第62話 「タウプメディルカ」と「自性愛者」と「アルマジロ」」

 気が付くと白いツリーハウスの前に佇んでいた。

 

 意匠が施されたような模様が浮かぶ木製の扉。


 何となくそれをボーっと見つめていたら、内側から外側へと扉が開いた。


「お帰りなさいッ、御主人たまッ、…にししッ」


 扉が開かれた先、舌足らずな口調で俺を出迎えたのは、白を基調としたエプロンドレス姿の幼女。


 髪が白く、瞳がピンク。

 無邪気に微笑む姿は子犬を彷彿とさせる人懐っこさを感じさせる。


 相貌も雰囲気も、どことなく、何となく、昔の俺と似ているようないないような…。

 

 ……どこの子ですか?。


「さっ、入って入って!!、ご主人たまーッ!!」


 幼女はそういうと、ニカッとはにかみ、俺の手を引いて中へと招く。


「……ん?」


 小さなお手手で強引に中へと招かれた俺。


 部屋の窓際に設置されたベッドの上で丸くなっている物体を発見。


 あれは何かと立ち止まってじっと見つめる。


「くぴ~、…すぴ~、くぴ~、……すぴ~」


 正座するように足を折り曲げ、上半身を丸めるその物体。


 見覚えのある白い和装から察するに、誰かさんことリエルノの様だ。


 寝ているのか、ゆっくりと上下する動きと共に、薄っすらと寝息が聞こえる。


 横ではなく縦に丸まっている様は、まるでアルマジロが防衛する時に見せるそれだ。


……寝づらくはないのだろうか?。


「にしし、リーたんはまだおねむなのッ!、お寝坊さんなのッ!!、にっしっしっし!」


 アルマジロ化するリエルノのお尻をペシペシと叩いた後、幼女は俺を、いつの間にか用意されていた座布団に座らせ、胡坐をかいたその上に、ちょこんと乗っかってきた。


「ご主人たまお疲れですね~、お姿が元のまんまッ、うちとそっくり!」


 先ほどから感じていた気怠さと違和感。


 「にしし」と笑う幼女に指摘され、ふと自分の姿を見下ろす。


 視線の先、そこには、黒の短パンに白のタンクトップを装備した、脆弱で矮小な肉体があった。


 脆弱、且つ矮小な肉体、つまりは元の俺だ。


 因みにグローブは装備されていない。


 …ラッシュな体、どこいった?。


「…なな、なんじゃこりゃぁ……、あれ、声も……」


「精神体は神気で自動的に賄われるものッ、力を使い過ぎれば揺らぐは必然ッ、ってリーたん言ってましたッ!」


「精神体?、神気?…」


「精神体は、神足り得る者の『心』と『人々の願い』を反映させたものッ、神気は万物を紡ぐ超物質ッ!!、ってリーたんいってましたッ!」


「…へ、へぇ」


うちなんでも知ってるよ!、だからなんでも聞いて!!、うち、もっともぉ~と、お役に立ちたいんだ~」


 幼女は曇りない眼で俺を見上げ、盛大に「にっしっし」と笑う。


 なんだかとても、か………変な子である。


「……ラッシュに成りたいんだけど、どうすればいい?、…どうすればもとに戻る?」


 なんでも知っている。


 その言葉を信じたわけではないが、キラキラとした瞳でこちらをじっと見つめてくるので、とりあえず質問してみる。


「ご主人たまの心は十分、人々から願われるお姿もギリギリおっけーッ、あとは神気の貯えさえあれば問題はありませんッ」


「……神気、っていうのがあれば、ラッシュに成れる?」


「はいです!」


「なら、その神気はどうすれば手に入る?」


「簡単単純明白ッ、それはうちをひたすらいい子いい子するだけッ」


「いいこ、いいこ?」


「そうですよ~」


「……こう?」


 向きを変え、オデコをぐりぐりと押し付けてくる幼女。


 その頭を恐る恐る撫でてみる。


「髪を梳くように撫でるともぉっと神気が回復するですよ~」


