第46話 トーラスの模型

 何もかも白に染まった森の中。


 俺は裸体を晒し、一人そこにいた。


 さっきまで幸せな夢を見ていた気がするけど気のせいだろうか?。


「にゃぅ?」


 時たま見る白の夢。

 いつもとは大分違うその景色。


 色々と疑問に思いながらも、何となく歩く。


 丁寧に整備された白い道。


 素足だというのに、小石一つなく歩きやすい。


 心なしか足裏に伝わる感触がふんわりとしている気がする。


 まるで雲の上を歩いているかのようだ。

 スキップしたくなる。


 道の両端には多種多様な白い花々が添えられており、春の穏やかな香りを漂わせている。


 ときたま小川が道を塞ぐも、小岩を伝って先へと進む。


 なんだかここはとても居心地がいい。

 白夢の世界とは思えないほどに。


 まるで童話の世界に紛れ込んだような感じがして気分はルンルン。


「ふんふんふふ〜ん~」


 メロディーメイカーな俺。

 即興で浮かんだメロディを鼻歌交じりに森の中をスキップ。


 天に与えられたその才能を惜しみなく披露する。


「ふんふふふん~ふんふふふ~…んぁ?ひぅッ!?」


 ルンルン気分で森を抜けた先。

 切り立った崖があった。


 突然のそれに、腰が抜ける。


 あともう少しで落っこちるとこだった。あぶにゃぁ、あぶにゃぁ。


「…え」

 

 腰を抜かしたまま、前を見る。


 すると、そこには雲海広がる白の絶景。


 富士山もびっくりな程の高さに、高所恐怖症な俺の腰、砕け散る。


「ひぅ、だだ、だれひゃ、たたたたすへてぇぇ…」


 一、二歩いけば落ちる。


 それを予感して、恐怖心からか、体中の力という力が抜けていく。


 その後も必死に助けを呼ぶが誰も来ず。


 俺は地を這う芋虫の如き速度で森の中へと戻った。


== うにょうにょうにょ ==


 いつもとは違った夢の世界。

 突然にして召喚された俺。


 森の中を散策し、腰が砕け散ること二十回。


 一向に森から離れられない状況に疑問を抱いた俺は、勇気を出して崖の先にある景色へと視線をやった。


 タマヒュンな思いをしながら雲海を注意深く観察することしばし。


 ふと、ある事実に気が付いた。


 時たま雲海の下に見える彼方の大地。それが近づいたり遠ざかったりしている、ということに。


 まるでその光景は、離陸した飛行機の窓から見える景色そのもの。


 俺が召喚された白の森。

 雲よりも高い所にただ位置しているだけではなかった。


 この島か大陸は、雲海の上に浮いていたのだ・・・・・・・

 

 人類が探し求めた夢。

 それこそがこの地の真実。


 流石は白夢の世界。

 現実とはロマン度の格が違う。

 なんでもありなファンタジーだ。


「っふ、そういうことなら探すとしよう」


 浮遊する島、あるいは大陸。

 それに少年心を擽られた俺。


 唐突に、どこぞの旅行記で伝えられていた城を目指す旅へと出る。


 今に至るまでそれらしいものは愚か、建造物すら発見できていない。


 しかし、きっとどこかに在るはずだ。

 天空の城と呼ばれているその存在が。

 ロマン溢れるこの大地のどこかに。


 取り敢えず周辺を見渡せるぐらいの高い木にでも登って、それらしいものがないか探すとしよう。


 いつも神樹に張り付いていた蝉な俺。


 そのへんの木を登るぐらいわけはない(高過ぎるのはご勘弁)。


「……ふむ、なんだかすごぉ〜く登りやすそう」


 よじ登れそうな木を探すこと数分。

 

