第41話 開闢の瞳でチート行為

 見える世界に集中する。


 景色は流れ、止まり、戻るを繰り返す。


 時たま未知なる道が開拓され、そこを通ると、自分が思い描いたような世界へとたどり着くことができる。


 瞬き一つで、世を静定。

 人知を超えたその力。

 まさに神の如し。


 西暦20XX年、9月2日、日曜日。


 その日の夜、世界は垣間見た。

 

 豪王から豪神王ごうじんおうへと名を変える、ラッシュという低辺VTuberの底力を。


== 時は少し遡り、9月2日の早朝 ==


 Qwitterで五日間の状況を世間に伝えたあと、すぐに連絡をよこしてきたSKを軽くあしらった俺は、一人でABEXをやっていた。


「なんか、おれ、上手くなった?」


 キーボードに触れている左手

 マウスに触れている右手。


 いままでより大分、それらが繊細に動く。


 いつもの様な入力ミスもほぼ無く、視点操作も慣れたもの。


「…これが成長、というものか、……ふふふ」


 どうやら俺の右手と左手は、いつの間にか成長していたようだ。いい子である。


 俺は彼らに頬をこすりつけながら、右にジャック、左にリッパーの名を特別に与えた。


「さぁ、見せてみろ!!お前たちの躍動を!!」


 上官である俺のカッコいい台詞に、呼応するジャックとリッパー。


 それぞれが明確な意思の元、動き出す。


 縦横無尽に戦場を駆け、標的となる者へと距離を縮めていく。


 さぁ、誰だ。

 誰が一番にジャックとリッパーの餌食になる?。


 ふふふ、こい、さぁこい!!。


 愚かな犠牲者どもよッ!。


 ふふふふ、はーっはっはっは!!。


『うっせぇええんだよバカ!!!』


「……」


 ヘッドホンから聞き覚えのない男性の怒声。


 俺は無言のまま、ゲーム内にあるボイスチャットの設定を開き、オープンからプッシュトークへと変更。


 聞くに堪えない怒声が止む。


「…いつの間に、設定変えたんだよ、俺」


 記憶のない自身の行動に腹を立てつつ、その後しょんぼりゲームプレイ。


 しばらくメンタルブレイク状態のまま練習を続けた。


== それから一時間後、精神回復 ==


「うぐッ、挟まれた!!逃げろ逃げろ!!」


 敵と交戦していたところへ、更に別の敵。


 挟まれる形と相成った俺たちのチームは、二つのチームから一方的に攻撃を受け続ける。


 一人、二人と仲間がやられ、運悪くも俺だけが生き残る。


 激しい緊張感に身を置いた俺は、冷や汗をかきながらひたすら逃亡。


 敵前逃亡は重罪だと、二人の味方から攻められる。

 

 俺はその声をミュートして、戦場から離脱。


 しかし、離脱して尚、敵は追ってくる。


 狂人めがッ!!、と愚痴りながらもスキルや必殺技を駆使して逃げ続ける。


 それから約数分後。


 俺は逃げ場のないところまで追い込まれた。

 

 物陰で息を潜めて、お願いだから通り過ぎてくれとひたすら懇願。


 だがしかし、敵は確実に、いたぶる様に、俺へと距離を詰めてくる。ご丁寧に三つの足音を響かせて。


(ヤバイ、ヤバイ、死んじゃうッ!)


 俺は極度の緊張に身を置き、呼吸することも忘れ、ひたすらオブジェを装う。


 ドクンドクンと鼓動が鼓膜を揺らす。

 嫌な汗が次から次へと溢れ出す。

 

 そして目前に佇む三つの影。

 俺は死を直感した。


 もうだめだ、おしまいだ。

 ラッシュが殺されちゃう、また死んじゃう。


――これ以上もう、情けないラッシュの姿は見たくない――


 絶望の淵で、俺がそう願った時。

 

