第54話 英雄の第一歩

 外は月と星が煌めく夜の景色。


 街灯の一つも無いのに、遠くの方まで見ることができる。


 砂に埋もれた石造りの街並み。

 殺伐とした風景に彩りを添える公園。

 地面から突き出た巨大な歴史ある建物。

 そして、砂風で隠れつつある血だまりに溺れた肉片と、それをもたらした化け物の足跡。

 

 何もかもが鮮明だ。

 今が日中なのかと思う程に世界が明るく見える。


 まるで、松明いらずのゲームの世界に紛れ込んだかのような景色だ。


 夢でもみているんだろうか。


 全くもって奇妙な感じである。


(……リングの収縮が止まった、な)


 夜の背景をオレンジ色に淡く染め上げるリング。


 プレイヤーにダメージを与え、行動範囲を狭めるために用意されたこの世界のギミック。


 俺はそこそこ大きな建物の二階にある木窓の一つを僅かに開け、それを眺めながら色々と思考する。


 まずは三角法を使って自身とリングの距離を大雑把に計算。


 次に、キンクスキャリオンというマップの一ラウンド目のリング半径をそれに照らし合わせ、リングの中心と現在地がどれだけ離れているかを推測。


 エベの攻略サイトに載っていた一ラウンド目のリングの半径が558.8メートル。


 現在地から円までの直線距離が約350メートル。


 560から350を引くと、210。


 つまり、現在地からリングの中心までおおよそ210メートルの距離があるということ。


(…最終アンチは、住宅街…ってところか?)