「…こんな感じ?」


「にししし、そうですよ~」


「……」


 木に張り付く蝉の様に抱き着いてくる幼女。


 上から覗けるその表情は、嬉し気で、何処か悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


 神気という何かを得るため、俺はしばらく小さな頭を撫で続ける。


「もうちょい右ですよ~」


「……このへん?」


「いいかんじですよ~…、にしし」


 神気とかいう超物質。


 ほんとにこんな簡単なことをするだけで手に入るのだろうか?。


 いつかの俺の様に蝉となった幼女の頭を撫でるだけで、本当にラッシュへと戻れるのだろうか。


 悪戯に時間だけが過ぎている気がしてならない。


 早くもどれ~、早くラッシュにもどれ~。


 内心で願いながら、俺はその時を待つ。


「ご主人たま~、そのまま撫で続けるのすよ~、…ちゅぱちゅぱ」


「……」


 色々と要求を加えた後、自身の右手の親指を赤子の様に幼女は咥えた。


 ……なんなんだ、この変な子は。


「こら、タウプメディルカ」


「うみゅっ?」


 俺に抱き着く幼女な蝉。

 それの首根っこを掴み、一人の女性。


 未だベッドで「くぴ~、すぴー」と寝息を立てているリエルノではない。


 白髪にピンクの瞳をした、純白のドレスを着こむ大人な美しい女性だ。


 どことなく、なんとなく……、俺に似ている気がする。


 ………このくだり、何回やんだよ。


「マーたん?」


「そんなかわい子ぶっても無駄、悪い子、っめ」


 女性は、きゅるるんとした瞳をする幼女に頬擦りした後、「リエルノのおっぱいでも飲んでなさい」といって、アルマジロ(リエルノ)の上に乗っけた。


 ……なんなんだよ、さっきから、…てかこの人どっから現れた?、今の今までこの場にいなかった気がするのだが?、え?。


「あの子はタウプメディルカ、悪戯好きで、すぐ甘えた行動をとっては人を堕落に導くので気を付けてください」


「…は、はぁ、…あなたは?」


わたくしの名など覚える必要はありません、ママとでも呼んでくれれば結構です」


「…はぁ」


「ママと呼んでくれれば結構です」


「…そうですか」


「ママと呼んでくれても結構ですよ?」


「いや、呼びませんけど…」


「ふむ、それは残念、では本題に入りましょうか」


 優雅な所作で俺の真横に腰を下ろす女性。


 なんか距離か近い。


 パーソナルスペースというものを知らないのだろうか、この人。


「榊美春、模型は預かっておく」


 唐突に威厳あふれる口調で女性。

 まるで誰かの声真似をしているようだ。


 …急にどうしたのだろう、なんか怖い。


 というか、なんで俺の名前を知ってるんだ?、あと模型ってなんだ?。


「始祖から美春、あなたへの言伝です」


「あ、名前……、今はラッシュなんですけど……、というか始祖って?」


「それからもう一つ」


 俺の問いかけをスルーして、女性は続ける。


「『開闢の瞳を酷使すれば失明するから気をつけろ』、とも仰っておりました」


「…え?」

 

 失明と聞いて、ドキッとする。

 目が見えなくなるなんて嫌なんですけど…。


「美春、貴方が時を操れると思っているその力、出所はこの石竹色の瞳、悪戯に使用するべきではありません」


 俺の頬に手を添え、瞳を覗き込みながら説教じみた台詞を口にする女性。


 母に怒られている時の様な圧を感じ、「…はぃ」と弱々しい返事を口から溢す。


「開闢の瞳とは元来、破滅する世界を映しとり、再びの安寧を築き上げるために使われるべきもの。大義あってこそのそれ、貴方やリエルノの様に私利私欲で使うべきではありません、――タウプメディルカ」


