第40話 違和感

 9月2日の日曜日。

 時刻はお昼の12時を回ったところ。


 朝からひたすらABEXの練習をしていた俺は今、一階のダイニングで、霞さんが用意してくれた和食なお昼ご飯を、我が家の者たちと一緒に揃って食べていた。


 今日のお昼は『エビちゃんフライ定食』だ。俺の大好物じゃい。

 

 基本的に食事のメニューは霞さんのおまかせ。


 だけど、食べたいものを伝えると、今日のように週一で用意してくれる。


 俺的には毎日エビちゃんフライでもいいのだが(むしろそれがいい)、それだと雪美が「飽きた」とかほざくし、母が「子豚ちゃんになっちゃうよ?」とか小言を口にするので、そこは我慢。


 愚弟はどうでもいいけど、出来る限り母は困らせたくない。だから、これでいいのだ。


 週一の楽しみ。

 待つことも余興の一つ。


 五日ぶりのお昼ご飯。

 余興が無くても十分に美味である。


 もぐもぐ、パクパク。

 エビちゃんフライおいちぃ。


 外サクサク、中ぷりっぷり。

 ままなる味は偉大なり。


「兄貴、体調は?」


 自家製のタルタルソースが付いたエビちゃんフライを頬張り、幸せ顔でそれを咀嚼していると、正面の座席に座る雪美が唐突に口を開いた。


 特に具合が悪いなんてことは無いので、「別に」と返す。


「あっそ」


「……それだけ?」


「それだけって何が?」


「…別に」


 五日ぶり(自覚無し)の兄弟の会話。

 何となくぎこちなさがあるのは何故だろう。


 というか、自分から話を振っておいて、あっそ、は無いだろ。


 そこは「健康で何よりだよ」とか、「病気には気を付けてね」とか温かい台詞を口にするところだろ、普通。


 偉大なる兄に、優しい言葉の一つもかけてくれない愚かな弟。


 全くもって可愛げのない奴である。


「髪、白いな」


 少しの間をおいて、再び雪美。

 俺はビクリと肩を揺らして反応する。


「…まぁ、な」


「かっけぇじゃん」


「…え?」


「犬夜〇とか殺生〇みたいで」


 数十年前に週刊少年サンディーと呼ばれる雑誌で連載されていた作品の主人公とその兄の名前を出して、瞳の時と同様、「かっこいい」と褒めてくれる雪美。


 こいつ、他に誉め言葉を知らないのか?と内心で愚痴を溢しながらも、俺は「そう?」と返し、ニヤケそうになる口元を尖らせる。


 俺が不気味に思うこの髪の色。

 雪美からして見ると、かっこよく映るらしい。


「……」


 箸を持った逆の手で白くなった髪を梳き、横目でチラリとそれを見る。


 日の光で輝く真っ白な髪。


 山爺や山婆の頭部に生えている白髪とは明らかに感じが違う。


 気味の悪い白髪が、雪美に指摘されて、なんだかよく分からないけどカッコよく見えてきた、気がする。


「これ、かっこいい?」


 ほんのわずかに吃音症を発症させながら、右隣の母の席に座る霞さんへ、左手に掬ったそれを見せる。


「無論に御座いまする。よくお似合いで」


 持っていた箸をおき、お行儀よく姿勢を正しながら霞さん。


 全肯定の霞さんは、依然として顕在のようだ。


 俺は自身の左手にあるそれを訝しる様に見つめたあと、今度は机の下でおこぼれをひた狙う食後のコマ君へとそれを見せる。


「かっこいい?」


「わふッ」


 足元で即答するコマ君。


 主が望む答えを口にできるとは、まさに忠犬ここに極まれり。後でおやつを贈呈しよう。


「邪気のない、実に勇ましい美髪で御座います、美春様」


 雪美の隣に座っていた零さん。

 いつの間にか背後で俺の髪に触れ、褒めてくる。


 空気が読めるようで読めないところ、嫌いじゃない。


 勝手に髪を弄られるのはあれだけど、自分から進んで褒めてきてくれたので少しだけ許してあげる。


「零、食事中です」


「食べ終わりました」


「食べ終えたのなら、片付けを」


 霞さんはそういうと、丁寧な所作で、俺の髪を弄る零さんの手を払う。


「…けち」


「戯け」


 一言二言お互いに愚痴り合い。

 仲のよろしいことで何より何より。


 その後、霞さんの冷たい視線にさらされた零さんは、しぶしぶといった様子で自身の食器を台所へと片付けに行き、そのままリビングに置かれたソファーの上で不貞腐れる様にナマケモノ。


 なんだか親に叱られた子供の様だ。

 表情から感情は読み取れないが、きっと彼女は今、いじけているに違いない。


 可哀想だからあとでまた、髪を触らせてあげようかな?。


「わふッ」


「ちょ、止めてください」


 謎に哀愁漂うナマケモノ。

 そんな彼女のところへ、おこぼれを諦めたコマ君参上。


 尻尾を振りながら、謎のヒップアタックを零さんの顔面めがけて繰り返し、「お、散歩か?お?」なんてじゃれつき始めた。


 空気が読める読めない者同士、馬が相当にして合うようだ。


 仲良きことは美しきかな。


「ふふっ」


 俺はじゃれ合う一人と一匹を見つめ、笑みをこぼす。


「……兄貴」


「んぁ?なに?」


 楽し気な空気に頬を緩ませつつ、俺は雪美を見る。


「なんか、雰囲気かわったな」


「…まぁ、ね」


 俺は白髪を弄りながらそう返す。


「いや、そこじゃなくて……なんかもっと、こう…別の…むぅ」


 何やら難しい表情を浮かべて口ごもる雪美。

 

