第60話 ラッシュ、隔世にて爆誕

 枯れた巨木の様な腕に捕まれた。


 そう俺が認識した次の瞬間には、目の前が白の景色に染まっていた。


 場所はいつかのツリーハウス。


 空島さんと下界を一望できるあの家だ。


 …えっと、さっき化け物に捕まって、それで…えっと、……なんでここにいるのん?。


―――あぴゃぴゃぴゃッ♪。


 ベッドの脇にある木窓から、遠くの方で誰かが笑っている声が聞こえてくる。


 なんか聞いててとても不快な笑い方だ。


 如何にも変人って感じ。


 世の中いろんな人がいるものだ。


 世界は広い。


 あぁいうのには極力かかわらない、が俺のポリシー。


 こっちへ近づいて来ている気がするから、この部屋に備え付けられているタンスの中にでも隠れていようかな。


「おい、うつけ」


 不気味な笑い声から逃げるようにタンスの中へと隠れようとしていたら、後ろから誰かに呼び止められた。


 誰だろう?と、俺は振り返る。


 振り返った先、そこには白の長髪にピンクの瞳をした誰かさん・・・・が立っていた。いつかの空島さんに着せられた、女性ものの白い衣服を身に纏って。


 客観的に見た自分の姿。


 13歳にもなって尚、幼すぎる女の子な見た目。


 …なんだか気味が悪い。


「何が気味が悪い、だ、…お主の方がよっぽど気持ちが悪いわッ、見てみろ今の己の姿を、わららの見る影も無いではないかッ!」


 女装した俺が怒鳴りながら指を鳴らす。

 突如として目の前に鏡が浮かび上がった。


 誰かさんに言われた通り、鏡を見やる。


 そこには、見慣れた俺の姿は無く、赤いグローブを身に着け、黒のタンクトップに白の短パンを穿いた大柄な男の中の漢が佇んでいた。


 坊主頭に褐色の肌。

 鋼の様な盛り上がった筋肉。


 愛嬌の一つも無い不愛想な面。

 無口を諭させる一文字。

 鷹の様に鋭い瞳。


 俺とは似ても似つかない鏡に映るTHE漢。


 ………なんじゃこりゃ、かっこいい。


「肉体から離れた意識は、多少なりともその姿を変える」

 

 鏡の背後からこちらをジト目で覗き、文句を言いたげに誰かさん。


 改めてみると、とてもちっこい。


 今の俺であれば、デコピンで数メートルは吹き飛ばせそうだ。


「……歴代の二成を見ても、お主ぐらいじゃぞ、ここまで別人に姿形が変わったのは…、もう少し己の運命と向き合え、空け者が」


 歴代?、ふたなり?、肉体?、運命?、漬け物?、…んぁ?。


―――あぴゃぴゃぴゃッ♪。


 いつの間にか螺旋階段を上って来ていた変人。


 勢いよく出入り口の木扉を開け、入ってきた。


 五歳児ぐらいの子だ。


 どことなく、4、5歳の時の俺に似ている気がする。


 …えっと、どこの子ですか?。


「喧しい、失せよ」


―――あぴゃッ…。


 元気よく俺に飛びついてこようとする幼児。


 誰かさんは、それに向かって容赦なくビンタを食らわした。


 すると、不気味に笑う園児が忽然とその姿を消した。


 消えた……、ていうか、なんだったんだあの子。


「誰からも愛されることの無かった亡霊じゃ、関わるな」


 ぼ、亡霊ですか、それは恐ろしい。


 悪霊退散、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。


「さて、もう猶予はない、本題に入るかの」


 そういうと、誰かさんはベッドにダイブして、傲岸不遜にも寛ぎながら俺を見た。何故かラッシュ・・・・になった俺を。


「まず、わららはリエルノ、誰かさんではない、不愉快な呼び名を当てるな」


 あ、はい、そうですか。

 リエルノさん?、リエルノ…様?。


「リエルノでよい、それと畏まる必要もない、わららはお主で、お主はわららなのだから」


 あ、はい……、え?、どゆこと?。


「本来であればそこのところは、周りが勝手に教えてくれるのだが……、まぁ、よい、今は気にするな」


 気にするなと言われると気になる。


「きにするな」


 …あい。


 有無を言わせぬ態度。


 なんだかちっこいくせに生意気である。


 ちっこい癖に。


「……」


 ジト目で俺を見てくる誰かさん、ではなくリエルノ。


 あんまり悪口を言うと怒られそうだ。


 いらないことを言わないよう、お口にチャックでもしておこう。


 今の俺はラッシュ。


 ラッシュは無口なんだ、っふ。


「随分とその姿、気に入っているようじゃの」


 何処か呆れた様子でリエルノ。

 俺は鼻で笑って答えてあげる。


わららながらに腹立たしい奴、……まぁ、よい」


 ため息を吐きながらリエルノ。

 俺は意味ありげにっふ、と笑ってみた。特に意味はない。


「……お主は今、ある存在から狙われておる」


 っふ、………っふ?。


「主体である核、それを失えば、埋めるための核が用意されるのは必然」


 えっと、え?。


「稚魚にとって、二成の肉体は荒れ狂う大海そのもの」


 誰かさんはそう口にした後、「しかし」と続ける。


「二成の意思一つであれば、金魚鉢に掬われた静水そのもの」


 少しの間を開け、リエルノはその人差し指を、いつかの怪物さんの様にラッシュとなった俺へと向ける。


「中でもお主は手の平に収まるそれだ、堕とすは易し」

 

