第61話 天使の微笑み

「むにゃむにゃ……これれ、おわりだはぁ~……ウルトラ……らっちゅ…いんぱくとぉ~……むにゃむにゃ」


 濃密な神気・・が渦巻く薄暗い部屋の中。


 デスクに突っ伏し、楽しそうな夢を見る配信者ばかが一人。


 モニター画面にその顔を照らされ、これでもかとさっきから寝言を口にしている。


 起きているのかいないのか、いまいち判断に欠ける。


 俺が部屋に入ってきても何らアクションを起こさないので、多分きっと寝ているのだろう。


 起こさないよう近づいて、ONになってたマイクをOFFにする。


「……なんか、むかつくな」


 幸せ顔で夢見る配信者ばか、もとい兄貴。


 配信で事故を多発させるそれの寝顔を眺めていたら、なんかイラっと来た。


 健康的で色素の薄いぷにぷにホッペ。


 起こさない程度に軽く抓ってストレス解消。


「ユウ君、そろそろ時間」


 いつの間にか真後ろに立っていた零さん。

 

 俺と同様に、兄貴のほっぺをイジリながら小声で口を開いた。


「ぅう…むにゃむにゃ…やふぇほぉ~」


「…起きたか?」


「んーん、まだあちら・・・にいるご様子……、かわいい」


 俺たちの指を振り払い、反対側に顔を向ける兄貴。


 零さんの頭なでなで攻撃により、ぐっすりと寝息を立て始めた。


 猫の様に「ゴロゴロ」と口から溢している。


 あざとい。


「……」


 母猫に甘える堕落猫。

 そのありふれた日常を今に投影。

 しばらく二人の姿を眺めた後、踵を返す。


本家・・は魔境、…ほんとに行く?」


 兄貴の部屋から出る一歩手前。


 母猫役の零さんが、堕落猫をあやしながらそう聞いてくる。


「行かなきゃこの先きっと守れない」


「差別凄い、虐められる」


「超えればいい」


「超えられない壁、沢山、…何かあったら過福かふく様を頼って」


「………兄貴のこと、よろしくお願いします」


「まかせられた」


 いつも家事で失敗ばかりする零さん。


 それでも力強く返事をする彼女は、いざという時、頼りになることを俺は知っている。


「…兄貴、いってきます」


 軽く後ろを振り返った後、俺は一階へと降りて行った。

 