 これまで得られた情報とゲームで培った経験。


 それを踏まえて、六回目の安全地帯を予想。


 この世界に酷似しているABEXというゲームでは、最初のリングの収縮段階で、次の安全地帯をある程度当てることができたりする。


 一ラウンド目でマップの右端にリングが収縮し始めれば、次は右端、その次も右端、その次も次も…、といったように最後までそれが続いたりするのだ。


 だがしかし、運営がプレイヤーに予測されまいと、敢えてずらしてくるようなシステムを組み込んでいるので、偶に「え、ここ最終アンチ?嘘だろ?」といった展開もあり得る。


 リングの偏りはあくまで予想。

 絶対に当たるという根拠はない。


 そもそもゲームの設定を忠実にこの世界が再現しているとは言い切れないのが現状。


 リコイル制御ができれば子供でも撃てる激重な銃。


 表示されないマップと、やけに次のエリアまで長い道のり。


 色々と細部まで改めてみれば、元の正しいゲームの情報を鵜呑みにして、これからの行動を決めるのは自殺行為だ。


「……でも進むしかない、か」


 だけれど、進む以外に道はない。


 俺の考察が間違っていようとなかろうと、リングから逃れるために、安全地帯を予想して移動するしかないんだ、…今は。


 中途半端にゲームを模したこの世界。


 リングに触れた時のことを想像するだけでゾッとする。


 ゲームでは体力が1.5秒ごとに焼かれて削れるだけだったが、今は奇妙なことにこれが現実。


 命に係わるような火傷を負うわけにはいかない。


 負えばきっと、それは死を意味する。


 他プレイヤー(仮)。

 世界のギミック。

 身も毛もよだつ霧化する化け物。


 小学生バンド、ONEアクションがこの世界で活動するには、厳しすぎる環境下。


 そこにデバフ状態なんて付いたら目も当てられない。


 ハードモード過ぎんだろ。


 クソゲーかよ。


「……戻るか」


 奇妙な夜にたびたび轟く銃声と悲鳴。


 それの方向、距離、場所をあるていど把握しつつ、一階を探索しているあやとカリンの元へ戻ろうと、木窓をゆっくり閉じる。


 砂埃をあまり立てず、傷だらけになった素足のまま、木でできた階段をゆっくり下りていく。


「おかえりー、二階はどうだった?」


 上下繋がっているタヌキのパジャマを着込んだ黒髪ロングの女子。


 一階の窓から上半身をとびださせていたそいつの首根っこを引っ張って中へと戻し、ついでに扉もそっと閉めながら、俺は声を潜めて口を開く。


「アーマーは?」


「あったよぉー、紫と青!触ったらシュンって消えて、カリンが青で、あやピーが紫に体が光ったの!不思議体験アンビリーバブリー案件だよあれっ!!」


 花が咲いたような笑みを浮かべて元気よく答えるカリン。


 毒気を抜かれる様な可愛い笑顔だが、今は空気が読めていない。


 俺は無慈悲の張り手をその顔面に喰らわして彼女を黙らせる。


 流石に大声で叫ぶのはまずいと思ったのだろう。


 カリンは控えめに「んぎゃッ」、と叫んだあと、両手で顔を抑えながらその場に蹲った。


 静かになったので良し。


「どう?、アーマー着てなんか変わった?」


「なんか肌を守られてるような…感じ?がする。…気のせいかもしれないけど」


 部屋に置かれているボロボロのソファー。

 その陰からひょこっと、顔をだし、元気なさげに文。


 俺はそんな彼女の横に腰を落ち着かせた後、会話を再開。


 因みにカリンは鼻頭を抑えつつ、ソファーの上からニマニマ顔でこちらを覗くように見ている。


 なんかウザい。


 情報を共有しようとするその姿勢は良いのだが、顔がムカつく。ひたすらに。


 もう一発張り手を見舞ってやるか?。


 いや、止めておこう。


 時間も労力も無駄にしたくない。

 リスクも取りたくない。


 カリンは無視が一番だ。


「歩いてみたか?」


「うん、……痛くなかった」


「すでに感じる痛みは和らいだ?」


「…たぶん」


「……そうか、やっぱり、アーマーは必須だな」


「拓斗は?」


「え?なにが?」


「拓斗はアーマーどんな感じなの?」


 部屋を四つほど見てまわって得た唯一の物資。


 スナイパー種のハンドガンという謎武器。


 それを右手に見せ、俺は笑顔で「文と同じ」と返した。


「ていうか、そろそろ移動しないとな…」


 二回目のリングの縮小までもう時間が無い。


 あと十秒か九秒でまたリングが動き出す。


 ゲームと同じように。

 俺たちよりも数段早い速度で。

 

 どこぞのソフトな死にゲーじゃねぇんだから、この世界もうちょっとプレイヤーに甘く作ってくれてもいいのにさ。


 …はぁ。


―――!!。

―――ッ!!?。

―――!!!。


 内心で弱音を吐きつつ、外へ出ようと扉の取っ手口に手をかけた瞬間、外から人の声。しかも三つ。


―――ブォオオンッ、ブォオオン。


 二回目の耳を劈くサイレン。

 リングの縮小が始まった。


 リングの中心からはそれほどずれていない。


 運が良ければこのまま待機していても燃やされることはない。運が良ければ。


「……」


 右手に持ったハンドガン(SR)。

 それに視線を落とす。


 退路は無く、足音と声は近づく一方。


 感じから察するに、この家を目指している様子。


 やるしかない。


 この銃を使って、アンデット広場のときのように道を開けるしかない。


 勇気を出すんだ、入江拓斗。

 

