第59話 狂い死に

―――ブォオオンッ、ブォオオンッ。


 プレイヤーに警告するためのサイレン。


 その後、機械じみた女の声が響く。


 俺は朧げな意識を覚醒させつつ、ゆっくりと瞼を開けた。


 床に敷き詰められた木板。

 寝心地は最悪だ。

 

 髪や頬に付着した砂粒が不快で、今すぐ叩き落としたい衝動に駆られる。


 しかし、さっきから自由に手足を動かせなくてそれができない。


 まるで両手両足を縛られているかのようだ。


 身動きがとりづらくて仕方が無い。


 なんだ、何がどうなっている?。


「うぅ…」


 俺は呻き声をあげ、とりあえず床に倒れたままの状態から体を起こそうと頑張る。


「っち、もう起きてんじゃねぇよ」


 部屋の中に女子高生の声が響く。


 一言二言、暴言を吐いた後、こっちへと近づいてきたそいつは、床を這う俺の顔面を躊躇なく蹴り上げた。


 再び意識が飛びかける。

 だけどなんとか気合で耐える。


 理不尽な暴力にさらされたおかげか、何だか逆に頭が冴えてきた。


 小学生相手に容赦がねぇ。

 いや、むしろ小学生だから容赦がないのか…。

 

「ピリカの許可なく動くの禁止ね」


 女子高生はそういうと、「足痛ってぇ・・・・・」と溢しながら、三人の気配がするベッドの方へと戻った。


「アンタさぁ、こいつのこと好きだろ」


「あうッ」


 ベッドの上で両手を拘束されていた下着姿の文。


 それの髪を引っ張り上げ、女子高生。


 こいつ、ぜってぇぶっ飛ばす。


「マセ餓鬼が、いっちょ前に恋心なんか募らせちゃって、…マジでキメェ」


「二人を、どお――」


――パンッ!!。


「さっきピリカが言った台詞もう忘れたの?、それとも喋ったら口が動くってわからなかったの?、バカなの?」


 目と鼻の先に空いた穴を見て、俺は口を噤んだ。


 これ以上、狂人を刺激しないよう努める。


「た、拓斗……たすけて、…ひっく」


「…カリンはもう痛いのは嫌なのですよ、とほほ」


 ベッドの上であられもない姿をさらす友人二人。


 どうにか助けてやりたいが、自分の身も危ういこの状況。


 ほぼ詰みだ。

 出来ることは無いに等しい。


 せめて渉さんが自由に行動できる立場にあったのなら、助けを期待できたのだが……、今頃はもう、きっと……。


「ピリカはさぁ、子供ってマジで超が付くほど嫌いなんだよねぇ」


 掴んだ髪を放し、既に準備万端だといったロリコン男へと文を押し付け、唐突に語りだす女子高生。


 この状況の意味不明さを説明でもしてくれるのだろうか?。


 語りたければ勝手にすればいい。

 リングの縮小まで時間を稼いでくれるのなら是非もない。


 運がいいことに、多分ここはギリギリ範囲内・・・・・・・


 最後の悪足掻き、させてもらおうか。


「子供って猿みたいに目先のことしか考えられないっしょ?、馬鹿で間抜けでほんっと救い難いよねぇ」


「……」


「たまにアンタみたいな狡賢い奴もいるけど、そういうやつはもっと嫌い。みてるとムカついて虐めたくなる」


「……」


「……おい、人の話に相槌もうてねぇの?、それともピリカの話がつまらないって言いたいわけ?、あぁ゛?」


――パンッ!。


 軽めの銃声。

 それと同時に激痛。


 俺の左足の親指と人差し指が付け根から吹き飛んだ。


 血が乾いた床板に染みこんでいく。