== 視点は二成の神 ==


 突然の衝撃と咆哮。


 光の縫い目から取り出された・・・・・・俺は、突如としてそれらに晒された。


 とてもびっくりした。

 しかし、痛くはない、怖くもない。


 それどころか、大量の土煙が舞う中、色々とこれまでの人生を振り返る余裕すらあった。


 俺はこれまで沢山の不思議を体験してきた。


 そのどれもが恐ろしく、悍ましいものばかりだった。


 男なのに女という不思議。

 同性の男に厭らしい目で見られては告白される不思議。

 体のあちこちが変質する不思議。

 怪物と白い景色が続く不思議。

 誰かさんリエルノが乗り移ってくる不思議。

 時を操れる不思議。

 その他色んな不思議。


 本当にたくさんの不思議と俺は遭遇した。


 今の今まで、一つたりとて心の底から喜び感動するようなそれは無かった。


 だからこの先もきっと、俺が思い描くような都合のいい出来事は起きないのだろうと思っていた。


 しかし、それは違った。


「…これこそ、これこそが…、求めていた不思議」


 豪快で雄大な低音ボイス。

 感動で震える褐色ボディー。

 焦がれてやまなかったその肉体美。

 そして太い首に乗っかる男の中の漢の顔。


 俺はついに理想を手にする不思議と遭遇したのだ。


「……あぁ、ちゅばらちぃ」


 元の体と今の体。


 それから生まれる違和感に、感覚がまだ追い付かない。


 細かい動作がなんともし辛い。


 だがそれを含めて尚、この不思議は素晴らしい。


 みろ、この魔物の血に染まった赤きグローブを。


 みろ、この褐色に盛り上がった筋肉を。


 みろ、このラッシュとなった俺の姿を。


「……豪神王らっちゅ」


 己の姿を見下ろし、新たな名前が思い浮かぶ。


 一騎当千の豪傑から始まり、孤高の獅子王へと昇りつめ、最後には神の如き理想の存在へと昇華。


 豪神王ラッシュ。


 天才的なネーミングセンスだ。


 流石は俺…いや、ラッシュ。


「我が名は豪神王ラッシュ!!、うぉおおおッ!!」


 聞き惚れろ。

 見て惚れろ。

 

 且つもせよッ。

 そして我が前にひれ伏せ。

 豪神王ラッシュが道を行くぞ。


 俺は、さっきの出来事・・・・・・・も忘れ、自分の変化に酔いしれながら雄たけびを上げた。


 …うひひ、勇ましいボイスである。


 ……うひひ、カッコいい。


「……霧に化け物、なんだよ、あれ」


「あんなギミック知らないんですけど……」


「お、おい、もしかしてあれも殺さねぇといけねぇんじゃねぇか?」


「やべぇ、やべぇって、もうリングが迫って来てるってッ!!」


 大きなクレーターの様な地の底で、拳を掲げて雄たけびを上げていると、人の声が上から聞こえ始めた。


 なにやらどれも不安げで焦った様子。


 化け物とか、殺さなきゃとか、不穏な台詞が幾つも聞こえてくる。


 …なんだぁ?。


「ら、らっしゅッ!!、化け物だッ!!、化け物が霧にッ!!」


 こちらを覗くように一人の金髪男。


 痛々しいほどに痣ができて腫れあがった顔をしている。


 見覚えがある様な、無いような…。

 

 それにこのイケボ、聞き覚えがある様な、無いような……はて?、誰だったか…。


「ヴォロォアァアッ!!」


 周囲に漂っていた霧。


 俺の真上で凝縮しだしたと思った次の瞬間、霧から形を成した化け物が降ってきた。


 大口を開けて鋭い牙を突き立てようとしてくるそれ。


 とても見覚えがある。

 怪物さんに似たやつだ。

 

 さっきケロぺロスの輪でハチの巣にしたそれと同類の何かだろうか?。


――ズドーンッ!!。


 大口を開け、上から地面を抉り喰らう化け物。


 紙一重でその一撃を避けた俺は、瞬時に神秘的なこの肉体の内側に感じるを、両拳へと集めた。


 ほぼ無意識下で行われた一連の動作。

 どこか時を操る時の感覚と似ている。


 知らないのに出来てしまう。

 五感を扱う時と同じだ。

 感じる力に恐れはない。


「力ッ!!、力をよこせぇええ゛!!二成の神ッ!!」


 錯乱したように四つの腕を振るう化け物。


 なぜか俺を見るその瞳は揺れていた。


 まるで怯えた人の目だ。


「赤きグローブから放たれりゅ波動、…その身にきじゃむがよろちぃ」


 事情はよく分からない。

 だが、ラッシュの前に立ち塞がるのならば魔物だ。


 容赦はしない。


「ヴァたなりぃいいッ!!」


「ふんッ」


 何千、何万回とみて練習したラッシュの攻撃モーション。


 今の俺はラッシュ。


 ならば、出来るはず。


 パンチング・ラッシュの主人公が持つ唯一無二の技、|衝撃の喇叭「むにゃむにゃ……これれ、おわりだはぁ~……ウルトラ……らっちゅ…いんぱくとぉ~……むにゃむにゃ」


 濃密な神気・・が渦巻く薄暗い部屋の中。


 デスクに突っ伏し、楽しそうな夢を見る配信者ばかが一人。


 モニター画面にその顔を照らされ、これでもかとさっきから寝言を口にしている。


 起きているのかいないのか、いまいち判断に欠ける。


 俺が部屋に入ってきても何らアクションを起こさないので、多分きっと寝ているのだろう。


 起こさないよう近づいて、ONになってたマイクをOFFにする。


「……なんか、むかつくな」


 幸せ顔で夢見る配信者ばか、もとい兄貴。


 配信で事故を多発させるそれの寝顔を眺めていたら、なんかイラっと来た。


 健康的で色素の薄いぷにぷにホッペ。


 起こさない程度に軽く抓ってストレス解消。


「ユウ君、そろそろ時間」


 いつの間にか真後ろに立っていた零さん。

 

 俺と同様に、兄貴のほっぺをイジリながら小声で口を開いた。


「ぅう…むにゃむにゃ…やふぇほぉ~」


「…起きたか?」


「んーん、まだあちら・・・にいるご様子……、かわいい」


 俺たちの指を振り払い、反対側に顔を向ける兄貴。


 零さんの頭なでなで攻撃により、ぐっすりと寝息を立て始めた。


 猫の様に「ゴロゴロ」と口から溢している。


 あざとい。


「……」


 母猫に甘える堕落猫。

 そのありふれた日常を今に投影。

 しばらく二人の姿を眺めた後、踵を返す。


本家・・は魔境、…ほんとに行く?」


 兄貴の部屋から出る一歩手前。


 母猫役の零さんが、堕落猫をあやしながらそう聞いてくる。


「行かなきゃこの先きっと守れない」


「差別凄い、虐められる」


「超えればいい」


「超えられない壁、沢山、…何かあったら過福かふく様を頼って」


「………兄貴のこと、よろしくお願いします」


「まかせられた」


 いつも家事で失敗ばかりする零さん。


 それでも力強く返事をする彼女は、いざという時、頼りになることを俺は知っている。


「…兄貴、いってきます」


 軽く後ろを振り返った後、俺は一階へと降りて行った。

 

== 視点は二成の神 ==


 突然の衝撃と咆哮。


 光の縫い目から取り出された・・・・・・俺は、突如としてそれらに晒された。


 とてもびっくりした。

 しかし、痛くはない、怖くもない。


 それどころか、大量の土煙が舞う中、色々とこれまでの人生を振り返る余裕すらあった。


 俺はこれまで沢山の不思議を体験してきた。


 そのどれもが恐ろしく、悍ましいものばかりだった。


 男なのに女という不思議。

 同性の男に厭らしい目で見られては告白される不思議。

 体のあちこちが変質する不思議。

 怪物と白い景色が続く不思議。

 誰かさんリエルノが乗り移ってくる不思議。

 時を操れる不思議。

 その他色んな不思議。


 本当にたくさんの不思議と俺は遭遇した。


 今の今まで、一つたりとて心の底から喜び感動するようなそれは無かった。


 だからこの先もきっと、俺が思い描くような都合のいい出来事は起きないのだろうと思っていた。


 しかし、それは違った。


「…これこそ、これこそが…、求めていた不思議」


 豪快で雄大な低音ボイス。

 感動で震える褐色ボディー。

 焦がれてやまなかったその肉体美。

 そして太い首に乗っかる男の中の漢の顔。


 俺はついに理想を手にする不思議と遭遇したのだ。


「……あぁ、ちゅばらちぃ」


 元の体と今の体。


 それから生まれる違和感に、感覚がまだ追い付かない。


 細かい動作がなんともし辛い。


 だがそれを含めて尚、この不思議は素晴らしい。


 みろ、この魔物の血に染まった赤きグローブを。


 みろ、この褐色に盛り上がった筋肉を。


 みろ、このラッシュとなった俺の姿を。


「……豪神王らっちゅ」


 己の姿を見下ろし、新たな名前が思い浮かぶ。


 一騎当千の豪傑から始まり、孤高の獅子王へと昇りつめ、最後には神の如き理想の存在へと昇華。


 豪神王ラッシュ。


 天才的なネーミングセンスだ。


 流石は俺…いや、ラッシュ。


「我が名は豪神王ラッシュ!!、うぉおおおッ!!」


 聞き惚れろ。

 見て惚れろ。

 

 且つもせよッ。

 そして我が前にひれ伏せ。

 豪神王ラッシュが道を行くぞ。


 俺は、さっきの出来事・・・・・・・も忘れ、自分の変化に酔いしれながら雄たけびを上げた。


 …うひひ、勇ましいボイスである。


 ……うひひ、カッコいい。


「……霧に化け物、なんだよ、あれ」


「あんなギミック知らないんですけど……」


「お、おい、もしかしてあれも殺さねぇといけねぇんじゃねぇか?」


「やべぇ、やべぇって、もうリングが迫って来てるってッ!!」


 大きなクレーターの様な地の底で、拳を掲げて雄たけびを上げていると、人の声が上から聞こえ始めた。


 なにやらどれも不安げで焦った様子。


 化け物とか、殺さなきゃとか、不穏な台詞が幾つも聞こえてくる。


 …なんだぁ?。


「ら、らっしゅッ!!、化け物だッ!!、化け物が霧にッ!!」


 こちらを覗くように一人の金髪男。


 痛々しいほどに痣ができて腫れあがった顔をしている。


 見覚えがある様な、無いような…。

 

 それにこのイケボ、聞き覚えがある様な、無いような……はて?、誰だったか…。


「ヴォロォアァアッ!!」


 周囲に漂っていた霧。


 俺の真上で凝縮しだしたと思った次の瞬間、霧から形を成した化け物が降ってきた。


 大口を開けて鋭い牙を突き立てようとしてくるそれ。


 とても見覚えがある。

 怪物さんに似たやつだ。

 

 さっきケロぺロスの輪でハチの巣にしたそれと同類の何かだろうか?。


――ズドーンッ!!。


 大口を開け、上から地面を抉り喰らう化け物。


 紙一重でその一撃を避けた俺は、瞬時に神秘的なこの肉体の内側に感じるを、両拳へと集めた。


 ほぼ無意識下で行われた一連の動作。

 どこか時を操る時の感覚と似ている。


 知らないのに出来てしまう。

 五感を扱う時と同じだ。

 感じる力に恐れはない。


「力ッ!!、力をよこせぇええ゛!!二成の神ッ!!」


 錯乱したように四つの腕を振るう化け物。


 なぜか俺を見るその瞳は揺れていた。


 まるで怯えた人の目だ。


「赤きグローブから放たれりゅ波動、…その身にきじゃむがよろちぃ」


 事情はよく分からない。

 だが、ラッシュの前に立ち塞がるのならば魔物だ。


 容赦はしない。


「ヴァたなりぃいいッ!!」


「ふんッ」


 何千、何万回とみて練習したラッシュの攻撃モーション。


 今の俺はラッシュ。


 ならば、出来るはず。


 パンチング・ラッシュの主人公が持つ唯一無二の技、パンチング・クラッシュをッ。


「おらららららららッ!!!」


 一発一発気合を込めて腕を振り上げ、空気にグローブを叩きつける。


 赤きグローブから放たれる波動。


 それは記憶のままに対象へと届く。


 イメージ通り。


 どうやら俺は、本当にラッシュとなったようだ。


 ちゅばらちぃ。


「ヴぉあッ!?」


 化け物、否、魔物。


 それは呻き声を一つ上げ、頭部を残し、木っ端みじんに吹き飛んだ。


 霧が晴れる。


「討伐完了ぉおおおッ!!、うぉおおおッ!!」


 血の雨が降り積もる中、俺は拳を上げ、勝鬨かちどきを上げる。


 クエスト完了ッ!!。


「…ヴぁ、ヴァタ成の神よ……、御慈悲を」


 面長の頭部だけになった魔物。


 地面を転がり、情けない顔を晒して、しぶとくも台詞を口にする。


 可哀想とは思わない。


 魔物は敵。

 駆逐するべし。

 ゲームでそう習った。


 敵に慈悲は必要ない。

 ラッシュがそうであった様に。


「…さっきの奴といい、ちぶといな、この魔物は」


「………さっき?…、魔物?」


 能面に横一列で張り付いた四つの緑眼。


 それを見開き、魔物は俺を見据える。


「魔物、滅ぶべしッ」


「まさか、……まさかッ!!」


「これで終わりだッ、…ウルトラ・ラッシュ・インパクトッ!!」


「貴様ぁ――ッ」


 即興で考えた奥義。

 それが赤きグローブから放たれた。 


 何かを叫びかけた魔物は轟音と共に消滅。


 これにてクエスト完了。


 俺は再び、勝鬨を上げた。


―――ブォオオン、ブォオオン。


 勝利を祝う様に世界に響くサイレン。


 なんだかABEXのそれに似てる気がする。


 なんだぁ、これ。


「やべぇッ!!、もう次のリングだ!!、殺せッ!!、早くころせッ」


「ちょ、まって、私たちなか――」


「うるせぇよッ、死ねや!!」


 近くで銃声と断末魔。


 とてもではないが、俺の勝利を祝ってくれている感じではなさそうだ。


 はてさてこれは一体どういう状況だ?。


「ぎゃぁあああ゛、あつ、暑いッ、あ……」


 クレーターから這い上がり、正面へと視線を向けると、一人の男がたった今、迫る赤い光に巻き込まれ、瞬く間に炭化した。


 …おぉ、おそろしや。


「ラッシュ!!、ここにいる者を全員殺さなければゲームは終わらないッ!!、早くしないとリングに巻き込まれるぞッ!!、急ぐんだッ!!」


 さっきの金髪男。


 何やらとても物騒なことを口走っているが、俺は気にせず周りを見渡す。


 徐々に迫るABEXでよく見たリングの様なそれ。


 そして、リングに巻き込まれまいと、必死に手に持った銃と己の拳で戦う人たち。


 なんだぁ、この地獄絵図は。


「あ、あなたがこの異世界の主人公です?」


 飛んでくる弾丸を鋼鉄の筋肉で弾きながら、地獄絵図を前に佇んでいると、背後から少女の声。


 こんな世界に子供がいるとは驚きである。

 え?おれ?、俺はラッシュだからダイジョブだ。


「…タヌキ」


 振り返った先。

 タヌキが居た。

 いや、正確にはタヌキの寝間着を来た少女だ。


「拓斗くんも、あやピーも、…カリンも違ったのですよ」


 金髪男に習ってか、俺を盾にしながら少女は続ける。


「貴方が皆を救う主人公……、ヒーローです?」


 主人公、ヒーロー。


 ラッシュはパンチング・ラッシュの主人公で、俺のヒーローでもある。


 だから俺は少女の質問に、「うむ」と即答した。