「はいですっ」


 タウプメディルカと呼ばれた幼女は、元気よく返事した後、アルマジロのお尻をペチンと叩いた。


 鞭で打ちつけたかのような音が部屋中に鋭く響く。


 幼い見た目に反して、結構な力だ。

 一瞬、アルマジロが「う゛ッ」と、呻いたのが聞こえた。


 ひぃ、痛そう…。


「悪い子には罰を与える、これは鉄則。…ですが、わたくしのことをママと呼ぶのであれば、今回ばかりは許しましょう」


 この人もしかして俺にただ「ママ」って呼ばせたいだけなんじゃ…。


 なぜか脅し文句に聞こえる台詞。


 俺はそれにビビりながらも、頬に添えられた手を払い、覗き込んでくる瞳から顔を俯かせ、彼女から視線を逸らす。


「タウプメディルカ」


「はいはぁ~い」


 元気よく返事をするタウプメディルカ。

 なぜかもう一発リエルノのお尻に一撃を加えた。


 ペチン、と痛そうな音が部屋に響き渡る。ついでにリエルノの呻き声も。


 今度は俺のお尻が叩かれるかとひやひやした。


 叩かれなくてよっかたぁ。


 暴力反対っ。


「貴方は覚醒して日が浅い、罰は経験豊富なその半身に受けてもらいましょう」


 ママ味が強い女性は、優しく俺の頭を撫でた後、立ち上がる。


「隔世から帰還した魂、枯人によって喰らわれたそれらは消失してしまいましたが、他は無事に現世へと戻りました」


「…はぁ……え?」


「只人の場合、戻る際に記憶はリセットされるのですが、幾人かそのままのようですね。…あまり外に出かけないことをお勧めしますよ」


 女性は「今はまだ」と意味深に続けた後、アルマジロにいじゃれつく幼女の首根っこを掴み上げ、扉の方へと歩き出した。


「世がいずれば全てを知りえる、……それまでは罪の意識を感じることなく、日々を送りなさい、美春」


 扉を開け、外へと出る二人。


「ご主人たま、ばいばい」


 雑に襟首を持たれながらも、手を振って「にしし」と最後まで笑うタウプメディルカ。


 俺は呆然とそれを見送り、謎なその二人が口にした訳の分からない台詞を頭の中で反芻させる。


 精神体、神気、始祖、失明、失明…失明……、それから、なんていってたっけ?。


「…わすれた、まぁいっか」


 出来の悪い脳みそ。

 それを持ってしまったのだから仕方ない。


 俺は失明と神気のことだけを忘れないように心のノートにメモしておいた。


「…結局、神気ってどうすれば手に入るんだ?」


 残った疑問。

 今もっとも必要な情報。


 聞きそびれたというか、聞く暇も無かったというか…。


 まぁ、リエルノが起きれば多分きっと教えてくれるだろう。幼女はリエルノから色々と教わっていたみたいだし…。


 とりあえず彼女が目覚めるのを待つとしよう。


「…いとぅ……いとぅぅ…うぅ゛、…無礼者ぉ…わららふぉ…誰と心得るかはぁ~~……うぅ゛………くぴー、…すぴ~…」


 お尻をさすりながらリエルノ。

 起きているわけではなく、寝言のようだ。


 どうやらタウプメディルカの仕置きがかなり効いているらしい。


 苦し気な呻き声をさっきからずっと上げている。


「…お仕置きされなくてよかった」


 俺はしばらく呻く声を時たま耳に拾いながら、その後、色々とアニメや漫画で知り得た修行方法を試し、とりあえず内側に感じる何か・・を引き出そうと頑張った。


 もしかしたらこれが神気なのではないかと思いながら。


 そして修行を始めてから数十分後――…、


「あの幼女め…」


 時間経過と共に強まっていく神気らしきもの。


 タウプメディルカが要求したあのナデナデの時間はそういうことだったのかと、今更になって気が付いたのだった。


 神気は自動で回復する。

 あの幼女は、それを遠回しに俺へと伝えていたのだ。


 先ほど光の粒子と共に顕現した両手の赤きグローブを見つめながら、そのことを確信。


 なんと意地の悪い子であろう。

 こんど会ったらお仕置きだ、まったくもう。


「…うぅ、尻がいとう…なんぞ、…なんぞこの痛みは…ぅぅ」


 幼女への罰を考え終え、少しでも神気の回復を促せないかと暇つぶしに修行を再開させていたら、リエルノが痛みに悶えながらようやく起きだした。


「むぅ、この気配……、悪戯娘にあの自性愛者か……っち、おのれぇ、わららの安眠をよくもぉ……む、美春、戻ってきたか」


 恨みがましそうな表情を浮かべていたリエルノ。

 座禅を組んでいた俺と目が合う。