 見えている景色が―――静止した。


「…あ、あれ?」


 最初は何が起きたのかわからなかった。


 死を間近にして、走馬灯のようなものでも見ているのかと思っていた。


 だけれど、実際は違った。


 静止した景色。

 加速する景色。

 巻き戻る景色。


 そして、そこから見出される新たな景色。


 手足を動かすように、呼吸を繰り返すように、気づけばそれらの景色を俺は見ていた。


 見たい景色に向かっては、瞬き一つで自然と戻る。


 なんだこれ、何が起きてるの?、とは不思議とならなかった。


 超異常現象にもかかわらず、俺は「なるほどね」とそれを受け入れた。


 まるで、生まれた時から持っていた五感のように、それを認識した。


 自分でも可笑しな話だとは思う。

 だけど、そう思う以上にその力を知覚したのだから仕方がない。


 ほかに説明のしようがない。


「……チートスキルで、世界最強…」


 俺はなんと無しにそう呟いた。


 溢れ出る全能感に身を落とし、微笑む。


 そして、まずは目前の状況を変えようと、降って湧いたその力を活用。


 先を見て、静止させ、行動し、間違えたら巻き戻す。


 まるで神にでも成ったかのような錯覚を覚えながら、俺はそのまま息絶えた。


「…あぅ?」


== そして時は流れ、現在 ==


 舞台は荒廃化が進んだ砂漠都市――キンクスキャリオン。


 太古の昔に滅んだ名も知れぬ砂の小国。


 その上に築かれた都市では、人と人との殺し合いが日夜と絶えず、行われていた。


 大量の砂に埋もれて尚、荘厳と佇む巨大な建造物の数々。


 崩壊寸前のそれらが入り組む道を進み、人々は出合い頭に銃口を向け合う。


 互いに慈悲はない。

 あるのは、殺戮衝動からくる愉悦のみ。


 捻れた世界で、死肉と化すまで殺し合い。


 善も悪も、ここでは無に等しい。


 仁義の道も捻れたキンクスキャリオン。

 死肉が悪戯に重なるキンクスキャリオン。


 その地に集まる者達の目的は、神から齎された武器で、ただ人を殺すこと。


 磨きに磨いた殺しによる技術を用いて、愉悦を見出すこと。


 それ以外に、意味も理由も無い。


 狂人、キンクスキャここリオンに極まれり。


『よっしゃーーっ!2killめぇええ!!』


 狂人が集う都市の西側。

 崩壊した建物が幾重にも重なってできた迷路のようなその場所で、狂気に身を落としたケモっ娘の愉悦に満ちた声が響く。


 茶色の大きなケモ耳と、クセッ毛の強いモフモフ尻尾を持つその少女の名は、ケロぺロス・SK・バレット。


 長ったらしいので、皆、彼女を呼ぶときはSKと略して呼んでいる。


 スパイのコードネームみたいな呼び方で、なんかカッコいい。


 俺もそんな感じの呼び方を、現在模索中。

 

『流石はお嬢さま、お見事』


 パチパチと軽く手を叩き、SKに近づきながら男が登場。


 優雅な口調と紳士な態度で、称賛を口にする片眼鏡モノクルをかけたその男の名は、スパンキング・メテヲ。


 男女問わず、形のいいお尻に目が無い、燕尾服を着こんだ老齢の変態ジェントルマンだ。


 普段は実に落ち着いた好々爺って感じを醸し出しているが、ひとたびヤル気スイッチが入ると、奇声をまき散らす殺戮マシーンと化す。


 ここは狂人集まるキンクスキャリオン。


 その中でも、彼は別格の存在といえるだろう。


 …恐ろしや。


―――ズドンッ!!。


 二人の狂人の後から現れた鉄壁要塞こと豪王ラッシュ(俺)。


 朧げに見えた・・・ものを巻き戻し・・・・、瞬き一つで世を静定。


「しょこしょこしょこッ!!!」


 とてつもない疲労を感じる間もなく、敵が現れるだろうところに指示ピンを出して、乱れ撃ち。


 それに直ぐさま反応し、動く二人の狂人(味方)。


 俺が頭を撃ち抜かれてダウンする前に、背後の物陰にいたスナイパーを片付ける。

 

『ほんとにラッシュが指示ピンだした所にハイドしてるやつおった!!』


『索敵の私より先に気づくとは…、よく気づきましたね、Mrラッシュ』


 倒れたビルとビルの僅かな隙間に隠れ潜んでいた残りの敵。


 それを撃沈し、驚く二人。


 全力疾走した後の様な疲労を感じつつ、俺はカッコよく決め顔を返し、死体箱デスボとなったそれの中身を漁る。


「うみゃぁーッ!!!大量ちゃいりょう大量ちゃいりょう、うぴょぴょぴょぴょッ」


 死肉が落とした大量の物資。

 

