第50話 運命のROUND5


 母と観るプリルキュア。

 なんてことは無い日曜日。

 そんな退屈でありきたりな夢を見た。


 傍から見れば鼻で笑ってしまうような夢。

 でも俺にとってはこれ以上にない幸せな夢。


 出来ることならずっとそこにいたかった。


 だけど、夢というものはいつかは覚めるもの。


 当然にして俺の願いは叶わない。


 現実はいつだって無慈悲にやってくる。


 それがこの世界の在り方というものだ。度し難い。


『おあひえろあぼあいほあじゃ、それいなおいあいじょぢあのうしあお!!!』


 今日は個人V最協エベ祭り当日。

 

 Qwitterの日本のトレンド1位を記録するくらいには世間でも注目を集めたそれが始まって、既に二時間が経過している。


 夢から現実へとさきほど・・・・戻ってきた俺は、今おかれている状況を把握するためにも、大会の合間にある小休憩を利用して、とある配信を遡って視聴していた。


『何言ってるか分からん!もっとはっきり喋りなさい!ぱかぱんッ!』

『ふぃ~…』

『あッ!!またふぃーって言った!!それ禁止だって前も言ったでしょ!!』

『ふぇッ』

『ふぇってなんだ!!』


 配信主へツッコミを入れるように怒るSK。


 次から次へと宇宙人語を繰り出されるというボケに対処しきれないといった様子だ。


 何だか見ている分にはコミカルで面白い配信である。いち視聴者として見ている分には…。


「………いや、これ俺」

 

 あの傲岸不遜なSKでも手を焼く頭のおかしそうな配信主。


 一体何者かと現実逃避するが、どう見ても、どう考えても豪王ラッシュ。


 自身のチャンネルで、今尚配信されている大会の過去映像には、俺が夢を見ていた間のラッシュが映し出されている。


 これで誰だとは無理が過ぎる。

 誰がどう見ても、この宇宙人語を巧みにあつかって黒歴史を産み続けている絵は豪王ラッシュだ。


「…まったく記憶が無いんですけど」


 最近、色々と不思議なことの連発でちょっとやそっとのことでは動じなくなってきてはいるが、流石にこの事実には驚きを隠せない。


 世の中には夢遊病なるものがあるけど、これはその域を超えている。


 配信したり、喋ったり、笑ったり、ゲームしたりと、この夢遊病間者はやりたい放題だ。


 まるで俺とは別の誰かがラッシュの中に入って過ごしているよう。


 不気味である。


「もしかして……、誰か・・さん?」


 不意によぎった別の誰かであるという可能性。


 それを考慮した結果、白夢を見る度に俺の体を動かしていた誰かさんなのではないかと思い至る。


 そんな馬鹿なことがあるか、と一蹴したいところではあるが、髪や瞳の変質、白夢、未来と過去を行き来するスーパーパワー、それら不思議があるせいで出来ない。


 それに、よくよく思い出してみると、誰かさんは居座る的なことを俺に言っていた。


 俺の体に居座るという意味での発言であれば、この状況にも遅れていた理解が追い付くというもの。まったくもって理解しがたいが…。


「…シェアハウスかよ」


 俺は眉を顰めながら胸に手を当て、ボソリとそう呟いた。

 

