第63話 SKはラッシュとオフコラボがしたいらしい

 時刻はちょうどお昼時。


 目が覚めた俺は、寝ぼけながらも零さんに呼ばれて一階へと昼食を取りに向う。


 朝食を抜いた分、お腹が空いた。

 今日は俺の大好物エビちゃんフライ定食。

 沢山食べるぞぉ、わくわく。


「先に席へとおつきに」


「うぃ」


 零さんに手を引かれ、席へと着席。

 机に用意されていく二人分の食事。

 俺はそれをみて頭の上に疑問符。


「雪美と霞さんは?」


「ユウ君は今日から一週間、バンド合宿なるものに参加するそうです。霞はその付き添いに」


 零さんはそういい、「しばらく二人っきりですね」とこっちをみた。


 その眠たげな顔に笑みでも添えてくれればいいのに、無表情でこっちを見てくるからちょっと怖い。


 俺は零さんから気持ち距離を離した。

 零さんは気持ち近づいてきた。


 ……。


「ふーん、バンドねぇ、合宿ねぇ、へー、ほーん、………それ、急に決まったの?」


「そのようで」


「いつ?」


「昨日の夜に」


「………へぇ」


 しばらく無言のまま箸をすすめる。


「美春様、ほっぺにタルタルが」


 甲斐甲斐しく世話をされながら、霞さんが作り置きしてくれていたエビちゃんフライを頬張る。


 揚げたてではないからか、いつものおいしさは感じられない。


 美味しいには美味しい。

 冷めても母の味。

 流石は霞さん。


 だがしかし、何かが足りない。

 幸福度が物足りない。


「ごちそうさまでした…けふっ」


 二人分の空席は、どうやら味覚にも作用する様だ。


 いつもは三本はおかわりするエビちゃんフライも、今日は二本まででおさまった。


「お片づけはご一緒にされませんか?」


 食事を終えた後は、いつも霞さんと+αの零さんとで片づけをする。


 だけど、今はそんな気分ではない。


 どことなく物悲しそうにするジト目な零さんに後を任せ、俺は自室へと向かう。


―――ぱりーん。

 

 後ろから「あ」という間抜けな声と、何かが割れた音がした。


 まったく、家事のかのじも知らない使用人である零さんは。


 世話が焼ける。


 俺は振り返り、一緒に皿洗いしてあげることにした。


―――ぱりーん、ぱりーん。


「あ」


「あ」


 その後、母が大事にしていた榊家の皿が複数枚どこぞへと消失したのはここだけの秘密なのである。


 犬畜生に、「わふっ…」と呆れた感じで吠えられたのは、零さんと俺との決して明かされてはならない極意事項なのである。


 …霞さん、早く帰ってこないかなぁ。


== 配信スタート ==


 石像が立ち並ぶホール。


 何かを守る様に扉の前に佇むフルフェイスの騎士が一人。


 左手に短槍、右手には長剣。

 他とは一線を画すその装備。

 一目見ただけでただ者でないことが伝わってくる。


『ここより先は弱き者の世界』


 貫くことに特化したその男。


 一定の距離に近づくと、渋カッコいい声でカッチョイイ台詞を口にする。


『この場は零度の世界』


 扉の前でただ佇むことを止め、豪傑から豪王、そして豪神王と成ったこのラッシュな俺の歩みを堰き止める騎士。


 不敬なり、つらぬきのソフトよ…っふ。


『甘さは無い』


 つらぬきのソフトがそう発した次の瞬間――、


―――キーンッ。


 ムービーからのエリア掌握。

 スリップダメージを与える極寒のステージに俺は招かれた。


 この時、地道に体力を削られていくのに気を取られてはいけない。


 目前の敵から目を放し、体力ゲージに視線を向けてしまえば、地面から突き出て迫る氷柱の餌食になってしまうから。


「浅はかッ!!」


 俺は迫りくる氷柱の波を左によけ、大魔法を扱ったことで隙を見せているつらぬきのソフトへと突貫。


 しかし、ここで焦って攻撃してはいけない。


 攻撃をしてしまえば、敢えて・・・隙を見せていたつらぬきのソフトによる即死カウンターを喰らってしまうから。


 ならどうする?。


 答えは簡単。


 さっきまで大事に大事に守っていた扉へと向かえばいい。


 そうすることで奴は本当の隙を見せる。


ッ!!』

 

