第53話 ゾンビラッシュ

 最初の異変は視界を覆う程の眩しい光だった。


 お年玉で買ったモニターの光量とは思えないそれに、俺は思いっきり目を閉じて仰け反った。


 光でやられた視界。

 霞みながらも、瞼を開いた。


 そして、次の異変が俺を襲った。


―――ウォオオ…。


 ゾンビだ。


 一体や二体じゃない。

 数百体のゾンビの群れだ。


 それが、俺めがけて詰め寄ってきていた。


 ゾンビの動きはとろかった。

 俺は状況を飲み込めないままに走って逃げた。

 

 そして、走ること数秒後、最後の異変が起きた。


「きゃぁあああッ!!」


「助けてッ!!ママッ!!パパーーっ!!」


 大量のゾンビの呻き声。

 それに交じって、女子の悲鳴が少し離れた所で二つ。


 俺はすぐにそれが誰のものか分かった。


 バンドメンバーで幼馴染の二人、吉川文よしかわあや今時夏鱗いまときかりんだ。


 聞こえた悲鳴に対して、足は止めなかった。

 

 トロいとはいえ、ゾンビの足の速さは大人が小走りする程度。


 つまり、小五の俺が気を抜いて走っていたら、追い付かれるぐらいには早い。


 だから俺は迷った。


 友達二人をこのまま見捨てるか、助けるかの二択を。


 本当は迷っている暇なんかないのに。


 立て続けに起きる異変でパニックになってたんだと思う。


 この世界において、俺こそが異変なのではないのかと、友達を助けることよりも先に、そんな意味の分からないことを考えていたから相当だ。


「はぁッ………はぁッ…」


 極限の緊張で、スローモーションのようにゆっくりと流れる周りの景色。


 その中で、俺は未だに迷っている。

 迷うその時間こそ無駄だと思いながら、走っている。


 徐々に流れる景色が早まる。


 もう時間はない。

 決断しなくてはならない。


 無謀だと思いながら助けに行くのか、それとも、ゾンビの注意を少しでも俺から逸らすための囮として活用するのかを。

 

 ……最悪だ、俺は。

 

「いやだ、こないでッ!こないでーーッ!!」


「…ッ!!」


 遠ざかるあやの悲鳴。


 それを耳にした時、気が付いたら俺の足は、ゆっくりと流れる景色に逆らうように向いていた。


 雑念が消え、本能のままに体が動く。


「文ッ!!」


 あやの声がする方向へと走る。

 ゾンビの群れの僅かな隙間を縫うようにしながら助けに向かう。


 カリンの声も聞こえるが、あやと違って動いている。


 だから走った。

 無我夢中で。

 怪我なんか気にせずに。


 さっきまで見捨てることすら頭の中で過らせていたのに、今、この瞬間、俺はゾンビの波に逆らって走っている。


 なにやってんだ、俺。

 馬鹿みてぇ。


 でも、悪くない。


 今の感覚のままライブをやったら、きっと超が付くほど楽しいに違いない。


「ッ!??……なんの冗談だよッ!!これは!!」


「拓斗ッ!!助けてーーッ!!」


 背を向けたゾンビの群れを掻い潜って姿を見せた俺に、直ぐ気付いたあやが叫ぶ。


 周囲にはゾンビの群れ。

 逃げ場のない所へ俺はいつの間にか飛び込んでいた。


 絶望的な状況。


 だけれど、不思議と諦める気にはなれなかった。


 赤いカプセルの様な何かに背を預けながら泣き叫ぶあや


 俺は全力疾走であやの元へと駆け寄り、彼女が背にしていたそれを無我夢中で開けた。


「た、拓斗ッ!!後ろ!!後ろもう来てる!!」


 硬い地面を覆う砂粒。

 それを大量に巻き上げる幾つもの足音。


 後ろどころか全方向からきてるっつぅのッ。


「なな、なにそれ…」


「知らねぇよッ!!」


 俺は赤いサプライボックス・・・・・・・・にあった銃を手に取り、瞬時にエイムを一番薄そうなゾンビの群れへと合わせる。


「いみ、わっかんねぇええんだよ!!くそったれーーーッ!!」


―――ダ、ダダ、ダダダ、ダダダダ、ダダダダダッ!!。

 