 森を上に突き抜けた高い木。

 それに巻き付く蔦の螺旋階段。


 良い感じに都合よく木登りができて、周囲一帯を眺められそうな木を見つけた。ご丁寧に落下防止のための手すりと柵まで付いている。なんぞ?これ?。


 木登りしようとしたところのそれ。

 なんだかとても都合の良い展開。


 これは明晰夢の恩恵だったりするのだろうか、それとも偶々?。


「うぅむ…」


 俺は訝しむように木を見つめて首を傾げる。それから俯き、両手でお腹をさすった。


「お腹すいたなぁ」


 たくさん歩いたせいか、小腹が空いた。

 白夢といえど食欲は湧くらしい。


 恩恵を得ているのかの確認を取る必要もあるため、エビちゃんフライ定食なるものを頭の中に思い浮かべる。


 結果、出ない。


 明晰夢とは違うようだ。


 残念。


 俺は軽くため息を吐いた後、螺旋階段の手摺りを使いながら階段をゆっくりと慎重に上っていった。


「…怪物さん、大丈夫かな」


 白夢を見る度に会っていた彼。

 見晴らしのいい蔦の階段を上りながら不意に思い出す。


 誰かさんに痛い痛いされたせいか、ここに来てから今の今まで姿をみない。


 あの時、死んでしまったのだろうか?。


 もしそうだとしたらちょっと悲しい。


 散々、怖い思いをさせられたけど、なんだかんだ面倒?を見てくれていた気がする。


 この先もう会えないのなら、お別れの挨拶ぐらいはしたかった。


 挨拶は大事。

 最後となれば尚更に。

 母もよくそう言っていた。


「ばいばい、怪物さん…」


 階段を登った先に一軒家ツリーハウス

 一応、扉を数回ノックしてから入室。

 無駄に広い部屋の木窓から雲海を眺め、怪物さんへと別れの言葉。

 

 風の赴くままに空は進み、殺風景な世界が流れていく。


 俺の発した台詞はきっと、風の噂となって、文字通りファンタジーなこの世界に溶け込んだことだろう。


 届くといいな、別れの言葉。


 怪物さん元気でね。


「……はぁ、思ってたのと違う」


 いつの間にか雲の下まで高度が下がっていた空島。


 木登りの途中でそれの全容を把握した俺は、いい感じに座れるフカフカソファーの上でため息交じりにそう呟いた。


 求めていたものはこの島には無い。


 そう確信してしまう程に空島は小さかった・・・・・。二十回も崖と遭遇してる時点で何となくそんな気はしていた。


 冒険心は無駄に見晴らしのいい階段を上る際中に消失。


 俺に残されたものは、長い階段を上ってきたことによる疲労と、高い所にいるという恐怖感、そして最後にロマンを奪われた虚しさだけだった。


 吾輩は今、退屈である。

 独りぼっちで寂しいのである。


 木窓から見える雲海という名の絶景はもはや過去のモノ。


 目の前に広がるそれは、恐怖感を煽るだけの景色と成り下がった。


 空を行き来する現代人。

 なめんじゃねぇぞファンタジー。


「たいくつくつくつ煮込んでお鍋~、おいしい料理の出来上がり~、ぽっぽぽぽっぽぉ鳩ぽっぽ~、くつくつしたら戦争よ~」


 作詞作曲は榊美春。

 ホール内は満員電車並。

 拍手喝采のスタンディングオベーション。


 ご視聴、ありがとうございました。


「ふむ、10点満点中、9.9…ってところかな?」


 いい感じの歌詞とメロディーが完成したので、今度、雪美に披露して自慢しよう。


「うひ、また愚弟にメロディーメイカーなんて言われちゃうなぁ、うひ、うひひひ……、うぴ?」


 妄想の最中も小さな小さな空島は風に流される。


 高度は徐々に下がり続け、いつの間にか地上が、雲海の代わりに地平線の彼方まで続いていた。


「あれって…鳥居、かなぁ」


 空島の天辺でビビりながら一言。

 

