第32話 スクリム前日

 とある王城内の石像が立ち並ぶホールにて。

 かっちょいい西洋甲冑を装備した男が、こじんまりとした扉の前で、何かを守るように佇んでいた。


「おう、久し振りだな」

 

 俺はそんな彼を視界に収め、数年ぶりの再会を喜ぶ友の様に気安く声をかけた。


 しかし、男は反応を示さない。

 石像の様に動かず、扉の前で黙々と佇むばかり。


 無視された、なんて野暮なことは思うまい。

 俺も又、陽気に反応してほしくて挨拶をしたわけではないのだから。


『ここより先は弱き者の世界』


 一定の距離に近づくと、唐突に男が動き出し、武器――左手に短槍、右手に長剣――を手にしながら語り始める。


『この場は零度の世界』


 俺は口元に獰猛な笑みを浮かべ、その時を待つ。


『甘さは無い』


 男がそう発した次の瞬間――、


―――キーンッ。


 ホール内全体が、氷の世界へといざなわれた。


 同時に、巨大な氷柱が男のほうの床から次々と出現し、俺を刺し貫かんと迫る。


 俺はクレイモアという大剣を片手に、紙一重でそれを避け、雄たけびを上げながら男へ突貫。


 そして甲冑ごとやつの胴を薙ぎ払おうと一閃。


 甘美なる鮮血が宙を舞う。


――YOU DEID――


 一撃、首元に短槍。

 二撃、鳩尾に長剣。


 ラッシュは絶命した。


 …あれ?。


【視聴者数823人】

≫戦闘開始から大ダメージw。

≫突撃バカ。

≫これで幾度目か。

≫ボス2デス目、雑魚76デス目。

≫道中4に過ぎセンスねぇわ。

≫豪傑にして獅子王、散るッ。

≫幼女転生はよ。

≫はい終わった!ABEXやるりますよ!。

≫SKもようみちょる。


「……ふむ」


 俺は右側のモニターを見つめた後、「つらぬきのソフト」と呼ばれている先程のボスに再戦するため、無言で死に戻りの権能を発動させた。


―――トゥルルル、トゥルルル。


 意匠も何も施されていない、無骨なクレイモアを握りしめ、再熱する闘志に薪をくべていると、世界観をぶち壊すようにDiscoldの通知音がヘッドホンから聞こえてきた。


 着信画面には「ケロぺロスSKバレット」の文字。


 俺は眉間にしわを寄せつつその名前をしばらく凝視する。


 自分勝手に色々と押し付け、四万人の前で口を滑らせた大罪人。


 そんな彼女からの通話に出るべきか出ないべきか頭を悩ませる。


「…むぅ」


 パンチング・ラッシュの意思と肉体を受け継ぐこの俺は、敵となったものには容赦はしない。


 しかし、娘にだけは寛大で在らなければならない。

 それが理想とするラッシュの姿だからだ。


 チャット欄を見てわかる通り、SKは今、娘の一人としてカウントされてしまっている。


 いかな理由があろうと、ラッシュとしての尊厳を踏みにじられようと、無視なんて陰湿なことを娘に対してするわけにはいかない。


 だから俺は、不承不承といった様子で、娘(SK)からの通話に出てやる。


 ほかの娘達が置いてけぼりにならないよう、ちゃんとSKの声も聞こえるよう設定しておく。


 別にSKの集客力を期待してそうしたわけじゃないのであしからず。…ほんとですよ?はい。


「なに用――」


『おいっ!!いつまでデモンズなんかやってる!!』


 通話に出た瞬間に怒声。

 相変わらずSKは元気だ。

 思わず顔を顰めてしまう程に。


 一応アイドル路線でやっていくということなのだから、もう少し落ち着きと清楚さを前面に出した方がいいと思う。


 シスコンの元アイドルは何やってるんだ、と思いながら、音量設定をいじってちょうどいい感じにする。


『早くこの前の配信で渡したガワに着替えて、明日からのスクリム期間・・・・・・に備えるぞ!!』


 明日から一週間後。

 底辺VTuber連合が主催するABEXの大会「個人V最協エベ祭り」が開催される。


 SKが言うスクリム期間とは、言ってしまえば本番までの準備期間。


 大会のルールや流れを確認したり。

 練習試合スクリムを通じて敵チームの動きを分析し、解析したり。

 それに合わせた作戦を練ったり。

 チーム自体の交流と連携を深めたり。

 大会を盛り上げるための宣伝だったり。

 