 一体、急にどうしたのかと俺は首を傾げる。


「……きもちわりぃ」


 俺の顔を見て愚弟。


 一体、何を思ってそう口にしたのかは知らないが、唐突な悪口に、

 俺はムッとした表情を作る。


 最大のコンプレックスに触れられて、ちょっと涙目。


 許すまじションベン小僧。


「わりぃ、やっぱ何でもねぇや」


 このまま俺が黒歴史を召喚し、喧嘩のゴングが鳴るかと思いきや、それよりも先に謝罪の言葉が発せられた。


 いつもとは違う感じの流れに、俺は訝しむように雪美を見る。


「御馳走様でした」


 霞さんにそう告げたあと、食器を片付けて自室へと何事もなかったかのように退散する雪美。


 何となくだが、避けられた、気がした。


「…へんなやつ」


 俺はボソリと呟き、気を取り直して食事を再開。


 最後のエビちゃんフライを口へと放り込んで、機嫌を直すと同時に完食。


 食後にきっちり霞さんと後片付けをした後、零さんとコマ君を玄関先で見送り、二階へと舞い戻った。


== 大会まで残り5時間 ==


「さぁ、後半戦といきますか」


 十分にエネルギーの補給を終えた俺。


 長くて鬱陶しい白髪を後頭部で一つに纏め、ゲーミングチェアへと座る。


 それからデスク上に置いてあった愛用のヘッドホン(雪美から借りパクしたやつ)を装着し、使い込んだ少し大きめのマウスを右手に握る。


「始めようか、小童ども」


 ボイスチェンジャーをONにして、いざABEXゲームの世界へれっつごー。


『やっと来たかッ!馬鹿たれ!!』


 Discoldの大会用チャットルームに入った途端に音割れ。


 ABEXのホーム画面。

 自身のキャラと他二人。


 その一方のレイズを選択した誰かさんが、俺が入ってくるや否や、怒鳴り散らかした模様。


 突然のそれに鼓膜をやられるも、娘達の手前・・・・・、醜態を晒すわけにはいかないので平静を装う。だけど、内心で愚痴を溢すのは忘れない。


 声がでかいぞバカ娘。


 俺はそっと音声のボリュームを下げた。


「食事をとるといってあったはず、バカといわれる筋合いはない」


 俺は出来る限り低い声を出し、罵ってきたバカ娘というかSKに反論。


 威厳にあふれる態度を彼女と娘達リスナーに見せつける。


 っふ。


『四日間も音沙汰無しなんて馬鹿!だから馬鹿たれだ!!ラッシュの馬鹿たれ!!』


 午前中にQwitterで、今日まで配信できなかった理由と謝罪をクウィートしてすぐ連絡をよこしてきたSK。


 そこからなんやかんやあって、午後からみんなで練習するという話になり、今に至る。


 というかバカバカうるさいバカ。

 

「馬鹿っていう方が馬鹿、ということわざがあってだな――」


『うるさい馬鹿!何度も何度も連絡したのに無視してさっ!この馬鹿タレッ!!』


 俺の話を遮り、一方的に罵ってくるSK。


「…っち」


 話の通じないそんな彼女にイラつき、思わず舌打ち。


 懐の深いラッシュにあるまじき口動。