 巨大な白の鳥居。

 見慣れたそれらしき建造物が、米粒以下のサイズで眼下に見える。


 どことなくいつも見ていた鳥居とは雰囲気が違うような違わないような。


 白さが薄い感じがする。

 気のせいかな?。


「あ」


 目を凝らすように鳥居を見ていたら、人の影らしきそれが見えた、様な気がした。


 長時間ボッチだった俺は、更に目を細めてその影を注視する。


「あー!人だ!!」


 人影らしき何か。

 それはまさしく人だった。


 鳥居と鳥居の間を行き交う人の姿。


 人だという確信を抱いた俺は、木窓から身を乗り出し、限界まで目を細めて視線を注ぐ。


「…一緒だ」


 白が濁ったような灰髪。

 緑色の宝石を彷彿とさせる双眼。


 この目に映る人の容姿は、子供から大人に至るまで、誰もかれもが整い、そういった特徴を持っていた。


 和装したコスプレ集団ではない。恐らく、多分、絶対。


「ちょっと違うけど一緒だ」


 俺と似たファンタジーな容姿を持っている彼らに親近感。


 この白夢の世界では、俺だけが可笑しいなんてことはなさそうだと知り、同時にホッと一安心。


「…お友達になれないかなぁ」


 見た目にかどわかされない真友。

 その理想を思い描いた俺は、無意識にそう呟いた。


 すると、空島は途端にただ浮遊することを止め、ゆっくりとその進路を明確に変え、さらに高度を下げ始めた。


 目的の場所は俺が見ていた視線の先。

 変わった容姿を持ったお友達(仮)が集う場所。


 どうやらこの空島は、空島さんだったらしい。


 人語を理解し、気遣いが可能。

 ならばそれはもう人だ(違う)。


 失礼が無いよう、これからはさん付けで呼ぶとしよう。これからもよろしくね、空島さん。ついでに小さいとか言ってごめんなさい。


 俺は何処ぞの犬畜生の名付けをした時の様な笑みを浮かべ、部屋の壁を撫でた。


 よしよしよしお。


―――!!。

―――!!?ッ。


 空島さんが高度を下げ、目的の場所に近づく。


 すると、何やらお友達(仮)の動きが慌ただしくなっていった。


 どうしたのだろう?。


 そう思うも、自身の体を見下ろし、裸だったことを思い出す。


 きっと彼らはすっぽんぽんの俺を見て驚いたのだ。


 いや、空島さんを見て驚いただけかも。


 まぁ、どっちでもいいか。


「空島さん服ない?」


 俺がそういうと、部屋にあった大きなクローゼットがひとりでに開いた。なんだかホラーだ。ちょっと怖い。


「あ、ありがとうごぜぇます、旦那ぁ…うひひ」


 平身低頭を心掛け、ホラーな空島さんに感謝しつつ、中に掛けてあった真っ白な服を取り出す。


「あれ、どうやって着るのこれ…」


 和服の様なそれ。

 着方がわからずあれこれ試す。


――スルスル。


「あ、ありゃすッ…へへへ」


 勝手に動く帯と服。

 見る見るうちに体にフィット。


 どうやら見かねた空島さんが助けてくれたようだ。ホラーである。


「……なんか、これ」


 女服っぽい。

 カッコ悪い。


「……」


 口から出そうになる愚痴。

 それを飲み込み、無言のまま部屋をでる。


 空島さんがせっかく用意してくれた服。


 それを悪く言ってはホラー展開待った無し。


 ここは耐えるべきところ。

 我慢だ我慢、我慢するんだ俺。


 今は服装よりお友達を優先。

 しっかり意識を切り替えるのだぁ、美春。


「よしッ、切り替えた」


 お友達作りには第一印象が大事。

 女っぽい服とはいえ、見栄えはする。なら良しだ。


 俺は強引に自分自身を説得し、真っ白い和装の様なそれに身を包んでいざお友達の前へと意気込み、駆けだす。


 なるべく俯きながらツタの階段を駆け下り、ツリーハウスから見えた景色の方角へとひた走る。


 森を抜け、すぐそこまで来た本当の地上が視界に映る。


 空島の端まで行き、下で待っているであろう沢山のお友達の前に、俺は姿を現した。


 第一印象は大事だと母も良く言っていた。


 だから俺は、愛そうよく笑みをその面に浮かべて魅せる。


 しかし、その次の瞬間には張り付けた笑みが剥がれ落ちていた。


「……おともだち」


 地面に両膝をつき、首を垂れる人々。


 眼下に広がったその景色を見て、俺は瞬時に理解する。


 どうやら彼らとはお友達になれないのだと。


「…ばいばい」


 誰とも目を合わせず、小さく手を振りながら空島さんと共にその場を後にする。


 殺風景な世界が続く。


 退屈で物悲しい。


 俺だけがまたしても孤独だ。


 夢のこの世界でも。


「……まま」


 空島の端で足をぶらつかせ、離れていく地上を呆然と見下ろす。


 あと少し腰を浮かせれば落ちる。


 不思議な話だ。


 さっきまであれほど怖がっていたにもかかわらず、今はその景色がただただ心地いい。


 いつかした行動のままに消え去りたい。


 あの世からも、この世からも。


 そしたらきっと今より楽になるだろうから。


――美春――


 最早感動のかの字もない絶景。

 なんと無しにそれを眺めていたら、ふと誰かに名前を呼ばれた。


 頭の中に響くようなその美声。

 誰のものか、瞬時に理解する。


 ビッグマムだ。


「……おそい」


 後ろを振り向き、ボソリとこぼす。


 視線の先、そこには美しき母の姿があった。


「おそいッ」


 帰ってくるのが遅い。

 雪美がとても寂しそうにしていた。

 なんでずっと既読もつけずREIN無視した。


 俺はニヤケそうになるその口元を尖らせ、これまで溜めに貯め込んだ文句をたらたら溢し続ける。


 空島から出していた両足を引っ込め、綿雲の様な地面を蹴りつつ、徐々に母へと近づいてそのまま抱き着く。

 