 カウンターを狙っていた、つらぬきのソフト。

 それが焦った声を出したのが合図。


 俺は振り向き反転。

 両手に持ったクレイモアを横凪一閃、からの連撃。


 ここぞとばかりに斬撃をたたみかける。


「浅はかッ、浅はかッ、浅はかなりぃいい!!」


 これまで幾度も苦渋を舐めさせられた俺。


 その鬱憤を晴らすように、クレイモアを振るう。


「あ」


 ある程度、攻撃を加えたらカウンターが来るので即離脱。


 脳内麻薬ドバドバのせいで、俺はすっかりそのことが頭からすっぽりと抜け落ちていた。


 体勢を整えたそれへとクレイモアを振るった瞬間、カウンターを喰らう。


 一撃、首元に短槍。

 二撃、鳩尾に長剣。

 

 当然の如く即死である。

 マゾゲーである。

 

――YOU DEID――


「……やりおる」


 正面モニターに浮かび上がる赤黒い文字。

 それを見つめながらぼそりと呟く。


 チャット欄を移す右のモニターがこれでもかと存在感を放ち始める。


 観てはいけない。


 そう思うも、俺は恐る恐るそっちの方へと視線を移した。


【豪神王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4.8万人。

 現在のライブ視聴者数4.2万人。


≫浅はかなのはお前。

≫やりおる、じゃねぇよw。

≫何回同じこと繰り返しとんねん。

≫雑魚死乙www。

≫センスねぇ。

≫チート使えば?大会の時みたいに。

≫さっさと謝罪動画上げてもろて。

≫お前のせいでウチの推しがメンタルやられて引退宣言したんやが?どうしてくれるん?お?。

≫転生はよ。


 昨日で爆増した娘達。

 それに喜ぶ間もなく、肩を落とす。


 何処かピリついた空気感が漂うチャット欄。


 俺を応援してくれる声は欠片ほどもありはしない。


 最初こそ擁護コメが多少なりともあったが、俺が貫かれるたびにそれも減っていって、数時間たった今では御覧のありさまだ。


 どんな時でも俺の味方で居てくれたビットビートさんもいない。


 ……悲しい。


「………俺、なんも悪いことしてないのに……ずずっ」


 結果的にSNSで中止と声明がなされた昨日の大会。


 みんなが皆、中止になったのは俺のせいだと言う。


 俺が不正をしたせいで、ケロぺロスの輪以外の出場者が配信ボイコットをしたんだと決めつけて。


 怒れるSKやメテヲさんに色々と事情を聞いてみたが、ボイコットの件はどうにもデマらしい。


 しかし、視聴者たちはそれを信じてはくれない。


 同時多発的に、俺たちケロぺロスの輪以外の配信者が気を失い、配信を切るはずがない。


 だから不正をしたラッシュのせいで大会は中止に追い込まれた。


 そう理論展開し、みんなが俺を責め立てるのだ。


 ケロぺロスの輪ではなく、リエルノでもなく、俺だけを…。


 理不尽である。


 俺は正々堂々とあろうとしたのに…。


【豪神王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4.8万人。

 現在のライブ視聴者数4.4万人。


≫泣いちゃった。

≫なにもしてないわねーべ。

≫不正ばれて叩かれて今どんな気持ち?ねぇどんな気持ち?。

≫SKとメテヲをまきこむんじゃねぇよバ美肉野郎。

≫謝罪動画まだぁ?。

≫地声で配信したらゆるしたる。

≫これはもう引退からの転生で消化するしかないねぇ~。


 SNSを通して、主催者側含めた大会参加者はみんな『光ったと思ったら寝ていた』と、同じような理由をあげて突然配信を切ってしまったことを謝罪している。


 にわかには信じ難い話だが、俺も似たような体験をしているのでそれが事実だとわかる。あの悪夢のような世界に飛ばされただろう、ということもなんとなく察している。記憶が無いというのは引っかかるが…。


 しかし、何も知らない人たちからすれば、無理のある言い訳にしか聞こえない。


 人が多く集まった分、噂が噂を呼び、その結果、何故か俺だけが炎上するという羽目になった。


 それもこれも、全部リエルノが勝手をするからだ。


 失明するかもしれない恐ろしい能力を多分つかって、不正行為をしたからだ。


 次あったら説教してやる。

 いつ会えるか分からないけど、お尻ぺんぺんしてやる。


「……ひっく、…すんっ」


 なんにせよ今回の炎上は長引きそうだ。

 前回のASMR以上に…。


 憂鬱だ。

 現実も仮想も。


 …くそっ。


「よ、用事を…ひっく、思い出したので豪神王ラッシュ、…ずずぅッ……ひ、ひっく…これ、ッ…これにて失礼させてもらうッ!!」


 長時間による、つらぬきのソフトと辛辣娘達のWパンチ。


 流石に来るものがある。

 なので配信を終わることにした。

 〆の挨拶をするため、気力を振り絞る。


【豪神王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4.8万人。

 現在のライブ視聴者数4.4万人。


≫はぁ?。

≫逆切れしてて草。

≫つらぬき倒すまでやれや。

≫虚言のラッシュに改名はよ。

≫取り返しがつかないぐらいキャラ崩壊してんだから無理すんな。

≫リリーとはどういう関係なの?。


「乙ラッシュッ!!」

 

 俺は吐き捨てるようにそう叫ぶと、乱暴な動作でPCの電源を直接おとした。


 大事な娘達の声を無視していいのか?、って?。

 

 うるさい黙ればか。


 俺はラッシュなんだ。


 ラッシュは誰にも弱い所を見せないだ。


 だからこれでいいんだ。


 くそったれめッ。


「少しぐらい擁護してくれてもいいじゃんかよ…みんなのバカ」

 

 てっきり優勝でチヤホヤされるじゃないかと鼻を伸ばして期待していただけにこの結果は辛い。


 俺はパジャマについているフードを被り、ベッドにダイブ。

 

 ストレス発散に何度も枕に拳を叩きつけた。


―――ブーッ、ブーッ。


 REINの通知を知らせる振動。

 振り上げる拳を止め、スマホを手に取る。


『オフコラボ、うちでするりますか?』


 不細工な丁寧語。

 言わずもがなSKだ。


 これ以上、他人の前で声を晒したくない俺は、普通のコラボならOKと返した。


「……ずずッ、…SK」


 絶賛炎上中の俺。


 ケロぺロスの輪である彼女の方も飛び火して大変だろうに、それでも気にかけてくれる。


 SKはもしかしたら、俺が思っていた以上にいい奴なのかもしれない。


 ただオフコラボをしたいだけかもしれないが…。


『じゃぁ、そっちの家でオフコラボするりまするよ』


 全くこっちの事情を察していない返答。

 すかさず『NO』を突きつける。

 そもそも家を知らないだろと。

 教える気はないぞと。


『おにぃが知ってるんですん』

『オフコラボしていいって許可もくれましたのん』


 おにぃが知ってる?。

 おにぃって龍宮寺茜?。

 大会主催者であるあの人?。


 なんでそんな人が俺の住所しってる?。


 もしかして、俺、身バレしてるんですん?…のん?。


―――ピンポーン。


 尚も続くSKからのメッセージ。

 それを放置して、しばらく放心状態のままベッドの上で蹲っていると、家のインターホンが鳴った。


 時刻は十六時。

 愚弟と霞さんが帰ってくるにはまだ六日はやい。


 しかし、もしかしたら何かの拍子で二人が帰ってきたのかもしれない。


 途中で、合宿が中止になったとかで、戻ってきたのかもしれない。


 そう思った俺は、とりあえず現実逃避しようとベッドから出て、玄関へと走った。

 

 ダメダメな零さんではなく、空気の読めないコマ君でもなく、母の様に出来る慈愛に満ちた温かさを持つ霞さんに甘えて慰めてもらおうと、走る。


 迫る玄関。


 目元を擦る零さんを横切り、俺は勢いよく開けた。


「……は、ハル、なのか?」


「みー君?」


 玄関を開けた先、うちの学校の制服を着た男女の二人が立っていた。


 無論、愚弟と霞さんではない。


 一人は元親友。

 もう一人は異姓の友人。


 藤ノ原連ふじのはられん草田花子くさだはなこ、だ。


「……あぅ?」


 白髪にピンクの瞳をしたパジャマ姿の俺。


 驚きの表情を浮かべる二人を、ただただ、ぽけーっと見つめ返した。

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