 そういった目的のために、スクリム期間は設けられる。


 大事な大事なテスト期間。

 明日からそれが始まるのだ。

 SKの発言で俺はそのことを思い出す。

 そういえば、昨日の内にQwitterでそうクウィートされていたな、と。


『あとREIN無視するな!!、せっかく心配してやったのに返事も返さないで配信なんか初めてさっ!、もうッ、ラッシュのことなんか心配してやらないんだからなッ!』


  一昨日のミラー配信。

 誰のせいで事故ったと思っている。

 誰のせいで昨日まる一日配信を休んで、削除依頼に没頭したと思っている。


 それもこれもSKが勝手をしたからだ。

 全ての元凶である彼女に心配などされたくもない。


「軟弱者に心配される程、落ちぶれてはいない…ふんっ」


 俺は自分のやらかした部分を棚に上げ、事故原因を一方的にSKへと押し付け、声音に若干の怒気を含めてそう返した。


『なんだとッ!?ラッシュのくせに生意気な!!』


「世界一のアイドルを目指す者が、そうがなり立てるものじゃない。落ち着け、我が娘よ」


 今は配信中。

 ガチの喧嘩は避けるべき。

 だから配慮の姿勢を忘れない。

 流石は天才、出来る漢である。


『娘ってなんだ!?、勝手に娘呼ばわりするなッ!なんか腹立つ!』


「心に余裕を持て、さすれば偉大なるこの父の様にかっこよくなれるぞ?」


『だから娘あつかいするなっ!ラッシュなんて全然かっこよくない!ポンコツだポンコツ!』


「……」


『というかお前は私の妹!!そう決まっただろ一昨日の配信で!』


「……決まってはおらぬ、SKが勝手に決めただけだ。我は豪傑にして獅子王ラッシュ。どこぞの娘ではない、決してな」


【視聴者数3421人】

≫なんか喧嘩始まってて草。

≫ラッシュお前転生しない気か?。

≫嘘は炎上の元。

≫こいつさっきから娘娘いってるけどもしかして俺たちのことも娘扱いしてる?。

≫↑今更きづいたか。

≫うちのファンネームは「娘達ドーターズ」やで。

≫何それ初耳。

≫実は俺女の子だった!?。


『せっかくプレゼントしてあげたのに使わない気かッ!?』


「我は男、使う余地は無し。…余計なお世話である」


『そのポンコツ3Dアバターより全然いいだろっ!使え!』


「断るッ」


『その声も不快だやめろ!』


「嫌だッ」


『みんなも今のラッシュより、私がプレゼントしたラッシュの方がいいって言ってるぞ!』


「嘘を吐くなッ!!このバカ娘!!」


 勝手なことばかり言う我儘娘に、俺はつい頭に血が上って怒鳴り返す。「なんだと!?」と彼女が返してくるが、ムカついたので全部無視する。


 そして、SKの言っていることが偽りだという証拠を突きつけようと、右を向き、今もなお加速するチャット欄へと視線を飛ばした。


【視聴者数5671人】

≫うそじゃないんだよなぁ。

≫馬鹿娘はお前や。

≫ラッシュ文字読めないんか?。

≫SKのいうとおりにせぇバカたれが。

≫ほらな!皆いってるですよね!?(SK)。

≫SK文字になると語尾力低下するんなんで?。

≫SKがわいい。

≫もうこんな頭オカほっといてエベ配信するべ。


「……」


 俺はラッシュのキャラがブレないよう頭を冷やしつつ、無言で正面のモニターに視線を戻した。


 そして大きく息を吸い込み、石竹色となったその瞳をかっぴらく。


「我が名は豪傑にして獅子王ラッシュ!!いざ行かん!!おぉお!!」


 見るに堪えない現実から逃げるため、俺は甘ったるい世界に殺戮と恐怖をもたらすマゾゲー、デモンズソフトの世界へと駆けこんだ。


『おいラッシュ!話はまだ終わってないぞ!!』


 どっかの馬鹿娘の声が未だ聞こえる。

 俺はマウスを手に取り、今も繋がっているDiscoldの通話を「悪霊退散ッ」と言って切った。


―――トゥルルル、トゥルルル。


 すかさず着信があるけど、無視。

 チャット欄にも表れるけど全部無視。


 あのラッシュが娘を無視していいのかって?。

 

 うるさい黙ればか。

 今の俺は戦闘モードなんだ。

 余計なことを考えさせるな。

 つらぬきのソフトに集中できないだろ。


 …まったくもう。


 その後も鬼のようにくるSKからの着信とコメントを無視しながら、俺はつらぬきのソフトの攻略に勤しんだ。


 それから小一時間ほど経った頃。


 俺とSKの喧嘩を仲裁する様に、スパン王・メテヲさんがケロぺロスの輪のグループチャットに現れ、明日から始まるスクリムに向けて、デモンズ配信はABEX配信へと切り替わるのであった。

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