 ちっくしょう……、まじで痛いッ。


「……へぇ、叫び声の一つでも出したらもう一発ぶち込んでやろうと思ったけど、わりと根性あるんだね」


 痛みで盛大に顔を歪ませるも、叫ぶことはしなかった。


 口を動かすだけで威嚇射撃してくるような女がどういう行動をとるかが何となく想像できたから。


「面白いからもう一発いく?」


 嫌な笑みを張り付けて女子高生。

 その目は完全に俺のことを玩具として見る様なそれだった。


「なぁんてね、アンタにはこれから起きることを見届けてもらいたいから、やらないよ。…今はね」


 そう言って、女子高生は俺から奪った銃を下げる。


 見届けてもらいたいとは何のことだ?、と思うも、何となく周りの状況を見て察する。


 言い知れぬ感情が胸中を満たす。


「おいピリリカッ!!、もう我慢できねぇよッ!!、さっさとやらせろ!!」


「ひぃッ」


「うぅ、オークに穢されてしまうのですよぉ……、茜様たすけてぇ」


 怯えた文とカリンを両手に抱え、全裸のロリコン野郎が怒鳴り散らかす。


 女子高生は一瞬、冷たい視線をするも、すぐに目を細めて笑って見せた。


「まぁ、いいや、好きにしなよ」


「うっほぉおッ!!、やっとかよッ!!、待ちくたびれたぜッ!!」


 浮かれた声を上げ、前菜にとカリンに襲い掛かるロリコン男。


 拘束されたカリンの手を枕に抑えつけ、嫌がる彼女の小口に己の逸物を――…、


―――パンパンパンッ!!。


「いってぇッ!?、…え、おい」


―――パンパンパンッ!!。


「おいッ、止め、止めろッ、痛ぇよッ!!、ピリリカッ!!死ぬッ、マジでし――」


―――パンッ!!。


 全弾クリティカルヒット。


 ロリコン男は、原形を無くした頭部から血を噴出させながら、ベッドに倒れ込んだ。


「子供は嫌いだけど、それ以上に嫌いなものがある」


 突然の女子高生の奇行。


 文とカリンは泣き叫び、俺は足の痛みも忘れて唖然とする。


「欲情するさる


―――パンパンパンッ!!。


 弾倉に弾が無くなるまで引き金を引き続ける女子高生。


 その表情には、無の感情が宿っていた。


 人を人とも見ていないような、そんな感じの何かが…。


「どうだった?、好きな人や友人を目の前で穢されるかもしれないってシュチュエーション、……最高に気分悪かったでしょ?、頭が真っ白になるくらいに」


 あくまでも俺を敵として見てくるその視線に、無言のまま頷いて返す。


 ……もうそろそろか。


「そうだよね、私もそうだった……」


 女子高生は何を思ってか、悲し気な顔を見せる。

 

 ……10…9…8。


 俺は決して狂うことのないタイム感を利用して、内心で秒数をカウントし始める。


「安心しなよ、この子たちはあんたを殺したあと、なるべく苦しまないよう殺してあげる」


 銃口が俺の頭部に向けられる。


「……(7…6…5…、クソッ、間に合わねぇ!!」


「ふふ、じゃぁね、子猿さん」


―――ヴォロォア。


 部屋に備え付けてある窓の外からこちらを覗く緑眼。


 一瞬、銃身がブレる。


 発射される弾丸。


 それは俺の命を即座に奪うには至らなかった。


「ば、化け物ッ!!」


 突然現れたそれに、女子高生がたじろぐ。


 その隙をみて、俺はすぐ後ろに迫っていたリングへと、両手両足を一瞬だけ突っ込んだ。

 

 激痛が手足を襲う。


 けれど、拘束していたプレイヤーの衣服・・・・・・・・だろう布が焼き切れた。


 今だけは痛みを忘れて立ち上がる。


 あとのことなんて考えない。


 目の前の敵を殺すことだけを考える。


「どりゃぁああッ!!」


「っう゛!??」


 化け物に気を取られていたその横腹に全力タックル。


 敵を押し倒し、ついでに零れ落ちた銃を拾う。


「ちょ、まっ…」


 頭部を庇う様に両手を上げる敵。


 俺は容赦なくその頭部にエイムを合わせ、射撃。


 アーマーを着ていなかった・・・・・・・敵が、背中から床へと倒れこんだ。


「文ッ、カリンッ!!」


 未だにこちらへと視線を向けている化け物。


 それから庇いつつ、俺は二人の拘束を解いていく。


「……拓斗、あ、あれ…さっきの」


「……(ブクブク」


 心配げに声を出す文。

 泡を吹きながら気絶するカリン。


 身動きできるようになっても尚、二人は動けないでいた。


 俺はベッドの脇に立ち、覚悟を決めて化け物とにらめっこ。


 下手に危害を加えたら殺される。


 その確信を得ながら、俺はそれの動きを待った。


「……二成の気配……、気のせいか」


 化け物は俺の眼力に全く怯むことなく、そう口にした後、霧となって消えた。


「……は?」


 あの人食いの化け物が言葉を喋った。

 しかも、俺の母国語……、日本語で。


 意味が分からない。


 なんだ、あれは…。


「拓斗ッ!!」


 文が叫び、俺を突き飛ばす。


 急にどうしたのかと思うも、倒れていたはずの女子高生が銃を構えているのをみて、一瞬で状況を理解した。


―――ズドンッ!!。


 俺が奪った一丁とは違う銃。

 スーパーマーケットで女子高生が手にしていた銃。


 それから放たれた弾丸は、無慈悲にも文の頭部へと着弾した。


 俺を狙った一発。


 それが外れたことを認識したやいなや、もう一発、見舞って来ようとする敵。


 俺はたった今できた肉壁を持ち上げ、身を低くする。


―――ズドンッ!!。


 肉壁を貫いて、それを持ち上げた俺の左腕に穴が開く。


 俺は咄嗟に横へと飛び、空中で敵にエイムを合わせた。


 ハリウッドスターもびっくりなアクションに、敵は目を僅かに見開いた。


 穴が開いた額。

 その丁度となりの眉間に弾丸をぶち込む。


 敵はその場に倒れ伏した。


 今度こそ完全に死んだに違いない。

 

 これで生きていたらそれはもう化け物だ。


「……はぁ……はぁ」


 カリンの呻く声と俺の呼吸音がやけに大きく聞こえる。


 無駄に静かになった部屋。


 その中で、色々と考えないといけないことがある。


 銃声を聞きつけて、広場にいた敵が来るかもしれない。


 いや、俺が気を失っている間にもう来ているかもしれない。


 急いでここから逃げなければ。


 今度こそ、間違いなく死ぬ。


「……はぁ、はぁ、……ははは」


 一刻も早くここから逃げなければならない。


 だというのに、俺の体は膝を屈して動かない。


 今更ぶり返してきた痛みによるものではない。


 ただ……、やる気が出ないのだ。


 笑いは込み上げてくるのに……、不思議だ。


「ははは、……はははッ!!、なんだよこれッ!!、あはははッ、可笑しくておかしくてしょうがないよッ!!、ははッ、あはははッ!!」


 俺は盛大に笑い転げた後、肉壁として利用した文の死体を見つめながら、顎の裏に銃口を当て、引き金を引いた。


 意識が遠のく。


 景色が真っ暗闇だ。


 カリンの間抜けな泡を吹く音だけが聞こえてくる。


 ブクブク、ブクブク、と。


 でも、そのうち何も聞こえなくなった。


―――パチンッ。


 右手首に爆ぜる様な感覚。


 それを最後に、俺、入江拓斗は死んだ。




―― 久々の次回予告 ――


 狂人の集団にリンチを受ける渉ッ。

 死に瀕した彼が幾つもの銃口を向けられたまさにその時、霧がその場を支配したッ。


 訪れる静寂。


 そして、光の先から招かれた二成。


 個人V最協エベ祭り、ついにその最後の戦いの火蓋が切られるッ。


 次回、『豪神王ラッシュ、爆誕!!』


 二成の神は、この世の全てを蹂躙するッ!!。

 デュエルスタンバイッ!!。

 

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