第51話 多発する怪奇現象
『なんか…、暑くない?』
崩壊した建物の瓦礫によってできたせまぜましい迷宮。
その内のとある一画を歩いていると、SKがおもむろに口を開いた。
『そう、ですね』
『メテヲも暑い?』
『暑いです』
『……おかしいよな?』
『はい、おかしいです、不思議です』
ここは砂漠都市キンクスキャリオン。
照りつける太陽の日差しから逃れられる迷宮の内側とはいえ、その暑さは何もせずとも汗が滲み出るほど。
暑いのは当然の理。
まぁ、ゲームの中では、という話だが…。
『エアコンつけてる?』
『つけてます、ギンギンに』
『…私もつけてる、ぎんぎんに』
『…そうですか』
『……うん』
『……』
短い会話の合間にたびたび挟まる沈黙。
なんだかただならぬ雰囲気が、さっきからケロぺロスの輪の間で漂っている。
【ピリカ↓あやや】
【タクト↓ピリカ】
『killログは頻繁に流れるのに敵がいないな』
視界右上に流れるkillログ。
それをみてかSK。
『一応さっき居ましたけど…』
『あれは…なんか、違うだろ』
『まぁ、はい、そうですね。新要素、エリアボス…、といったところでしょうか?』
このABEXという世界において、エリアボスなんていう概念は存在しない。
だがしかし、さっきのあれはメテヲさんが言う通り、そういうことなのだろう。
個人V最協エベ祭りのために、きっと運営がサプライズで用意してくれたに違いない。
でなければ色々と納得も説明も出来ない。
少々にして無理がある結論ではあるが…。
「……うぅ、うぇぷ」
先ほど遭遇したエリアボス。
たったいま話題に上がったそれについて思考を巡らせていたら、捕まった時のことを思い出してしまった。
食べられている様な、汚されたようなあの気持ち悪い感覚。
小学生の頃、帰り道で怖い大人の男にとつぜん抱き着かれ、顔や首をペロペロと舐められた時のあの状況に似ていた。
怖かった。
だけど、それ以上に気持ち悪かった。
不快だ。
ただただ不快だ。
うぇぷっ。
―――ヴォロォオオアッ!!。
「うぴッ」
迷宮の入り口。
その方角から時たま聞こえてくる咆哮。
瓦礫によってできた狭い道のお陰で、先ほど遭遇したエリアボスから俺たちは逃げのびた。
徐々に近づいている様な気がするけど、きっと気のせいだろう。
あの巨体にこのせまぜましい迷宮。
入ってくるにはちと無理がある。
だからきっと、近づいてきているのは気のせいだ。
『……なんか、色々とおかしいよな?な?』
何処か怯えた様子でSK。
どうやら今、後方から聞こえてきたエリアボスの咆哮が怖かったらしい。
SKは来た道を軽く振り返ってその場に立ち止まった後、『ちょ、ちょっと待ってて』といって何やらガタゴトと音を立て始めた。
察するに席を外したのだろう。
怖くなって気分転換に、御花摘みにでも行ったのかもしれない。
バトロワの最中だというのに呑気なことだ。
この瞬間に敵部隊と遭遇したらどうするというのか。
全くもって危機感が足りてない。
未熟なり、獣の娘よ。
『Mrラッシュ、さっきは怖かったですね……今もですが』
男であるメテヲさんと二人っきり。
なんとなく気まずいな、と思っていたら、唐突にメテヲさんが話題を振ってきた。
いつ敵襲があってもいいように、ぼっ立ちとなったSKをスキルの盾で守りつつ、重たい空気を緩和させようとする彼のその気遣いを察し、俺は頑張って会話に臨む。
「…恐れることは無い、鉄壁要塞であるこの俺が、い、居るのだから」
『っほっほっほ、そうですな、Mrラッシュが居ればあのエリアボスもそうそう手が出せないというもの、頼もしい限りです』
「…っふ、まぁな」
軽めの沈黙。
それを挟んで、再びメテヲさんは口を開く。
『所詮はゲーム、されどゲーム。…最近のゲームは凄いですな』
「…うむ」
『まるでゲームの世界の空気感といったそれを肌身に体感している気さえしますよ、…っほっほっほ』
「……」
いつも元気なメテヲさん。
そんな彼が無理したように笑う。
俺はどう言葉を返したらいいか分からず、口を噤むことでその場を凌ぐ。
『Mrラッシュ、実は私、先ほどエリアボスと遭遇した際、思わず試したことがあるのです」
愛層のない俺を気にせず、メテヲさんは会話を続ける。
「試したこと?」
『はい、今尚響くあの咆哮、それが怖くて私、思わずゲーム終了のボタンを押したんです』
「うむ…いや、え?」
ゲーム終了ボタンを押した。
それはつまり棄権したということ。
棄権したプレイヤーは部隊から離脱して、ホーム画面へと戻る。
だけど、メテヲさんは未だにゲームをプレイ中でここにいる。
