるなよ。


「……(パクパク」


 元親友の照れた態度に好意の視線。

 向けられる側としては気持ちが悪い。


 だから止めるよう訴えかけようとしたが、声が出なかった。


 雪美や零さん霞さん。


 その三人とはスムーズに会話できていたのですっかり忘れていた。


 面と向かって人と喋れなくなっていることを。


 この感覚も久しぶりだ。

 気を許せない人の前では喋れない。

 無意識が働いて、言葉が喉に突っかかる。


 無理に喋ろうとすると、気分が悪くなり、吐き気が込み上げてくる。


 雪美ですらなったのだから、この二人の前で喋れるなんてことは当然なかった。


 俺はしばらく口をパクパクさせるお魚さんになった。


 二人からの視線が気まずかった。


 観賞用じゃないんだよ。

 だからお魚さんをじっと見ちゃだめなんだよ。


 羞恥からくるストレスで死んじゃうから。


 パクパクパクパク。


「そういえば今月の文化祭なんだけど…」

「そろそろ文化祭あんだけどよ…」


 お魚さんお披露目会閉幕。

 それと同時に喋りだす二人。

 またも無言のまま睨み合いをしている。


 もしかしたら二人は仲が悪いのかもしれない。


 僅かに漂う重い空気を感じ取り、何となくそのことを察する。


 客観的に見る喧嘩ってなんかワクワクするよね。


 いいぞ、もっとやりあえ。

 罵り合い、殴り合い、なんでもありだ。


 俺が作り出した気まずい雰囲気をぶち壊せ。


 レディ、ふぁいとッ。


「私たちのクラス、コスプレ喫茶やることに決まったんだけど、もしよかったら…ミー君も参加しない?」


 にらみ合いを征した花子。

 俺のことを見世物にでもしたいのだろうか?。


 というか文化祭。

 もうそんな時期か…。


 うちの二茂中学校の文化祭は、一般的な中学のものと比べると規模もでかく、自由度が高いでそこそこ有名だ。


 一応、区の全体が観光地として有名なので、そういった点を考慮しての趣向なのだろう、多分。


 身内に向けてやるより、訪れた外部の観光客を巻き込んでの文化祭。


 地域活性化に重きを置いた、学校主体のお祭り。


 それが我が中学校の文化祭だ。

 創作物で出てくるようなそれをイメージしてくれれば分かりやすいだろう。


 身内ノリの学芸会なんて退屈で堅苦しいものは、小学校で卒業。


 結果、内のクラスはコスプレ喫茶、と。

 定番というか、面白みがないというか、なんというか。


 ……ちょっと、楽しそうである。


「嫌だったら全然いいんだけど、……ほら、ミー君ってジャンピ好きでしょ?、だからコスプレにも興味あるんじゃないかなぁ~…って、その衣装で来てくれたら盛り上がるなぁ~って、思ったんだけど……、どうかな?、あ、もちろ面倒な裏方は私たちがやるから、ミー君は招き猫してくれるだけでいいよ?、接客とかも私達やるから、ね?」


 言い訳じみた早口で花子。


 頑張ってこんな俺を誘ってくれるのは嬉しいのだが、首を縦に振るには些か抵抗がある。


 また同性からの告白ラッシュなんてされたら、なんて思うだけ虫唾が走る。吐き気が込み上げてくる。きっと吐く。


 だから文化祭は不参加。

 

 あの時の様にラッシュとして在れたのなら、参加も有り。


 でもそれは出来ないとリエルノが言っていたので参加は無し。


 ……俺は一人、つらぬきのソフトに勤しんでいるとするよ。


 花子の期待に満ちた視線に、首を横に振って答える。


 残念な表情。

 それをみて、ちょっとだけ罪悪感。


 すまんね。


「今年の文化祭、有名なバンドが演奏しに来るらしくてさ、そのオープニングアクトで雪美のバンドが出るらしいんだわ」


 俺の返答に項垂れる花子。

 それを余所に、今度は藤ノ原連が口を開いた。


 雪美のバンドがおーぷにんぐあくと?、なにそれ。


「ハルはあいつのライブ生でみたことあるか?」


 最近、雪美がバンド活動してることを知った俺。

 当然、そんなものは観たことが無い。


 首を横に振って答える。


「だろうな、あいつ恥ずかしがって、頑張ってるとこハルに絶対見せようとしねぇし」


 くくく、と笑う藤ノ原連。

 俺は首を傾げ、どういうことかと思考する。


「こっそり文化祭で演奏してるとこ見に行ったら、さぞ面白い反応が見れるだろうな…くくっ」


 思考すること数秒。


 話の流れから察するに、どうやら雪美は文化祭でバンド演奏するらしい。


 ……Huh?。


 兄は弟の全てを知っておく義務がある。


 おのれ愚弟。


 どれだけこの偉大なる兄に隠し事をすれば気がすむのか。

 