『今日のラッシュは一段と頭がおかしい!、明日、病院にでも行って、お医者さんに病気じゃないかチェックしてもらえ!!』


 何とも言えない不思議な状況。

 よく分からないままにそれを受け入れつつある自分に違和感を覚えていると、SKが病院へ行けと罵ってきた。


 俺から誰かさん。

 そして誰かさんから俺。


 それの切り替わりを間近で見ていた彼女からしたら、俺の頭がおかしいのではないのかと疑って仕方なし。


 もし立場が逆であったのなら、俺もSKに病院を勧めていただろう。


 それほどまでに、さっきまでの俺と今の俺とでは違いがある。


『Mrラッシュ、本当に大丈夫ですか?』


 SK同様に誰かさんの相手をしていたメテヲさん。

 めちゃくちゃ心配した声音でそう聞いてくる。


 俺はSKを無視して、優しく相手してくれるメテヲさんに、「問題ない」

と、口元を抑えながら返した。うぇっぷ。


『…そう、ですか』


「うむ」


 夢の中だけでなく現実でも体を乗っ取られる。


 問題が無いわけがない。


 だがしかし、そんな意味の分からないことを唐突に説明したところで理解できないだろうし、まず信じてもらえない。


 問題を取り上げて話したところで、今よりももっと頭の中身を心配されて終わりだ。


 頭のおかしい豪王などとレッテルを張られるのが落ち。


 これ以上、理想からラッシュを遠ざけてはならない。


 俺は色々と話したい衝動を抑え、口から出かかった誰かさんについての言葉を飲み込んだ。


『そろそろROUND5、始めます』


 お喋りな口にチャックをしながら静かにスマホを眺めていると、全体チャットでオブザーバー代表である龍宮寺茜の発言があった。


 まもなく次の試合が始まるようだ。


「…気が乗らないなぁ」


 俺はマイクに声が乗らないようボソリと呟いた。


 謎に大会へと参加していた誰かさん。

 いろいろとずるしたのは明白。


 おかげさまで娘達から謂れのない批判を俺がされている。


 この状況でやる気なんか出せるわけがない。


 必死にここまで頑張ってきたSKやメテヲさんには悪いけど、ここは一度リセットさせてもらおうと思う。

 

 個人V最協エベ祭りは非公式といえど大会。

 そこそこちゃんとした舞台だ。


 ただの遊びならまだしも、公の場で不正行為をする気はない。


 スーパーパワーを手にしたときはその力に目がくらんでラッシュとしての在り方を少しだけ忘れていたけど、反面教師を得た今は違う。


 ちゃんと誰の眼から見ても不正を行っていない試合。


 豪王ラッシュに相応しき戦いをするんだ、俺は。


 そして、正々堂々と優勝をもぎ取って、娘達からチヤホヤされるんだ!。


「俺は誰かさんと同じ轍は踏まないッ……すぅ~」


 俺は決意を新たに、大きく息を吸い込む。


 そして――…、


「きぃえぇえええええいッ!!」


『うわッ!?』


『な、何事ですか!?Mrラッシュ!!』


 気合のこもった俺の奇声。

 その謎な行動に、SKとメテヲさんは慌てふためく。


 俺はそんな過去の二人を無視して、見える景色に集中する。


 これまで生み出された黒歴史を消滅させようと気合を入れる。


 消えてなくなれ、誰かさんが残した理想とは程遠い嫌われ者で宇宙人なラッシュッ!!。


「うきょぉおおおッーーー!!!うっきょっきょっきょッ、うぴょぉおおおおおおーーっ!!……うぴょぉッ……うぴょ……うぴ?」


 不正行為をしたみっともない姿の豪王ラッシュ。


 その黒歴史を消すためにスーパーパワーを行使しようとするが、力が何かに吸われるような感覚があるだけで何も起きない。


 あれほど自由自在に力を扱える感覚を得ておきながら、時が止まることも無ければ、巻き戻ることも進むことも無い。


 世界はありのままの姿で在り続けている。


 はてさてこれは一体どういうことなのだろうか?。


 もしかして力を酷使したせいで能力を失った、とか?。夢を見ている間に誰かさんが持ち去った、とか?…ふぇ?。


『ラッシュの頭がもっとおかしくなったぁああッ!!』


 叫ぶSK。


『……まさか、これほどとは』


 ドン引きするメテヲさん。


「……よし、気合充分」


 俺は徐々に湧きあがってくる熱で顔を赤くしながら、冷や汗をパジャマの袖口で拭った。


「……」


 常人が持つはずのない力。

 色々と思考するも、失った感覚は不思議と無い。


 使おうと思えばいつでも使える、そんな気がする。


 だけれど今は何故だか使えない。

 何かに吸われるだけで、何も起きない。

 

 えっと、これは一体…、つまりはどういうことだってばよ?。


 俺はとりあえず過去へと戻ることを諦め、5ラウンド目が始まった今に集中することにした。現実逃避も交えて。


【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者数3890人。

 現在のライブ視聴者数2980人。


≫豪王がご乱心!!ご乱心!!。

≫元からご乱心。

≫うぴょぉおおww。

≫お前まじでどした?。

≫様子がおかしい定期。

≫なんかいつものラッシュって感じ。

≫いま画面が光らんかった?。

 