 スピーカーの音量をMAXにした時の様な爆音。


 それを周囲に轟かせながら、完璧なリコイルコントロール・・・・・・・・・・でゾンビの群れの一か所に風穴を開ける。

 

あやッ!!今だッ、走るぞッ!!」


「う、うんッ!!」


 弾が無くなって只の鉄の塊と化した銃。


 色々と違和感のあるそれを放り捨て、あやの手を取って走る。


「拓斗!!塞がれちゃったよッ!!」


 たった今開けた穴。

 それを埋めるようにゾンビが一体。


 俺はあやの手を放し、全力で走る。


「ゾンビの癖に頭使って塞ぐんじゃねーよッ!!」


 小五の全体重を乗せたタックル。


 大人の男ゾンビは吹っ飛びはせずとも、背中から無防備に床へと倒れた。


 道ができた。


あやッ!!来いッ!!」


「きゃぁあーーッ!!」


 なるべく身を縮込めながら走ってゾンビの包囲網を突破するあや


 一歩間違えればゾンビお仲間よろしくだった。


 まさに危機一髪。


「拓斗ッ!!走って!!」


「走ってるっつーのッ!!」


 さっきまで腰が引けてただ泣き叫ぶだけだったのに、いつの間にか立ち直って俺の先を走るあや


 バンドの音を合わせる時もそうだが、どうもこいつは先走る癖がある。


 俺が気付かせてやらないと、またさっきみたいな状況になりそうだ。


 そんなのは冗談じゃない。


「俺が先導する!!ちゃんとついてこいよッ!!」


「う、うんッ」


 前を行くあやを追い越し、そのまま妙に頭脳プレイしてくるゾンビ共を置き去りにして、ひたすら走る。


 取り囲まれたら終わり。


 それを意識して、脚を動かす。


「二人ともッ!!こっちこっち!!」


 あっちこっちにいるゾンビ。


 それからなるべく距離をとりつつあやと二人走っていると、前方からカリンの声が聞こえてきた。


(カリンッ、無事だったか!!よかった!!……ってアイツ!!)