 配信を始めて早々やてしまった。


 おのれSK、許すまじ。


【豪王ラッシュ】

 チャンネル登録者789人。

 ライブ視聴者数550人。


≫舌打ちしてて草。

≫お帰り馬鹿たれ。

≫はよ地声馬鹿たれ。

≫病気だいじょぶなん馬鹿たれ。

≫開始早々低レベルな喧嘩すんなやSKに謝れ。


「……」


 トリプルディスプレイの右側。

 辛辣なコメントがよく続く。


 四日間まるまる配信を空けてしまっていたので、娘達にはとても寂しい思いをさせてしまった。なかなか父たるラッシュを許してくれない。


 本当にすまない、娘達よ、寂しい思いをさせてしまって。


 今日からまた一緒だ。

 もう寂しい思いはさせない。

 だから優しくして?お願い。

 ついでにチャンネル登録もまたしてね、お願い。


『喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったものですな、っほっほっほ』


 興奮した様子のSKの声をいい感じに遮る形で、老骨な笑い声。


 燕尾服を着た老齢の執事。

 ケロぺロスの輪の調停者。


 ホーム画面で索敵キャラのブラパを選択しているのは、スパンきんぐ・メテヲさん、その人だ。


 俺は彼の男性な声にゾワゾワっとしたものを感じつつ、キャンキャンと吠え続けるSKを無視して挨拶をする。


『こんにちわ、Mrラッシュ。体調の方はいかがですかな?』


 優し気な声音。


 ゾワゾワするけど、怒鳴られるよりはましだ。


 あからさまな態度は出さず、自然なままにメテヲさんとの会話を続ける。


「大丈夫だ、…それより世話をかけたな、申し訳ない」


 体調は万全。


 なぜなら俺は、病気じゃないから。


 嘘ついてごめんなさい。


『いえいえ、お気になさらず。Mrラッシュが努力した結果の不幸。褒めることはしても、責めることは致しませんよ、ッほっほっほ』


 真実を知らずにメテヲさん。


 うぅ、そんな優しすぎる言葉をかけないでくれ。


 蓋をしたはずの罪悪感が顔を出して、なんだかいたたまれない気持ちに陥ってしまうから…。


『お前たち!いつまでくっちゃべってる!さっさと練習していくぞ!!』

 

 チームリーダーであるSKが、俺とメテヲさんの会話に無理やり割って入る。


 どことなく拗ねている様な感じがするのは気のせいだろうか。


 もしかしたらSKは、寂しがり屋でかまってちゃんなのかもしれない。


『大会までもう猶予が無いため、難しいことは考えず、緊張を解す為にもひたすらカジュアルを回していきましょう』


 頭空っぽにしてゲームプレイ。

 お安い御用だメテヲの旦那。


 之より先、蹂躙を開始。


 5日ぶりに覚醒したこの俺の実力、とくとみよ。




――――――

朝書き始めて気づけば朝。

もっと書きたかったけど、眠すぎた。

続きは出来たら水曜日。




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