== ROUND5 ==


『なんか…敵いなくないか?』


 砂漠都市キンクスキャリオン。

 狂人排出するその都市のくたびれた建物の合間を縫って進む際中、SKが不気味がる様に呟いた。


『マッチが開始されてから今の今まで、銃声も何も聞こえませんね…、いったい皆さん何処へ行ったのでしょうか』


『部隊数は減ってるのに戦闘の痕跡がまるでない……変なの』


『安置外ムーブへと一斉に切り替えて、外で戦闘中とか、ですかねぇ』


 試合が始まって十数分。

 未だケロぺロスの輪は敵と戦闘は愚か、遭遇すらしていない。


 ただひたすらにエリアを移動しては、物資を漁ることを続けている。


 まったくもって映えのない試合風景だ。

 さぞ娘達も退屈していることだろう。


 俺は退屈しているだろう娘達に気を利かせて、コメント拾いでもしてあげようとチャット欄へと視線を向ける。


【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4090人。

 現在のライブ視聴者数34980人。


≫おいここだけ配信されてるんだが?。

≫なにがおきてるんこれ。

≫マッチが開始されて直ぐ他の配信切れたなぜ?。

≫ルルにゃたんも見れない。

≫クークルの回線不良か?。

≫こっわなにこれ。

≫なんで不正チームだけ無事なん?。


「…なんかすごい居る」


 さっきまで三千だった視聴者の数。

 それが、今みたら十倍にまで膨れ上がっている。


 ここまで多くの人たちにちゃんと観られたことが記憶に無い俺は、嬉しさのあまり、「うひひ」と思わずラッシュにあるまじき笑みを浮かべてしまった。


 多くの娘達に観られている。

 そう思うと、不思議と体の奥底から力が湧いてくる気がする。


 今ならどんな逆境でも乗り越えられそうだ。


 うひひ。


 チャット欄のコメント数もすごい。

 一つ一つ読むのも一苦労だ。


 うひひ。

 嬉しいな、うひひひ。


『ラッシュ、メテヲ』


 ラッシュらしさを損なわぬように陰で笑みをこぼしていたら、先頭を歩いていたSKが急に立ち止まって、口を開いた。


『あれなんだ?』


『バグ、でしょうか?』


 砂に埋もれた住宅街。

 そのエリア中央にある、縫い目の様な裂け目の様な大きな白い光。


 今の今までそんなものを見たことが無い二人は、あれが何かと互いに足を止めて疑問を口にする。


「……なんか、見覚えが」


 二人が疑問を浮かべる縫い目の様な裂け目の様な大きな白い光。


 どことなく、何となく、見覚えがある、気がする。


 はてさて、あれは一体なんぞ?。


『なんだ、あれ……なんか、出てきてるぞ』


『う、腕?』


 白い光の先から灰色に濁った巨大な腕。


 えっと、あれは一体なんぞなんぞ?。


【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4590人。

 現在のライブ視聴者数77980人。


≫なにあれ。

≫新機能ですかい?。

≫謎のボス戦の予感…。

≫まじでこれ何が起きてるん?。


『…とりあえず撃ってみるか』


 光の裂け目に銃口を構え、弾丸を発射させるSK。


 とりあえず目にしたものに攻撃を加えるとは、なかなかの狂犬的思考である。


 どうやら彼女には平和的思考というものが根本的に抜け落ちているようだ。


 全くもってやれやれな人柄である。


―――ヴォロァアアアッ!!!。


 暴力主義者によって発射された弾丸。

 それはまっすぐ飛び、謎な大きな腕に着弾。


 途端に叫びとも雄たけびとも取れない爆音が、周囲一帯にいる者の耳をつんざいた。


『っひ!!?』


『お嬢さま!!いったん退きましょう!!早く!!』


 本能的に死を予感させる何かの咆哮。

 思わぬ恐怖に二人はすかさず背を向けて走り出す。


「……怪物さん?」


 一目散に逃げだす二人。


 俺はそれを横目に、光の裂け目から這い出てこようとする何かを見つめる。


 その大きな四つある腕といい、面長の頭部といい、這い出てこようとする巨躯といい、白夢で見たことがある彼の姿と酷使している、気がする。