 俺がホッとしたのも束の間。


 声がした方へと視線を向けたら、立ち止まってこちらへと手を振るカリンと、そのすぐ近くにゾンビの群れがあった。


 手を伸ばせは互いに届く距離。


 馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、あいつはほんとに馬鹿だった。


 死にたいのか?。

 ゾンビになりたいのか?。


 何がしたいんだあいつは一体。


「やべぇぞッ!!逃げろっ馬鹿!!」


「カリンちゃん逃げてぇ!!」


「大丈夫ッ!!ここ範囲外・・・だからーー!!」


 何を訳の分からないことをッ。


 そう思うも、すぐ近くにいるカリンを襲わないゾンビを見て、俺は理解したくもないことを理解する。


「っち、やっぱりそういうことなのかよッ、あやッ、とりあえずカリンは無視して走れ!!」


「で、でも!!」


「走れ!!ぜってぇ離れんなよ!!」


 俺はそう叫んだあと、なるべくゾンビのいない道を選んで、あやを先導。


 そして、カリンが示してくれた境界・・の先へと文と無事に駆け込んだ。


「二人ともぶじでよかったよぉお~~!!ゾンビになったらお世話が大変だなぁ~って思ってたんだよぉ~~!うぉんうぉん!!」


 地面へと横たわって、ぜぇぜぇと息を切らす俺とあや


 カリンはそんな俺たちにダイブして、うぉんうぉんと泣きじゃくる。


「お、お前…はぁ、はぁ、何がお世話が大変だ……こんな時まで呑気なこと言いやがって…はぁはぁ」


「か、カリンちゃん、ちょっと、ちょっとくるしぃ…はは、離れてぇ、それにまだゾンビが……あ、あれ?」


 息も絶え絶えで地面へと伏す獲物。


 すぐ近くのそれを襲わずに、のろのろとした動きで解散するゾンビたち。


 それをみて、文が疑問符を頭の上に浮かべた。


「どどど、どういうこと…これ」


 訳が分からない。


 そういった表情を浮かべるあやに、俺は息を整えつつ、気づいたことを口にする。


「どうやらここはゲームの世界で、色々と特別な仕様・・が施されているらしい」


「ゲームの正解?、仕様?、ど、どういうこと…」


「異世界召喚ってやつだよ!あやピー!!」


「伊勢会…商館?え、ここ商館、だったの?え?…外、なんだけど」


 どうやらあやは相当にしてパニックを起こしているらしい。


 聞き覚えのある単語を別の単語として認識してしまっている。


 これは色々と順序だてて説明しないとダメみたいだな。


 といっても俺自身、この状況の全てを把握できていないから碌な説明も出来ないだろうけど…。


―――ブォオオオン、ブォオオオン。


「…ッ!!」


「っひ!??」


「…おぉ、異世界、恐ろしや」


 上空から耳を塞ぎたくなるほどのサイレン。


 俺たちは突然のそれに空を見上げる。


―――警コ、告、リリリ、リングののの、収縮がっがががんが、ハジ…ハジ始ま、始マッテマシタ。


 完全に息を整え切った俺は、直ぐさま立ち上がり、身を隠せそうなところへと足を向けた。


「拓斗、どこ行くの!?」


「…こっからはハイドすっぞ、極力音を出すな、いいか?」


「え、は、『はいどーぞ?』…え、何言ってんの?拓斗?」


「あやピー、もうここは異世界なのッ!、しっかりして!!」


「え……り、カリンちゃん?」

 

あや、今は状況を説明してる暇はない、必要なとき以外は口を閉じて、なるべく音を立てずついてこい、いいな?」


「う、うん…わかった」


 パニクル天然あや

 謎に適応能力が高い馬鹿カリン


 そんな二人を連れ、俺はリングの収縮から逃れるため、歩き出す。


「…マップも無ければアンチも分からん、…たくッ、どうなってんだこれ……マジで、意味わかんねぇ」


 中途半端にゲームを意識した現実。


 それに悪態を吐きながら、俺は色々と状況を整理しつつ、アンデット広場・・・・・・・からとりあえず中心地を目指す。安全地帯からずれても直ぐ駆け込めるように。

 

「雪美くん…、雪美くん……」


 ビルのように立ち並ぶ巨体な建造物。


 商業エリアに差し掛かるタイミングであるそれの合間をコソコソ進んでいると、背後から不安げな声。


 俺は軽く振り返り、目をキラキラさせて風景を楽しんでいる馬鹿カリン、ではなく、その少し後ろを俯きながら歩くあやを見た。


 右手首に巻き付いている白黒のミサンガ・・・・

 それに触れながら、彼女は昔助けてくれたというヒーローの名前を小声で口にしている。


(ほんと罪な男だよ、まったく)


 俺は正面に向き直り、右手首に装備したあやと同じミサンガに触れながら、苦笑する。因みにカリンも同じやつを右足首につけてる。三人でおソロだ。


(……そういえばあの時、なんか、らしくなかったよなぁ)