 隠し事なんてな生意気なッ。

 許せんッ、絶対見に行ってやるッ!!。


 決定事項を反転。

 文化祭に参加を表明。


 一般の客を装って、愚弟の晴れ姿を見にいこう。茶化しに行こう。


 潜入ミッションだ。

 わくわくっ。

 うひひひ。


「うちの催しはどうでもいいから、少しぐらい顔出せよ。初めての文化祭だろ?、学生らしい思い出を作るならもってこいだ」


 そういい、藤ノ原連は悪戯っぽく笑う。


 懐かしい。


 そういえば、こいつはこんな風にいつも笑っていた。


 さっきまでのキモイ態度は何処へやら、だ。


 ……また親友に戻れたらいいのになぁ。


「そういやぁ、白帆さんにスマホ買ってもらったんだろ?、連絡先交換しようぜ」


「わ、私もッ!!」


 ポケットからスマホ、鞄からスマホ。


 差し出された二つのそれ。


 ようやく俺のスマホに家族(霞さん零さん含む)以外の連絡先が増えるらしい。


 市場には滅多に出回らない幻のラッシュのグッズ。


 それを手に入れた時の様な幸福を感じ、ちょっとうれしい。


 友達コレクションである。

 うひひ。


「美春様、どうぞ」


 踵を返し、家の中へと戻ろうとしたタイミングで、今更になって玄関の戸を開け、零さんが俺のスマホを持って登場。


 やけに準備のよろしいことで。


 あとで勝手に部屋へと入ったことを注意しなくては。


 ほんと自分勝手な零さんである。


 空気が読めることは良いのだけど…、はぁ、やれやれ。


「だ、だれだ……あれ」


「霞さんが言ってた人、かな?」


 一瞬だけ眠たげな表情を晒し、二人に軽く会釈してすぐに引っ込んでいった零さん。


 不愛想な対応をするそんな彼女をみて、二人は「あれが噂の愚物…」と、小声で呟いた。息ぴったりである。


「REINでいいよな?」


「最初に私とッ、私とフルフルしよッ、ミー君!」


 気を取り直すように口を開いた藤ノ原連を押し退け、花が咲いたような笑顔をみせる花子。


 友達第二号は君に決めた。

 第一号は言わずもがな、SKである。


 俺はREINのアプリを起動。

 花子と連絡先を交換するべく、レッツふるふる。


 ふるふる~、ふるふる~、ふるべゆらゆら~、ふるふる~。


「ふふふ、やった、毎日連絡するね!、あと電話も!」


 毎日、連絡をよこすのはSKだけでいい。


 二人から頻繁にメッセージを送られては、ノイローゼになってしまう。


 俺は首を横に振ったあと、スマホを使い、『たまにならok』と返す。


 聞き分けのいい花子は、「うんっ」と頷いた。


 聞き分けの悪いSKとは大違いである。


 SKには花子を見習ってほしいものだ(切実)。


「よし、今度は……俺だな」


 少し照れた感じで藤ノ原連。

 またキモイ態度を見せるようになった。


 いい加減にしろよ、お前。


「一歩前進…ってところか」


 連絡先の交換。


 それを終え、小声で何かを呟いた後、藤ノ原連は踵を返し「じゃぁな」と手を振る。


「文化祭のスケジュール決まったら、また連絡するは……って、このアイコン、パンチング・ラッシュか?、はは、ほんと好きな」


 からからと笑いながらお隣・・の家へと帰宅するご近所さん。


 それを見送り、今度は花子の番。


「……無理しないでね、今度はちゃんと、私がミー君を守るから」


 女に守られるなど武士の恥。

 丁重にお断りさせてもらう。


 あまり男の中の漢をなめんじゃねぇ。


 この俺はラッシュ成る者ぞ。


「またお話しようね」


 両手を広げ、近づいてくる花子。


 再びのスネークロック。


 それを予知した俺は、花子に手を振って、急いで家の中へと非難。


 儚げな「あ」という声が聞こえた気がしたが、スルーである。


「もうよろしいので?」


 正座して玄関先で待っていた零さん。


 コマ君の「散歩か?お?お?」というヒップアタックを受けながら、俺の靴を脱がしてくれる。


「なんで見てただけ?」


 何事にも甲斐甲斐しく世話をしてくれる零さん。


 結果的にさっきの邂逅はうまくまとまったからよかったものの、あれがもしダメな展開に転がっていたらと考えると、放置されたことが腹立たしく思えてしまう。


 困っていたのに助けてくれなかった。


 若干にして、裏切られた感じがしてならない。


 頬を膨らませ、怒っているんだぞアピールをしておく。


「白帆様より、美春様の交友関係に首を突っ込むな、と言いつけられておりましたので」


「…ふーん」


「そう膨れっ面を晒すものではありません、零はいつでもあなたの傍に」


 戦地に俺を見捨てたわけではない。

 それを確認できただけでも良しとしよう。


「今日はもう口聞かない」


 助けてくれなかった事は水に流す。

 だかしかし、勝手に部屋へと入ったことは許さない。


 頬をつんつんしてくる零さんの手を振り払い、俺は自室へと向う。


 後ろから「…そんなぁ」という悲しげな台詞を耳に拾いながら、スマホを抱え、笑顔で階段を上がる。


 そして部屋に戻っては、炎上騒動のことを思い出し、ベッドへとダイブ、からの現実逃避(睡眠)。


 SKから送られてきていた夥しい量のメッセージ。


 それをスルーしたまま、文化祭で大いに楽しむ夢を見るのであった。

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