 疲れも忘れ、追い剥ぎの如く、それを奪いとる。


 気分は大商人。

 大金持ちやでうぴぴぴ。


 自身のバックに詰まった物資を眺め、狂気に染まった俺も又、微笑む。


【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者数812人。

 現在のライブ視聴者数640人。


≫うぴぴぴぴw。

≫様子がおかしい。

≫↑もとからやで。

≫この笑い方が出てからが本番。

≫つか今のハイドよくわかったな。

≫位置も正確…怪しい。


『前回から調子いいな!ラッシュ!!』


 珍しく俺を褒めるSK。

 嬉しいから回復アイテムをポイッ。


『ダメ負ってないからいらん。てか、全部物資もってったな?!メテヲの分残しとかなきゃだめだぞ!』


 せっかくの善意を無下に扱う。

 SKは将来、碌な大人にならなさそうだ。俺とは違って。っふ。


『私もそれほど物資には困っておりませんので大丈夫ですよ。あ、でもこの一つだけもらってもよろしいですか?』


 ゾワゾワふわふわ優しい声音。


 俺は「欲しければくれてやろう」と、気前よくメテヲさんに落としたそれを差し出す。


『っほっほっほ、それでは頂きますね?有難う御座います』


 既に安全地帯アンチへと走り出した暴言娘とは違って、常に紳士的対応を心掛けるメテヲさん。


 流石は現役の社会人。

 出来る大人だ。うんうん。


「ふぁ~~あ~~あ、……にぇむ」


 俺は大きく欠伸をした後、二人の背を追って――、


『遅いぞラッシュ!!漁り短く、早く移動!!』


「うぴッ!?」


 …二人の背を追って、先を急ぐ。


 おのれSK。

 急に怒鳴りおって。

 びっくりしたじゃんかバカ。


【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者数820人。

 現在のライブ視聴者数690人。


≫うぴ草。

≫ビビってて草。

≫大の大人が中学生に怒られて情けないとは思わんか?引退はよ。

≫頼むから地声で配信してくれ。

≫↑↑と↑そろそろ鬱陶しい邪魔、出ろッ。


『あーーッ!ラッシュそこ敵の陣地!!突っ込むなら一言いってからいけ馬鹿!!』


 エリアマップ中央の砂に埋もれた住宅街。


 徐々に燃えるリングで安全地帯が狭まる中、最後の決戦に備えて物資を集めに隣の一軒家へと入った途端、SKの怒声。


 俺は集中し、流れる景色を早める。


 数秒先でハチの巣になってダウンする自分。


 それを見て、戻そうとするも…。


「…はぁ、はぁ…ちかれた」


 瞬き一つで世を静定。


 気が付けば、ダウンした状態で床を這い蹲っていた。


『ラッシュのバカバカバカバカッ!!!』


 SKの怒声が次々と飛んでくる。


 俺は集中した先に、死肉と化した。


 午前練の時に降って湧いたこの力。

 便利ではあるが、あまり融通が利かないようだ。


 チート能力で現代最強。

 っふ、この夢は儚くも幻として消える…か。


「…ちかれた、にぇみゅぅ」


 短いスパンで見たせいか、疲労が凄い。


 心なしか瞼が重くなってきた。


 何日も寝ていたのに、眠気すら感じるのは気のせいだろうか?気のせいだと思いたい。


「……はぁ、……はぁ」


 うぅ、意識が、朦朧と…してきた。


 俺は徐々に重くなっていく瞼を押し上げることができず、デスクへと突っ伏した。


 そして、そのまま寝息を立てる。


「むにゃむにゃ…まま、ひざまくらしてぇ~」


『誰がママだッ!!私はお前のお姉ちゃんだぞ!!というか寝るなっ!!起きろっ!!ぱかぱんラッシュ!!』


『疲労困憊のご様子、病み上がりでまだ体調が万全ではなかったのかもしれませんね。……私としたことが、ゲームに浮かれてそれを見落とすとは、情けなし』

 

【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者数912人。

 現在のライブ視聴者数1140人。


≫おい大会始まるぞなに寝天然。

≫はぁ?まじ?。

≫もうやだこの頭オカ。

≫起きろマザコン野郎。

≫お、また罵られる展開キタコレ?。

≫大会寝落ちとかシャレにならん起きろ。


 ぐっすりむにゃむにゃおねむでにゃんにゃん。

 

 仔猫となって、母猫に甘える幸せな夢。


 それを横目にわららは目を覚ます。


「…っち、うつけ者めが、出鱈目にりきを使いよるからそうなる」


 上半身を起こし、小言を呟く。

 軽く己の額を叩いて仕置きを一つ。


 叩いたところが疼く。


「…痛とう」


 頭を振り、気を取り直す。


「まぁ、暇を潰すには丁度よいかの」


 夜中に・・・少し興味本位でいじった今世の娯楽。


 何とも古臭い機材に眉を顰め、主体の記憶を探りながら、ABEXとやらの細かい遊び方を確認。


 大した遊戯でもないので、把握は容易い。


「ふむ、まぁ、こんなところかの」


 空け者が目を覚ますまでの間、その代わりとして、席に腰を据える。


 そして、大きく息を吸い込み――…、


「全軍ッ!!出撃じゃああああ!!」


『うわッ!?』


『お、おぉ、急にどうされましたか?Mrラッシュ』


 わららは、近衛の二人を連れ、容易い世界の蹂躙を開始した。

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