――ただいま――


「おかえり」


 挨拶は大事だと知っている。

 だから不愛想にもちゃんとそう返す。


 怒っていても俺は偉い子。

 だからいいこいいこして?。


――なでなで――


 慈愛のこもった繊細な手。

 その感触を確かに感じつつ、「にゃぁ」と一鳴き。


 吾輩は猫である。

 名前はまだにゃい。

 生まれたての仔猫である。

 だから母猫に甘えるだけ甘えるのである。

 これは自然の摂理なのである。抗えぬのである。


 この姿は愚弟には内緒なのである。


 俺は誰に向けたかもわからない言い訳を心の中で羅列させた後、最終にゃんこ形態へと変身する。


「うみゅぅ」


 名を捨て、今はただ仔猫を遂行する。


 空島さんの上から見える絶景を、母猫と一緒に楽しみながら、その後もゴロゴロにゃんにゃん。


 頭の片隅で微かに残る、幸せな夢の軌跡を追った。


== 夢心地 ==


 魔法少女プリルキュア。

 俺と母はリビングのソファーに寛ぎながら、それを観ていた。

 

 俺は全く魔法少女というものに興味はないのだが、母が勝手にテレビのチャンネルをそれにするので、暇つぶし程度にそれを観ている。


 まぁ、親孝行というやつだな。


「…プリル、きゅあ?」


 観始めて直ぐ、違和感。


 いつも見ているプリルキュア。

 それの内容が何だかおかしい、気がする。


 砂漠で銃を持って美少女キャラたちが命を懸けたサバイバル。


 狂人、地下神殿、巨人の骨、迷宮、ゾンビ、なんて可笑しなものが沢山でてくる。


「まぁ、いっか」


 最近のプリルキュアはシリアスでごちゃ混ぜ展開が多い。


 だから、そういうものと思って、母の膝枕に頭をのせたまま続きを観ていく。


「おぉ、おぉおお!!」


 片眼鏡モノクルをかけた変態メイド。

 何処か腹立つ獣人娘。

 そして、プリルキュアの主人公、晴海ちゃん。

 

 悪の敵を次々と屠っていく彼らの雄姿に、俺は気づけばのめり込み、感嘆の声を漏らしていた。


「いいな~、俺もこんな世界に生まれてたらなぁ~」


 見事サバイバルを勝ち抜いたその三人。

 それを観て、思わず心の声が口から漏れ出る。


 現実とはかけ離れたプリルキュア。

 なんでもありな力が働く非現実アニメーション


 そんな世界で生きられたのなら、俺が抱える非常識さなんて、きっとなくなるに違いない。


 無くならずとも、それが薄まれば御の字。


 薄暗い部屋の中に引きこもって、ひたすらゲーム三昧してる今の俺よりずっとずっとましな日常を送れるはずだ。


 恐らく、多分、きっと。


――替える?――


 頭ナデナデを止め、母が問う。

 

 両手にいつの間にか持っていたバスケットボールぐらいの白い球。それを謎に俺へと差し出してくる。


「かえにゃい」


 プリルキュアはCMへと移行。

 故に俺は仔猫となって母へとじゃれつく。


 白い球をパンチして、ボール遊びに耽る。


――ふふふ――


 元気な仔猫を見て母が笑う。

 幸せそうにしている。


 年齢=マザコン歴。

 仔猫はほくそ笑んだ。


―――パンッ。


「うにゃ?」


 母から手渡された白いボール。

 飛びついたら爆ぜちゃった。


 俺は恐る恐る後ろを振り返る。

 

 変わらず幸せそうに母は笑っていた。


 大丈夫そうだ。

 そこまで大切な物ではなかったらしい。


 怒られずに済んでホッとっ一安心である。


 でも一応、直しておこう。


 散らばったボールの破片を集め、なんかいっぱい力を込めて修復。


 継ぎ接ぎのボールが見事完成。

 

 見た目は悪いが、まぁ、ボールだ。

 元通りである。


「にゃぁ」


 頑張って直した。


 だからその頑張りを褒めてもらおうと、母に頭を差し出す。


 母は変わらず頭を撫で続けてくれた。


 いつもとは違った、その優しい手つきで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る