 突如として衝撃。

 懐かしきかな後ろ向きジェットコースター。


 幼児が開けていった扉の先、光の縫い目・・・・・が浮かぶ空へと吹き飛ばされる。


 守られてる感じがまるでしないので、絶叫案件である。玉ヒュンである。怖いのである。


「美春」


 豆粒サイズになったリエルノ。

 それの声が、耳元で聞こえる。


「二成の神としての威を示せ」


 遠ざかったリエルノはそう言うと、「ふぁ~あ~あぁ…にぇむ」と続けた。


 意味深なことを言うだけ言って、締まらない欠伸を最後に漏らす。


 俺は「?」を頭頂部に浮かべながら光の縫い目へと吸い込まれていった。


== 視点は夢野渉 ==


「顔面陥没パ~~ンチ!」


 男の腑抜けた掛け声とともに頭部に衝撃。


 一切の抵抗を禁じられた私は、麻痺してきた痛みに顔を歪ませ、その場に倒れる。


「おいおいッ、何へばってんだよッ!!、さっさと顔上げてその潰れて醜くなった顔見せろやッ!!」


「私のアプローチを無視し続けるからこうなんだよッ!!、このシスコン野郎がッ!!」


 複数人から浴びせられる暴力に暴言。


 次第に意識が薄まり、最早、今、何が起きているのかすら曖昧になってきた。


「……叶……、祈」


 確かな死を感じ取り、これまでの思い出が頭の中に浮かび上がってくる。


 走馬灯、というやつなのだろうか。


 忘れかけていたことまで、鮮明に思い出すことが出来る。


 死にゆく前に、過去を見せるだなんて、神様は本当に意地が悪い。


 苦痛に満ちたこの人生。


 それを苦痛の中で見せるのだから…。


 ゆっくりと流れだした周りの景色。 


 私はそれを他人事のように見つめながら過去を振り返る。




 夢野家は父と母、そして私と二人の妹の五人家族。


 しかし、今では末の妹と私で二人家族だ。


 年の離れた一番下の妹が産まれてすぐ、父親が交通事故で他界。


 そしてその数年後には、女手一つで私たち三人兄妹を育ててくれていた母がストーカーに刺され死亡。


 両親を亡くした私たちは三人でいることを望み、一時期、施設に預けられ、その後、親戚の家を盥回しにされた。


 行く先々で色々と嫌なことが沢山起きた。


 ちょっとした嫌がらせ、イジメ、虐待、その他いろいろ。


 自分だけならどうってことは無い。


 しかし、たった二人の家族までそういったことに巻き込まれるのは我慢ならなかった。


 だから私は高校を卒業と同時に就職し、二人の妹をそんな地獄から無理やり連れだした。


 家族水入らずで三人暮らし。


 大変ではあったが、父や母と暮らしていた時と同様、とても幸せな日々だった。


 母に似て美人に育つだろう妹たちは、このまますくすくと成長していき、いつか誰かと結婚して、また新しい人生を歩んでくのだろうと、その時の私はまるで父親の様に二人を想い、よくそんなことを妄想していたものだ。


 忙しくも、平和で、穏やかで、大切な日常。


 神様は波乱万丈な物語が好きだ。


 だから、ようやく私たち家族からその筆先を逸らしてくれたのだと思って、安心したのを今でも覚えている。

 

 ただ運が悪かった。

 それだけで全ては片付く。


 神様なんて都合のいいものはいなかったんだと、私は大人になってようやくそのことに気づけたのだ。


 そして、私の中から何かへ対する憎しみが消えた頃、長女が病に倒れた。


 父が死んだときも、母が殺されたときも、どんな時も健気に笑顔を絶やさなかった長女のかなう


 いつも元気で前向きな叶が、ある日、白血病にかかり、高校を卒業間近に他界。


 病気を患ってから数ヶ月の間、彼女は常に苦しみ続けていた。


 夢だったアイドルも諦め、痛みと薬の副作用で人生そのものに絶望する日々。


 いつしか微笑むこともやめ、後ろ向きなことばかりを口にするようになり、あの頃の叶は、毎日のように末の妹であるいのりに怒られていた。


『病気は弱気な子が大好き、お姉ぇが怒れない代わりに、私が怒ってあげるッ』


 そう言って、祈は大好きな姉の叶を励ました。


 叶もそんな妹の健気な応援をされている時だけは、笑みを浮かべていたものだ。


 病室で叶に怒っては看護師さんに静かにしなさいと怒られる祈。


 そんな賑やかな日々が少しだけ続いた頃。


 死を迎える一ヶ月前、唐突に叶が私に告げた。


『私の夢、お兄ちゃんが叶えてよ』


 何を思ってそんな台詞を口にしたのかは今でも分からない。


 だけれど、少しでも祈の様に彼女を励ましたかった私は、告げられたその日にアイドルとなることを決めた。


 道端で貰った幾つもの名刺。

 財布からその一枚を適当に引っ張り出し、連絡。


 母と父のお陰で、見た目だけは他より秀でていたものを持っていた私。


 気づけば、アイドルとしての階段を順調に駆け上がっていった。


 今でも鮮明に思い出す。


 私がアイドルとなったことを伝えた時の叶の驚いた顔。


 それをみた祈が泣き笑いしまうほどに、生気に満ちたアホ面だった。


 心底嬉しかった。


 病気を患ってから死人の様に生きる彼女のその顔が見れて、本当に嬉しかった。


 叶が夢を見ていたアイドルは、こうも人を幸せにしてくれるのか、と本気で思った。

 

 だから私は叶が亡くなった後も、彼女の想いを背負って活動を続けた。


 結局は怪我で引退まで追い込まれたが、アイドルそのものを引退することは無い。


 叶は現実だからこそいい、と言っていたが、私は彼女が夢抱いていたアイドルというものを名乗れればそれでよかった。


 アイドルVTuber龍宮寺茜。

 活動を続けるために汚い手も使った。

 金銭を得るために女性を誑しこめ、道具として利用もした。


 たった一人残された祈には何も伝えず、私は醜くもアイドルを名乗り続けた。


 それから………、それから、祈が原因不明の病にかかり……、私はもう長くない彼女のために……、出来る限りやりたいことをやらせてあげようとして………、それで、それから……あれ?。


 ………。


 ……ところで私は、何故、今更になって過去を振り返っているのだろうか?。


 なぜ、私は今――…、


「顔面陥没パ~~ンチッ」


 男の拳がゆっくりと目前に迫ってくる。


 避けようと思えば避けられる。


 だがしかし、そんなことをすればすぐさま殺されてしまう。


 ……殺されてしまう?。


 あぁ、そうか、そういえば私は今、死に際に立たされているんだった。


 突然、転移したこのイカレタ世界で。


「ぅがッ……ごはッ」


「な~んか、反応が薄くなってきたなぁ、そろそろ飽きたし、あっちの銃声のことも気になるし、やっちゃうか」


 かけがえのない家族の思い出。


 神様はどうやら、そんなものに興味はないらしい。


 さっきまでゆっくりと流れていた景色が、今ではその速度を増し、嫌でも私に現実を突きつけてくる。


 どうにもならない現状、たった一人の妹の安易がただただ気になる。


 このイカレタ世界にいるのか、それともいないのか。

 

 ただ、それだけが…。


「はぁ~い、みんなぁ、準備はよろしいですかぁ?」


 男の台詞に周囲が間延びした返事を返す。


 どこまでも悍ましい連中だ。


 私がいえた義理は無いのかもしれないが…。


「はい、3…、2…」


 血だまりの上に転がされ、向けられた幾つもの銃口。


 私は残される祈のことを想いながら、瞳を閉じた。


 ……。


 ……銃声が響かない。


 それを聞く間もなく死んだのか?。


 そう思って瞳を開ける。


「……はぁ、……はぁ…」


 周囲に漂う霧。


 そこから浮かび上がる巨体。

 

 巨人の様なそのシルエットに、私は先ほどよりも濃厚な死をイメージした。


「ヴぁろぁッ!!」


 その場の全員が恐怖で動けない中、四つ腕の化け物は唸り、叫んだ。


 腕の一つを謎な光の縫い目から抜き出し、勢いそのままに地面へと叩きつける。


 凄まじい衝撃と轟音が周辺を襲った。


 私は地面を転がり吹き飛び、建物の柱へと背中からぶつかる。


 しばらく呼吸もままならない状況が続く。


 悶えながらも顔を上げ、私は何かを叩きつけて暴れ狂う怪物を見やる。


「ヴぉろぁああああッ!!!」


 耳を劈くほどの絶叫。


 私は耳元を恐怖で震える手で押さえながらも、化け物から目を背けはしなかった。


―――ブォオオン、ブォオオン。


 五回目のリングの縮小が始まった。


 それとタイミングを合わせるかのように、霧が周りに漂い始め、化け物の姿が消えた。


 大量に舞う土煙。


 そこらかしこに吹き飛ばされた私や狂人たちは、ただただ呆然とした様子で、巨大な穴の底へと視線を向ける。


 徐々に土煙が晴れていく。


 その中に、人影の様なものが浮かび上がる。


「……ら、…しゅ」


 その場の全員が視線を向ける先。


「び、びっくりちたぁ~」


 筋骨隆々の漢が立っていた。

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