 あれはもしかして、誰かさんに虐められていた怪物さんなのではないのか?。


―――ズダッダッダッダッ!!!。


 光の裂け目から出てきた見覚えのある形をした四ツ目の怪物、さん?。


 四つある腕を振り回しながら、こちらへとその太い二本の足で駆けてくる。


『ラッシュ!!逃げろっ!!』


『Mrラッシュ!!あれはヤバイ!!』


 声を大にして二人が叫ぶ。


 未だ状況が飲み込めないが、俺はとりあえず近づいてこようとする怖い怪物さんから距離をとろうと、マウスとキーボードに置いている手を動かして逃げることを選択。


―――ヴぁふ、ヴぁふ…ぶぁた、二成ヴぁたなり!!。

   

 背後で距離を詰めてくる巨体。

 それが発した言葉の様な何か。


 俺は聞こえなかったふりをして、逃げる。


【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者数4990人。

 現在のライブ視聴者数91050人。


≫ぎゃぁあなんじゃこいつぅ!?。

≫いきなりのホラゲーで草。

≫逃げろラッシューー!!。

≫なんか喋ってるこえぇええww。


―――ヴぁだなりッ!ヴぁヴぁヴぁヴぁヴぁたなりぃッ!!ヴォろぉああッ!!。


 怪物さん?の体は大きい。

 そしてラッシュの体は人並み。


 当然にして両者の距離は縮み、最後には無くなる。


「うわッ!?」


 急な画面の動き。

 さっきまで走っていた砂の地面が遠ざかる。


 どうやら捕まって、持ち上げられたようでだ。


「……え?」


 全ての出来事はゲームの中。

 にもかかわらず、薄皮一枚を隔てて、何かに体を触れられている気がする。


 まるで巨大な手の中に納まっているかのような温もりさえ感じる。


 えっと、これは一体…なんぞ?。


―――べろんッ。


 訳の分からない状況。


 あまりの非常さに思考回路がバグを起こしていたら、不意にゾッとするような感触が俺の肌の上を滑った。


 ドロリとした粘液の様なそれ。

 

 …なに、これ。


―――ベロン、ベロン、ベロン。


 なんだ、これ…、気持ち悪い。


 なんだこの…まるで、体中を舐められているかのような、食べられているかのような感覚は…。


『ラッシュを放せ化け物!!』


 さっきまで物陰に隠れていたSK。

 怪物に捕まる俺を助けようと、フラググレネードを幾つも投げ、銃を乱射。


―――ヴォロあぁああッ!!。


 爆撃と銃弾を浴び、痛み故なのか、怪物が喉を震わせ、掴んでいた俺を放す。


『Mrラッシュ!!逃げますよ!!』


 いつの間にか迂回して、怪物の背後をとっていたメテヲさん。


 再び俺へと伸びた腕を撃ち落としつつ、こっちへ来るようにと指示ピンを出す。


「うぅ……っひっく、うぃ」


 唐突に遭遇した不快な出来事。


 それにさらされた俺は、恐怖で体を震わせながらも、ひた走る。


 未だ肌にこべりつくぬるりとした感触。

 それを衣服でこそぎ落としながら、逃走経路を先導するメテヲさんの後を追う。


『このまま迷宮に逃げ込むッ!!走れ!!』


『承知ッ!!』


 崩壊した建物によってできた迷宮。

 俺たちは都市の西側を目指し、駆ける。


―――ヴォロぁああッ!!。


 うしろからなおも響く怪物の雄たけび。


 徐々に迫ってくるその恐怖を感じながら、俺たちケロぺロスの輪は迷宮へと足を踏み入れた。


【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者数5490人。

 現在のライブ視聴者数10.4万人。


≫何ゲーやねん。

≫バトロワ要素どこいった。

≫これはこれであり実装はよ。

≫いやマジで意味わからん何が起きてんのこれ。

≫泣いちゃった。

 

――後書き――


火曜日投稿できなくてすみません。

体調はそれなりに回復したので、来週からはちゃんと投稿していきたいと思います。


追伸:咳が止まらなくて咳止めを飲んでるけど、全く効果なし。…病院めんどくさいよぉ。

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