「…なにしとる」


「ラッシュに戻るための修行」


「……ふんっ、無駄なことを」


 修行をする俺を小ばかにした感じでリエルノ。


 無駄とは何か無駄とは。

 人の努力を貶すなど悪鬼羅刹の如き所業。


 俺がラッシュへと返り咲いた時、デコピンの一つでも喰らわせてやる。


 この悪鬼めが。


「精神体は現実には反映されぬ、つまり、お主はこれからもその姿のまま生きるということ」


「…え、ずっとラッシュのままじゃないの?」


「理想の姿で居られるのは限られた場でのみ、……いい加減に受け入れろ、お主はお主、他の誰でもない」


「…でも」


「両親から授けられたその名も捨てる気か?」


「……っ」


「大事なものであろうが、ラッシュなどとふざけた名などさっさと捨ててしまえ」


「……いやですけど」


「ふんっ、強情な奴め」


 リエルノは吐き捨てるようにそう言うと、お尻のダメージを軽減させるように再びベッドへと体重を預け、うつ伏せになったその状態のまま、ほっそりとした人差し指を俺へと向けた。


「二成が紡がれて以来、それの歩みは常に絶望の黒へと染まり続けてきた」


―――ッド。


 体に衝撃。

 鈴の音は聞こえない。

 相変わらず絶叫系は苦手である。


 白の景色を飛び、世界が下へと流れる。

 

 俺は顔を上げ、天井の様に存在する巨大な白の鳥居を見た。


「榊美春、わらら達の後を追うではない」


 耳元で聞こえるリエルノの声。

 それを最後に、白の鳥居を潜る。

 

 意識がより明瞭となっていく。


 夢から現実に帰ってしまう。


 胸中に焦燥が渦巻くも、リエルノに言われた台詞が頭から離れず、俺は瞼を上げた・・・・・


 ラッシュか榊美春か。


 …どちらかを捨てるなんて、出来はしない。


 リエルノは意地悪だ。

 最低だ。

 悪鬼だ。

 

「……はぁ」


 9月3日の朝日が部屋へと差し込む。


 夏休みが終わり、学生の日常が戻ってくる。


 カーテン越しから聞こえてくる学生服を着た彼らの声は、引きこもりな俺をちょっとだけ焦らせる。

 

 だけど現実逃避はお手の物。


 首を振り、外見でしか人を判断しない奴らのことなんかすぐに忘れてやった。

 

 薄情者共めっ。

 っぺ。


 カーテンの隙間を覗くことをやめ、暴言とともに勢いで出てしまった唾液を拭いながら、再びベッドへと横になる。


 そして、昨日の大会のことに思考をシフト。


「…大会、俺たちの優勝ってことでいいのかな?」


 もはや大会なんていう原形はとどめていなかった最後の試合。


 一応、マッチポイントからのチャンピョンは取った。


 なら、これ優勝なんじゃね?、なんて思いながら俺は欠伸を一つ。


「ふぁ~あ~あ、……SKからREIN」


 スマホを片手に、ゲーミングチェアから腰を上げ、トテトテとゾンビの様に歩きながらベッドへとタイブ。


 それから大量に送られてきたSKのメッセージに目を通す。


 ほかにも通知が大量に来ているが、まずそれから目を通さないと後が怖い。


 だから、眠気を我慢しながら読み進めていく。


『ラッシュ大丈夫かです』

『なにかあったのですよ?』

『連絡よこせください』

『相変わらずPCの電源おちんです』

『そっちは落とせた?です』

『ラッシュッ!!』

『電源おとせたッ!!』

『あと、お兄ぃもなんかいた!!』

『部屋で寝てたッ!!』

『ラッシュも寝ていましたのか!?』

『連絡まってるですよッ!?』

『まだ?』

『早くよこせね』

『おい』

『まだ?』

『まだ寝てるのかの?』

『あと30分まつです』

『起きた?』

『あと一時間まつ』

『連絡ッ』

『無視するなッ!!』

『もう知らんッ!』

『ラッシュの馬鹿!!』


 尚も続くメッセージ。


 俺は数秒前のそれに目を通したあと、しっかりとベッドの上で休息をとることにした。


 連絡を返せばきっと怒られる。

 連絡を返さなくてもきっと怒られる。


 ならもういいや、という精神でスマホの電源ボタンを押した。


 それから俺は、新学期早々、二度寝に興じる。


 ぐっすりむにゃむにゃおねんねに候。


 クーラーも効いてて寝心地は最高だ。


「すずしぃ~……むにゃむにゃ」


 現実逃避最高である。

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