…えっと、どゆこと?。
『ただのゲームなのに、あれを聞くたびに私は死というものを頭の中で連想してしまう。あの単なるデータでしかない化け物が怖くて怖くて仕方がないのです。だから先程から何度もゲーム終了を試していたのですが、…結果はこの通り』
「…この通り?」
『えぇ、この通り、未だにゲームを降りれず、私はここにいる』
「えっと、つまり…」
『Mrラッシュ、どうやらこのゲーム、途中で止められないようですよ』
死を予感しながらも途中でゲームを止められない。
どこぞのFPS中毒者じゃあるまいに、いったいメテヲさんは何を言っているのか。
自分たち以外の部隊が見当たらない。
おかしな光の縫い目に、エリアボス。
エアコンはきいているのに砂漠にでもいるかのような暑さ。
色んな不思議が重なっても、所詮はゲーム。
終了ボタンを押せばリセットだ。
ゲーム終了だ。
例外は無い。
だってそれがゲームというものだから。
「……ほんとだ、終われない」
設定画面を開いてゲーム終了のボタンをクリック。
所詮はゲーム、それを立証しようとするも、それができない。
正面のモニターには、変わらずメテヲさんが使用しているキャラのブラパが映し出されている。ついでにぼっ立ちとなっているSKのレイズも。
一体これはどういうことなのでしょうか?。
え?。
『…これは、バグ、なのでしょうか?』
「さ、さぁ…」
『因みに、PCの電源コードを抜いてもこの状況なのですが…』
「…え?」
『Mrラッシュもお試しになられましたか?できませんよね?ね?』
鬼気迫るといった感じでメテヲさん。
俺は戸惑いながらも彼の圧に耐えきれず、PCに繋がっている電源コードを抜く。電源が落ちない。なぜ?。
『ぼっ立ちとなっているお嬢さまをみるに、これは全体でそうなのでしょうか?それとも、私たちだけ?』
なんだこのホラーな展開は。
なんだこの意味の分からない状況は。
普通、電源コードを抜いたら電源は落ちるだろ。
なのになんで…。
『……ただいま』
メテヲさんと一緒になって困惑していると、ガタゴトンと音を立てながら、SKが帰ってきた。
なんだか覇気のない声音からして元気なさげである。
いい感じにお花が摘めなかったのだろうか?。
それともただ単純に、お腹の調子が悪いのだろうか?。
…そのどちらでもない気がする。
『おにぃ、いなかった』
少しの間をおいてSK。
俺は「いなかった?」と、オウムのように聞き返す。
『色々と変なことが起きてるから、おにぃに相談しようと思ったんだけど、部屋にいなかった』
今大会の主催者である彼女の実兄、龍宮寺茜。
オブザーバー代表である彼ならば、全体の状況を把握していて当然のこと。
だからSKは一緒に住む彼の部屋を訪れ、色々と話を聞こうとしたのだが、それができなかったのだという。
彼も自身のチャンネルで配信をしていたはずで、出かける様な要素は何処にもない。
急用ができたのなら、何かしらのアクションは残していくはず。
なのにそれが無く、姿を消した。
妹であるSKに何も告げず。
全くもってホラーである。
なんだこれは、いったい今、何がおきているというのだ。
…意味が分からない。
『…とりあえず、先に進むか』
『そうですね…、リングも収縮してきましたし…』
「…うむ」
俺たちは後方から聞こえてくる咆哮を無視しつつ、その後、無言のままに迷宮の出口を目指した。
【豪王ラッシュ】
チャンネル登録者数5590人。
現在のライブ視聴者数11.4万人。
≫なんか凄いことになっとるな。
≫どういう状況なん?。
≫龍宮寺茜行方不明?。
≫どうせ話題作りのやらせ。
≫大会は中止か?。
≫ルルはどうなりましたか?(米)
≫とりあえず状況をもっと詳しく。
≫怖がってるSKかわいい。
≫代わりに俺がお兄ちゃんになってやるよ。
≫色々と調べたけどクークルの回線不良じゃないらしいな。
≫やらせ乙。
≫コマンダー、とりあえずあのモンスターを狩りに行きましょう(米)。
≫ド底辺Vの癖に11万人もみてるの草。
≫尚登録者は一万もいっていない模様。
≫SKは20万超えてるぞ。
≫メテヲは18万。
≫なんかいろんな配信者がこいつらの配信ミラーし始めたぞw。
≫これでやらせだったらお前ら全員引退な。
≫燃える準備しとけ?。
≫燃える?萌えるの間違いだろ?。
≫ラッシュたん、今こそ地声を出して有名になるチャンスだよ?。勇気を出して。がんばえぇえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます