第47話 豪王ラッシュ、煽り散らかす

 迷宮のように入り組んだ道。

 そこを抜けた先にある高台。

 男が一人、扉を潜って姿を現す。


 砂漠都市キンクスキャリオンを見渡せる絶景スポット。


 男は背負っていたスナイパーライフルSRを両手に持ち、高台の端でそれを構える。


「お、バカ共発見~♪」


 少年の未熟な声帯。

 男はそれを震わし、引き金トリガーを二回引く。


 二発の弾丸は曲線を描くように飛び、何やら交戦中の部隊の一人に着弾。


 約600メートルからの長距離射撃。

 合計で194ダメージ。

 

 頭を二度、撃ち抜かれたどこぞのガス餓鬼がダウン。そのすぐ後、交戦していた部隊に殲滅され、確殺と相成った。

 

「キルポうめぇえー!さっすが俺様、最強だぜ!!」

 

 ガッツポーズを決め、興奮気味に叫ぶ男。


 これには外野と化したお仲間二人もにっこり。


『うわぁ~、あれ当てるとかまじ?…これだから天才は……きっしょ』


『ふぁぁ!?みみ、見られてます!今みられてますよ!拓斗たくとくん!!茜様にぃい!!』

 

 少女の声が二つ。

 感じからしてにっこりはしていない様子。


 てっきり賛辞がとんでくるものだと思っていた男は、「あれ?今の超絶プレイ見てた?ねぇねぇ」と確認をとる。


『はいはい、凄い凄い、パチパチ(爪切り音)』


あやがつめたぁ~い」


『拓斗くん!代わって代わって!!今、茜様が拓斗くんの画面みてるから私と代わって!』


花林かりんはそもそもみてなぁ~い、てか、オンラインだから代われる訳ねぇだろ豚がよぉ」

 

『豚!!?今、カリンのこと豚ってい言った!?拓斗くん4!4だよ拓斗くん!!4444444!』


 迷宮内で遭遇した別部隊。

 その時にキルポ変換された少女たち。

 応援そっちのけで、別のことをしてるらしい。


 男はそのことを察し、軽くため息を吐いた。


「皆さん、御覧のとおりです、俺は孤高の兵士としてこれからもやってきますよ、ははは」


 乾いた笑みを溢しながら男。

 この一場面を見てくれている視聴者・・・へと語りかける。


【ONEアクション――指揮棒】

 チャンネル登録者数2320人。

 現在のライブ視聴者数580人。


≫男はつらいお。

≫童貞はもっとつらいお。

≫タクト君がんばえぇ。

≫おねぇさんが慰めてあげる。

≫よしよしヾ(・ω・`)。

≫餓鬼があんま調子に乗ってると潰すぞ。


「いやぁ、皆の声があったけぇ~、心にしみるわぁ~」


 全員VTuberの小学生3ピースバンド――ONEアクション。


 そのギターボーカルを務める入江拓斗いりえたくとは、お祭りムードを高めるために解禁されているチャット欄の温かみを感じつつ、次なる獲物を定めようとスコープを覗く。


「ん?…なんだあの馬鹿」


 遮蔽物が無いひらけた場所。

 

 逃げも隠れも出来ないそこで、先ほど拓斗がキルポ変換して死体デスボとなったそれを、我が物顔で漁っているオールドキャッスルが一人。


 先の敵と敵との交戦で、勝ち切った側の部隊だ。


(キルポを横取りされてベッチがいることは察しているだろうに、なぜ今ゆっくりと漁る?、もしかして初心者か?)


 拓斗は軽く首を傾げながらも、容赦なく鴨葱かもねぎを狙撃。


「あ、外れた」


 狙った場所は正確無比。

 鴨葱がたまたま動いてダメージ0。


 超遠距離からの狙撃。

 外れても致し方なし。


 拓斗は気にせずその後もトリガーを引き続けた。


 撃つ。

 ダメージ0。


 撃つ撃つ。

 ダメージ0。


 撃つ撃つ撃つ撃つ。

 ダメージ0。


 撃って撃って撃ちまくる。

 ダメージ0。


「はぁ!?なぜ当たらん!?というかなぜ逃げん??!」


 デスボを漁るオールドキャッスル。

 十発を超えた弾丸を見舞っても、未だダメージ0。


 弾丸を発射するたびに動いてはまた漁るを繰り返し、完全に舐めプしてんだろ状態。


 基本的に何をやらせても非凡な結果を残す天才少年。


 その過程で他者を下にみる癖がついた拓斗は、自身の視聴者にカッコ悪い所を見られ、思わず動揺。


「くそぉ!舐めやがってぇええ!!」


 なにかと周りから持ち上げられることが多い小学5年生。


 いつも被っている皮をはぎ、もうやけになってその後も撃ちまくる。


 その様子は年相応であった。


「…おいおい、いくら何でも避け過ぎだろ、何もんだよ」


 いよいよSRの持ち弾を使い切った拓斗は、スコープ越しに決めポーズ(煽り)を連発するオールドキャッスルを見て愕然。


 天才少年、どこぞの頭オカに、現実というものを思い知らされる。


【ONEアクション――指揮棒】

 チャンネル登録者数2320人。

 現在のライブ視聴者数1580人。

 

≫流石に長距離射撃はむずいねぇ。

≫↑いやそういう話じゃねぇだろw。

≫全弾正確でした、はい。

≫なぜ逃げずにひたすら漁ってたんだ…。

≫絶対チートwww。

≫てかあれラッシュじゃね?。

≫鳩ってきた頭オカ確定。

≫このゲームって、意図して弾避けられるものなの?イキリトできるの?。

≫また新しいチートか?。

≫敵の弾丸に合わせて自動的に動く…とか?。

≫タクト君やけになっててカワイイ。


 あれこれと憶測をコメントする視聴者たち。


 拓斗はそれを横目に、ABEXというゲームでいま確認されている全てのチートを、先ほどの敵の動きに当てはめていく。


 しかし、該当なし。

 一応、ほかのFPSのチートも視野に入れるが、該当なし。


「ヤマカンで、全弾さけられた?……まじ?」


 天才に相応しきその頭脳。

 記憶を隅々まで掘り返すも、それらしきチートを、拓斗は見つけられなかった。


「そもそもの話、チートを疑うにしても…」


 最近のABEX運営は、チート対策にかなり力を入れている。


 一度通報されれば、自動的にAIが対象のシステムデータを精査し、他とは異なるプログラムを発見次第、アカウント削除、あるいは、一時的にアカウントを凍結する仕組みになっている。


 何らかの方法でAIの検問を潜り抜けたとしても、結局はバレる。


 今のABEXでは、チーターの寿命は非常に短い。


 一時間もしたら弾かれる。


 そういうことになっている。


「……ありえねぇ」


 豪王ラッシュが遊び始めてからすでに一時間が経過。色々と思考に耽った拓斗は、思わずそう呟いた。


 訳の分からない状況に理解が追い付かず、しばらくその場でぼっ立ちフリーズ状態。


―――ダダダッ!。


 隙を狙われ、名も知らぬ者にキルされる拓斗。


 しかし、今の彼はそれどころではない。


「ラッシュ」


 煽りに煽ってきた敵。


 先ほどからチャット欄で何度も目にするその名を呟き、少年は初めての敗北を噛み締める。


 仲間の少女二人に慰められながら。


== デジャブ ==


「おいおいなんだこいつ、動きが滅茶苦茶だな!!ハハハ、中々どうして弾が当てにくいぜ!」


 遠くにいる標的を、どこぞの天才少年のようにSRスナイパーライフルで狙いながら、男が愉快そうに笑う。


 トリガーが引かれ、発射する弾丸。


 弾丸は弧を描くこともなく、まっすぐ標的に向かって飛ぶ。


 しかし、当たらない。

 いくら撃てど当たらない。

 見せプをかます標的の突拍子もない動きに惑わされ、当てられない。


「っち、うぜぇな、直接たたくか」


 弾が当たらないことでいい加減イラついてきた男は、あと二、三発、弾を撃ったら距離を詰めることを決意。


(一…ニ、……殺す)


 なぞに当たらない現象。


 それを力づくで解決しようと、一歩足を踏み出し、砂の地面を抉る。


『あのパーティー構成……もしや』


『…恐らく、豪王ラッシュ』


 駆けだそうとした男の背後から女と少年。


 敵の洗練された無駄のない無駄な動き。


 仲間である男と同じように二倍、三倍のスコープでそれを覗き込みながら、女は察し、少年はそのプレイヤー名を言い当てる。


「はぁ?豪王ラッシュだぁ?」


 二人がなんとなく察した人物。

 その名を聞いて、男は眉を顰めた。


 駆けだしたその脚を止め、「誰だよ」、といいながらもう一度スコープを覗く。


 覗いた先、謎に味方二人から殴られる標的、豪王ラッシュの姿があった。


 恐らく怒られたのだろう。

 無茶な行動は止めろと言われたに違いない。


 何度か殴られた後、ラッシュは大人しく物陰へと隠れていった。


「っち、逃がすかよ」

 

 SRを構えたままで男。


 スコープ越しにチャンスを待つが、先導するレイズが射線管理を徹底した立ち回りをするため、狙撃を諦める。


「逃げられたか…」


 忌々し気に呟くも、男のそれは、どことなく棒読みだった。


≫さっきの絶対頭オカ。

≫なにしとんあいつw。

≫煽られてますよ兄貴。

≫今すぐあのバ美肉野郎を消せ。


 ストリーマーとしての一面を持つ男は現在配信中。


 チャット欄に流れる視聴者たちのコメントを適当に拾った後、自身の声が配信に乗らないようマイクの音を切る。


 そして、軽く息を吐き――…、


「てめぇら、俺にらせるきか?あ゛?」


 ドスの利いた低い声。

 一般人が聴いたら卒倒間違いなし。


 男はそれを発しながら、ラッシュとの遭遇の際に観戦を決めこんでいた味方の二人を問い詰めた。


 問い詰められた側もまた配信者でありストリーマーの面を持つ。


 空気を読んで配信のマイクをOFF。

 裏での会話に臨む。


『品のない言葉を吐くな、耳が穢れる』


「あぁ゛ん゛?」


 女の底冷えするような声音。

 それに対して男は唸り声を返す。


『二人とも、喧嘩はあにしろ、今はゲームに集中だ』


 剣呑な雰囲気が漂う中、少年がそれを切って捨てる。

 

 どうやらこのチームのバランサーの様だ。出来る子だ。


『言いつけ通り手加減は無し、与えられた責務を全うしろ』


「手加減無しだぁ?ならてめぇ、さっき俺の横でぼっ立ちしてたのはどういう了見だ?あぁ?」


『加勢したところでどうせやり切れなかった』


『右に同じく』


 右側の少年を横目に女。


竜家・・は時期を重んじる、その時が来たら僕もまた引き金を引こう、所詮は遊び、訳はない』

 

「っは、そうかよ、なら時期が来たら教えてくれ、後ろからサポートしてやる」


『アタッカーはお前だ、後ろに下がるな』


「……っち、なら」


『自信が無いというのなら、貴公の代わりに私が前に出よう』


 女は『腑抜けでは役に立たんからな』と付け加え、鼻で笑って見せる。


「だーー畜生!!やればいいんだろやれば!!どいつもこいつも腑抜けやがって!!それでも八咫の器・・・・かよ!!」


 どうあがいても自身に汚れ仕事をやらせようとする女と少年。


 男はそのことを察し、苛立たし気に喚き散らかす。


「やったろーじゃねぇか!!豪王ラッシュがなんぼのもんじゃぁ!!」


 雄たけびと共に、男は威勢よく逃げた豪王の背を追う。


 その足取りは、どことなく重く見えた、ような…。

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