 砂風にあおられてか、それともゾンビの群れを掻い潜った時かは分からないが、少しボロ付いたミサンガ。


 丁度身を隠せそうな公園の花壇がある所まで来てからそれに視線を落としていると、ふと、そのヒーローなる者とセッションしたときの夜を思い出した。


『これ、あまったからやるよ』

『なにこの出来の悪い白黒のミサンガ、ユッキーが作ったの?なんで?なんで三つ分?』

『……やっぱ返せ』

『あげるって言っといて返せはないっしょ。三つってことは、俺と文とカリンの分でいいんでしょ?』

『いらねぇなら捨てろ。……欲しいなら』

『ほしいなら?』

『ずっとつけてろ、切れるまで』

『もしかしてユッキーって、ミサンガのジンクスとか信じてる系?えー、以外、か~わ~い~い~(笑)』

『あ?てめぇ、俺を馬鹿兄貴みたいに可愛い扱いすんじゃねぇよ、気持ちわりぃ、張り倒すぞ』

『ん?、お兄さんってカワイイ系男子なん?』

『………』

『ほぉ、これは意外、ユッキー以上にイカツイ感じの人を思い浮かべてたからさ』

『……お前とは縁を切る、ミサンガを返せ』

『えーーっ!!ちょ、それはないっしょ!!』

『黙れ、そして死ね』

『ひどっ!!』


「はは、本当にユッキーとは碌な思い出が無いな」


「拓斗くんどうしたの?急に笑い出して、気持ち悪いよ?頭大丈夫?」


「…ちょっとした現実逃避、なんでもない。それよりここからあの建物までの数十メートル、射線通りやすいから全力で走るぞ、もう、いけるか?」


 カリンに言われたくない台詞第一位。


 それを言われて、ようやく無駄な時間を過ごしていることに気が付いた俺は、高めの花々が生え揃う花壇から顔をだし、物資がそこそこあるだろう建物を指さして、二人に確認をとる。


「もちのロンドン」


「…大丈夫」


「よし、なら―――」


―――ヴォロロロォアッ!!。


 合図を出して駆けだそうとしたその瞬間。


 獣の様な何かの咆哮が、周囲一帯に響き渡った。


「ぎゃうッ」

「きゃぁーッ……」


 叫ぶ二人。


 それの口元を咄嗟に塞ぎ、花壇へと二人を伏せさせる。


「動くな、声を出すな、じっとしてろ」


 死に直面したかのような恐怖。

 それに耐えながらも、冷静を心掛け、二人を落ち着かせる。


 離れたところからこちらへ、足音が幾つか近づいてくる。


 バレたか、と思うも、そういう感じではない。


「なんなんだよあれぇえッ!!」


「あんだけ撃って死なねぇとかバグじゃねぇか!!ふっざけんじゃねぇえ!!修正しとけや運営!!!死ね死ね死ね死ね死ねっ!!クソがッ!!」


「ひ、ひぃいいいッ!!」


 公園を横切る三人の成人男性。


 手には銃らしきものを持ち、必死の形相で何かから逃げている様子。


 一体何から逃げているのかと、俺は二人の口元を抑えながら、男たちが来た方向へと視線を向けた。


―――ズンッ!!ズンッ!!ズンッ!!。


「……なんだ、あれ」


 能面の様な顔。

 伸びに伸びた灰色の頭髪。

 四つの腕に血走った四つの緑眼。

 そして五、六メートルはあろう巨大な体躯。


 化け物という言葉が相応しいそれが、大量の涎をまき散らし、地鳴りと共にやってきていた。


『ヴォロォオオアッ!!』


「く、くるなぁあッ!」


「死ねよクソ!死ねよ死ねよ!!」


「ひぃいいッ!!」


 二人の男は逃げられないと悟ってか、振り返って銃弾を化け物に浴びせる。


 もう一人は情けない悲鳴を上げながらそのまま逃避。


 傷を負いながらも、化け物は駆ける。


 まるで大型のトラックにひきつぶされるように二人は血肉と化し、最後の一人も同じような末路を辿った。


 途端に静かになった周囲。


 化け物は重々しい足音を立てながら、首を垂れるように血だまりとなった地面へと、その長くて気味の悪い舌を這わせた。


 吐き気を催す光景と咀嚼音。


 しばらくそれが続いた後、化け物は唐突に霞となって消えていった。


「………なんだ、……あれ、…あんなの知らねぇぞ、俺は」


 死という恐怖からの解放。


 俺は一気に力んでいた体を脱力させ、二人の口元から手を放したあと、その場に蹲る。


「雪美くん雪美くん雪美くん」


「……(ブクブク」


 錯乱するあや

 謎に泡を吹いて気絶しているカリン。


 俺はそんな二人を見つめた後、何倍にも重くなった足を立たせ、顔を上げた。

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