「なら助けてほしいのですよ…、この怖い世界から、私たちを…」


「おいっ!、あいつらまだ生きてんぞッ!!、早く殺せッ!!」


 クレーター越しに殺し合っていた内の生き残り三人。


 こちらへと銃口を向け、弾丸をこれでもかと見舞ってくる。


 ラッシュの肉体には傷ひとつ付かずとも、蚊に刺された程度の痒さはある。


 俺はグローブを構え、パンチングクラッシュを繰り出した。


 死なないよう最小限に力は抑えたつもりだったが、衝撃で吹き飛んだおかげで、男三人がリングの餌食となってしまった。


 消し炭になった三つの人影。

 ラッシュは何も見なかった。

 人殺しなんてことはしていない。


 勝手に彼らはリングの中へと消えていったのだ。


 俺は関係ない。

 うん、それでいこう。


「カリンちゃんッ!!」


 ひょっとしたらラッシュ、警察に捕まるのでは?、なんてことを考えていたら、背後で金髪男が叫んだ。


 何事かと視線を送ると、タヌキ少女が地面に倒れていた。


 胸から血を流しながら。


「い、いたい……、は、ははは、二人もこんなに痛い思いをしたのかな……」


 左胸を押さえて少女が力なく笑う。


 その姿がどことなく、パンチング・ラッシュのラストシーンと被って見えた。


 俺は咄嗟に少女へと近づき、己の内側に感じる力へと意識を向けた。


「なおれ~、治れ~」


 ラッシュに回復の力はない。

 だが、全能感に支配された今の俺なら少女を治癒できるかもしれない。


 とりあえず力を惜しみなく少女へ送ってみる。


「治れ~、治れ~、うにょにょにょ~」


「…あはは、なに、してるです?…ふふ」


 念じる俺を見て少女。

 その様子はとても苦し気だ。


 どうやら治らなかったらしい、…かなしぃ。我が娘(仮)よ…。


「…はぁ、はぁ、……ちかれた」


 力を盛大に放出させたせいか、どっと疲れがやってきた。


 気のせいか、体が鉛のように重い。


 気のせいか、世界が大きく見える。


 気のせいか、金髪男も少女もなんか大きい気が…、これは目の錯覚だろうか?。


「…らっしゅ、さん?」


「……ヒーローさんかと思ったら、天使さん…、だったのですよ」


 俺を見て謎に驚いた表情を浮かべる二人。


 なんだろ、漢前の顔にでも見惚れたのかな?。


 ラッシュって罪な漢?。


「っふ」


 金髪男にちょっと気味の悪さを感じつつ、俺は少しでも楽になれるようにと願い、少女に向かって男前すぎる微笑みをプレゼント。


「……ッう、カリンは今、…真実の恋に、……おち、…て」


 少女は今まで以上に苦し気に呻いた後、息を引き取った。


 その瞬間、『YOU AER THE CHAMPION』という文字と共に流れてきそうな明るいBGMが世界に響き渡った。


 何事かと周囲を見やる。


 縮小していたリングが消え、気のせいか夜の世界が歪んで見えた。


 いや、歪んでいるというよりも……、縮まっている?。


「ラッシュさん、妹は…、ケロぺロスの輪は全員無事だったりしますか?」


 なんの脈絡も無く質問してくる満身創痍な金髪男。


 よく分からないけど、俺たちケロぺロスの輪を心配してくれているらしい。


 声を出すのも億劫な俺。

 首を大きく縦に振って答えてあげる。


 すると、金髪男は心底安堵したような表情を顔に浮かべ、「よかった」と小さく呟き、その場に倒れた。


 死んだか?、と思って吐き気を我慢しながら彼の口元に手を近づける。


 呼吸はしている。

 死んではいないようだ。

 

「すごい景色だなぁ」


 世界が押し寄せてくる。

 その何とも言えぬ奇妙な景色に目をぱちくりさせながら感想を述べる。


「んぁ?」


 死んだ少女とは別の少女の声。


 聞きなれた様なそれ。


 一体だれのもの?。

 そう疑問を浮かべた瞬間、俺は縮小する世界に飲み込まれた。


―― 補足 ――


 補足①:実はポーランドルールが適応されてた。リエルノが頑張ってポイントを稼いでくれていなかったら、今頃またイカれた世界がまた最初っから始まっていた。化け物も同様。


 補足②:世界の糧となったエリアボスである枯人を倒したことで、辛うじて繋がっていた現実世界とのリンクが切れた。その瞬間、SKとメテヲの配信が切れた。←二人とも電源コードを抜いていたから、単純にPCの電源が落ちただけ。


 補足③:神気は電波に影響を及ぼす。


 捕捉④:竜神と巫覡たちは、エリアボスがやらるところを見届け、ゲームから離脱。←自動的にケロぺロスの輪がチャンピョンとなった。


 

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