 なんでもこなす天才だろ、お前は。


 人の一人や三人、簡単に撃ち殺してみろよ。


 ……いや、待て。


 いいのか?撃ち殺して?。


 ここはゲームの世界じゃないんだぞ?。


 俺たちと同じような境遇に陥った奴らじゃないのか?。


 もしそうだったら、協力して、この世界から脱出――…、


「茜様ーーッ!!わーーいッ!!」


「……え?」


「カリンちゃんッ!!」


 突然、嬉しそうに声を上げて窓から飛び出すカリン。


 俺は追いかけようとする文を後ろへと追いやった後、扉を開けて外へと出た。


 そして、カリンの登場で足を止めた三人、ではなく四人のうちの一人にエイムを合わせ、無我夢中で―――引き金を引いた。


== 視点は変わり、榊美春 ==


 迷宮とは名ばかりの迷宮。


 暗記すればだれでも一分以内で踏破できるそれの頂上。


 俺たちケロぺロスの輪は、絶景を目の前に、立ち止まっていた。


「…スキャンいれます」


 頂上から下を見下ろし、メテヲさんがスキルを発動。


 目視できる赤いレーダーが前方に広がり、敵一体を捕捉。


 その瞬間――…、


『ヴォロォロォオオアアッ!!!』


 怪物さんの様な化け物が雄たけびを上げた。


 目視できる距離、且つすぐ下にいたそれは、俺たち三人を見上げ、水平の壁を勢い任せに上ってこようとする。


「……構え、撃て」

「…ファイヤ」

「おらおらおらおらッ!!おらーーッ!!」


 チームリーダーであるSKの合図。

 同時に、銃口三つから飛び出る弾丸の雨。


 それを受け、建物に鋭い爪を立てて登ってきていた化け物が叫びながら落下していく。


「……っふ、悲しき獣よ、堕ちるがいい、っふ」


 俺は密かに練習していた決め台詞の一つを披露。


 これには娘達、父のカッコよさにうっとりスマイル。


【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者数5690人。

 現在のライブ視聴者数9.4万人。


≫なに調子のってんねん。

≫大事なことだから二回鼻で笑いました。

≫こいつの配信なんか腹立つww。

≫SKとメテヲの配信の方がおもろいで皆。


「……」


 どうやら今の決め台詞は決まらなかったらしい。


 娘達の反応が今一だ。


 もう少し改良した後、また披露しよう。


 うん、それがいい。


「前門の化け物、後門のリング」


 自由落下でのたうち回る化け物。

 それを見下ろしながら、メテヲさん。


 俺は何を言うのだろうかと、二倍スコープでどことなく正気じゃなさそうな彼にエイムを合わせる。


「このままでは埒があきません」


「そうだな」


 SKが同意。


「私、先ほど気が付いたことがあります」


 一呼吸間を開けて、メテヲさんは俺へとキャラの向きを変えた。


「……」


 ん?、なんだろ、なんで俺を無言のまま見てくるんだろ。


「……」


 あれ、なんでSKも俺をみてるんだろ。


 え、急にどうしたの二人とも?。


 なんか怖いから喋って?。


 そして俺を見ないで?、え?。


「Mrラッシュ…」


 メテヲさんは声を振り絞る様に、俺の名前を口にした。


「今こそ、あなたのお力を貸して戴きたい」


「う、うむ、よかろう」


 何が?、と思いながら、俺はラッシュとして返答する。うぇぷ。


「ラッシュ、もう時間が無い、ここから飛んで、やつの注意を引け」


「うむ、……え?」


『Mrラッシュが囮となっている間、お嬢さまがケアパケ最強武器のクレージーを確保、そして私が住宅街へと先に踏み入り、エリアを確保、その後、囮を回収、で、いきましょう』


 で、行きましょう、じゃない。

 突然何を言っているんだこの人。


 これまでの状況から考えればわかるだろう。


 あれに触れられたらなんかやばいってことが。


 …いや、触れられたの俺だけだから、わかってないのかも。


 説明しなきゃ。

 あれの危険度やばさを。


「え、あ、ちょ、ちょっと待――」


『頼んだぞ、ラッシュ』


『御武運を、Mrラッシュ』


 そういって、二人は味方である俺を殴りかかってくる。


 殴られるたびに触れられている感じがするのは気のせいだろうか?。


 というか、もしかして俺を頂上から突き落とそうとしてない?…え、嘘だよね?ね?。


 流石に強引が過ぎないか?。


「あっ」


 二人に突き飛ばされて自由落下。


 俺は落ちながらも、咄嗟に下を見る。


『ヴォロロロアッ!!』


 着陸地点に化け物。


 口を開け、その気味の悪い長い舌をペロペロと動かしている。


「ひぅッ」


 咄嗟に空中で必殺技アルティメットスキルを発動。


 化け物が俺を掴む瞬間、空中で軌道を変えて少し離れたところにある建物の上に盾の城が築かれた。


「ばばば、ばかーーーーッ!!ふっざけんなーーーッ!!この裏切りもんがぁああっ!!」


 俺は背後から駆け寄ってくる気配をひしひしと感じつつ、一目散に次の屋根へと飛び移った。


【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者数5690人。

 現在のライブ視聴者数8.7万人。


≫味方に裏切られてて草。

≫お、面白くなってきたやん。

≫もう少し付き合ったる。

≫ようやく囮としての責務を全うするのですねご愁傷さまです。

≫こいつの悲鳴不快で賞。

≫地声出せ。

≫なんかチャンネル登録したら体の調子よくなった、気のせいかな?。

≫もう「わらら」辞めたんか?キャラ崩壊乙ww。

≫【コマンダー!!頑張れっ!!(米)】。

≫ふぁ??!。

≫リリー!!?。

≫>>>フリー・フェンリーラッシュのミラー配信now<<<。

≫うせやろ何があった。

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